第35話・皇女様と冒険者生活

 いつの間にかラッティに成り代わって俺達のパーティで冒険者生活を楽しんでいたアストリア帝国の第一皇女、ヴェルヘルミナ・エミリー・アストリア。そんな彼女の正体を知ってから、早いものでもう三日が経った。


「行ったぞエミリー!」

「任せてお兄ちゃん! フレイムスナイパー!」

「ギュアッ!?」


 氷の様な質感をした巨大渡り鳥ブリザードは、エミリーの放った炎の矢で射抜かれた瞬間に大きな炎に包まれて地面へと落ちる。

 そして地へと落ちたブリザードは炎によって徐々にその大きさを縮め、炎が鎮火する頃には跡形もなくその姿を消していた。


「やったなエミリー!」

「お兄ちゃんのアシストのおかげだよ!」

「「いえーい!」」


 今回の討伐クエストにおける最後の目標を退治した俺とエミリーは、お互いに手の平をパチンと当ててブリザードの討伐を喜び合う。

 こうやってエミリーと一緒に討伐クエストをやるのも既に十数回以上になるけど、俺とエミリーの連係プレイは討伐クエストをこなす度にその精度を増し、たった三日とは言え今ではお互いに信頼できる仲間としての関係を築き上げていた。

 最初こそ皇族の道楽だろうから、厳しい現実を知ったらすぐに帰りたくなるだろう――なんて思ったりもしていたけど、実際はそんな事はまったくなかった。なぜならエミリーは、冒険者生活を楽しむ為に様々な努力をしていたからだ。

 モンスターや魔法についての勉強に、冒険者としての生活など、本当に色々な事を学び取ろうと日々頑張っていた。これはきっと、アストリア帝国において女王になる為にしていた勉強やその姿勢が活かされているんだと思う。これには俺も学ぶべき部分が多い。

 それに今は足を引っ張るラビィがいじけて自宅に引き篭もっているから、討伐クエストの達成効率がとてもいい。おかげで冷え込んでいた経済状況はかなり回復の兆しを見せている。


「二人共、今日はこのくらいにしましょう」

「そうですね、もうすぐ陽も暮れ始めますし。エミリーもいいよね?」

「うん! また明日頑張る!」


 ブリザードの討伐を終えた俺達は、今日も意気揚々とリリティアの街へと帰還を始める。

 ほんの数日前までアストリア帝国の皇女様と一緒に冒険をする事になるとは微塵も思っていなかったし、エミリーが冒険者としてこれほど優秀だとも思っていなかった。エミリーは適応力が非常に高くてとても賢いから、きっと将来は立派な女王になる事だろう。

 それはとても良い事だと思うけど、俺個人としてはこのまま冒険者として一緒に居てほしいなと、ちょっと――いや、かなり思ったりしている。

 だけどそれが無理なのは分かっているので、あえて口には出さない。もしもそんな事を口にして、エミリーの中に少しでも未練が残ったら嫌だから。

 しばらくしてリリティアへと戻って来た俺達は、祝福の鐘に居るミントと合流して今回の報酬を受け取り、俺は陽が沈みきる前に食事を済ませる事にした。俺が女体化してしまったら色々と面倒な事になるからだ。


「今日のクエストも絶好調だったな、エミリー」

「うん! お兄ちゃんがしっかりアシストしてくれてたおかげだよ」


 にこやかな笑顔でそんな可愛らしい事を言うエミリー。この謙虚さと可愛らしさがラビィに少しでもあればなと、そんな風に思ってしまう。


「そっかそっか。それじゃあ明日もよろしく頼むな!」

「うん! 任せておいて!」


 この異世界に来てから、これほど頼もしい『任せておいて!』は今までに無かった。それだけにエミリーが皇女様である事が悔やまれてしょうがない。


「ところでミント、ラビィの様子はどうだ?」

「ラビィちゃんはまだまだご立腹の様子でしたねぇ」

「まだ怒ってんのかアイツは……たくっ……」


 ラビィがどうして自宅に引き籠もっているのか。その理由はとても単純で、俺が約束したご飯を持って行かなかったからだ。

 正確に言うと持って行かなかったんじゃなく、持って行けなかっただけなんだが、いじけたラビィにそんな事情は関係ないらしい。

 まあ、確かに今回は不測のトラブルに見舞われたとは言え、俺も悪かったとは思う。だけどだからと言って、ラビィが天岩戸あまのいわと状態を決め込むのはちょっと違う気がする。


「ミント、悪いけどもうしばらくの間ラビィの面倒を見てやってくれないか?」

「私なら大丈夫ですよぉ。ラビィちゃんの相手をするのも結構楽しいですしぃ」

「そ、そっか、それじゃあよろしく頼むよ。これ、当面のお金な」

「はいぃ。確かに受け取りましたぁ」


 あんな我がまま駄天使の相手をするのが楽しいなんて、ミントも結構変わってるよなーと思いつつ、ミントとラビィが生活する為のお金を手渡す。

 とりあえず天照大神あまてらすおおみかみ状態のラビィはミントに任せておけばいいだろう。

 後はアストリア帝国に居るラッティの状況が気になるところだが、流石に皇族がどうしているかを知るのは難しい。まあ、そんな事が簡単に分かったら大変な事になるから当たり前だろうけど。

 こうして状況報告と食事を済ませた俺は、みんなを残して一足先に宿へと戻った。

 俺はラビィのせいで自宅へ戻る事ができないので、今はリュシカとエミリーが使っている宿の別部屋を利用させてもらっている。宿代はちょっと値が張って痛いけど、リュシカやエミリーといつでも相談したりできるから、その点においては都合が良い。


「さーてと、明日はどんなクエストをやるかな」


 異世界に来てこれほどまともに冒険者をやっている実感が無かった俺にとって、エミリーと組んでのこの三日間はとても充実していた。それだけに明日の事を考えるとついワクワクしてしまう。

 アストリア帝国でエミリーと勘違いされているラッティの事を考えると申し訳ない気持ちにはなるけど、さすがに手荒な扱いを受ける事はないだろうし、むしろ居る場所が分かっているだけ安心だ。それを考えると少しだけ気楽にはなる。

 それから道具の整理と武器の手入れをする事しばらく、唐突に部屋の扉がコンコンと叩かれた。


「はーい? どちらさんですかあ?」


 俺の放った言葉に対し、ドアの向こう側から返答は無い。その事に小首を傾げつつ、俺は手入れ中だった武器を小さなテーブルの上に置いてドアの方へと向かった。


「あれっ?」


 小さく開いたドアの向こう側には誰の姿も無かった。

 おかしいなと思って大きく扉を開けると、ドアに何か重たい物が当たる音と感触が伝わって来た。思わず覗き込む様にして表側のドアを見ると、ドアのちょうど真ん中辺りの床に重石をされた紙があるのが見えたので、俺はその重石を取ってからその紙を拾い上げた。


「はあっ!?」


 拾い上げた紙を見た俺は驚愕した。

 なぜならその紙には、『アストリア帝国の第一皇女は預かった。無事に返してほしかったら、今日の深夜に皇女の持ち物とスターマリンを持ってリリティアの森まで来い』――と書かれていたからだ。

 どうして俺達と一緒に居るエミリーがアストリア帝国の皇女だと犯人が分かったのかは疑問だけど、今はそんな事を考えていても仕方がない。ここは一刻も早くリュシカと合流して対策を立てないと。


「なるほど。いつまで経っても戻って来ないと思ったら、誘拐されていましたか」

「のわっ!?」


 いつの間にか俺の横に居て手紙を見ていたリュシカ。その声に心臓が飛び出そうなほど驚いてしまった。


「い、いつの間にそこに居たんですか!?」

「つい今し方です。それよりリョータさん、すぐにエミリーさんを助けに行きましょう」

「えっ!? でも、エミリーがどこに誘拐されたとか分からないんですけど……」

「それなら見当がついているので心配無用です」

「へっ!?」

「さあ、行きますよ」

「えっ!? あっ、ちょ、ちょっと――」


 リュシカは俺の手を掴むと同時に有無を言わさず歩を進め始めた。

 俺はいったい何が起こっているのか説明を聞く暇も無く、リュシカによって夜の街へと連れ出される事になった。

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