第33話・おかしな二人
とりあえずの装備品をリュシカに用意してもらった俺は、ついでにクエストを受けて来たと言うリュシカとラッティに連れられ、リリティアの街からかなり離れた位置にある遺跡ダンジョンへと来ていた。
ちなみにだが、俺の頭上には世界に滅びをもたらすと言われている伝説のアデュリケータードラゴン、ミントの姿もある。
そんな俺達が行う今回のクエストは、遺跡ダンジョンを住処にしている大型殺人蜂キラービーの駆除と巣の撤去なんだが、正直な話、俺は今回のクエストがとても乗り気ではない。なぜなら俺は、蜂が大っ嫌いだからだ。
それもこれも、日本で生活していた時に三度も蜂に刺されて死にかけた経験があるからに他ならない。
しかも今回は日本に居た時とは比べ物にならない大きさの凶暴な殺人蜂を相手にしようと言うのだから、その恐さは比べものにならないわけだ。
しかしそんな俺の恐怖など知る由もないリュシカは、何の
「あの、リュシカ。ダンジョンへ入ったのはいいんですけど、これって危なくないですか?」
「何が危ないんです?」
「何がって……キラービーって確か、サイレントキラーの異名を持つ夜行性のモンスターでしょ? 迂闊にダンジョンへ突っ込むのは不味いんじゃ?」
「確かにキラービーは危険なモンスターですからね。だからリョータさんは気をつけて下さい。色々な意味で」
「えっ? あ、はい……」
俺がした質問に対する答えにはまったくなっていない。だけどリュシカがこのままダンジョン内を進んで行くという意志だけは分かった。
さすがにリュシカが何の考えも無しにダンジョン内へと入ったとは思えないけど、あの言い草を聞く限りはリュシカの助けを期待するのは止めておいた方がいいだろう。まあ、助けられたら借金が増えるだけだから、蜂の襲撃とは別の意味で気が気じゃない。
先頭を歩くリュシカと、俺の隣でふわふわと飛んでいるミントが手に持つランプがダンジョン内を小さく照らす中、リュシカはラッティを横にして奥へ奥へと進んで行く。
「なあ、ミント。キラービーって何か弱点はあるのか?」
「そうですねぇ、キラービーはぁ、基本的に高熱や寒さに弱いですねぇ。それから煙を嫌がる性質もありますしぃ、何より夜行性なのでぇ、強い光が苦手ですねぇ」
「なるほど」
ミントの説明を聞く限り、対処法は日本で見た事のある蜂の駆除と大して変わりは無い様だ。とは言え、キラービーは日本で見ていた蜂とは大きさや凶暴性そのものが違う。
果たしていざと言う時、俺だけでどこまで対処出来るだろうか。それを思うと不安で仕方がない。
そしてダンジョンへ入ってから進む事しばらく、突然リュシカが右手に持っていた杖で何かを薙ぎ払う様に振った。
すると数秒もしない内に少し遠くから『ギュワッ』と言う気味の悪い声と共に何かがドサッと地面へ落ちる音がした。
恐らくは迫っていたキラービーを倒したと言う事なんだろうけど、少なくとも俺にはその姿を視認する事はできなかった。
何せドサッと言う音がした場所にはまだランプの光は届いてないし、何よりキラービーが迫って来る羽音すら聞こえていなかったから。
「リュシカ。何でキラービーの接近が分かったんですか?」
「キラービーはサイレントキラーと言う異名の通りに音を立てずに接近できるスキルを有していますが、完全に無音と言う訳ではないんですよ。だからほんのちょっと注意をすれば、接近に気付くのはそう難しい事ではないんです」
「へえー」
何でもない事の様にリュシカはそう言うけど、実際にそれを俺がやろうとして出来るかと言われればやれる自信は無い。
しかしリュシカに関して言えば、もはや何が出来ても不思議ではないと思える。それだけ冒険者としてずば抜けていると思えるからだ。
そしてそんな俺の驚きをよそに、リュシカは足を止める事なく先へと進んで行く。
「うえっ……」
リュシカに続いて先へ進むと、大人の頭一つ分くらいあるキラービーの無残な死体が床に転がっていた。
床に転がっているキラービーは鋭く大きな刃物で一瞬にして切断された様に真っ二つになっていて、その切り口はなぜか凍りついている。いったいあの時にリュシカが何をしたのかは分からないけど、とりあえず凄い事をしたって事だけは分かった。
「なあ、ミント。さっきリュシカが何をしたのか分かるか?」
「さっきの攻撃ですかぁ? 分かりますよぉ。リュシカちゃんはぁ、吸収系の魔力を刃状にして超スピードで放ったんですよぉ。そしてその放った魔力が空気中の水分を急速に集めながら凍って移動をしてぇ、その氷の刃がキラービーを切り裂いたんですよぉ」
「へえ、相変らず凄い事するなあ……」
リュシカのやった事にも驚きはしたけど、それをこうして分析し理解しているミントも大概凄いと思える。流石は伝説とまで言われたアデュリケータードラゴンと言ったところだろうか。
まあそれはそれとして、どうにも解せない事が一つある。それは今回のクエストに限ってリュシカが積極的に行動をしている事だ。
そんなリュシカを不思議に思わないのは、きっとお気楽なミントとお子様のラッティくらいのもんだろう。何せ普段はクエストに同行する事はあっても、絶対に自ら加勢をしたりする人ではないから。
だからそんな人がこの様にダンジョンの先頭を歩いていると言うのは、どうにもおかしいわけだ。
しかし今更そんな事に疑問を感じたところでキラービー討伐クエストがなくなる訳じゃないから、とりあえず今は頑張ってキラービーを討伐するしかないだろう。
「――どうやら気付いたみたいですね」
先頭を進んでいたリュシカがそう言ってピタリと立ち止まる。
どうやらキラービーが近付いている様だが、おそらくまた先程の様にしてキラービーを退治するのだろうと、俺はそう考えていた。
「ラッティちゃん、前に言った通りに魔法を使ってみて下さい」
「うん! 分かった!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待っ――」
「ルーデカニナ!」
俺の言葉が最後まで紡がれる事はなく、ラッティは杖を前方へとかざして魔法を撃ち放った。
――終わった。俺の人生は今ここで終わりを告げるんだ……。
こんな大した広さも無いダンジョンでラッティの魔法が放たれると言う事は、イコール俺達がここで全滅すると言う事。
俺は瞳を閉じてろくでもなかったセカンドライフを走馬灯の様に思い出しながら、せめて痛みを感じずに死ねればいいなと願った。
「「「「ギュワーッ!」」」」
ラッティの魔法が放たれて数秒後。
通路の奥から複数の気味の悪い声が聞こえ、それから間もなく、鼻を突くとても焦げ臭く不快な匂いが漂ってきた。
俺は自分に痛みも何も無い事を不思議に思い、閉じた目を見開く。
「なっ!?」
目を見開くと、すぐ横に居たはずのミントが奥の方に居た。
そしてミントの持つランプの灯りに照らし出されたキラービー達は、見事なまでに黒く焦げて地面へと落ちている。
俺はその光景を信じられないと言った心境で見ていた。あのキラービー達を黒焦げにしたのは間違い無くラッティが放ったルーデカニナだろうけど、なぜカンスト状態の魔力を持つラッティが放った魔法がこの程度の威力で済んでいるのか、それが俺には不思議でしょうがなかった。
「やったよ! リュシねえやん!」
「お見事です」
「ちょ、ちょっとリュシカ! 何でラッティに魔法を使わせたんですか!?」
「何でって、何か問題がありましたか?」
「大有りですよ! ラッティの魔法威力が凄いのはリュシカも知ってるでしょ!?」
「知っていますよ。ですが、この場においてラッティちゃんに魔法を使ってもらった事に結果として問題はありましたか?」
「うぐっ……」
リュシカの言い分に対し、俺はぐうの音も出なかった。確かに結果的には何の問題も無かったのだから。
それにしても、どうしてラッティの魔法威力があそこまで減退しているのだろうか。そこが何よりも不思議だ。
「リュシカ。いったいラッティに何をしたんですか?」
「私はラッティちゃんに何もしていませんよ? ただ、ちょっとしたコツをお話しただけです」
「コツ? コツって何ですか?」
「知りたいですか? それを知るにはそれなりの代償を必要としますが、大丈夫なんですか?」
「うっ……やっぱりいいです」
「ふふっ、そうですか。では知りたくなったらいつでもどうぞ。それでは先へ進みましょうか」
リュシカはそう言って不敵な笑みを浮かべると、再びダンジョンの奥へと向かって歩き始める。
それからラッティが倒したキラービーの横を通り過ぎる際に、リュシカがチラッと床に黒焦げで転がっているキラービーを見た。
そしてそれを皮切りにリュシカはキラービーが現れても一切攻撃をする事なく、その全てをラッティに任せるようになる。
正直それを見ている時はいつラッティの魔法威力が元に戻って全滅しないかと冷や冷やしたけど、結果的にこのクエストを終えるまでにラッティの魔法威力が元に戻る事は無く、キラービー討伐クエストは呆気無いくらいにあっさりと終了した。
× × × ×
俺達がキラービー討伐クエストを終えてリリティアの街へと戻って来た頃、世界は既に夕暮れ時を向かえていた。
ギルドであっさりと片付いたクエストの報酬をどこか罪悪感にも似た気持ちで受け取った俺は、性別変化が起こる前に自宅へ帰り着こうと帰路を歩く。
「あー、何だか色々と疲れたな……」
キラービー討伐クエストにおいて俺がやった事は特に何も無い。それでも強いてやった事を挙げるとすれば、ラッティがキラービー達を倒した後に落ちていたドロップアイテムをせっせと拾っていた事くらいだ。
だから俺に疲れる様な要素は特に無い訳だが、この場合の疲れとは考え疲れの様なもので身体的なものではない。
それにしても今回の討伐クエスト、俺が思うにおかしな事が多過ぎる。
一つ目はリュシカの積極的な行動、二つ目はラッティの魔法威力、三つ目はラッティが使っていたルーデカニナが、なぜか狙った様に火と氷の魔法しか出なかった事。
この中であえて俺が説明できそうなものを挙げるとしたら、二つ目の魔法威力についてだろう。これなら俺の知らない秘術だか何だかを使ってリュシカがそれを成したと考えられるからだ。
しかもラッティはリュシカが好きな子供。ラッティがお願いをしたにしろそうでないにしろ、リュシカがその力を貸す事に何ら不思議はない。
色々と解せない事を考えつつも、とりあえず陽が沈む前にと急いで帰路を歩く。
「ただいまー」
「ア、アンタねぇ……いったい今までどこをほっつき歩いてたのよ……」
「あっ……」
しばらくして家へと着いた俺は、出入口を開けて中へと入った瞬間に目に映った光景を見て動きがピタリと止まった。
布団に寝たままのラビィが、鋭く怒りに満ちた視線をこちらへと向けていたからだ。
「『あっ……』じゃないわよ。よくもこの大天使ラビィ様を一日以上放置してくれたわね……。アンタ、私を餓死させる気だったわけ?」
「いやあの、これは何と言うか、色々と面倒な事に巻き込まれてこうなったと言うか……」
「ぐすっ……ちゃんと食べ物を持って来るって言ったのに……リョータは嘘をついた。私なんて餓死しちゃえとか思ってたんだー!」
「お、おい、待てよ。何も泣かなくていいだろ?」
病気の時には気弱になったりするもんだけど、まさかあの
「リョータは私を見捨てようとしたんだ! 私を餓死させようとしてたんだー!」
「ち、違うって! 本当にトラブルに巻き込まれてたんだよ!」
――まあ、途中からラビィの事をすっかり忘れていたのは確かだけど。
「嘘だあー! それなら何で食料を持ってないの? どうせ自分だけ美味しい食事を堪能して来て、私の事なんて忘れてたからでしょ! この裏切り者! 薄情者! 鬼畜! ペテン師!」
次々と俺を罵る言葉を出すラビィ。その様を見た俺は、案外元気じゃないか――と、少し安心をした。
「何笑ってんのよ! この変態オ〇ニート!」
「はいはい、すみません。俺が悪かったよ。すぐに食べ物を買って戻るから、ちょっと大人しくしてくれ。そうじゃないと、餓死する前に隣人のオッサンに殺されるぞ?」
「うっ……分かったわよ……。あっ、買物に行くならついでにパチパチも買って来てよね」
「病人は大人しく水でも飲んどけよ」
「えーっ!? やだやだー! パチパチじゃなきゃやーだ!」
パチパチが飲みたいと騒ぎまくるラビィに対して隣人のオッサンが殺意ある怒号を浴びせた後、俺は逃げる様にしてラビィの食事を買いに夕暮れの街へと再び繰り出した。
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