第34話・違和感の答え

「さあ、ダーリン。走ったから喉が渇いたでしょ? お茶をどうぞ」

「えっとあの、助けてもらってありがとうございます。ティアさん」

「ふふっ、気にしなくていいのよ。ダーリン」


 魔王幹部であるティアさんとティナさんが営む雑貨店ミーティル。

 俺はその店内で初めてここを訪れた時と同じ様に、黒のゴスロリ風衣装を着たティアさんからお茶のおもてなしを受けていた。

 なぜラビィの食料を買う為に外出した俺がティアさん達のお店でお茶のおもてなしを受けているのかと言うと、買物から帰る途中で陽が沈んで女体化してしまい、街の男共に追われているところを偶然出会ったティアさんに助けられたからだ。

 俺は白く小さな丸型テーブルの上に置かれた花柄模様のあるティーカップへと手を伸ばし、注がれたお茶を一口飲む。口に含んだお茶は爽やかなハーブの風味に適度な甘さがあってとても美味しかった。

 しかし出してもらった美味しいお茶を再び口へ運ぶ事なく、俺はティアさんに対して疑問を口にした。


「あの、ティアさん。どうして今の俺が近藤涼太だって分かったんですか?」


 ティアさんにはラビィに苦労させられてる話はしたけど、その時に俺の身体が女体化する話はしてないし、女体化した姿を見せた事もない。

 それなのにティアさんは、女体化して追われている俺を見てすぐに近藤涼太だと気付いて逃げるのを手伝ってくれた。これを不思議に思わないわけがない。


「そんなのは簡単よ。私はダーリンの匂いから身長体重、心音のリズムからアレの大きさまで、ダーリンのありとあらゆる身体情報をバッチリと把握してるもの。それとダーリンには結構特殊な特徴があるから、例え姿形が変わったとしても、私がダーリンの事を分からないなんて事はありえないわ」

「そ、そうなんですね」


 ティアさんの発言は思いっきり引いてしまいそうな内容だし、いつの間に俺の身体情報を詳しく調べたんだろうと不思議に思ったけど、そのおかげで助かったのは事実だから、この際それには目を瞑ろう。


「でも、身体がこんな変化をするなんて不気味でしょ? さすがに俺の事が嫌いになったんじゃないですか?」

「あら、どうして? 大好きなダーリンがこんな可愛らしい女の子になるなんて、一粒で二度美味しいじゃない。だからそんな事で私がダーリンを嫌うなんてありえないわよ」

「そうなんですか?」

「もちろん!」


 ティアさんのあっけらかんとしたポジティブ発言を聞いた俺は、驚きと同時にちょっと安心をした。これが原因でティアさんが俺を嫌うんじゃないかと、ちょっとそんな事を思っていたからだ。


「それにしても安心したわ。アストリア帝国に囚われたって聞いた時にはビックリしちゃったから」

「知ってたんですか?」

「ええ。さっきうちの店へ買物に来たお客さんから詳しく話を聞いたの」

「大変だったんですよ。姉さんたらその話を聞いてすぐに店を飛び出して行ったんですから」


 お店のカウンター奥に立っていた妹のティナさんが、いつものにこやかな笑顔で話しに加わってきた。


「だって、皇女誘拐の罪って言えば死罪は免れないじゃない。だから焦ってたのよ。第一、ダーリンがそんな事するはずないんだから! だから皇女誘拐なんて濡れ衣だって、アストリア帝国へ言いに行こうとしてただけよ」

「そうは言いますけど、放っておいたらまたあの時みたいな事態になってたんじゃないですか? 姉さんは恋をすると盲目なところがありますから」

「そ、そんなの昔の話でしょ!? ダーリンの前でその時の話は止めてよね! あれは若気の至りだったんだから」

「あら、ごめんなさい。リョータさん、今のは聞かなかった事にして下さいね」

「あ、はい……」


 いったいティアさんが何をしたのか凄く気になるけど、ここはティナさんの言う様に、聞かなかった事にしておいた方がいいんだろう。知らぬが仏と言う言葉もあるしな。

 俺はテーブルに置いていたティーカップを手に取り、聞かなかった事にしてくれと言われた内容を飲み込む様にしてお茶を飲んだ。


「まったく……まあいいわ。それじゃあダーリン、私はダーリンが泊まる準備をして来るわね」

「えっ!? どうしてそうなるんですか?」

「どうしても何も、その状態でまた街中に戻るの? 見たところ魅了の力が働いてるみたいだし、また大勢の男共に追われる事になるわよ?」

「うっ、確かにそうですけど……」

「ダーリンと私の間で遠慮なんて要らないから」


 ティアさんはそう言うと、俺の返答を待たずに店の奥へと向かって行った。

 すると入れ代わる様にしてティナさんがカウンターから出て俺の側へとやって来た。


「ティアさんはああ言ってますけど、迷惑じゃないですか?」

「私は別に構いませんよ? それに気持ちは分かりますが、ここは姉さんの言う通りにしておいた方がいいと思いますよ? もしもリョータさんがまた街中で追われる事態になれば、次こそ姉さんはリョータさんを守る為にその連中を排除しようとするかもしれませんし」

「それはまずいですね……」


 容易にその場面が想像できるだけに、俺は思わず怖気おぞけ立ってしまった。

 ここはティナさんの言う様に、その好意に甘えておくべきだろう。沢山の人達の安全を考えて。

 お腹を空かせているラビィには悪いと思うけど、ティアさんに騒動は起こしてほしくないし、俺だって自分の身は可愛い。それに男連中に追われる恐怖は俺にとってもはやトラウマになっているから、好き好んであんな事態に陥りたくはない。

 俺は色々と考えた末にティアさんの好意を受け入れて一晩だけお世話になる事を決め、ティアさんが用意してくれた部屋でいつもとは比べ物にならない柔らかな布団に寝転びながら、今日やったクエストの事を思い返していた。


「やっぱり何か変だよな……」


 五畳くらいはあるだろう静かな部屋で考えを巡らせていたが、どう考えても今日のリュシカとラッティに感じていた違和感が拭えない。

 しかし感じ取った違和感をただの気まぐれや偶然と言われれば反論のしようもないし、それを気まぐれや偶然じゃないと言えるだけの証拠の様な物も無い。


「……もう少しだけ様子を見てみるか」


 どれだけ考えても答えは出ない。

 そう思った俺はとりあえず様子見する事を決め、柔らかな布団の上で目を閉じた。


× × × ×


 ティアさん達が営む雑貨店で一晩を過ごしてから二日が経った。

 あの夜はティアさんが夜這いに来たりで色々大変だったけど、まあその時の話はいいだろう。

 あれから俺はリュシカとラッティの観察を続けていたんだけど、二人に対して芽生えた違和感は日増しで大きくなっていた。

 相変らずリュシカは積極的にクエストへ参加してるし、ラッティの使う魔法も不自然なくらいに敵の弱点を突いた魔法が連続発動している。

 前者の積極的なクエスト参加は気まぐれだと言われればそれまでだろう。

 しかし、ラッティの敵の弱点属性を突いた魔法の連続発動だけはどう考えてもおかしい。

 何せラッティが使える唯一の魔法ルーデカニナは非常にランダム性の強い魔法で、同じ魔法が二度続けて発動する確立は非常に低いとティアさんに聞いていたからだ。

 でも実際にラッティが使用しているルーデカニナは、ティアさんが言っていた常識を覆す勢いで同じ魔法を連続発動している。これを違和感と呼ばずして、何を違和感と言うのだろうか。

 そしてそんな怪しさ満載の二人の事を観察し始めてから更に一日が過ぎた三日目のお昼前、俺は唐突にその違和感の答えを知る事になった。


「これは……」


 俺は今日の昼過ぎから行う予定のクエストで必要な物がないかを確かめる為に、リュシカとラッティが寝泊りしている宿屋へと訪れていた。

 そして二人が寝泊りしている部屋の前に落ちていた物を拾った俺は、それを見て愕然としてしまった。

 俺が拾ったのは一枚の冒険者カードだったんだけど、その冒険者カードに書かれていた名前には、ヴェルヘルミナ・エミリー・アストリア――と書かれていた上に、冒険者カードの持ち主を示す部分にはラッティの顔が写っていたからだ。


「ヴェルヘルミナって確か、酒場に来たアストリア帝国のオッサンが言ってた皇女様の名前だったよな……。いや、まさかな。でも名前にはアストリアってあるし……」

「見てしまったんですね」


 突然聞こえてきた声にビックリしてその方向を向くと、そこにはリュシカの姿があった。

 部屋の中に居ると思っていたリュシカが突然違う場所から現れた事に驚いた俺は、思わず拾った冒険者カードを後ろ手に隠した。


「な、何の事ですか?」

「誤魔化さなくてもいいですよ。私もその冒険者カードを探していたんですから。とりあえず拾ったカードを渡してもらえませんか?」

「あ、はい……」


 俺は近付いて来たリュシカに対し、後ろ手に隠した冒険者カードを素直に手渡した。


「あの、ちゃんと説明してもらえますよね?」

「ええ。これを見られた以上、リョータさんにも事情説明をしておいた方がいいでしょうしね。私は彼女を連れて来ますから、部屋の中で待っていて下さい」

「分かりました」


 俺はリュシカの言う事に素直に従い、部屋の中で二人が戻って来るのを待った。

 それから部屋で待つ事しばらく。ようやく部屋へと戻って来た二人を前に、俺はさっそく質問を開始した。


「まず初めに聞いておきたいんだけど、君はラッティじゃないんだよね?」

「うん。ウチはお兄ちゃんの言っているラッティちゃんじゃないよ。ウチはアストリア帝国の第一皇女、ヴェルヘルミナ・エミリー・アストリア。よろしくね、お兄ちゃん」


 明るくそう言いながら、ペコリと頭を下げる皇女様。

 見た目も声も喋り方も本当にラッティと瓜二つだが、唯一の違いを挙げるとすれば、ファンタジーものに出てくるエルフの様に尖った耳だ。俺が一番最初にこの子と出会った時に感じた違和感はこの耳だったのだろう。


「よろしく、皇女様。それで、何でアストリア帝国の第一皇女様がこんな所に居て冒険者の真似事をしてるんですか?」

「ウチね、ずっとお城で女王になる為の勉強をさせられてたんだ。毎日毎日同じ事の繰り返しでもうウンザリ。だからね、ウチはそれが嫌だったから家出をしたの。それでね、前から自由に生きてる冒険者に興味があったから、キャラバン隊にこの街へ連れて来てもらって、冒険者登録が出来る場所を探していたところでリュシカお姉ちゃんと出会ったの。ねっ」

「その通りです。まあ、さすがにアストリア帝国へ連れて行かれたはずのラッティちゃんと瓜二つの彼女に出会った時にはビックリしましたけどね」

「なるほど。それじゃあ二人は最初っから結託してたって事ですか」

「そう言う事になりますね」


 特に悪びれる様子も見せず、リュシカはいつものにこやかな笑顔のままでそう言った。まあ、リュシカに対してそんな事を期待していたわけじゃないけど。


「とりあえず事情は分かりましたけど、皇女様はこのまま冒険者を続ける気なんですか?」

「うん! だって冒険者生活楽しいもん!」

「そうは言いますけど、国の人は凄く心配してましたよ? それにアストリア帝国に身代わりで居るラッティの事も心配ですし、ずっとこのままってわけにはいきませんよ?」

「それはそうだけど……」


 その言葉に対し、皇女様は明るかった表情を暗くして俯いた。皇女様も楽しいと言っている冒険者生活をこのまま続けられないという現実は理解しているんだと思う。

 俺にはこの皇女様の苦労を真に理解してあげる事はできない。しかし、ずっと同じ事を強いられている生活が辛いと言う気持ちは何となく分かる。


「…………分かりました。それなら後一週間だけ、このまま冒険者として生活して下さい。その代わり、一週間後にはちゃんとアストリア帝国に帰ってラッティを返して下さいね?」

「いいの?」

「大手を振って大丈夫とは言えないですけど、皇女様の気持ちも分からないではないですからね。だけど十分に気を付けて下さいね? 皇女様に何かあれば、俺は今度こそ間違い無く処刑台行きになりますから」

「うん! 分かった! ありがとう、お兄ちゃん!」

「おっと!」


 満面の笑みを浮かべながら俺に飛び付いて来た皇女様。こういったところもラッティとよく似ている。


「お優しいですね、リョータさん」

「まあ事情は聞きましたし、最終的に丸く収まりそうならそれでいいですよ。それじゃあ、今日のクエストに行きましょうか、皇女様」

「うん! あっ、それとここに居る間はお兄ちゃんもお姉ちゃんもウチの冒険者仲間だから、皇女様って呼ぶのは無しね。だからウチの事はエミリーって呼んで」

「本当にいいんですか?」

「もちろん! ほらっ、名前呼んでみて、お兄ちゃん」

「では遠慮なく。それじゃあエミリー、冒険に行こうぜ!」

「おーう!」


 こうしてラッティの振りをしていた皇女様と一週間冒険をする事になり、俺はそれなりの覚悟を決めて三人で今日のクエストへと向かった。

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