第31話・プリズンブレイク
そろそろ異世界にも冬が訪れようかという時分。俺はアストリア帝国の地下にある牢獄で絶望に身を震わせていた。
理不尽てやつは転生する前に居た日本でも多々感じていた事だけど、それはこの異世界に来てから更に強く感じるようになった。だって俺が牢獄に囚われている理由が、まさにその理不尽を体現している出来事だから。
中にあるのは横になる為の粗末な敷き布と毛布が一枚ずつと、この異世界観に似つかわしくない水洗トイレがあるだけ。それ以外は灯りどころか灯り取りの窓すら存在しない。まあ、俺が居るのはホテルじゃなくて牢獄だから当然だけど。
それにしても、この異世界には色々と変に思うところは多い。その変に思う部分の大半は技術面に
例えばこの牢獄にある水洗トイレ。これは日本で暮らしていた俺にとってはとても馴染み深い物だけど、この異世界においては異彩を放っている物だと言えるだろう。
なぜならこの異世界、水洗トイレはあるくせにシャワーなどは存在しないし、日本にあった様な水の出る蛇口なども無い。
だからお風呂は井戸水を汲んで溜め、薪を燃やして沸かすというシンプルな物だからそれなりの労力が必要になる。そういった理由などにより、大多数の人達は街にいくつかある銭湯に行くのがこの異世界においての主流となっている。
ちなみにだが、街にある銭湯は薪などは使わずに別の発熱技術を使って湯を沸かしているらしい。
「はあっ……風呂にでも入って温まりたい……」
身体に感じる寒さは結構なものだけど、それでも風が吹かない事とある程度温度が一定化している地下だという事を考えれば、恐らく地上にいるよりも寒さはまだマシのはず。
とりあえず牢獄の中にある粗末な掛け布団を手に取り、歪な石畳の床に敷かれた敷き布の上へと寝そべる。所々で身体に感じる床石のゴツゴツとした感触が何とも気持ち悪いが、こればっかりは場所が場所だけに仕方がない。
身体に感じるそんな感触に身体を何度も寝返らせながらこれから先の事を考えるが、一向にこの事態を打開する術が思いつかない。これが映画とかなら仲間が助けに来るとかそんな展開も望めるんだろうけど、俺のパーティーにそれを期待するのは、神様がここへ降臨して俺を助け出してくれるくらいにありえない話だろう。
何せラビィは例の件で生命力を取られて寝込んでるし、ラッティはこのアストリア帝国の皇女と勘違いされて連れて行かれたから、この二人の助けを期待するのはそもそも無理な話だ。
ちなみにだが、リュシカにはその手の期待は一切していない。てか、こんな状態になっているのにどうかとは思うけど、助けてもらったらどんだけのお金を請求されるか分かったもんじゃないから、できればそんな事態になりたくはないと思ってしまう。
そんな感じでここから出る為の良い手段がまったく思いつかないまま、時間だけが確実に無くなっていく。そしてこのままでは、明日の昼頃には俺の命も完全に潰えてしまう。
モンスターと戦って死んでしまうなら冒険者だから仕方ないと思えるけど、こんな無実の罪で死刑になるなんてマジで勘弁だ。
――くそっ、こうなったら最悪あの手段を取るしかないか……。
過ぎ去る時間をなるべく無駄にしないようにと色々な事を考える中、俺は一つの打開策を見出していた。しかしそれを遂行する為にはいくつか問題もあった。
簡単に言うと俺の考えている打開策とは脱獄の事だが、これは現実であってフィクションではないので、そう簡単に脱獄が上手くいくはずもない。
それに明日までの短い時間で脱獄計画を立ててそれを遂行するなど、かなり無理があるだろう。そう考えるとますます状況が絶望的に感じる。
そんな風に思いながらも、とりあえず脱獄する為の手段を考える。そうしなければ俺の行きつく先は処刑台の上しか無いのだから。
「――いよいよ今日が決行の日だな」
どれくらい時間が経ったのかは分からないけど、牢獄の壁側に寄ってあらゆる脱獄シミュレーションを脳内で行っていたその時、不意に隣にある牢獄からボソボソと呟く様にそう言うオッサンの声が聞こえてきた。
それに何となく興味が湧いたからというのもあった俺は、思わず寝転ばせていた身体を起こして鉄格子側に寄り、声がした隣の牢獄の方へと耳を傾ける。
「分かってるって。予定通りに次の食事が運ばれて来てから二度目の巡回が来た後に計画を実行するから、お前も失敗するんじゃないぞ?」
いったい誰と話しているのか分からないけど、その内容を解釈すると多分、脱獄についての話をしているんだと思える。できれば俺もその計画に混ぜてもらいたいところだけど、今日実行すると言っている計画に俺の様な新参者を加えてくれるとは思えない。
しかし、上手くいけばこの脱獄計画を利用する事は可能かもしれないと思った俺は、このフロアに見張りの兵士が居ないのをいい事に計画実行の確認を細かくするオッサンの声を聞いて別の脱獄アイディアを練っていた――。
しばらくして人生最後になるかもしれない食事を終えた後、俺は緊張の面持ちで周囲の音や気配などに気を配っていた。
隣の牢獄に居るオッサンの細かな脱獄計画を聞いた俺は、何とかその計画を利用して脱獄をしようと計画を立てた。しかし、この計画が上手く行く保障は無い。
だけどこのままでは確実に俺の命は無くなるから、一か八かこの計画を実行に移すしかないわけだ。この異世界に来て何度目になるか分からないピンチだが、ここは何としても切り抜けるしかないだろう。
食事の後で兵士による一度目の巡回が終わってからしばらくした後、問題の二回目になる巡回兵がやって来た。
そしてその巡回兵がやって来たちょうどその頃、俺の身体は女性化を完了させていた。これはつまり、外では日没を迎えたと言う事になる。
脱獄を計画したオッサン達がどの様に時間を計っていたのかは分からないけど、闇に紛れて逃げようとしているのは間違い無い。どれくらいの期間を使って計画を立てていたのか知る術は無いけど、結構綿密に計画を組んでいたんだろう。
それから巡回兵が見回りを終えて上の階へと上って行った後、例の脱獄計画を立てていたオッサン連中が素早く行動を開始した。隣の牢獄はもちろん、他の場所からも複数の石畳をずらす様な音が聞こえてくる。
「みんな、上手く逃げろよ?」
オッサンのそんな声が聞こえてから再び石畳をずらす音が複数響いた後、このフロアに再び静寂の時間が訪れた。
確認の為にと鉄格子に寄って隣の牢獄の様子を耳で窺うが、人の呼吸音はおろか、その存在すら感じられない。
「よし、俺も行くか」
脱獄の為の準備をやり終えていた俺はそのまま鉄格子の出入口まで近寄り、その出入口を封印している錠前を両手で掴む。
「アンロック」
俺はレベルアップによって獲得していた盗賊スキルの一つであるアンロックと言う開錠スキルを使って錠前を外し、素早く外へと出てから再び錠前をかけなおした。
牢獄の一番隅の暗がりには、俺が居る事を偽装する為に使った敷き布と毛布がある。これで俺が脱獄をした事はしばらくばれないだろう。
俺が寝ている様に偽装がされている事を外側から確認した後、素早く奇襲スキルを発動させて姿を消し、上への出入口がある階段下で見回りの巡回兵がやって来るのを待った。
それからしばらくして巡回兵が階段を下りて来た後、俺は素早くも足音を立てない様に階段を上って牢獄フロアを抜け出す。
奇襲スキルはあくまでも姿を消すだけの視認阻害スキルだから、臭気や気配、足音などを消す事はできない。だから城の外へと出るまではとても生きた心地がしなかったけど、オッサン達の脱獄がすぐに発覚した事で大騒ぎになり、その混乱と騒ぎに乗じて上手く城外へと抜け出す事ができたのは幸いだったと言える。
そこからとりあえず城の遠くへと逃げながら、俺はこれから先の事をどうするかを必死に考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます