第12話・収穫作業は楽じゃない
借金返済と生活費確保の為にカボチャ収穫クエストを受けた俺達は、翌日の朝に街の外に来ていた農場からの馬車に四人で乗ってカボチャ農園へと向かっていた。
「農場って結構遠いんだな」
リリティアの街を出発してから約一時間。それほど整地されていない道を行きながらゆらゆらと上下に揺れる馬車の中、アイテムショップで買った古臭い小さな懐中時計を見ながら小さくふうっと溜息を吐く。
平原を抜けて丘を超え、森を抜けてと景色は移り変わって行くけど、まだ農場の様なものは見えてこない。
「リュシカはカボチャ農園に行った事あるんですよね? 後どれくらいで着くか分かります?」
「そうですねえ……今リリティアの森を抜けた所ですから、到着まで三十分程と言ったところでしょうか」
「三十分か。結構遠い場所に農場ってあるんだなあ」
「そんなに遠いですか? この辺りでは大体どこでもこんな感じだと思いますが」
「そうなんですか? 街の近くに農場があった方が、移動するにも仕事をするにも便利だと思うんですけど」
「確かにそうかもしれませんが、田畑を荒らすモンスターが多いこの地方では、農場を街から離すのは当然なんですよ。下手に農場を街の近くに作ると、街や人に多くの被害を出しかねないので」
「なるほど。そういう理由があったんですね」
こういうところはやはり異世界と言った感じだ。地球で過ごしていた時の感覚で考えると不思議に思う事が多い。
「にいやん、カボチャ取り楽しみだね」
「そうだね。ジャンボミミズを狩るよりは楽しそうだ」
「うん!」
「まったく……これから土にまみれるっていうのに何がそんなに楽しみなのよ。高貴な大天使の私には理解できないわね」
何でこんな事をしなきゃいかんのか、一番分かってなきゃいけない奴の発言とは思えない。
「土にまみれるかどうかは本人次第ですよ、ラビィさん。それに案外楽しいかもしれませんよ? カボチャ狩りは収穫量や種類によっては報酬に大幅なプラス査定も付きますし、結構良いクエストだと思いますよ?」
「ふーん。まあ、行く事に変わりは無いから、せいぜい稼いでもらう事にするわ。リョータに」
「待てコラ。何で俺が全責任を負う感じになってんだ? 元々はお前がしでかした事だろうが」
「はあっ!? 私の下僕のクセに何言ってるの?」
――コイツは性懲りも無くまだこんな事を言いやがるのか。全然反省してねえな。
「リュシカ。ラビィを残すので俺とラッティはクエストを放棄しても大丈夫ですか?」
「私は別に構いませんよ。元々報酬の要求相手はラビィさんでしたし」
「ちょっ!?」
「てな訳でラッティ、ラビィとはここでお別れだ。カボチャ取りはまた今度にして、俺達は別のクエストを頑張ろうな」
「そうなの? 分かったー! ウチ頑張る!」
「よっし! そんじゃラビィ、短い間だったけど元気でな。俺達は農場に着いたらすぐに引き返すから、せいぜい沢山カボチャを取って借金を返せよ?」
「ま、待ってよリョータ! 本気で言ってんの!?」
「ああ、本気も本気だよ。大体何で自分の借金でもないのに働かなきゃいけないんだよ。それに、お前の下僕として生活したくはないからな」
もちろん本気で言っているわけでは無いんだけど、この駄天使にはしっかりと今の状況を分からせる必要がある。
「あーもうっ、ごめんなさい! 私が悪かったから置いてかないでえー!」
ちなみにだが、慌てふためくラビィを見るのはちょっと楽しい。普段は散々迷惑をかけられてるからな。
すがる様にして俺の腕を両手でガシっと掴むラビィ。突き通せない強がりならしなきゃいいのにと毎回思うけど、プライドだけは無駄に豊富なラビィは、無駄口を叩かなきゃ死んでしまう呪いにでもかかっているんだろう。
「もう下僕って言わないからっ! 特別に従者まで格上げしてあげるからー!」
――格上げされても俺がラビィより下の立場ってところは変わらないんだな。
「お前は本当に反省してるのか?」
「してる! してるってほらっ!」
そう言うとラビィは狭い馬車内で平伏して土下座を始める。どうやらコイツの持っているプライドなんて、吹けば飛ぶような薄っぺらいものらしい。
そしてここからカボチャ農場へと着くまでの間、ラビィは俺に
「はーい! カボチャの収穫に来た皆さんはこちらに集合して下さいねー!」
ラビィの見事な土下座を拝見しながらカボチャ農場へ着くと、すぐに農場の関係者と思われるお姉さんが大きな声で来た人達を集めていた。
その様子を見た俺達も、そそくさとみんなが居る場所へと集まる。
「はーい。それでは皆さん集まったようなので説明を始めますね。これから皆さんには農場の中にあるカボチャ農園へと向かってもらいます。中へ入りましたら二十四時間の収穫作業に当たってもらいますが、休憩は自由に取っていただいて結構です。それと報酬の50万グランのお支払については、こちらに用意してある紙に載せてありますBランクカボチャを最低十個、収穫終了時間までに綺麗な状態で収穫してもらう事が条件になります。もしこの最低条件に達しない場合でも、収穫状況に応じた報酬はお支払いしますのでご安心下さい。それではまず、今年のカボチャランクの書いてある紙を配りますね」
手慣れた様子で冒険者達に説明をし、紙束を最前列に居る人達に渡して後ろへと回すように指示をするお姉さん。
――何じゃこれは!?
配られた紙には数種類のカボチャイラストが載っていて、そこには品種ごとのランク付けが書いてあった。そこまではいい。
妙なのはその紙に書かれたカボチャの強さという部分だ。まさか異世界のカボチャは収穫する際に抵抗でもするというのだろうか。
「それでは皆さん、農場へ入る前にこちらにあります信号弾を一人一つ持ってから中へ入って下さーい!」
他の冒険者はカボチャ収穫の経験者しか居ないのか、特に何かを気にする様子も見せずに信号弾を持って農場の中へと入って行く。
「あ、あの、俺達はカボチャの収穫は初めてなんですけど、何で信号弾が必要なんですか?」
「ああっ! そういえば今回は初心者の方が三名いらっしゃいましたね。忘れてました! それではあまり時間も無いので、簡単に説明をしますね」
農場のお姉さんは俺達初心者が居たのを忘れていた事など気にする様子も無く、すぐさまクエストに関する内容の補足説明を始めた。
「今回、皆さんに行ってもらうのはカボチャ収穫クエスト。農業が盛んなこの国では、良質の野菜の収穫方法として狩りが一般的です」
「狩り? 狩って、動物を狩るとかの狩りですか?」
「その通りです! 我が国の野菜は活きが良くてとても美味しく、周辺諸国を含めてとても重宝されています。ですがあまりの活きの良さに、収穫時期になると自我が芽生えて畑から飛び出し暴れ回っちゃうのです!」
――『暴れ回っちゃうのです!』って、異世界の野菜ってそんなに凶暴なのか? でも確かに野菜炒めは美味しかったし、店で売られてたのも結構値段は高かったよな。
「あっ、そろそろ収穫の開始時刻です。信号弾を持ってちゃっちゃと中へ入って下さいね! それから、信号弾は戦える状況じゃなくなったらすぐに使って下さい。農場の者が助けに向かいますので。さあっ! 急いで急いで!」
「あ、あの、ちょっと――」
有無を言わさず俺達の背中をグイグイと押して農場の中へと押し込むお姉さん。
「それでは皆さん、頑張って下さいねー!」
にこやかな笑顔で手を振りながらそう言うと、お姉さんは農場と外を繋ぐ扉をそそくさと閉めた。
「ま、まあ、相手はカボチャなんだし、死ぬ事は無いよな?」
「そ、そうよね。いくらなんでもカボチャ相手に死ぬとか無いわよ」
「「アハハハハハ」」
思わずラビィと笑いが被ってしまうが、その笑いが気楽な意味での笑いではない事は誰の目にも明らかだっただろう――。
まるでジャングルの様に緑が生い茂った農園内。その中でカボチャ狩りが始まってから約三十分程が経った。
最初こそ相当にビビリまくっていたけれど、思っていたより順調にカボチャ狩りは進んでいる。
「よっし! これで九つ目よ。カボチャ狩りなんて楽勝じゃない!」
「ラビィ、油断すんなよ?」
「油断? 例え油断していたとしても、こんなカボチャ相手ならどーって事ないわよ。そーれもういっちょー!」
飛び跳ねながら向かって来たカボチャに対し、ラビィは持っている杖で一撃を加える。するとボコッという鈍い音を立て、カボチャは動かなくなった。
「十個目ゲットー!」
動かなくなった手の平サイズの小さなカボチャを手に取り、大喜びするラビィ。楽勝で狩りが出来る爽快感は分かるが、こんなサイズのカボチャをいくら狩ろうと大した報酬額にはならない。
「にいやんにいやん……」
「どうした? ラッティ」
「カボチャ叩いたらまたぱーんてなっちゃった……」
「あらら」
ラッティは俺がプレゼントした代価の杖でカボチャと戦っているんだけど、ラッティ自身の魔力が高過ぎるせいか、カボチャを叩くと粉々に砕けるという事態が続いていた。
まあ、ある程度砕けてもちゃんと利用されるからいいんだろうけど、ラッティはそれでは納得いかないらしい。
「ウチもラビねえやんみたいにカボチャ捕まえてみたい……」
「うーん……それじゃあラッティ、杖で叩く時にもっと優しく叩いてごらん」
「そしたらカボチャ捕まえる事が出来る?」
「うん。でも、優しく優しくだよ?」
「分かった! 優しく叩いて来るね!」
「気をつけるんだぞー!」
「はーい!」
無邪気にジャングルの様なカボチャ畑を走って行くラッティ。本当に能力以外はお子様で可愛いもんだ。
それにしてもこのカボチャ、地球の物よりもずっと堅くて厄介だ。俺達が倒している手の平サイズでも、ラッティとリュシカ以外、つまり俺とラビィは思いっきり攻撃しなければ傷一つつけられない始末。
手の平サイズのカボチャはAからEまであるランクの中でのEランク。俺もまだ手の平サイズ以外とは戦ってないから分からないけど、ランクが一つ上がったらどれくらい堅くて強くなるのか、考えただけでもゾッとする。
そんな中でもリュシカの強さは圧倒的で、自分に迫って来る手の平サイズカボチャを手刀の一撃で見事に落としている。しかも、表情一つ変える事無くだ。
まあ、クエスト難易度が星八つに相当する強さの死霊を一人で討伐出来た事を考えても、相当な強さを持っている事は分かる。だからリュシカについては何の心配もしていない。
「リュシカ、さっきからEランクのカボチャしか来ませんけど、どうしてですかね?」
「ランクの高いカボチャほど農園の奥に居るんですよ。だから熟練の冒険者達はここに居る雑魚カボチャは無視して奥へと進むんです。こんな場所のカボチャを狩っても、せいぜい一個で500グランが良いところですからね」
「500グラン!? ねえリョータ、私達も先に進まない?」
「マジで言ってんのか?」
「大マジよ! だって一個500グラン程度じゃお小遣いにもならないじゃない」
「それはそうかもしれんが、このサイズのカボチャも相当堅いぜ?」
「あっ、ちなみにですが、Dランクからは一個最低でも5千グランは稼げますよ? Cランクになれば1万グラン、Bランクなら5万グラン。そしてもしAランクカボチャをほぼ無傷で狩る事が出来れば、おおよそ一個で100万グランは稼げます」
「100万グラン!? それホント?」
「はい。だからもしもAランクカボチャを四個無傷で狩る事が出来たら、借金を一気に返す事も可能ですね」
ラビィに向かってにっこりと微笑みながら、リュシカはまるで悪魔の誘いのようにそんな事を言う。
リュシカのそんな微笑を見ていると、それがわざとだという事は何となく分かる。
「よーっし! こうなったらこんな所でちまちまやってられないわ! 大きなカボチャ狩りに行くわよ――――!」
「ちょっ、待てラビィ!」
「お金お金お金――――っ!」
ラビィはもはや完全に高額報酬の虜になっている様で、俺の言葉には耳も貸さずに奥の方へと突撃して行く。
「あのアホが……」
「ねえねえ、あっちには大きなカボチャが居るの?」
「ええ、そうですよ。とーっても大きなカボチャが居るんです」
「ウチも見てみたい! ウチも行って来る!」
「あっ! ラッティ!」
レベルが高く素早さも高いからか、ラッティの姿がどんどん遠く小さくなっていく。
「二人揃って元気がいいですね」
「リュシカ、あんまり二人を
「あら。私は真実をお話しただけで、別に煽るつもりなんてありませんよ? でも、ラビィさんの様に単純――いえ、元気の良い方の行動を見ているのは面白くて好きですけど」
――この人は間違い無くS側のお人やな。
「とりあえず、二人の後を追いますね」
「はい」
楽しそうな笑顔を浮かべるリュシカと共に、先へ行ってしまったアホとお子様を追いかける。
どうしてこう波乱を含めた事態になっていくんだろうかと思いつつ、とんでもない事が起きませんように――と、女神様に祈りたい気持ちで一杯だった。
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