第15話・冒険の誘惑

 ようやく冒険者らしい活動を出来るようになったと言うのに、その途端に借金生活が開始。しかもその金額は初心冒険者がすぐに返せる金額ではない。

 カボチャ収穫クエストを行った翌日。俺は陽が昇り始めた頃にラビィと住んでいる小さな長屋の部屋から一人でギルドへと向かい、クエスト依頼書が貼られている掲示板とにらめっこをしていた。

 この街は平和そうに見えても、やはり魔王が席巻している世界。クエスト掲示板に貼られている依頼書の数はそれなりに多いけど、だからと言って自分達がそれを受けられるかと言うと話は別になる。


 ――何々……国境線近くで正体不明のモンスターが出現し、国境警備隊に多数の負傷者が出ています。謎のモンスターの正体を突き止めて討伐、もしくは捕獲をして下さい――か。


 本当ならこういうクエストを受けてぱぱっと解決するのが格好良くて理想なんだけど、国境警備隊が負傷する様なこの依頼を受ければ、即死級の危険に遭遇するのは目に見えている。いや、正確にはラッティとリュシカの協力があればこんなクエストを達成するのも不可能な話では無いだろう。

 しかしラッティの力は使いどころが難しい上に、下手をすれば巻き込まれて死ぬ可能性もある。

 リュシカは協力をさせればその分だけお金を請求されるから、借金地獄の俺達が協力を得るのは厳しい。現実はどこまでも非情なもんだ。

 天界から来てもらった才能溢れる天使に、魔力がカンスト状態のマジックウィザード。一見すればかなり良さそうなパーティー構成なのに、どうしてこうも経済状況が悪くなっていくんだろうか。まあ、天使の方は単純に期待外れだっただけだが。


「はあっ……」


 今更だとは思うけど、この状況を招いたのは選択の間で容姿を基準にラビィを選んだ俺のせいでもあるとは思う。

 だけど、選んだ天使がこんなにも使えない奴だなんて普通は想像すらしないだろう。何と言っても相手は天使と言う肩書きがあるのだから。と言う事は、これは俺のミスではなく、天界の人達のせいだと言える。

 そう、天界の人達がラビィみたいな不良駄天使をあのリストに加えていたからいけないんだ。そう考えると段々今の状況に腹が立ってきた。

 しかし過ぎた事をいつまでも引きずって腹を立てていても、状況が好転しないのは分かっている。

 再び大きな溜息を一つ吐いた後、落とした視線を前へと向け直してからクエストの選択を再開した。


「――おはようございます。リョータさん」

「おはよう、にいやん!」

「あっ、おはよう」


 陽が昇ってからしばらくした頃、別の宿で一緒に寝泊りしているラッティとリュシカがやって来た。

 片や小さな長屋で貧乏生活、片や豪華な宿でセレブ生活。同じパーティーでこうも格差が出るとは泣けてくる。


「にいやん、今日はどこに出掛けるの?」


 お子様らしくどこかへ出掛けるのが好きらしいラッティは、目を輝かせながらそんな事を聞いてきた。

 ホント、こう見てる分にはただの可愛らしい幼女なんだけどな。


「まだどのクエストを受けるか決めて無いんだ。だからあっちで朝食を食べててくれないか?」

「分かった。ウチ、朝ご飯食べて来るね」

「そうそう、しっかり食べておいで」

「はーい」


 その言葉に素直に従い、いつも使っているテーブルへと向かう。

 全然素直じゃない奴がパーティー内に居るだけに、ラッティの素直さはある意味で俺にとっての癒しでもある。


「何か良さそうなクエストはありましたか?」

「いやー、それがまったく無いんですよ。どれもこれも俺とラビィの実力に見合ってなくて」

「ラビィさんは確かエンジェルメイカーでしたよね? 何で彼女はあんなに使えないんですか?」


 随分と直球で辛辣しんらつな言葉だとは思うけど、言っている事に何ら間違いは無いので反論のしようもない。まあ、しようとも思わないけど。


「アイツはまあ何と言うか……持ち前の才能に溺れて、実際にその才能を活かす術をおろそかにしている典型――みたいな感じですかね」


 そう、確かにラビィは才能と解放を司る天使と言うだけあって、ずば抜けた才能を持ち合わせてはいるんだと思う。それは初っ端から最上級職のエンジェルメイカーになれた事からもうかがえる。

 しかし俺から見れば、アイツはせっかくの才能をまったく活かしきれていない。表現として正しいかは分からないけど、せっかくスポーツの素晴らしい才能を持っているのに、それを活かす為の身体作りや方法、考え方がなっていない――みたいな感じだろうか。

 つまり端的に言えば、アイツは自身の才能に能力がまったくついて来れていないわけだ。まさにラビィの様な奴の事を、宝の持ち腐れと言うのだろう。


「はあ。何だか面倒臭い人なんですね」

「まあ、そうですね……」


 その通りだから否定はしないけど、何だか他人の口から聞くと少し可哀相になってくるから不思議だ。


「今のリョータさんとラビィさんが効率的にレベル上げと資金稼ぎをするなら、低級のアンデッド討伐が最適だと思いますが?」


 リュシカの言っている事はよく分かるが、それが出来ればこんなに悩んではいない。


「確かにそうだとは思うんですけど、俺とラビィにはアンデッドに対抗する有効な攻撃手段が無いんですよ。アンデッドに物理攻撃は効き辛いし、対抗する為の魔法は無いし」

「えっ? ラビィさんが魔法を使えるはずですよね? 確かエンジェルメイカーには、かなり強力な対アンデッド用の魔法もあるはずですが」

「まあ、あるにはあるんですが、使えないんですよ。MPが足りなくて……」

「MPが足りない? ラビィさんは今、レベルはどれくらいなんですか?」

「確か昨日冒険者カードを見せてもらった時には、レベル9になってましたね」

「レベル9ですか。それならどの職かにもよりますけれど、魔法を中心とした職業なら平均でMP100以上はあるはずですし、それがエンジェルメイカーなら200以上はあるはずなんですが……。ちなみにラビィさんの最大MP値はどれくらいなんですか?」

「……23です」

「えっ?」

「23です……」

「…………冗談ですよね?」

「これを冗談で言えるなら、俺は今の生活を心の底から楽しんでいる――と、そう口にできるでしょうね」


 あまりの事に流石のリュシカもその涼しい表情を保っていられなかったらしく、初めて困惑の色を浮かべた。


「ふあ~っ、おはよ~」


 お互いに次の言葉を失った俺とリュシカが掲示板の方へ視線を移すと、後ろから呑気な欠伸を出しながらこの雰囲気を作った原因の人物が現れた。


「……強く生きて下さいね」


 振り向いたリュシカが哀れみの視線でラビィを見ながら近付き、その肩にポンと軽く右手を乗せ、そう言ってからその場を立ち去る。流石のドSシスターも、ラビィを哀れまずにはいられなかったのだろう。


「えっ? 何? どうしたの?」


 リュシカの行動と言葉の意味が分からないらしく、ラビィは俺とリュシカの方へ顔を右往左往させている。

 まあ、知らぬが仏って言葉もあるくらいだし、ラビィは知らない方が幸せだろう。冗談でも自分が哀れまれたと知ったら、アイツは発狂しかねないからな。

 それからしばらくの間、俺は三人がそれぞれに食事を摂るのを背にして達成出来そうなクエストを探した。


× × × ×


 太陽が真上へと昇りきる少し前、俺とラビィはリリティアの街から三十分程の位置にある朽ちた遺跡の中へと入っていた。ギルドで受けた遺跡内部の死霊討伐クエストを受けて来たからだ。


「ラビィ! 前方約二十メートル先から死霊の群れが来てる!」

「OK! このラビィ様に任せてよ!」


 手に持っているランプの光で小さく照らされた暗い遺跡の中、俺が新しく習得した暗闇の中でもはっきりと視界が見えるスキル、ゴッドアイで見た光景をラビィに伝える。

 するとラビィは自信満々に持っている杖を両手持ちで前へと構え、時が訪れるのを待つ。


「「「「「オォォォォォォォォォォー!」」」」」


 深い闇が支配している遺跡の奥から響く、死霊達の不気味な声。その声がどんどん俺達の居る方へと近付いて来る。

 俺は緊張の面持ちで手に持ったランプを地面へと置き、短剣を構えて臨戦態勢をとった。


「来たわね! ピュリフィケーション!」

「「「「「ギュアァァァァァーッ!」」」」」


 ラビィの持つ杖が鋭い光を放つと、前方から来ていた死霊の群れが一瞬にして消え去った。


「やったなラビィ!」

「フフン。私の実力なら当然よね!」


 相変らずの偉そうな態度だが、今回ばかりはそれに見合う仕事をしているので仕方がない。


「それにしてもすげーよな。流石はエンジェルメイカーのスキルってところか」

「まあ、私の実力があってこそだけどね」

「はいはい。その通りですね」

「なーにその言い方? まだ私の実力を認めないってわけ?」

「誰もそんな事言ってないだろ?」

「いーや、リョータの態度を見てたら分かる。アンタはまだ私を馬鹿にしてるわ。よーし、見てなさいよー。今回で私がいかに素晴らしい天使かを見せつけてやるんだから!」

「おいおい、あんま無闇に先に行くなよ」


 自信満々のご様子で地面に置いたランプを手に持ち、先へと進んで行くラビィ。

 どうやら失っていた自信を取り戻し始めたらしいが、あんまり調子に乗ってほしくはない。コイツが調子に乗ると、ろくな事が起きないから。

 さて、今までほとんど役に立たなかったラビィがなぜこれほど戦えるようになったのか。それは新しく習得したスキルのおかげだ。

 ラビィが習得した二つのスキルの内の一つピュリフィケーションは、アンデッドなどの浄化をMP消費無しで出来るという優れたスキル。

 そしてもう一つが、自身か他の対象者一人の能力を五分間だけ大きく上げる事が出来るスキル、エンジェルブレスだ。

 この二つのスキルを習得した事でラビィはアンデッドの速やかな討伐が可能となり、今回のクエストをかなり楽にこなせていると言う訳だ。まあ、スキルを覚える切っ掛けはリュシカからの一言だったわけだが、今はその過程は省くとしよう。

 要するに俺とラビィは今回のアンデッド討伐に必要なスキルを覚え、二人でここへやって来たって事だ。


「結構奥深い遺跡だよな。強いモンスターでも出て来たらやばそうだ……」

「なーにリョータ? もしかしてビビってるの?」

「んなわけねーだろ!? ただ、お前と二人だからちょっと心細くなっただけだよ」

「要するにビビってるって事じゃない。プークスクスッ、男のクセに情けないわね。ビビッてお漏らしとかしないでよね~」


 ――コイツ、ちょっと便利スキルを覚えたからって調子に乗りやがって。このまま遺跡の最深部に放り出したろか?


 なぜ危険を承知で低レベルの俺とラビィが二人で来たのかと言うと、もちろん理由はある。

 ラッティは現在俺の許可無しでの魔法を禁止にしているとは言え、その物理攻撃力は凄まじく、戦力としては申し分ない。しかしそれも使いどころを誤れば即座にピンチを招く。

 もしもこの暗い遺跡の狭い通路で襲われた時、敵に攻撃を回避されて壁でもぶち叩こうものなら、即座に遺跡が崩壊して生き埋めになる事も考えられる。よって今回のクエストにラッティを同行させるわけにはいかない。

 そしてリュシカの場合は言うまでもなく、手を貸してもらったら借金が増えるから。

 以上の理由により、俺とラビィの二人で今回のクエストは達成しなければならないわけだ。

 ちなみにラッティと一緒に街へ残ってほしいとリュシカに言った際、俺とラビィが逃亡する事を防ぐ為に妙な呪いをかけられたんだけど、それはあまり気にしないでおく事にした。


「ピュリフィケーション!」


 暗い遺跡の中で何度目になるか分からない鋭く眩しい光が走り、その度に襲いかかって来た死霊は浄化され消え去っていく。

 浄化スキルであるピュリフィケーションは使う者の魔力と潜在的資質でその浄化能力が変わるらしいのだけど、大して魔力値の高くないラビィがこれだけの死霊を一気に浄化できるのは、おそらく天使という元々の属性があるからだろうと思える。

 まあ何にしても、これでラビィが戦力になるのだから良かった。まったく使えない最上級職を連れ歩くなんて、拷問もいいところだから。


「――どうやらここが遺跡の最深部みたいだな」


 ギルドから貰った地図を見て遺跡の中を歩く事しばらく、俺達はようやく遺跡の最深部へと辿り着いた。

 ここまでの道のりは決して楽ではなかったけど、今までに比べたら遥に冒険者らしい事をしている実感があって楽しかった。


「とりあえず死霊はかなり浄化したし、そろそろ地上に戻ろうぜ」

「そうね。おっと!?」


 目の前に居るラビィが踵を返した瞬間、思いっきり体勢を崩してその場に両手を突いた。


「おいおい、大丈夫か?」

「いたた……大丈夫よ。何かにつまづいただけだから」

「そっか。それならいいけど」


 ――ガコッ!


「ん? 今、変な音がしなかったか?」

「したわね」


 そう話した瞬間、部屋のちょうど真ん中の床がスライドし、そこに地下へと続く階段が現れた。


「な、何これ?」

「地下へ続く階段みたいだが……ギルドから貰った地図にはこんなの載って無いぞ」

「てことは、この遺跡にはまだ未知のエリアがあるって事?」

「そういう事だろうな……」


 探索済みの遺跡にあった未知のエリア。

 それを発見した俺は少しワクワクしていた。異世界に来てようやく冒険らしい冒険になってきたからだ。


 ――どうする? 先に進むか、それとも戻るか……。


 目の前に現れた地下階段を前に考えを巡らせる。

 この遺跡はラビィのスキルのおかげでここまで来れたと言っても過言ではない。なぜならここの死霊達を相手にするには、まだ俺達のレベルが低いからだ。

 それを考えると、この先へ進むのは非常に危険だと思える。しかし未知への好奇心に心動かされている自分が居るのも事実。


「何してんのリョータ? さっさと行くわよ」


 俺の迷いをよそに、ラビィは未知のエリアへと続く階段を下り始めていた。


「えっ!? 先に進むつもりか?」

「当たり前でしょ! 未知のエリアがあるって事は、まだ手付かずのお宝があるって事じゃない。ここですんなり帰ったら、他の冒険者達に根こそぎ取られちゃうわよ」

「そ、それはそうかもしれんが、未知のエリアって事はそれだけ危険度も増すって事だぞ?」

「いい? リョータ。私達には借金があるのよ? それを返済するにはお宝の一つでも見つけてお金にするしかないんだから。今の私達にはこれしかないのよ!」

「ぐっ……」


 確かにラビィの言う事は間違っていない。借金を返そうにも、金額が金額なだけにちまちまと返済をしていたら終わりが見えてこないのだ。


 ――そうだよ。俺は冒険者なんだ……冒険者がお宝の匂いを前に退いてどうする。冒険しなくて何が冒険者だ!


「……分かった。行こう!」

「そうこなくっちゃ!」


 こうして俺達は、偶然見つけた未知のエリアへと足を踏み入れる事になった。

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