第10話・トラブルは天使と共にやって来る

 太陽が高く空の真上へと昇った頃、俺は泣きじゃくるラビィに引っ張られながら街外まちそとへと向かっていた。ラッティはそんな俺とラビィの後ろを適度な距離を保ってついて来ている。

 それからしばらくして街外れの川原へ着くと、ラビィは泣きじゃくりながら周囲に他の人が居ないかを入念に確認した後、その場に力無くペタンと座り込んでからこんな所にまで連れて来た理由を話し始めた。


「はあっ!? 街外れの丘にある石碑を壊してしまったら、そこから死霊が出て来ただあ!?」

「うんっ……街から飛び出した後で外を歩いてたら、丘の上に変な石碑があって……ぐすっ……ちょっと休憩しようとしてその石碑に座ったの……そしたら石碑の上にコケが生えてたから、滑って地面に尻餅を着いちゃったの……えぐっ……だからムカついてその石碑に思いっきり蹴りを入れたらボロボロに崩れて……ヤバイ逃げなきゃって思った瞬間にそこから死霊が出て来たの……」

「お前はいったい何をやっとるんだ……」


 一難去ってまた一難。何とかラッティの件についての対策がとれたと言うのに、この駄天使はホントに面倒事を増やしてくれる。

 とりあえずラビィの話を聞く限り、その壊した石碑というのは死霊を封じる役目を果たしていたんだろう。

 しかしよりにもよって相手が死霊とは運が悪い。でも放っておく訳にもいかないし、いったいどうすりゃいいんだろうか。

 ゲームや漫画、様々な物語においても、死霊などのアンデッド系に属するモンスターは手強い敵としてえがかれる事が多い。

 それはこの異世界においても例外では無く、アンデッド系モンスターは他のモンスターと比べて特別討伐指定を受けている奴が多い。それだけ手強く厄介な奴が多いという証拠だ。

 しかもラビィの壊した石碑から出て来た死霊は、封印されていたくらいだから相当に手強いと思われる。


「……ラビィ、とりあえずその壊した石碑がある場所まで案内しろ。状況を見てみたい」

「えぐっ……分かった……」

「ねえやん、泣かない泣かない」


 地面にへたり込んで泣き続けるラビィの頭を優しく撫でるラッティ。ラビィには過ぎた優しさだと思うけど、この無邪気さが何とも子供らしいと思える。

 しかしまあ、今回の件はどう考えてもラビィの悪因悪果あくいんあっかだから、同情するのは難しい。けれど仲間の不始末をそのままにしておく訳にもいかないから困ったもんだ。


「ほら、いつまでも泣いてないで行くぞ」

「うんっ……リョータって普段は甲斐性無しのどうしょうもない奴だけど、今だけは頼もしく見えるわ」

「お前な、このまま見捨てたろか?」

「あーっ! ごめんなさーいっ! 今の無し! 無しだからあぁぁぁー!」


 こんな時でもまったく可愛げの無いラビィに案内をさせ、俺達は問題の場所へと向かった。

 泣きじゃくるラビィを連れて川原から歩く事しばらく、俺達はラビィが壊した石碑のあるらしい丘の近辺へと来ていた。

 それにしても、問題の場所へ近付くにつれて徐々に嫌な感覚が増してくる。こんな感覚は地球で生活していた時には感じた事も無い。

 まあ、死霊が封印されてる場所なんて地球上にあったとしても行く事は無いから、当然と言えば当然だろうけど。

 しかしこうして様子を見に来たはいいものの、石碑がある丘の周囲には身を潜める事が出来る場所が無い。

 早いところ様子を確かめたいところだけど、だからと言って封印されていた死霊にわざわざ見つかるような下手は打てない。となれば当然、ラビィの天眼スキルを使う事になる。


「どうだラビィ? どんな様子だ?」

「ちょっと待ってよ…………あれっ?」


 天眼スキルを使って丘の様子を探り始めたラビィは、しばらくすると急に小首を傾げ始めた。

 丘の上にはさぞかし凶悪な死霊が居てラビィが震え上がるんじゃないかと思っていたけど、これは意外な反応だ。


「おい、どうしたんだよ?」

「いやあの……死霊が居なくなってるみたい」

「はあっ!? まさかどこかに行っちゃったのか!?」

「そ、それは分かんないけど……でも、死霊の代わりに変な人が居る」

「変な人?」

「うん。シスターの格好をした女が居るの」

「人間か?」

「見た限りではモンスターには見えないけど……」


 ラビィの見ている状況が見えない俺には、何が起こっているのかチンプンカンプンだ。

 死霊が勝手に成仏してくれたのなら願ったり叶ったりだが、まあそんな事は無いと思う。ここは危険だけど、そのシスターの格好をした女性と接触をして状況を伺うしかないだろう。


「……仕方ない。とりあえずその女性に話を聞いてみよう」

「だ、大丈夫なの!?」

「そんなの分からねえよ。でも、このまま放置って訳にもいかないだろ? だから行くぞ」

「あっ、ちょっと、手を引っ張らないでよ!」

「うるさい! ラッティも気を付けてついて来るんだよ? それと、いつでも逃げ出せる様に構えておくんだ」

「うん。分かったの」


 こんな時でもにこやかな笑顔を絶やさないラッティは凄いと思える。俺にもその動じない心を少し分けてほしいもんだ。

 未だ行きたくなさそうに抵抗をしているラビィの手を無理やり引っ張りながら丘の方へと向かう。

 そして往生際の悪いラビィを引きずる様にしながら進んでいると、不思議とここへ着くまでに感じていた嫌な気配は感じなくなっていた。


「あ、あのー、ちょっといいでしょうか?」


 警戒するに越した事は無いと思い、俺達は石碑の近くで座っている女性の背後から近付いて声をかけた。


「はい?」


 振り向いたその女性はシスターの格好に似つかわしい清楚さを感じさせ、青く綺麗な瞳でこちらを見てきた。


「あの、突然すいません。僕は冒険者をやっている近藤涼太と言います。つかぬ事をお尋ねしますが、ここに死霊が居たと思うんですけど、どこに行ったか知りませんか?」

「ああ。あの死霊ならあちらに」


 その女性はとても丁寧な口調でそう言いながら、右手の人差し指を空へと向けた。

 俺は漠然とその女性が指差した空を見上げる。だがそこには死霊の姿どころか、鳥の姿さえ見えない。


「別に何も居ないけど?」

「ああ、すみません。空に居るという意味では無くて、あまかえしたという意味です」


 同じく空を見上げていたラビィがそう言うと、その女性はくすくすと小さく笑いながらそう答えた。


「へっ!? アイツ倒しちゃったの!?」

「はい。偶然ここを通りかかった時に見かけたんですが、私に危害を加えようとしたので滅しました」


 にこやかな笑顔で爽やかにそんな事を言う女性。その雰囲気はさっきと違って少しおっかなく感じる。

 そしてそんな感覚を覚えると同時に、なぜかは分からないけど、この女性はちょっと危ない気がすると思い始めた。


「やったよリョータ! さっきまではどうしようかと思ってたけど、この人が死霊をやっつけてくれたからもう大丈夫だよねっ!」

「あら? ここの石碑の封印を解いたのは貴方達だったんですか?」

「あー、いや、厳密に言うと封印を解いてしまったのはコイツですけど、パーティーを組んでいる以上は仕方がないので様子を見に来たんです」


 とりあえず、俺はここに来るまでの事を掻い摘んでその女性に話して聞かせた。


「なるほど。そういう事だったんですね」

「はい。本当にコイツがご迷惑をかけました」

「いえ、そんな事は別にいいんですよ。それよりも」


 謝る俺に向かってにこやかにそう言うと、その女性はなぜかふて腐れた表情をしているラビィの前へと立ってから両手の平を上へと向けて前へと差し出してきた。


「ん? 何?」

「今回の件に関する報酬を頂きたいのです」

「えっ? ど、どうして私がそんな物を払わなきゃいけないの!?」

「話を聞く限りでは事の原因はラビィさんにあるようですし、そのラビィさんが起こした問題を私が解決した。でしたら私がラビィさんに報酬を要求するのは当然の行為だと思いますけど?」


 この女性の言っている事は至極真っ当だと思う。だけどその真っ当さは、この駄天使には通用しないだろう。


「はあっ!? そ、そんなの知らないわよ! 私があなたに討伐を頼んだわけじゃないのよ?」


 ――ほらな。


「なるほど。それでしたら仕方ありませんね」

「な、何よ! 力に訴えようって言うの!?」

「いいえ。そんな事はしませんよ」


 そう言うとその女性は俺達に背を向け、空に向かって両手を高く掲げ上げた。するとその両手が闇に包まれ始め、不気味な暗い光を放ち始める。


「あ、あの、何をしてるんですか?」

「先程滅した死霊を復活させようとしています」

「「はあっ!?」」

「報酬がいただけないのでしたらそうするしかありません。ちなみにご参考までに言っておきますと、私が滅した死霊はクエスト難易度で言うと星八つは付くだろう相手でした」

「「ちょ、ちょっと待った――――!」」


 空に向かって両手を掲げる女性に対し、俺とラビィは示し合わせた訳でもなく飛び掛った。俺が女性の右手を押さえ、ラビィが左手を押さえる。


「あらあら」

「ちょ、ちょっとアンタ! いったい何考えてんの!?」

「私の考えは先程お話させていただきましたが?」


 シスターの格好をしたその女性は慌てるラビィの言葉に小首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべてそう答える。


 ――アカン……この人はラビィやラッティとはまた違ったベクトルでアカンタイプのお人や。


「わ、分かりました! 報酬はお支払いするので止めて下さい!」

「そうですか。それなら止めます」

「はあっ……とりあえず、どれくらいの報酬を払えばいいんですか?」

「そうですねえ……相手の強さと世間の相場を考えたら、400万グランと言ったところでしょうか」

「よ、400万グラン!? アンタ、吹っ掛けるにも程があるわよっ!」

「お支払いが出来ないのでしたら死霊を復活させますけど?」

「わ、分かりました! 分かりましたから止めて下さい!」

「ちょっとリョータ!? 分かってんの? 400万グランよ!? そんなお金持ってないじゃない!」

「いいから黙ってろ!」


 これ以上揉めて問答無用で死霊を復活でもさせられたらたまらん。クエスト難易度星八つの死霊を相手にするなんて、命がいくつあっても足りんからな。


「あの……俺達はまだ冒険者になったばかりのヒヨッコなんで、あまりお金を持ってないんです。だから支払いを分割にしていただくわけにはいきませんか?」

「そうですか……分かりました」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「その代わり、二つ条件を出します」

「じょ、条件ですか?」


 いったいどんな条件を突きつけられるのかと思うと、どんどん具合が悪くなってくる。それでもこちらはそれを受け入れるしか手立てが無い。


「一つ目は、借金の支払いはクエスト総報酬の六割を支払う事。二つ目は、借金の支払いが終わるまでの間、私は貴方達と行動を共にします。その際に生じた行動や食費等の必要経費に関するお金の一切を、貴方達が支払う事です」

「じょ、冗談じゃないわよ! そんな馬鹿みたいな提案、飲める訳ないでしょ!?」

「嫌なら別にいいんですよ? 私は困りませんから」


 そう言うと女性は再び両手に闇を纏わせ始める。もはやこれは脅しとしか言いようがない。


「わ、分かりました! その条件を飲みますから!」

「ちょっとリョータ!」

「仕方ないだろ! 今の俺達には他に選択肢が無いんだよ。それともお前、クエスト難易度星八つクラスの死霊と戦うか?」

「うぐっ……分かったわよ」

「それでは皆さん、借金返済までよろしくお願いしますね。あっ、それと私の事はリュシカとお呼び下さい」

「よろしくね、リュシねえやん! ウチはラッティ!」

「はい、よろしくお願いしますね。ラッティちゃん」


 にこやかな笑顔でラッティの頬を撫でるリュシカ。

 こうして駄天使のアホな行動のせいで多額の借金を背負い込む事になり、借金取りのお姉さんまでついて来る事になってしまった。

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