第32話・魔法幼女の帰還

 アストリア帝国の皇女様誘拐というやっていない罪で牢獄に囚われていた俺は、同じく牢獄に囚われていた囚人達の脱獄計画を利用して牢獄を抜け出した。

 それから何とか無事にアストリア帝国を出る事が出来た俺は、そのまま急いでリリティアの街へと戻ってラビィやリュシカに今回の件を話そうと思っていたんだけど、リリティアへ戻るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

 何せ俺が持っていた装備品や所持金などは全て取り上げられていたから、お金を使ってリリティアの街まで戻る事も出来なかったし、装備品も無いからモンスターに見つかれば即座に逃げの選択を打たなければいけなかったわけだ。そうなれば当然、リリティアの街へと戻るのも遅くなる。

 しかも運悪く陽が落ちて女体化していた事により雄のモンスターを数多く惹き付けてしまい、そいつ等から逃げ惑う内に迷ったりして更にリリティアの街へと戻るのが遅くなってしまった。

 アストリア帝国の牢獄から俺が脱獄した事は恐らくもうばれているだろうから、俺に対しての追っ手が迫っている事は十分に考えられる。だから俺は焦っていた。

 そしてそんな俺がリリティアの街へと何とか辿り着いたのは、そろそろ陽も昇ろうかという時分になってから。

 魂が抜け出そうな程の疲労を感じながらリリティアの街へと戻って来た俺は、フラフラとおぼつかない足取りで自宅のボロ長屋へ戻ろうとしていた。


「くそっ、どうしてこんな目に遭わなきゃいかんのだ…………」


 寒々とした風が吹き抜ける人気が少ない早朝の街中を歩きながら、異世界に来て度々訪れる我が身の不幸を嘆く。

 日本に居た時もそれなりにろくでもない事は多かったけど、この異世界に来てからは特にそれが顕著になってきている。

 マヌケな理由で死んで選択の間へと導かれ、そこで出会った女神様からもたらされた三つの選択肢。その中からこの異世界転生を選んだのは俺だけど、誰がこんなろくでもない異世界生活になるなんて想像するだろうか。

 転生を決意した時に俺が想い描いていた異世界生活はこんなものじゃなかった。

 俺が想い描いていた異世界生活はもっとこう、格好良くスタイリッシュにモンスターを討伐し、それによって徐々に名声を得て異性からモテモテになる――みたいな感じだった。なのに現実の俺はと言えば、そんな事とは遥かに縁遠い位置に居る。

 まあ、そんな理想もこちらへ来てから一ヶ月もしない内に消えてしまった訳だが、それにしたってこの現実は本当に酷いと思う。


「あっ、リョータさん。ようやく戻って来たんですね」


 今更の様に異世界転生を選んだ事を後悔しながら自宅への道を歩いていると、不意に後ろから声がかけられてそちらを振り返る。

 するとそこには我がパーティに同行しているドSシスター、リュシカの姿があった。


「ああ、リュシカ。ちょうど良かった。実は今大変な事になってて――」

「リュシねえやん。にいやん居たのー?」

「へっ!?」


 俺の置かれている状況を話そうとリュシカに近付き始めた瞬間、側にある家の脇道からアストリア帝国の皇女と勘違いされて連れて行かれたはずのラッティが姿を現した。


「な、何でラッティがここに居るんだ!?」


 その光景を見て混乱した俺は、思わず大きな声でそう言いながら姿を現したラッティの所へと詰め寄った。


「もしかして、ラッティちゃんがアストリア帝国の皇女様と勘違いされて連れて行かれた事を言っているんですか?」

「ど、どうしてリュシカがそれを知ってるんです!?」

「アストリア帝国の皇女様が行方不明になっている事は話題になっていましたからね。それに、先日のギルドでの騒動も聞きましたから」

「な、なるほど、そういう事ですか……。でも、それはそうとして、何で連れて行かれたはずのラッティがここに居るんだ?」

「ウチ、あの後で別人だって分かってもらえたから、すぐにお城から出してもらえたの。そしたらここのギルドでウチを連れて行ったおっちゃんが、『連れの男は後から帰すから、先に帰ってなさい』って言われたから先に帰ったの」

「そうだったのか……それにしても、よくあの連中に別人だって分かってもらえたよな」

「実はラッティちゃんがお城に連れて行かれてしばらくした後、行方不明だった本物の皇女様が帰って来たらしいんですよ」

「えっ!? 本物の皇女様が帰って来た!?」


 ――てことは、俺がやった脱獄や、この街へ帰るまでに苦労した事は全て無駄だったってのか?


 俺の知らない所で事態が解決していた事に凄まじい脱力を感じながらも、とりあえずこれ以上ろくでもない目に遭わなくて済む事はありがたいと思った。

 そしてそんな事を思って安堵した次の瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。


× × × ×


 疲労から意識を失った俺が次に目覚めた時に最初に見たのは、ラッティのにこやかな顔だった。


「あっ、ラッティ……ここは?」

「おはよう、にいやん。ここはウチとリュシねえやんが泊まってる部屋だよ?」


 そう言われて頭を動かしながら辺りを見ると、見覚えのある質感の天井や室内の様子が目に映った。どうやら間違い無く、リュシカとラッティが寝泊りしている部屋のようだ。

 少し懐かしい気分で部屋の中を見回していると、部屋の出入口の扉が開いてリュシカが中へと入って来た。


「あ、目が覚めたんですね。突然倒れたからビックリしましたよ?」

「すみません。ご迷惑をかけたみたいで」

「いえ、気にしないで下さい」


 そう言ってにっこりと微笑んだリュシカは、『しっかりと栄養を摂らなきゃ駄目ですよ?』と言って、持っていた袋からいくつかの果物を取り出して手渡してくれた。

 俺はそんな優しいリュシカに違和感を覚えつつも、とりあえず手渡された果物を食べた。リュシカに対する違和感は気になったけど、それも空腹には敵わなかったから。


「あっ、そういえば、装備品や所持金をアストリア帝国に没収されたままだったな……。取りに行かなきゃ」

「わざわざ取りに戻らなくていいんじゃないですか?」

「えっ? でも、それじゃあ冒険者としての活動が出来なくなるし」

「それなら私が代わりの装備を用意しますよ。ここでリョータさんに冒険者として脱落されては借金の徴収も出来なくなりますし、何より皆さんに同行していると面白――いえ、楽しいですからね」


 何やら変な事を口走ろうとしていた様だが、ここはあえて聞かなかった事にしておこう。妙なツッコミを入れて薮蛇やぶへび状態になってはたまらない。


「それじゃあ、俺がすぐに返せそうな額の装備をお願いします」

「分かりました。それではついでにラッティちゃんの武器も新調してきますね」

「えっ? ラッティ、俺があげた武器はどうしたんだ?」

「にいやんから貰った武器、どこかに無くしちゃったの……ごめんね」


 そう言ってしょんぼりと顔を俯かせるラッティ。

 まあ、皇女様と勘違いされたりなんだりで色々とあったわけだし、騒動の中で武器の一つくらい無くしたとしても仕方が無いだろう。それにあの武器も大した値段の物ではなかったし、また似た様な物を探してもらえばいいだろう。


「いや、別に怒ったりしてないから気にしなくていいよ」

「にいやん……ありがとう」


 そう言ってラッティの頭を撫でてやると、嬉しそうにしてにっこりと微笑んだ。

 しかしそうやってラッティの頭を撫でている時、俺はラッティに対して妙な違和感を覚えた。それが何なのかと言えば答えようもないけど、何かがいつもと違うという感覚だけはあった。


「それではリョータさん。お買い物に行ってきますね」

「あ、はい。あっ! そうだリュシカ、ラッティの武器ですけど――」

「分かっていますよ。任せておいて下さい」


 俺の発言を遮る様にそう言うと、リュシカはラッティを連れて部屋を出て行く。

 それからしばらくした後、は新しい装備を買って帰って来た二人から装備品を受け取った俺は、ついでにクエストも受けて来たという二人に促され、街から結構離れた場所にあるダンジョンへと向かう事になった。

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