第17話・目覚めた天使はドラゴンと共に

 異世界に来てからだいぶ時が過ぎ去ったけど、始まったばかりの俺の冒険者人生は混迷の一途を辿っている。まあ、冒険者なんてその日暮らしの労働者みたいなものだから、安定なんて求める方が変な話なのかもしれない。

 だけどそれにしたって、俺の異世界生活はあまりにも報われなさ過ぎる。

 天界からサポート役として選んだ天使は我がままで口が悪くて大飯喰らいで、どうしようもなく向こう見ず。

 ご飯を奢って懐かれ仲間になったマジックウィザードの幼女は、一つしか魔法が使えない上に威力が凄過ぎて力の使いどころが難しい。

 更に借金取りとして同行している涼しい笑顔をたたえたドSシスターは、力を借りればそれに値する分だけ借金を増やされるし、ホントにもう、どうすりゃいいんだって感じだ。

 加えて今、俺の目の前にはみょうちきりんなちっさい白色の大食いドラゴンが居る始末。


「で? どうして遺跡で消えたはずの君がここに居るわけ? 解放されて満足したんじゃなかったの?」


 綺麗に片付けられたテーブルの上で短い両足を前に出して小さな子供の様に座っている白いドラゴンを前に、とりあえずの質問をぶつける。

 ちなみにだが、うちの我がまま駄天使はまだ隣でテーブルに突っ伏したまま夢の世界を旅行中だ。


「私は満足したなんて一言も言っていませんよぉ?」


 頭を左側へと傾け、相変らずのゆったり口調できっぱりとそう言い放つ。

 まあ、確かにそんな事は一言も言ってなかったけど、あの場面であんな綺麗な消え方をしたら、普通は成仏した様に見えると思う。


「……まあいいや。それで、その身体はどうしたの? 君って確か魂だけの存在だったはずでしょ?」

「確かにその通りですぅ。だからあの時ぃ、近くにあったこの器に入る事でこうして活動が出来る様になったわけですよぉ。あっ、それから私の事はミント、もしくはミントちゃんと呼んで下さいねぇ」


 ――あの時近くにあった器? あの時周りには――いや、周りどころかあの場所へ着くまでに器になる様な物は無かったはずだが……。


「あのさ、君――いや、ミントが入り込んだ器って何だったの?」

「私が入り込んだ器ですかぁ? ではぁ、元の器の姿に戻ってみますねぇ」


 そう言うとミントは短い足を動かして立ち上がり、片足を上げてクルクルッとその場で回転を始めた。するとその回転が終わった時にはドラゴンの姿をしていたミントの姿は無く、そこには白いカボチャが一つだけあった。


「これが私の入り込んだ器ですぅ」

「これは……」


 この白いカボチャには見覚えがある。確かこれは、カボチャ収穫クエストの時にラッティにあげた物だ。

 それにしても、まさかあの時にあげたカボチャに乗り移っていたとは想像もしていなかった。


「ちょうど良くこの器があって助かりましたよぉ。いくらアデュリケータードラゴンと言ってもぉ、魂だけの状態ではいつまでも存在できませんからねぇ」


 カボチャの状態で何やらかんやらと喋り続けるミント。どうやら相当なお喋りさんの様だ。

 しかしまあ、この状況を傍から見た場合、俺はカボチャに独り言を言っている危ない奴に見えるだろう。実際奥にあるギルド受付カウンターのお姉さんはチラチラとこちらを見ているし、俺が視線を向けるとサッと顔を逸らしているからな。


「ミント、とりあえず元の姿に戻ってくれない? その状態だと喋ってる俺が痛い子に見られるから」

「それでは戻りますねぇ」


 ミントはカボチャの状態で再びクルクルッと回ると、数回転後にはドラゴンの姿に戻っていた。


「ふうっ……やっぱりこの姿は落ち着きますねぇ」


 短い手で汗を拭う様な仕草をするミント。実際には汗などまったく出ていないんだけど、それがとても可愛らしく見える。


「そんじゃ最後の質問。ミントはカボチャに乗り移ってまで何かやりたい事があったの?」

「やりたい事ですかぁ? そうですねぇ……色々とありますけどぉ、とりあえず沢山遊んで美味しい物を食べたいですねぇ」


 何だか言ってる事がどこかの駄天使と被って聞こえるけど、長い間あんな場所に縛り付けられていた事を考えれば、それくらいは当然なのかもしれない。


「ところでぇ、リョータちゃんは何をしている人なんですかぁ?」

「おいおい、ちゃん付けは止めてくれない?」

「えぇ~、でもぉ、リョータちゃんは年下ですしぃ。別におかしな事ではないと思うんですけどぉ?」


 確かに古の時代から存在したなら相当に年上だろうけど、さすがに男がこの歳でちゃん付けは恥ずかしい。


「言ってる事は分かるんだけどね、言われる身としては恥ずかしいわけだよ」

「もぉ、しょうがないですねぇ。それならリョータ君で我慢しますよぉ。だからぁ、リョータ君が何をしている人なのか教えて下さいよぉ」

「俺は遺跡の中に居た連中と同じで冒険者だよ」

「冒険者ですかぁ。昔もそういう人達は沢山居ましたけどぉ、今も居るんですねぇ。そうだぁ! それなら私も一緒に連れて行って下さいよぉ」

「えっ!? 一緒に来たいの?」

「はい~。私も長い間世間から離れていましたしぃ、リョータ君について行けば色々と勉強にもなると思うんですよねぇ」

「うーん……」


 言っている事は至極真っ当な話だと思うんだけど、これ以上食い扶持ぶちを増やすのは正直キツイ。コイツが大飯喰らいなのは既に分かっているから。

 まあ、これでもドラゴンだから仲間にすれば色々と役に立ちそうな感じもするけど、ラビィの様にとんだヘッポコって事も考えられる。ここは慎重にならなければいけない。


「そういえばぁ、私があそこに縛り付けられる前の事ですがぁ、私が持っていた宝物をあの遺跡近辺の森に隠してたんですよぉ」

「お宝っ!?」


 隣で寝ていたラビィがそう言いながら突然ぱっと目を覚ました。

 どんだけお金の話題に敏感なんだよと思うけど、ある意味で冒険者のかがみと言える反応かもしれない。まあ、コイツの場合は天使って属性があるから、その発言が酷く俗に感じてしまうんだけど。


「それで? そのお宝はどこにあるの!? 今すぐ取りに行こう!」


 目の前に居る白いドラゴンを見るのは初めてのはずなのに、ラビィはその相手に対して少しの躊躇ちゅうちょも迷いも見せない。少しくらい自分の目に映る状況に対して疑問を感じてほしいもんだ。


「取りに行くのは別に構わないんですけどぉ、その代わりぃ、私を仲間に加えてくれますかぁ?」

「するするっ! 仲間にしちゃう!」

「お、おい、勝手に決めるんじゃないよ。こういう事はちゃんとみんなで話し合ってから――」

「さあ行くわよっ! ちゃんと案内しなさいよねっ!」


 相変らず俺の話などまったく聞いていない様で、ラビィはテーブルの上に居たミントを雑に両手で掴むと、そのまま風の様な速さで酒場を出て行った。


「あの馬鹿が……」


 ラビィが出て行った方を見ながら眉間を指で押さえる。アイツが勝手な行動を起こすとろくな事にならないのは分かっているからだ。

 今度はどんなトラブルが待ち受けているのかと溜息を吐きつつ、明日まで命があればいいなと、女神様に祈る気持ちだった。

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