第13話・異世界は不思議の宝庫

 高額報酬に釣られて農園の奥へと無鉄砲に向かって行った駄天使ラビィと、大きなカボチャ見たさに同じく奥へと進んで行ったマジックウィザードの幼女ラッティ。

 カボチャの収穫が始まってからまだ一時間も経ってないというのに、我らのパーティーは既にバラバラ状態。どうしてこう、うちのパーティーは集団行動ってのができないのだろうか。


「ギャアアアア――――ッ! 助けてえぇぇぇぇぇ――――っ!」


 次々と飛び掛って来るカボチャを避けながら二人の後を追っていると、これまで何度聞いたか分からない大きな叫び声が農園の奥から聞こえてきた。


 ――あの駄天使バカはもう面倒事を起こしたのか!?


 最近はあの叫び声を聞くだけで頭痛がしてくる様になっていた俺は、眉間にシワを寄せながら叫び声のする方へと走った。


「こっちに来ないでえぇぇぇぇ――――っ!」


 前へ進むにつれ、ラビィの金切り声がこれでもかと言うくらいにはっきりと聞こえてくる。どうやら言葉を聞く限りではカボチャに追われている様だ。

 茶色のレンガで区画分けされている園内は、隣の区画へと進む場所に木製の両開きスイングドアが設置されている。


「ギャアァァァァァァァ――――ッ!


 声がした方へと足を進めて次の区画へと続くスイングドアを抜けると、酷い表情で泣きながらカボチャの群れから逃げているラビィの姿が目に映った。


「何じゃありゃ……」


 カボチャが動く事についてはもう驚きすら無かったけど、今目の前では鋭いつり目に三角形の鼻、ギザギザの口をしたハロウィンの時期によく見かけるお化けちっくなカボチャ達がラビィを追いかけている。

 そしてその中には裂けた口からつるを触手の様に伸ばしてラビィを捕獲しようとしているカボチャや、目から謎のビームを放っているカボチャも居た。

 もはや生態がどうとか、中身はどうなってんだよとか、そんな事を考えても仕方がない。その光景は現実として目の前で繰り広げられているのだから。


「……リュシカ、あのカボチャは何です? 物凄く恐ろしい事をしてい様に見えるんですが」

「カボチャはランクEとDまでは体当たりをして来るカボチャだけなんですが、Cランク以上になると目や鼻や口ができて特殊能力を使ってくるんですよ」

「へえー、それは恐ろしいですねえ……」


 楽しそうな笑顔でさも当然の様にそう説明をするリュシカを見ていると、きっとこの世界ではそれが普通の事なんだろうと思う。

 だけど別世界での生活が長かった俺がそんな現実をすぐに受け入れられるかと言えば、それはまた違った話になる。

 だってカボチャが目からビームや口から蔓を出すなんて、地球では創作物の中だけでしか起こらない様な出来事なんだから。

 しかし自分の中で整理がつくかどうかは別問題として、まずは追われているラビィを助ける方法を考えないといけない。あんなんでも一応は仲間だからな。


「あっ!? リョータさ――――ん! 助けてえぇぇぇ――!」

「しまった!」


 逃げる事に必死になっていたラビィが目ざとく俺を見つけていつもの様に助けを求めて来た。

 せっかくアイツが追われている間に対応策を考えようと思っていたのに、いつもながら空気の読めない奴だ。


「リョータさ――――ん!!」

「こっちに来るな馬鹿っ! 今助ける方法を考えるから来るなっ!」

「私が助ける方法を考えるから代わってリョータさ――――ん!」

「あわわわわっ!? ラビィのドアホ――――ッ!」


 カボチャの群れを引き連れながらこちらに向かって猛ダッシュして来るラビィ。

 そんなラビィの必死な表情と背後に迫るカボチャの群れを見た俺は、その場に留まる勇気も無く逃げを選択した。


「何でこっちに来るんだよ!? あっちに行けよラビィ!」

「そんな事言わないでよ! 私達仲間でしょ! パーティーでしょ!? リョータはリーダーなんだから、か弱い仲間を助けてよねっ!」

「こんな時ばっかり俺を頼ってんじゃねえよっ!」


 ――都合が悪くなると都合の良い事を言い始めるコイツは、後でしっかりと説教をしてやろう! 俺の命があればなっ!

 

 逃げている最中、後ろに居たラビィが徐々に俺の速度に追いつき始める。

 素早さはアサシンである俺の方が速いはずなんだが、これも火事場の馬鹿力がなせるわざなのだろうか。是非とも今の必死さを普段でも発揮してほしい。


 ――そうだ! 今ここにはリュシカが居たんだった! 


 ここは彼女に助けを求めるのが最善策だろうと思い、俺はリュシカが居る方へと視線を向けた。


「頑張って下さーい!」


 とびっきりの笑顔でカボチャに追われている俺達を応援しているリュシカ。


 ――アカン……あのお方はこの状況を楽しんでおられる。これは絶対に助けてくれない。


 そんなリュシカの傍らには、ピクリとも動かないカボチャがいくつか落ちている。きっとラビィを追っていたカボチャの何個かがリュシカを襲って返り討ちにあったのだろう。哀れなもんだ。

 しかし、今の俺にはリュシカにやられたカボチャ達にいつまでも同情を寄せている余裕は無い。だってこのままでは、俺達がリュシカにやられたカボチャの様に動かなくなる可能性が高いから。


「くっそ――――! どうするどうするっ!?」

「何でもいいから早く何とかしてえぇぇぇ――――!」


 逃げ回る途中でリュシカの方へ逃げてカボチャを少しずつ倒してもらおうとか画策してみたんだけど、どうやらその考えはあっさりと見抜かれたらしく、リュシカの方へ向かう内にいつの間にかリュシカは他の所へと移動をしていた。

 追われる俺達をにこやかに見続けるリュシカを後目に、俺とラビィは農園内を必死に逃げ回った――。




「ハアハアッ……だ、大丈夫か? ラビィ……」

「な、何とかね……」


 カボチャの群れに追われる事しばらく、俺とラビィはようやくカボチャに追われる恐怖から解放された。もちろん俺とラビィにあのカボチャの群れを倒す力は無いし、リュシカが助けてくれたわけでもない。

 俺とラビィが助かったのは、逃げる途中で遭遇したラッティのおかげだ。

 ラッティはカボチャをなるべく無傷で捕まえたいらしいが、杖での攻撃加減がまだ掴めていないらしく、俺達を追っていたカボチャを叩いては見事に粉砕していた。

 カボチャを捕まえられなくてねているラッティには悪いと思うけど、ラッティのとんでも魔力と代価の杖のおかげで命拾いをしたわけだ。


「ラッティ、助かったよ」

「にいやん……ウチ、みんなみたいにカボチャ捕まえられない。叩くとみんなぱーんってなっちゃう……」


 加減さえ上手くいけば大丈夫と思うんだけど、代価の杖もまだ使い始めたばかりだし、そう都合よくはいかないのだろう。


「ラッティ、俺が捕まえたカボチャで良ければ一つあげるよ」


 俺は布袋の中に一つだけあった手の平サイズの白カボチャを取り出し、拗ねているラッティの前へと差し出した。


「貰っていいの?」

「ああ。ラッティにあげるよ」

「わあー、つるつるで可愛いー」


 渡した白カボチャを優しく撫でながら、ラッティは嬉しそうに笑みを浮かべる。命が助かった代償を考えれば、これくらいどうと言う事はない。


「とりあえず助かって良かった……さすがにもう大丈夫よね?」


 何だろう。この状況でラビィのこのセリフを聞くと、とてつもないフラグを立てた様にしか聞こえない。


「「「「ぐあああああ――――っ!」」」」


 そんな事を脳裏で考えた瞬間、ここから更に奥の方から複数人の叫び声が聞こえてきた。


「な、何だ!?」

「あらあら。どうやら狩りに失敗したみたいですね」

「狩りに失敗?」

「ええ。来ますよ、大きいのが」


 リュシカの表情がさっきよりも更に活き活きとしている。これはかなりマズイかもしれない。

 奥の方からズンズンと響き渡って来る重苦しい振動。その凄まじい振動が、ただ事ではない事態が差し迫っている事を伝えてくる。


「「げえっ!?」」


 差し迫る振動を前に動けずに居た俺達の遙か先に、凄まじい大きさのカボチャが仕切りのレンガを破壊しながら姿を現した。その規格外の大きさに、思わずしてラビィと驚きが被る。

 そんな迫って来るカボチャに驚いていると、カボチャの両目部分が一瞬ピカッと光った。するとものの数秒も経たない内に、ここへやって来た方にある出入口が破壊された。


「何よアレ!?」

「あれはピンチになったAランクのカボチャが合体した状態なんですよ」

「合体!? 冗談じゃないわよ!」

「ラビィがいらんフラグを立てるからまたろくでもない事に……」

「な、何で私のせいになるわけ!?」

「わーっ! 大きなカボチャが来たー!」

「これはまだまだ楽しめそうですね」


 超巨大カボチャを前に違った反応を見せる面々。

 そんなみんなを見ながら、今度こそ今日が命日になるかもしれない――と、俺は絶望的な気持ちになっていた。


 ――ああ……今度生まれ変わる事が出来るなら、絶対に異世界転生だけは止めよう。

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