第9話・天使な幼女とお買物

 異世界に来てから初めて受けたジャンボミミズ討伐クエストが成功し、俺達のパーティーにはマジックウィザードの幼女ラッティが加わった。

 決定的な火力不足だった俺達にとって、攻撃魔法職の頂点に位置するマジックウィザードが加わった事は大きい。そしてこれにより、火力面の問題は解消されたと言っても過言では無いと、普通ならそう考えるだろう。


 ――さーて、どうしたもんかねえ……。


 酒場で朝食を摂りながら、ラッティをどう扱うべきかを考える。なぜなら俺達の仲間に加わったラッティは、ルーデカニナという特殊魔法一つしか使えないからだ。

 魔法が使えるなら良いと思うかも知れないが、このルーデカニナと言う魔法はとんでもなく癖のある魔法で、使うとランダムで何かの攻撃魔法が発動する。これだけ聞くとどこのパルプ〇テだよと言いたくなるところだけど、発動する攻撃魔法の種類は、初級魔法から最上級魔法までを含めたその全てがランダムチョイスの範囲に入っていると分かっているだけまだマシと言えるだろう。

 そしてその消費MPはルーデカニナ自体の消費MPにプラスして、発動したランダム魔法の消費MPも消費するという燃費の悪さ。

 こんな一癖も二癖ある魔法の良い点をあえて挙げるとすれば、習得していない、または習得出来ない魔法でもランダム要素によって発動する事が出来ると言う点と、比較的早い段階で習得が可能だと言うところだろうか。

 ちなみにランダム発動する魔法の消費MP分を持ち合わせていなければ、発動は不発に終わるとの事だ。

 まあ、ほとんどの人はこの魔法の習得を無視するか、ネタとして覚えはしても、ほとんど使う事は無いらしい。


「なあ、ラッティ。他の魔法を覚える事は出来ないのかな?」

「他の魔法? んー、多分出来ないと思うの」

「何で?」

「前に他の魔法も覚えようとしたけど、どうしても覚えられなかったの」


 ――マジックウィザードになれる素質があるのに、初級魔法すら覚えられないとかどういう事だ?


「ラッティ、もう一回冒険者カードを見せてもらっていい?」

「うん。いいよ」


 ラッティが小さなハート型の鞄から取り出した冒険者カードを受け取り、スキル欄を見ていく。

 すると初級から最上級を含めた攻撃魔法欄に鍵がかかっていた。これは現時点においての習得不可、もしくは完全な習得不可能を意味する。つまりラッティの言っている事は嘘ではないという事だ。

 しかしまあ、ラッティが普通の能力をしたマジックウィザードだったら、俺はこんなにも悩まなかったと思う。なぜなら燃費が悪くて癖があるとは言え、ルーデカニナは消費MPさえ足りれば確実に何らかの攻撃魔法が発動するから。

 敵の弱点や相性を考える事が出来ないのは大きな欠点だけど、とりあえず攻撃が出来ると言う点においては問題が無い。

 それにランダム要素が強いとは言え、強力な魔法でも発動すれば一発大逆転で敵を壊滅させる事も可能なわけだ。要は使い方次第って訳だが、最大の問題はそこにこそある。

 何せラッティは初級魔法のバーストですら平原に大きなクレーターを作る程の威力を持っている。てことは、もしも最上級魔法が発動すれば、いったいどんな威力になるのか想像もつかない。下手をしたら街の一つくらい消し去ってしまうんじゃないかと思っているくらいだ。

 それに初級魔法であの威力なら、ダンジョンや遺跡などの狭い場所へ行くクエストには連れて行けない。自分達が帰れなくなるから。

 そんなラッティを仲間に加えた今の思いを率直に言えば、凄く恐いと言える。差し詰め、いつ爆発するか分からない核弾頭を抱えてしまった――みたいな感覚だからだ。

 こんないたいけな幼女にここまでの恐怖を抱くなんてみっともないかもしれないけど、恐いものは恐いのだ。

 それでも食い扶持ぶちが一人増えたのだから、クエストをこなして収入を得ない事には生活も出来ない。とりあえず今は対処法を色々と模索する必要があるだろう。


「ありがとう、ラッティ」

「うん」


 ――ホント、見てる分にはただの可愛らしい幼女なんだけどな……。


「なあラビィ、今日はちょっと別行動をしようと思うんだよ」

「別行動? 何で?」

「ちょっと調べてみたい事があるんでね」

「ふーん……あっ! もしかして、私達に内緒で色街に出かける気じゃないでしょうね?」

「ばっ、馬鹿な事言ってんじゃねーよ!」

「本当かなあ~」

「ねえやんねえやん。イロマチって何?」

「それはね、沢山の女の子が居て――」

「だ――――っ! ラッティに変な事を教えようとしてんじゃねえよ! この駄天使がっ!」

「何ですって!? ミミズ一匹自力で倒せないクソアサシンのくせに!」

「んだとコラッ! お前だってエンジェルメイカーのくせにクソの役にも立ってねーじゃねーか! お前みたいな自称大天使の駄天使なんかより、ラッティの方が一億倍役に立つぜ!」

「ううっ……リョータのバカァ――――ッ!」


 涙目になりながら俺の目の前にある鶏の唐揚げを左手で鷲掴みにすると、ラビィはそのまま唐揚げを持って酒場を走り出て行った。


× × × ×


「にいやん、これからどこに行くの?」

「ん? ちょっと商店の方に行ってみようと思うんだ」

「何か買うの?」

「んー、それは見てみないと分からないかな」


 鶏の唐揚げを鷲掴みにして出て行ったラビィの事はとりあえず放置し、ラッティと二人で食事を済ませた後、俺はラッティと手を繋いで道具や武具などが売られている商店へと向かっていた。

 小さなラッティの手はまるで紅葉もみじの様に小さいので、握る加減が難しい。まあ、ラッティが俺の手をぎゅっと握っているから、はぐれる事は無いだろう。


「わあー、可愛いわね」

「ホント、小さくて可愛い」


 小さくてラブリーな顔立ちに魔法使いの格好をしているせいか、ラッティは結構人の目を惹く。

 しかし、こんな小さな幼女が地球の現代兵器にも匹敵する様な威力の魔法を放つとは、ここに居る誰も想像すらできないだろう。我らがパーティーの火力不足を補って余りあるその威力は、完全に諸刃もろはの剣。使いどころを誤れば確実な自滅を招く。

 せっかくやって来た異世界で、仲間の魔法で巻き添えくって死にました――なんて、そんな間抜けな事になりたくはない。だからこそ、今回の買物には重要な意味がある。

 今回の買物の目的。それはラッティが普通の魔法使いとして活動出来るような手段を見つける事だ。

 しばらく歩いてアイテムや武具が売り出されている一角まで来た俺達は、並べられたアイテムの数々を見ていた。前にも一度来た場所だけど、初心者の集まる街にしては品揃えも良く、どれも目を引く。

 俺が今回の買物で探しているのは、対象の魔力を減退させるマジックアイテム。

 そう、俺が考えていた事とは、ラッティ自身の魔力をある程度抑え込むマジックアイテム的な物を身に付けさせ、魔法威力を減退させるというもの。

 これはゲームで言えば強力な魔法を使う敵と出会ってしまった時の戦闘手段だから、本来の使い方としては間違っているかもしれない。けれど物ってのは、有効活用してこそ意味がある。それがいかに本来の使い方と違うとしても、役立てばそれでいいのだ。


「うーん……どうしたもんかなあ……」


 目当てだったマジックアイテムは結構すぐに見つかったけど、どの店を見てもかなり高価だ。

 ちょっとした物で良いなら買えなくもないけど、ラッティの魔力値は999のカンスト。いわゆるカウントストップ状態だ。こんなとんでも魔力を抑え込もうとするなら、生半可なアイテムでは役に立たないだろう。

 かと言ってラッティに対して効果のありそうなマジックアイテムになれば、値段は最低でも500万グランから。こんなアホな値段のアイテムなんて、初心冒険者の俺にはとても手が出る物じゃない。

 途方もない値段のマジックアイテムを前にし、駄目元で安いマジックアイテムを購入してみるかと考えてた俺の目に、一つの武器が映った。

 店の片隅で埃を被った武器に立て掛けられた性能に関する説明文。それを熟読する内に、俺の中に生まれた考えは一つの結論を見た。


「――にいやん、プレゼントありがとう」

「どういたしまして。大切に使うんだよ? それと、無闇にそれを振り回さないようにね? 危ないから」

「うん、分かった!」


 お店で捨て値同然で売られていた杖を購入し、俺はそれをラッティにプレゼントした。

 俺が購入した杖は代価の杖と言って、この杖を振るう者の魔力を打撃力へと変換して物理攻撃力を得る杖だ。RPGとかではよくある、非力な魔法使いが魔法の効かない相手に対してその場しのぎ的に使う武器だ。

 もちろん代価の杖と言う名の示すとおり、使用に関しては代価を必要とする。その代価とはMPの消費という何とも想像しやすいものだが、この杖の恐いところは、その消費MPが変換した打撃力に依存するというところだ。

 いわゆる普通と言われるウィザードの魔力値なら、大して問題にもならない程度のMP消費だろうけど、ラッティはカンスト状態の魔力値。果たしてどんな威力とMPの減り方をするのか正直想像もつかない。

 まあ、とりあえずの間に合わせ対策になるけど、これでラッティの魔法で全滅という未来を見る確率はグッと減るだろう。根本であるラッティの魔法威力についての問題は保留になるけど、それはいずれお金が貯まってきたら考える事にしようと思う。


「ねえ、にいやん。ねえやんは捜さなくていいの?」

「ラビィか……そうだねえ。いい加減捜しに行った方がいいかもな」

「うん! ウチも一緒にねえやんを捜す!」


 ラビィはラッティを都合良くモンスターを狩る為の手段みたいな見方をしているというのに、その本人はそんな駄天使に対してとても優しい。そんな優しいラッティを見ていると、いっぺん悔い改めて来い――と、そうラビィに言いたくなる。

 そろそろほとぼりが冷めている頃だろうと思った俺は、ラビィが戻って来てる事を考えて酒場の方へと向かい始めた。


「あっ! や、やっどみづけだあぁぁぁぁ――――!」

「ヒイッ!?」


 涙を流しながら酷い表情で両手を突き出してこちらへと迫って来るラビィ。その様子は差し詰め、負のオーラを纏ったアンデッドと言ったところだろうか。


「リョータアァァァァ――――!」

「来るなっ! こっちに来るんじゃないっ!」


 恐ろしく酷い顔で迫って来る駄天使から逃げ惑いながら街を駆け回る。

 そしてその不毛な追いかけっこが終わった後、俺はラビィがなぜ大泣きしていたかの理由を知る事になった。

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