第16話・出会いはいつも唐突

 アンデッド討伐の依頼を受けてラビィと共にやって来た遺跡。

 その最深部で偶然にも隠された地下階段を見つけた俺達は、ちょっとの勇気と欲望を丸出しにしてその未知の領域へと足を踏み入れた。

 階段を下りてだだっ広い部屋を抜け、長い通路を経て再び広い部屋へと出る。


「なあ、ラビィ。ちょっと死霊の出現頻度が上がってないか?」

「そう? 上に居た時と変わらないと思うけど?」


 ――いやいや、上に居た時とは明らかに出現頻度も数も違うじゃないか。隠し階段を下りてから、自分がどれくらいピュリフィケーションを使ったかも分かってないのか?


「それにしても、お宝がまったく無いわね。せっかくこんな所まで来たってのに……この遺跡を作った奴はケチ臭いわよね。もっと盛大に金銀財宝でも盛っておきなさいってのよ」


 ラビィの言ってる事は、冒険者としては正しいのかもしれない。

 それにしても、天界から遣わされた天使がこんな俗物な発言をしてもいいんだろうか。それとも天使ってみんなこんな感じなんだろうか。


「まあ、確かに何も無いってのは変だよな。やたら部屋が広い割には何も無いし、かと言って目的も無くこんな広い部屋を作るってのも変だし」


 部屋は通路と外壁が石造りなだけで、残りの地面は何故か土のまま。何かの目的があってこんな部屋を作ったのは確かだと思うんだけど、それが何なのかは想像がつかない。

 その光景に奇妙な感覚を覚えつつも、とりあえずお宝を求めて奥へ奥へと進んで行く。


「――ん? 急に止まったりしてどうした?」


 分かれ道すら無い一本道を進みながら、襲って来る死霊を盛大にピュリフィケーションで浄化していたラビィだが、唐突に進む足を止めて持っていたランプを床に置いた。


「……何だか妙な感じがするわ」

「何だ? 宇宙から妙な電波でも拾ったのか?」

「ちっがうわよ! 私を電波女扱いしないでくれる!? たくっ、これだからリョータは未来永劫童貞なのよ」


 ――おいおい、嫌な事を口走ってんじゃねえよ。天使のお前が言うと予言じみてて怖くなるだろうが。


「はいはい、すいませんね。で? その妙な感じってのは何なんだ?」

「何って言われると困るけど、死霊とかモンスターとは違う異質な気配を感じると言うか何と言うか……」

「異質な気配ねえ……」


 仮にも天使であるラビィがこう言うのだから、相当に変な奴がこの先に居るのかもしれない。そう考えると、これ以上先に進むのは危険だと思える。


「ラビィ、ここで引き返して一度ギルドへ報告に行かないか?」

「なーに言ってんの!? ここまで来て帰れる訳ないじゃない! まだお宝の一つも見つけてないのに!」


 コイツの頭の中には危険予知って言葉は無いのだろうか。未知の領域で未知の敵が居るかもしれない場所に突っ込んで行くなんて、自殺行為もいいところなのに。


「その気持ちは分かるが、もし強力なモンスターでも鎮座ちんざしてたらどうすんだよ?」

「今の私にはピュリフィケーションがあるから大丈夫よ!」

「相手がもしアンデッドモンスターじゃなかったらどうすんだ?」

「その時はリョータにエンジェルブレスをかけて戦ってもらえばいいじゃない」

「俺の能力を底上げして勝てる相手ならいいが、そうじゃなかったらどうすんだ?」

「うぐっ……たくっ、ホントにリョータは役に立たないわよね」

「お前なあ、考え無しのアホをこうして止めてやってる時点で俺は十分役に立ってんだよ」

「はあっ!? アホって誰の事よ!」

「今この場において俺以外に居るのは一人しか居ないと思うんだが? アホはそんな事も理解できないのか?」

「キィ――――ッ! 私が居なかったらリョータなんてアンデッドも倒せないくせに!」

「それを言うならお前だって、俺が居なけりゃ並のモンスターすらまともに倒せねえじゃねえか!」

「もういいわよっ! 私一人で先に進むから!」

「おーおー、そうしろそうしろ! 俺は街に帰らせてもらうからな!」


 俺は道具袋から予備のランプを取り出し、床に置かれたランプから火を貰い移す。


「どうぞご自由に! じゃあねっ!」


 予備のランプに火を点け終わると、ラビィは床に置いたランプをひったくる様にして奪い取り先へと進んで行く。


「どうなっても知らねーからな!」

「それはこっちのセリフよ! お宝を見つけてもリョータには一つも分けてやらないんだからねっ!」


 最後まで憎まれ口を叩きながらラビィは奥へ奥へと進んで行く。


「ちっ……どうせ途中で心細くなって戻って来るさ」


 先へ先へと進んで行くラビィの背中を見ながらそう呟いた俺は、遺跡の出入口がある方へと戻り始めた。


× × × ×


 遺跡の出入口に着いてすぐ、なぜかリリティアの街に居るはずのラッティとリュシカが前方から歩いて来るのが見えた。


「あっ! にいやんだー!」


 俺の姿を見つけたラッティが、ちょこちょこと可愛らしく小走りでこちらへと向かって来る。


「どうしてこんな所に来たんだ?」

「あのねあのね、ウチ、思い出した事があったの」

「思い出した事?」

「うん! あのね、この遺跡にはりゅうが居るの!」

「りゅう?」

「うん!」


 にこにこと笑顔でそう答えるラッティだが、内容が端的過ぎていまいち言いたい事が分からない。

 ラッティと話している内に俺達の側へと着いたリュシカに視線を向けると、リュシカはいつもの涼しい笑顔を浮かべたままで口を開いた。


「この遺跡には昔から噂があったらしいんですよ。ここには地獄へ続くゲートがあって、そこから沢山の亡者の魂が迷い出て来ていた。そしてそれを防ぐ為に、若いドラゴンの魂を生贄にゲートを封印したという噂が。ラッティちゃんの言いたい事はつまりそういう事です」

「そうなのか?」

「うん!」


 問いかけに元気良く返事をしながら頷くラッティ。これまた随分と内容を省略したもんだ。


「でも、噂って事はそんなドラゴンなんて確認されて無いって事でしょ?」

「はい。でも冒険者達の間ではどこかに隠し通路みたいなのがあって、その先に結界として封じられたドラゴンが居るのでは――みたいな噂話はあるみたいですよ? ところで、ラビィさんはどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」

「…………」


 ――マズイ……これはマズイぞ……。もしもこの話が本当なら、先へ進んだラビィはかなりヤバイ。


「もう一度遺跡に潜って来る!」


 俺は明るいランプを持ったまま、再び遺跡の奥へと進み始める。

 そして遺跡の中へと戻って先へと進む中、俺は何故か一緒について来た二人にこれまでの経緯を話して聞かせた。


「なるほど。それでラビィさんが居なかったんですか」

「いや、まさかここがそんなに危ない場所とは思っていなかったから。それにアイツも途中で戻って来ると思ってたもんで」

「ラビねえやん、独りで寂しくないのかな?」

「うぐっ……」


 本人にそんなつもりは無いんだろうけど、ラッティの言葉は俺の良心にグサリと突き刺さった。


「それにしても、偶然とはいえ隠し階段を見つけるなんて、運が良いと言うのか悪いと言うのか」

「ラビィは喜んでましたよ。『きっとお宝ざっくざくよ!』って」

「ラビィさんらしいですね」

「うん。ラビねえやん、『お金大好き』って言ってた」


 ――アイツはホントにろくな事を口にしとらんな。ラッティの情操教育の為にも、連れて帰ったらなるべくラッティから引き離しておこう。


 ラビィによって多くの死霊が浄化されているおかげか、帰る時はもちろん、こうして再び遺跡の奥へと向かう間も一体の死霊とも出会う事は無く先へと進む事が出来た。

 そして先に進んでいるラビィを追いかけて進む事しばらく、通路の奥からピュリフィケーションを使った時のまばゆい光が走るのが見えた。


「居た! お――――い! ラビィ――――!」

「ん? 何よリョータ、やっぱりお宝が欲しくて戻って来たの? でも残念でしたー。お宝は全部私の物だからね!」

「ちげーよ! この遺跡には封じられたドラゴンが居るらしいんだよ。だから危ないんだって」

「はあっ? どういう事よ?」


 俺は眉間にシワを寄せるラビィに対し、掻い摘んで状況を説明した。


「ふーん。地獄の亡者が出られない様にドラゴンの魂で結界をねえ……。でもさあ、結界として封じられてるなら別に恐い事は無いんじゃない?」

「いやいや、よく考えてみろって。もしドラゴンの魂の結界が上手く作用しているなら、どうしてあんなにアンデッドがうようよと遺跡内に居たんだよ。これってつまり、結界が弱まってるか壊れてるって事になるだろ?」

「そうなの?」

「そうなんだよ。だからこれ以上進むのは危険なんだ」

「言いたい事は何となく分かったけど、ここまで来て手ぶらで帰れるわけないでしょ? きっと凄いお宝があるはずなんだから」

「あっ、馬鹿!!」


 どうしてもお宝をゲットしないと気が済まないらしく、ラビィは再び奥の方へと駆け出して行く。

 何でアイツは欲望のままに動くんだろうか。命を失うかもしれないのに。


「キタ――――ッ! お宝はっけ――――ん!」


 奥へ進んだラビィを再び追いかけて行くと、甲高い歓喜の声が響き渡って来た。


「見てよリョータ! あんな馬鹿でっかい宝石見た事ないでしょ!」

「おおっ!」


 追い着いた先に居たラビィが指差す方を見ると、大きな円形の部屋の中心に、七色に輝く大人の頭程の大きさの球体がふわふわと浮かんでいた。

 その輝きは本当に美しく、俺達が持っているランプ以外に光源の無い遺跡の中において一番眩い輝きを放っている。


「どうやらこれが、ドラゴンの魂を封じた結界石のようですね」

「結界石?」

「ええ。結界石は天然の鉱石を加工した物か、失われた錬金術によって生み出された宝石を使うんです。そして宝石としての純度が高ければ高い程、結界石としての効力が上がるんですよ」

「へえ」


 地球で言うところのパワーストーンみたいな感じだろうけど、その効力は桁違いどころの話ではない。まさに次元が違う。


「早速アレを持って帰りましょ!」

「あ、馬鹿! そんな簡単に触るんじゃ――」


 リュシカの話しに聴き入っている間に結界石へと近付いていたラビィは、俺が言葉を発し終わる前に結界石へと触れた。


『誰かそこに居るのぉ……?』


 ラビィが結界石に触れた瞬間、石が一瞬だけ光を失う。

 そして次に眩い光を放ち始めた時、遺跡内に俺達四人とは違う弱々しい子供の様な声が響き渡った。


「な、何だ!?」

「誰って言うアンタこそ誰よ!」


 普通なら得体の知れない声が聞こえてきたら萎縮すると思うんだけど、うちの駄天使は萎縮するどころか強気に聞き返している。

 こういった度胸はある意味で凄いと思える。だけどそのせいでいらんトラブルに巻き込まれる事も多いわけだが。


『私は……ミン……ト……お願い……ここから出してぇ……ここは暗い……寂しい……お願い……』


 その言葉に結界石へと視線を向ける。この場においてそんな不可思議な現象を起こしそうなのはアレしかないからだ。


「出してってどういう事よ! ちゃんと説明しなさいよね!」


 ラビィは声を発しているであろう元が目の前にある事に気付いていないのか、その強気な態度を崩さずに遺跡全体へ響き渡る声を上げる。


『私はぁ……騙されただけなの……遊びたかっただけなのに……お願い……ここから出してぇ……』

「騙されたってどういう事かな?」


 その言葉の意味が気になり、俺は何でも知っていそうなリュシカにその意味を問いかけてみた。


「古の時代には強い生命力や魔力、特殊な力を持つ者を生贄として結界石に無理やり封じて力を成した――という事があったそうですが、もしかしたらこのドラゴンもそうだったのかもしれませんね」

「そうだとしたら酷い話じゃないですか! 何とか助けてやれないんですか?」

「方法が無いわけではありませんが」

「リュシねえやん。ミント可哀相、助けてあげて。お金ちゃんと払うから……」


 リュシカの服を軽く引っ張りながらラッティがお願いをする。

 そんなラッティを見たリュシカはふうっと息を吐くと、ラビィが居る方へと向かって歩き始めた。


「ラビィさん、この結界石を素手で思いっきり叩いてみて下さい」

「へっ? 何で?」

「いいからリュシカの言う通りにしてやってくれ。夕食に何でも好きな物を奢ってやるから」

「何でも!? 本当でしょうね?」

「ああ、本当だよ」

「約束したからね! もしも約束破ったら、デコピン千回の刑だからねっ!」


 ――何、その地味に嫌な罰。


「分かったから早くやれ」

「よーしっ! それじゃあ行くわよー! せーのっ!」


 テンションが上がったラビィは嬉々としながら右腕を思いっきり後ろへ引き、目の前に浮かぶ結界石へと真っ直ぐに拳を突き出した。

 すると結界石は更に激しい光を発しながら、まるで薄いガラスが割れる様な音を立てて砕け散った。


「……ありがとう」


 眩しい光が収まった後、目を瞑っていた俺の耳にそんなお礼の言葉が聞こえた。その言葉に目を開いて声が聞こえてきた方を見ると、そこには薄っすらとした姿で浮かんでいる小さな二本角が頭から生えた少女が居た。

 その少女は嬉しそうな笑顔を浮かべると、もう一度だけ『ありがとう』と言ってから空気に溶け込む様に消えていった。


× × × ×


 遺跡から出てギルドへ戻った後、俺とラビィは今回の報酬を貰ってから四人で夕食を摂り始めていた。


「プッハァ――――! やっぱり一仕事終えた後のパチパチはたまんないわねー!」


 報酬を貰った後でその内の六割をいつもどおりにリュシカに取られてご機嫌斜めだったラビィだが、お気に入りのパチパチをグイッと飲むと、その不機嫌な表情もどこかへと吹き飛んでご満悦の笑顔を見せる。

 ちなみにあの後どうなったのかを簡単に説明すると、結界にされていたドラゴンの魂を解放した事により地獄のゲートが完全に開いたのだけど、ラッティに頼まれたリュシカがそのゲートを見事に手早く封印してくれた。

 凄い人なんだろうとは思っていたけど、本当にリュシカの実力は底が知れない。てか、本当に何者なんだこの人は。


「えーっと……鶏の唐揚げにかしカボチャ、極上野菜のスープを持って来てー!」


 人の奢りだとホントにラビィは遠慮が無い。もうちょっと遠慮する態度が見られれば可愛げくらいは感じるのだが。


「お前なあ、もう少し遠慮しろよな。俺だってそんなに金持ってないんだから」


 そう、俺もラビィと同じでリュシカに報酬の六割を持ってかれてるんだから、懐事情は決して良いわけではない。


「はあっ!? 何言ってんのリョータ? たかれる時には骨までしゃぶり尽くすのが常識でしょ!」


 コイツの言う常識とは、いったいどこの世界の常識だろう。もしかして天界ではそんなアホな事がまかり通っているんだろうか。


「あらかじめ言っておくが、1万グラン以上は奢らんからな?」

「何よ、ケチ臭いわね!」

「それ以上はお金がねーんだよ! それとな、後先考えて無いお前だけにはケチとか言われたくねえよ!」

「ふんっ!」


 ラビィはふてくされた表情を見せながらも、パチパチをグイグイと飲み干していく。その様は普通にオッサンぽい。


「リュシねえやん、ミントを助けてくれてありがとう。お金いくら払ったらいい? これで足りる?」


 リュシカの目の前に全財産が入った袋を出すラッティ。

 果たしてリュシカはラッティからどれくらいのお金を取るつもりなのだろうか。


「はい。十分に足りますよ」


 そう言うとリュシカは袋を左手で取って右手を中に入れ、一枚の500グラン銀貨を取り出した。


「報酬はこれで結構です」

「それでいいの?」

「はい」


 それを見た俺は驚きと共にちょっと安心をした。リュシカが小さな子供にまで非情な人ではないと分かったからだ。

 まあ、だからと言って俺達との差が激し過ぎるのは納得いかねーけどな。


「ちょっとアンタ! 私達には大金ふっかけるくせして、どうしてちびっ子には甘いのよ!」


 数杯目になるパチパチを飲んでいたラビィが、案の定リュシカに絡み始めた。今日は疲れたからこれ以上騒がないでほしいんだが。


「私は可愛い子供が好きですからね。それにいくら何でも、子供から大金を取ろうなんて考えは持ちませんよ」


 ドSと言えどもそのへんはさすがに聖職者と言ったところか。そのちびっ子への慈悲を是非とも俺達にも向けてほしいもんだ。


「なーにが『子供が好き』よ! 結婚適齢期を過ぎた女がアピールに使いそうな言葉を使っちゃってさ!」


 ――コイツは何ちゅう事を口走っとるんだ。世界中に居るそんな方々を敵に回す事になるぞ。


「大体ねー、私は前からアンタには思ってた事がたっくさんあるわけよ!」


 パチパチの入った木製ジョッキを片手になおも絡み続けるラビィ。こうなるともう止めようが無い。

 テーブルの向かい側に居るリュシカにすんませんと両手を合わせながら、いつ終わるとも分からないラビィの愚痴を聞く羽目になった――。




「ん、んん……いけね、寝ちゃってたか……」


 どうやらラビィの愚痴を聞きながら飲み食いをする内に寝てしまったらしい。

 ふと横を見ると、いびきをかきながらテーブルに突っ伏して寝ているだらしないラビィの姿があり、一緒に居たはずのラッティとリュシカの姿は無かった。


「ん? 何だコレ……」


 未だすっきりと目覚めていない頭でテーブルの上を見た時、俺はそこに奇妙な物がある事に気付いた。

 白色の奇妙な形をした手の平サイズの物体。その物体には蝙蝠こうもりの様な翼が二枚付いていて、俺は何となくそれに手を伸ばしてからその物体が何なのかを確かめてみる。


 ――何ぞコレ?


 その奇妙な物体はカボチャの様な質感をしていて、更に呼吸もしていた。

 目も鼻も口もあるし、鋭い爪の手足も二本角もある。そしてその見た目は完全にドラゴンだ。寝息を立てているところを見ると、どうやら眠っている様だが。


「何でドラゴンがここに居るんだ……?」

「う、ううん……あっ、おはようございますぅ~」


 右手の上で目覚めたそのドラゴンは、呑気で間延びした声を上げながらひょこっと立ち上がった。


「あ、はい。おはようございます。で、君は誰?」

「あれぇ? 私の事忘れちゃったんですかぁ?」


 ――忘れるも何も、俺にはこんなサイズの知り合いは居ないんだが。


「どこかで会いました?」


 こんな状況でも冷静に対応しているあたり、俺も結構異世界に馴染んできたんだなーと思えてしまう。もしくは単純に飲んだパチパチの影響かもしれないけど。


「ついさっき会ったじゃないですかぁ~。遺跡の中ですよぉ」

「えっ!? もしかしてあの時の?」

「そうですぅ。アデュリケータードラゴンのミントですよぉ」

「…………」


 ――これはいったいどうなってんだ? 俺は夢でも見てるんだろうか?


 とりあえずお決まりの様に空いている左手で頬をつねってみるが、バッチリ痛覚は働いていた。どうやら夢ではない様だ。


「おう、リョータ。目が覚めたか」

「あっ、親方。お久しぶりです」


 これは現実なんだと理解し始めたその時、以前この酒場でお世話になった親方が声をかけてきた。


「元気にやってるみてーじゃねーか」

「はい。まあ、おかげ様で」

「そうかそうか、そりゃあ良い事だ。そんじゃまあ、とりあえずお勘定を頼むぜ」

「あ、すいません。おいくらですか?」

「あーっと、全部で10万グランだな」

「へっ!? あ、あの、もう一度いいですか?」

「あっ? だから10万グランだよ」


 ――10万グラン? 何でそんなアホみたいな額になってんだ?


「あっ、すみませぇ~ん。お腹が空いていたのでぇ、お二人が寝て居る間に少しご馳走になってましたぁ」

「はあっ!?」


 その言葉を聞いて再びテーブルの上に視線をやると、そこには山積みになった食器の数々があった。


「長い時間で人間界の料理は随分と美味しくなったのですねぇ。私は感動しましたよぉ。特にあのパチパチと弾ける飲み物、あれはもう絶品でぇ――」


 間延びした声で語り続ける妙なドラゴンから視線を逸らし、俺は寝ているラビィの財布袋から足りない分のお金を取り出す。


 ――ああ……俺の異世界悪夢はまだ終わらないのか……。

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