第36話・ハッピーエンド

 エミリーが何者かに誘拐された事を知ってすぐ、俺はリュシカに連れられて街の外へと向かっていたんだけど、案の定と言うべきか、その途中で何人もの男共に見つかってしまい後を追われていた。

 いつもならこんな時はどこかに身を潜めてやり過ごすところだけど、リュシカはそんな事はお構い無しに俺の手を引いて街の外へと向かって行く。このままでは後ろから俺を追って来ている連中も、街の外へ出て来る事になる。

 だがそうなれば、夜行性モンスターに襲われたりで大変な事になり兼ねない。そして何よりこんな大人数に後を追われては、誘拐犯の居る場所へ近付く事すらできないだろう。


「リュシカ! このままあの連中に追われるのはまずいんじゃないですか?」

「そうですね。これ以上追われるのは鬱陶しいですし、手早く片付けちゃいましょう」

「えっ!?」


 言うが早いか、リュシカは急に立ち止まって後ろを振り返り、追って来ている連中へと向けて空いている方の手の平をスッと突き出した。

 するとそこからスパンコールをばら撒いた様なキラキラとした光が広がり追って来ていた連中を包み込むと、一人、また一人とその場で立ち止まってから卒倒する様にバタバタと倒れ始める。

 そんな様子を見た俺は、即座に血の気が引いてしまった。なぜならリュシカが追って来ていた男共をっちまったと思ったからだ。

 心の中でとんでもない事になったと一人焦っていた俺の気持ちなど知る由もないリュシカは、その光景を見てにこっと微笑むと街の外へと向かって普通に歩き始めた。


「あの……リュシカ、さっきの人達はどうなったんです?」

「先程の人達ですか? ちょっと全員に安息を与えただけですよ」

「…………」


 この言葉を聞く限りでは、どう考えても全員を殺っちまったとしか思えない。リュシカがS気質なのは知っているけど、これは明らかにやり過ぎだ。


「き、気持ちは分かりますけど、だからって殺っちゃう事はなかったんじゃ……」

「やっちゃう? ああ、思い違いですよ。私はあの方々を眠らせただけです。だから安心して下さい」

「えっ!? なーんだ……ビックリさせないで下さいよ」

「でもまあ、追われて鬱陶しかったのは事実なので、三日間くらいは目覚めないと思いますけどね。ふふふっ」

「…………」


 そんな事をさらりと言ってしまうリュシカを前に、俺は何も言う事はできなかった。そしてこの時の俺がただ一つ思っていた事は、この人だけは絶対に敵に回してはいけないと言う事だけだ。

 相変わらずのリュシカのSっぷりだが、結果だけを見ればこれが普通に感じがしてしまうから慣れとは恐ろしいもんだと思う。

 そして追いかけて来る男共から逃れた後、リリティアの街を出た俺とリュシカは月明かり以外の灯りなど一つも無い外を歩いていた。


「あの、リュシカ。宿で手紙を見た時に犯人の居る場所に思い当たる節があるような事を言ってましたけど、それってどういう事なんですか?」

「まあ、こうなった以上は仕方ありませんね。協力してもらう以上はお話をしなければいけないでしょう」


 月明かりだけが頼りの夜道を歩きながら、リュシカは今回の件について詳しい説明をしてくれた。

 何でも今回の家出騒動はアストリア帝国の女王とリュシカが計画したものらしく、リュシカは女王から直接依頼を受けて今回の計画を見守っていたらしい。

 アストリア帝国の女王がなぜこんな事をしたのか。それはアストリア帝国内に内乱を企てている者が居るらしく、それを炙り出す為と、兼ねてより城内で鬱屈した生活をしていたエミリーに少しの自由を与えてやりたかったからとの事だった。

 しかし、皇族であり第一皇女であるエミリーを一人で外に出すのは危ない。そこでアストリア帝国の女王は個人的に親交があったリュシカを城に呼んでその事を話し、内乱を企てている者の調査とエミリーの護衛を任せたらしい。

 そして驚くべき事にこの計画は俺が祝福の鐘で捕まえれるかなり前から準備されていたらしく、俺があの酒場で捕まる事や、牢屋の中で脱獄計画を立てていた奴等まで全員仕込みの芝居で、俺がそれを聞いて脱獄を企てる事まで計画の内だったと言うから驚きだ。

 もちろん当の本人であるエミリーに本当の事を話せる訳もないので、エミリーはこの事を知らない。ちなみにだが、リュシカとエミリーは以前お城で何度か会って面識があるらしく、それで今回の様な計画が遂行出来たらしい。

 考えてみれば一人でアストリア帝国からこのリリティアに来て、偶然出会った面識の無い相手にエミリーがアストリア帝国の第一皇女である事を話すのはおかしいもんな。

 とりあえずのネタ明かしを聞いた俺は、改めてリュシカの謎多き部分に驚きを隠せないでいた。


「とりあえずこれまでの過程は分かりましたけど、結果的に誰がアストリア帝国の内乱を企てていたんですか?」

「内乱を起こそうとしている首謀者は、アストリア帝国でも名のあるカーライル家の頭首にして、アストリア帝国の大臣も勤めているカーライル・リーバンです」

「えっ!? 大臣が内乱を計画してたんですか?」

「ええ。カーライル・リーバンはとても優秀な方ですが物凄い野心家で、以前よりアストリア帝国の絶対女王制に強く異を唱えていた方でもあるんです。おそらくは今回の件を皮切りにして絶対女王制の廃止を強く推進し、自分がアストリア帝国のトップに君臨する計画を練っていたのでしょう」

「なるほど。つまり今まではその女王制を潰す為の機会を窺っていた――みたいな感じですか?」

「まあ、簡単に言うとそんなところですね」


 日本で暮らしていた時にはこの手の話はわりと見聞きする内容だったけど、よもや転生先の異世界で自分がこの様な事件を体験するとは夢にも思っていなかった。

 世の中には色々な人達が居て、良い奴も悪い奴も居る。それはどこの世界であろうとも絶対に変わらない真理の様なものなんだろう。


「とりあえず詳しい事はエミリーを誘拐した犯人にでも聞いてみましょう」

「それなんですが、相手の数も分からないのに大丈夫なんですか? 相手も馬鹿じゃないでしょうから、エミリーを人質にする事は十分に考えられますし、万が一にでもエミリーが傷付けられる様な事になったら……」

「それなら心配はいりません。そうならない為にリョータさんを連れて来たんですから」


 そう言ってにっこりと微笑むリュシカ。その笑顔を見ていると、とてつもない不安に駆られてしまう。そりゃあそうだ。リュシカの性格を知った今となっては、絶対ろくでもない事になりそうだからだ。

 いつもの様に涼しげな微笑みを浮かべながら歩くリュシカ。いったいこの後どんな事になるのか予想もつかないけど、今はリュシカを信じてエミリーを助け出すしかない。

 二人で誘拐犯の居る場所へ向かって進む中、時折モンスターの襲撃を受けはしたけど、リュシカがモンスターを何の問題も無く一掃してくれたので助かった。正直、こんな光源の乏しい場所で戦闘なんてとんでもないからな。


「――リョータさん、あそこです」


 こうしてリリティアから進んで行く事しばらく。大小様々な岩山が数多くある一角まで来た所で立ち止まったリュシカが、岩山の陰に隠れながらピッと人差し指をある方向へと向けた。

 それを見てすぐにその方向へ視線を向けると、大きな岩山の下に大きな穴が開いているのが見え、その内部から燃料石と思われる薄ぼんやりとした光が出ているのが分かった。


「あそこが犯人のアジトですか。それで、どうやってエミリーを助け出すんですか?」

「それなんですがリョータさん、とりあえずそちらに立ってもらえませんか?」

「えっ? あ、はい」

「そのままじっとしていて下さいね。下手に動くとどうなるか分かりませんから」


 言われるがままに指差された方向へ立つと、リュシカはとんでもなく恐ろしい事を口走った。この人が『どうなるか分かりません』とか言うと、マジでどんな目に遭うか分からないから怖い。

 非常に怖い思いでピンと背筋を伸ばして直立不動を決め込むと、それを見た瞬間にリュシカは右手の平を俺の方へと向けて突然魔法を撃ち放った。


「ちょ、ちょっと何するんですか!?」

「お静かに。犯人達に私達の事がばれてしまいますよ?」

「ぐっ……分かってますよ。で、これはいったいどう言う事ですか?」


 リュシカは俺に向かって風の魔法を放ったので、身に付けていた服がその影響で切り裂かれてあちこちボロボロになっていた。

 自分の状況を月明かりで確認しつつ、俺はリュシカに納得のいく説明を求める。


「話は簡単です。リョータさんが洞窟の中に居る誘拐犯をおびき出して下さい。その隙に私がエミリーを助け出しますので」

「はあっ? それなら何でこんな事をしたんですか? こんな事をするくらいなら、俺が奇襲スキルを使って潜入した隙にリュシカが奴らを誘き出すってやり方でも良かったんじゃ?」

「リョータさんの使う奇襲スキルはあくまでも視覚認識阻害。犯人の中にそれを見破れるスキルを持つ者が居ないとは限りませんし、可能性の問題で言えば、リョータさんが見つかった時の対処が難しいんです。それに私が犯人を誘き出そうとしたところで、中に居る全員を洞窟から誘い出す事はまず不可能です」

「リュシカにそれが出来ないなら、俺にも出来ないと思うんですが?」

「いいえ、そんな事はありませんよ。私や他の方には無理でしょうけど、今のリョータさんになら可能です」


 その言葉を聞いて、それがどういう意味なのかをちょっと考えてみた。そしてその結果、俺はある一つの結論へと辿り着いた。


「…………それってもしかして、女体化した今の俺ならあそこに居る誘拐犯を全員誘い出す事が出来るって意味ですか?」

「はい。仰る通りです」


 満面の笑みで頷くリュシカ。ろくでもない事を考えているんだろうとは思っていたけど、よもや女体化した俺を囮に使って犯人達を誘き出そうとしていたとは思ってもいなかった。


「……まあ、言いたい事は分かりましたけど、それでどうして俺に魔法を放つ必要があったんです?」

「もしもリョータさんが普通の状態で向かえば、少なくとも『こんな時間に若い女性がなぜ来たんだ?』みたいな疑問を持つ者も出るでしょう。でもそれくらいボロボロになった状態なら、夜行性モンスターの討伐クエスト中に逃げて来た――みたいな言い訳もできますし、何よりその状態ならモンスターと戦ってた様にも見えます。そしてそれならより効率的に犯人達を魅了できますからね」

「ああ、なるほど。そう言った理由ですか……。分かりました。やりますよ」


 奇妙なくらいにエロイ感じで衣服を切り裂かれていると思ったら、よもやそんな理由があったとは思わなかった。

 まあ何となく上手い具合に丸め込まれてる感もあったけど、エミリーに危害が及ばない様にする為の作戦としてはやってみる価値があるとは思えた。


「それではリョータさん、納得いただけたところでさっそくお願いしますね」

「へっ? おわっ!?」


 言うが早いか、リュシカが再びこちらに手の平を向けると強い衝撃が俺を襲い、そのまま洞窟の近くへと吹き飛ばされてしまった。


「いててっ……急に何だってんだ……」

「誰だっ!」


 吹き飛ばされた衝撃で打ったお尻を浮かしてさすっていると、洞窟から一人の剣を携えた男が慌てた様にして飛び出して来た。


「あっ……」

「め、めっちゃくちゃ俺好みのエロイねーちゃんじゃないか!? ちょっと奥で一緒に酒を飲もうぜ!」

「ひいっ!」


 迫って来る男に恐怖した俺はお尻の痛みすら忘れて立ち上がり、全力で洞窟の中へと逃げてしまった。

 リュシカの言っていたモンスターに襲われていた事にできるとか何とかは、しょせん俺を頷かせる為の口実に過ぎなかったんだと思い知る。まあ、女体化した状態でまともに話を聞いてくれた男なんて今まで居なかったからな。

 あのドSシスターは最初っからそれを分かった上で俺の魅了の力を上げる為だけにこんな格好にしたんだろう。


「おーいっ! 待てよー!」

「ひいいぃー!」


 後ろから追って来る男から必死で洞窟内を逃げて行くと、ものの数十メートルも進まない内に最奥部さいおうぶへと辿り着いてしまった。


「げっ!?」

「何だ何だ?」

「おっ! 女だ女っ! しかもすっげー美人でエロイ格好だ!」


 突然現れた見知らぬ女に対して警戒心を出すどころか、目に映る男共全員が目の色を変えて俺を見てくる。これはもう俺にとっては見慣れた状況だけに、この後の展開は目に見えている。


「美人だ美人だー!」

「おい、ねーちゃん! 俺と付き合ってくれー!」

「やっぱりこーなるわけね――――っ!」


 洞窟内に居た全員が俺に向けて走り迫って来る。

 その圧倒的迫力に気圧されつつも、決して広くはない洞窟内で男共の襲撃をかわしながら何とか洞窟の外へと向きを変えて走って行く。

 ティアさんの見立てによれば、俺は女体化した時に魅了の力を自然に出しているらしいんだけど、どうもその力は並々ならぬものらしく、ティアさんが言うには『もしかしたらレジェンド級のモンスターすら魅了できるかもしれない』との事だった。

 その話が事実かどうかは分からないけど、もしも事実なら人間にとってこの魅了の力は抗い様が無いものなんだろう。

 今更ながらこんな面倒臭い特殊能力を持つ原因になったラビィに対して憤りを感じつつも、後ろから迫って来る男共を引き連れて洞窟から遠く離れるように走り逃げる。

 そして所々で岩陰に隠れたりしながら男共の追跡をかわし続けていたわけだが、相手の数が多くて徐々に逃げ場を失いつつあった。何せこっちは逃げているのが俺一人に対し、追って来る相手は十数人以上だから、こんなに分の悪い鬼ごっこは無い。

 時折ゴッドアイを使いながら周囲の状況を確かめていたが、このままではいずれ取り囲まれてしまうのは目に見えていた。


 ――リュシカはもうエミリーを助け出してくれたかな……。


 リュシカの事だから抜かりなくエミリーを助け出しているとは思ったけど、俺を助けに来てくれる保証はどこにもない。

 何とかしなければ今度は自分の身が危なくなる。そう思った俺は隙を見て何とか男共の包囲網を突破し、一番最初に洞窟の様子を見ていた位置へと戻って来た。


「お兄ちゃん!」

「おおっ! エミリー無事だったか?」

「うん! お兄ちゃんが誘拐犯を引き付けてくれてる間にリュシカお姉ちゃんが助けてくれたの」

「そっか、良かった。ところでリュシカは?」

「リュシカお姉ちゃんは犯人達を捕まえるからって洞窟の方に行ったよ?」

「マジか……」


 エミリーの言葉を聞いて洞窟がある方を覗き見ると、月明かりに照らし出されたリュシカが洞窟の前に立っているのが見えた。

 いったいどうやって犯人達を捕まえるのか分からないけど、じっくり見物させてもらう事にする。

 そう思ってエミリーと一緒に様子を見ていると、俺を見失った誘拐犯達が洞窟の方へ戻って来ているのが見えた。

 その様子を見た俺は、僅かに緊張をしていた。もちろんこれは、リュシカを心配しての緊張ではない。犯人達がどんな酷い目に遭うのかと言う意味での緊張だ。

 リュシカの存在に気が付いた犯人達は、洞窟を背にしたリュシカを半円状に取り囲み始める。


「お兄ちゃん、リュシカお姉ちゃん大丈夫かな?」

「いざとなれば助けに行こうとは思うけど、その必要は無いだろうね」

「そうなの?」

「ああ。言ってみればあの状況は、魔王にゴブリンの大群が因縁をつけてるみたいなもんだからな」


 俺の説明に対してエミリーは小首を傾げているが、その気持ちは分かる。

 まあ、その事について詳しく説明をしてもいいんだけど、こういった事は自分の目で見て理解するのが一番だ。

 そんな風に思って様子を見ていると、リュシカを取り囲んでいた犯人達がキラキラした光の粒子に包まれ、その場でバタバタと卒倒し始めた。


「終わったみたいだな」

「えっ!? あれで終わりなの?」


 あっさりと物事が片付いた事に驚きを隠せないのか、エミリーはリュシカの方を見ながら目を丸くしていた。


「行くよ、エミリー」

「う、うん……」


 そうする必要は無いだろうけど、とりあえず周囲を警戒しながらエミリーを連れてリュシカの方へと向かう。


「あっ、リョータさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です。で、その連中はどうするんですか?」

「もちろんアストリア帝国に引き渡しますよ。色々と聞きたい事がありますからね」

「でも、素直に全てを話しますかね?」

「その時はその時ですよ。まあ、私の尋問を前に三分も耐えられれば凄いと思いますけどね」

「…………」


 いったいどんな事をするのか聞きたいところではあるけど、ここはあえて聴かないでおこう。わざわざ自ら闇の深淵を覗く必要は無いのだから。

 こうして無事にエミリーを助け出した俺達は、リュシカの魔法で眠った犯人達を洞窟の中へと押し込んでからリリティアの街へと帰還した。

 それにしても今回の事件、俺は解決後にずっと思っていた事があった。それは、最初っからリュシカが犯人の居る洞窟に行って眠らせたらすぐに解決したんじゃないだろうか――と言う事だ。


× × × ×


「こうやってお兄ちゃんと旅をするのも、これが最後なんだね……」

「そうだな……」


 エミリーの誘拐事件が終わってから三日後の早朝。

 俺とリュシカとエミリーは、アストリア帝国から来た迎えの馬車でアストリア帝国へと向かっていた。ちなみにラビィは未だに天岩戸生活を送っている。

 おそらくは何もしなくても生活が出来る事に味を占めたと思われるから、今日からミントにラビィの生活費を渡すのは止める事にした。

 お天道様が順調に高く昇って行く中、俺は冒険者としてのエミリーと最後の会話を楽しもうとしていた。本当ならエミリーと約束した一週間の冒険者生活はあと一日残っているんだけど、エミリー本人がこうして帰る事を決め、アストリア帝国へと向かっている訳だ。

 あの誘拐事件後、アストリア帝国からの協力要請を受けたリュシカが捕らえられた誘拐犯から必要な事を聞き出し、それによって内乱を企てていたアストリア帝国の大臣カーライル・リーバンと加担していた者達は捕縛され、計画されていた内乱は実行される事なく未遂に終わった。

 とりあえず捕縛した連中の聴取が終わるまでは、こちらでのんびりしていても良いと言うアストリア帝国女王の心遣いによってエミリーは俺と一緒に冒険者生活を続けていたんだけど、あの誘拐事件後のエミリーはどことなく元気が無い様に思えた。

 エミリーは誘拐事件後、『国の事や私的な事でみんなに迷惑をかけちゃった……』と言っていたから、きっとその事を気にしていたんだろう。だから残り一日の冒険者生活が残っているのに、国へ帰ると言い出したんだと思った。

 そういった考えになるのは分からないでもないけど、それでもエミリーがそこまで責任を感じる必要は無いと俺は思っている。

 どことなく寂しい気持ちを感じながらエミリーやリュシカと会話をしていると、あっと言う間にアストリア帝国に到着し、俺達はそのままお城へと案内をされた。

 そして城内へと入って女王の間へと案内される最中にエミリーと別れ、俺とリュシカはアストリア帝国女王と謁見する事になった。


「間もなくアストリア帝国第十四代女王、シャルロット・リア・アストリア様が参られます。皆の者、正しき礼儀を持って女王を出迎えよ」


 女王様が座る王座の横に居たご老人がそう言うと、室内に居た全員が地面に片膝を着いてこうべを垂れる。

 俺はこう言った場所での礼儀やマナーなどはまったく知らないので、とりあえず横に居るリュシカの真似をする事にした。


「遠路遥々このアストリア帝国までお越しいただいてありがとうございます。どうぞお顔をお上げ下さい」


 とても若々しく優しい声でそんな言葉が聞こえ、俺はその言葉の通りに顔を上げて女王様の姿を見た。

 その姿はとても三人の子供を生んだ女性とは思えないほどの均整がとれたプロポーションで、顔立ちを見ても二十代前半の様にしか見えない。


「リュシカ、今回も私の悩みを聞き、協力してくれた事を感謝します」

「いえ。大した事ではございませんので、お気になさらないで下さいませ」

「ありがとう。それと近藤涼太さん。今回は我らが帝国の事情と個人的な計画に巻き込んでしまい、本当に申し訳ございませんでした。アストリア帝国女王として深くお詫びを申し上げます。後ほどアストリア帝国からお礼金を送らせて頂きますので、是非とも冒険にご活用くださいませ」

「い、いえ! 女王様からそのような言葉を賜るなど恐縮でございます」


 王座から立ち上がって深々と頭を下げる女王様。

 こう言ったファンタジー世界の王族や皇族はもっと傲慢で偉そうな感じのイメージだったけど、日本に居る政治家やらお偉いさんなんかよりも、よっぽど丁寧で上品で礼儀正しい。日本に居るお偉いさん方には是非とも見習ってほしいもんだ。


「お二人の尽力のおかげもあり、今回の件は無事に処理する事が出来ると思います。それに近藤さんは私の娘、エミリーに大変良くしていただいたとお聞きしています。女王として、また一人の母親として感謝をいたします」

「あ、いえ……エミリー、いえ、皇女様はとても聡明で、冒険者として生活している間もずいぶんと助けられました。きっと皇女様は立派な女王様になると思います」

「ありがとうございます。その言葉、何より嬉しく思います」

「お母様、お兄ちゃんの仲間のラッティちゃんはどうしているんですか?」


 女王様がお礼の言葉を述べると、女王の間の出入口からエミリーのそんな声が聞こえてきた。

 その声に思わず後ろを振り返ると、綺麗な薄い黄色のドレスに着替えたエミリーがこちらへと向かって歩いて来ていた。


「ラッティさんは城の離れにある別棟に居ます。ラッティさんにはまだ事情もお話していませんでしたし、今から一緒にそこへ行きましょう」

「分かりました」

「良かったね、お兄ちゃん」


 そう言って嬉しそうに俺の腕へと抱き付くエミリー。こういった気安さは皇女様に戻っても変わらないようだ。


「エミリー、皆の前ではしたないですよ」

「いいじゃないですか。本当は今日一日は冒険者としてお兄ちゃんと冒険をしていたはずなんですから。ねっ、お兄ちゃん」

「皇女様、言ってる事は分かりますけど、女王様の言う事はもっともですよ」

「えーっ!? 何で私の事をエミリーって呼んでくれないの?」

「いやいや、それはあくまでも冒険者として一緒に居る間だけの事ですから」

「そんな事は気にしなくていいから、私の事はずっとエミリーって呼んで」

「エミリー、あんまり近藤さんを困らせないように」

「お兄ちゃん、困ってるの? もう私の事をエミリーって呼んでくれないの?」


 うるうると瞳を潤ませながらそんな事を聞いてくるエミリー。

 正直こうされると断り辛いが、相手が皇族である事を考えると簡単に頷くのも難しい。

 俺は助けを求めるように女王様へと視線を向けた。


「分かりました。近藤さんにはお世話になりましたし、エミリーの名を呼ぶ事を特別に認める事にします」

「やった! さすがはお母様! 話が分かりますわ。それではお兄ちゃん、お許しも出ましたし、名前を呼んで下さい」

「分かりました。それではエミリー、一緒にラッティのところまで行きましょう」

「うん!」


 嬉しそうに表情を綻ばせるエミリー。そんなエミリーを見て微笑む女王様。

 こうして珍しいくらいにハッピーエンドを迎えた俺がラッティの居る離れへ向かおうとしたその時、突然物凄い轟音が鳴り響き、同時に城内は一気に騒がしくなった。


「な、何事だ!?」

「報告します! 離れにある別棟が半壊し、その時の衝撃で城の別部分にも破損が生じています!」

「何だと!? すぐに救援隊を現場に向かわせるのだ!」

「はっ!」


 酒場で俺を捕まえたオッサンが、状況を聞いてすぐに指示を出す。


「離れの別棟って、ラッティが居る所ですよね?」

「は、はい」

「ラッティ――――ッ!」


 女王様の返事を聞いた俺は、エミリーの手を振りほどいて音がした別棟の方へと走り始めた。

 いったい何が起こったのかは分からないけど、ラッティが無事である事を願わずにはいられない。


「――あっ! にいや――――ん!」


 焦る気持ちで目的の場所へと辿り着いた途端、半壊した建物の中から薄い青色のドレスを着たラッティが姿を見せ、俺を見つけた途端にとてとてとこちらに向かって走って来た。

 そんなラッティの姿は見ていてとても可愛らしいのだけど、その右手には俺がプレゼントした代価の杖が握られている。

 そしてその状況を目の当たりにした俺は、思わず近くに居た兵士に質問を投げかけた。


「あの……あの子の持ち物は帝国が預かってるんじゃなかったんですか?」

「今日は近藤様へラッティ様をお返しすると伺っておりましたので、ラッティ様の持ち物は全て別棟に運び込んでいたんです」

「…………」

「にいや――――ん!」


 とても嬉しそうな表情で走って来るラッティに小さく手を振りつつ、俺は半壊になった建物と被害を受けた場所を見て表情を引きつらせていた。

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