第8話・お試し、魔法幼女

 一晩経って朝を迎え、俺とラビィはラッティを連れてジャンボミミズの討伐へと来ていた。


「ラッティー! 今からおっきいミミズと戦うから、そこで危なくない様に見てるんだぞー! それとー、お兄ちゃんが良しって言うまでは魔法を使わないようにー!」

「分かったー!」


 高い丘の頂上に残して来たラッティに向かい、大きな声でそう釘を刺す。

 結果から言うと、昨晩行っていたラビィとラッティへの説得は失敗した。二人揃ってかたくなに俺の言葉を受け入れなかったからだ。

 それならもう仕方ないと開き直り、とりあえずラッティの実力を見て仲間にするかどうかを決めようという事で決着をみた。

 クエスト達成期間まではもう間も無いし、募集していた仲間も待っていたって現れるとも限らない。俺達に選べる選択肢は決して多くは無いから、これも仕方がないって訳だ。


「居たよリョータ! 前方約五キロメール先にジャンボミミズ三匹」


 先日ジャンボミミズを一匹倒した事でレベルアップしたラビィは、天眼というスキルを身に付けた。これは遠くの様子を見通す事が出来る能力で、いわゆる千里眼てやつだ。

 他の事では相変わらずだろうけど、天眼の能力はかなり役に立つ。偵察をするには申し分ない能力だから。


「おっし! それじゃあ俺がミミズ達の敵意ヘイトを奪って戻って来るから、ラビィは例の位置で足止めの魔法を頼むぞ!」

「分かってるわよ! 大天使ラビィ様の名にかけて、ビシッと動きを止めてやるわ!」


 相変らずの自信満々な態度に一抹の不安を覚えはするけど、やれる事は何でもやらないと、冒険者として生活など出来ない。それはこれまでの事で嫌と言うくらい身にみている。


「そんじゃまあ、いっちょやりますか」


 視界にミミズを捉えた瞬間に奇襲スキルを使って気配を消し、臭気が流れないように風下から接近して行く。


「先制攻撃だ――――っ!」


 密集していたミミズに悟られない様に接近し、素早く次々と短剣で攻撃をしていく。

 そのヌメヌメとした身体に短剣が突き刺さり、そこから気持ちの悪い体液が出ると共にミミズがダメージで身体をじらせる。

 できればこの奇襲で倒してしまいたいところだけど、それが出来れば苦労はない。

 しかしとりあえずの奇襲は成功し、ミミズ三匹の敵意はこちらへと向いた。次は予定のポイントまでこの三匹を誘導しなければいけない。


「ハアハアッ!」


 だだっ広い平原を全力で走り、予定していた誘導ポイントへと向かう。こうやってミミズに追いかけられるのも数回目だが、こんな恐ろしい追いかけっこはこれっきりにしたいもんだ。

 今は戦闘時に素早さが上がるスキルのおかげで何とかミミズとの間に安全な距離は保てている。後は予め拾っていた石を振り向き様に投げながら、敵意を俺へと向け続けさせればいい。

 拾った石での攻撃では大きなダメージは望めないにしても、ある程度のヘイトを向けさせる事は出来る。何ともカッコ悪い役どころだとは思うけど、俺の役割はあくまでもおとりだから仕方ないだろう。

 平原にある二つの高い丘。その一つの頂上にラッティが待機し、そこから直線距離で約五百メートル程離れているもう一つの頂上にラビィが待機している。

 俺はラビィが居る側に近い方を走り抜けながら、魔法の発動待ちをしているラビィに向けて叫ぶ。


「今だ――――っ! ラビィ――――ッ!」

「ようやく来たわね! 今までの恨みをくらいなさいっ! クソミミズ!! フリ――――ズ!」


 丘の上に居るラビィの不必要なくらいにデカい声が聞こえたかと思うと、小さな魔法陣が光ったのが見えた。

 すると光った魔法陣から鋭く尖った氷の刃が無数にジャンボミミズの方へと襲いかかり、その身体にスボズボと突き刺さっていく。


「よっしゃ!」


 その光景を見た俺は、思わずガッツポーズをとった。

 氷の刃が刺さった部分から凍傷が広がり、ジャンボミミズの動きは著しく鈍っていく。この絶好のチャンスを逃してはいけない。


「ラッティ――――! 一発魔法をぶちかましてくれ――――っ!」


 そう叫びながらラッティの方を見ると、持っていた杖をこちらの方へと向けて魔法の発動準備を始めた。


「ちょっ!?」


 俺はそんなラッティの様子を見て驚いた。

 なぜならラッティの突き出した杖の先には、ラビィの物とは比べ物にならない程の大きさをした魔方陣が出現していたからだ。しかも単体魔方陣ではなく、多重魔方陣。

 魔法を使う際に展開される魔方陣は使う者の魔力に応じて大きくなり、その威力に応じて出現する魔方陣の数が増えると酒場で聞いた。

 俺もこの世界に来てから魔法が使われるのをラビィ以外で見た事が無いから正確な事は分からないけど、これは結構マズイ気がする。


「ラッティー! そんな強そうな魔法じゃなくていいんだ――――!」


 そんな叫びも時既に遅しだったようで、きらめいた多重魔方陣から一筋の光がミミズの群れへ放たれると、その光はミミズ達の頭上で更に激しさを増して弾け、全てを巻き込まんばかりの大爆発を起こした。


「ひぎゃあぁぁぁぁぁ――――っ!」


 ラビィの悲鳴が轟音の中に紛れて段々と聞こえなくなっていく。


 ――あー、俺死んだわ……。


 爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる中、俺は異世界に来ても儚かった人生に思わず涙が出た――。




「はっ!? ここは……」

「あっ、やっと目覚めたわね」


 目を覚ました俺が最初に見たのは、晴れやかな表情をしたラビィの顔。

 そして頭だけを左右に振り様子を見ると、どうやら俺は平原に寝そべっているようだった。


「……ラビィ、無事だったのか」

「あったりまえでしょ! この大天使ラビィ様が、あの程度でやられるもんですか!」

「ほう……」


 言ってる事はご立派だが、それならせめてボロボロになった姿をどうにかしてから言えよと思う。


「あれ? ラッティは?」

「ラッティならあそこに居るわよ」


 ラビィが指差す方向を見て上半身を起こし、改めてラッティの姿を見る。


「ラッティは何やってんだ?」

「さあ?」


 ラッティはミミズ三匹が消し飛ばされた時に出来たのであろうクレーターの窪みを利用し、そこを上り下りしながら遊んでいた。こうして見ている分には、とてもこの様なクレーターが出来る魔法を使った人物と同じとは思えない。


「あっ! にいやんが起きてるー」


 立ち上がった俺に気が付いたらしく、ラッティがとてとてと可愛らしく走り寄って来る。


「にいやんにいやん。ウチ、頑張ったよ」

「そうだね。ラッティはよく頑張ったね」

「えへへ」


 その言葉ににっこりと笑みを浮かべるラッティの表情は、年齢相応に可愛らしい。


「これでウチもにいやんとねえやんの仲間になれるよね?」


 確かにラッティはこれでもかと言うくらいに役に立つ事を証明して見せた。だから仲間になってくれればとても心強いと思える。

 しかし俺には不安もあった。あんな威力の魔法、使いどころが難しいのではないかと言う不安が。


「もちろんラッティちゃんの仲間入りを歓迎するわ! ねっ、リョータ」

「えっ!?」


 色々と考え事をしている間に、ラビィが仲間入りを認める言葉を出してしまった。


「『えっ!?』って何よ? ちゃんと実力は見せたわけだし、問題無いと思うけど? それともリョータはラッティちゃんの仲間入りを認めないって言いたいの?」

「いや、そういう訳じゃないけどさ……」

「にいやん……ウチ、にいやんとねえやんの仲間になれないの?」


 さっきまでの素敵で可愛らしい笑顔は崩れ、一気に泣き顔へと表情が変わっていく。


「いやいや、そういう事じゃないんだよ。ラッティ」

「それじゃあ、にいやん達の仲間になれる?」


 涙目で見上げてくるラッティを見ていると、もはや駄目とは言えなくなる。

 まあ、実力を証明したのは確かだし、魔法だって下位魔法でも使ってもらって調整してもらえばいいだろう。


「分かったよ、ラッティ。俺達と一緒に頑張ろう」

「ホント?」

「ホントホント」

「やったあー!」


 本当に嬉しそうに飛び跳ねるラッティ。

 とりあえず色々と大変そうだけど、それはギルドに戻って報酬を貰ってから考えるとしよう。


「あっ、それからラッティ。魔法を使うのはいいけど、今度から使う魔法はちゃんと種類を選んでな。あんな強力な魔法を使われて何度も吹き飛ばされたくないからね」

「同感同感。ところでラッティちゃん、さっき使った魔法は何なの?」

「んー、多分バーストだと思うの」

「はあっ!? あの威力がバースト!? そんなわけ無いでしょ!」


 ラッティの言葉にラビィが驚くのも無理はない。だってバーストは、見習い魔法使いで覚えられる初級爆裂魔法なのだから。


「あ、あのさ、ラッティ。『多分バースト』って言ってたけど、何で多分なんだ? 使う魔法は自分で選択したんだろ?」

「ううん、選んでない。ウチ、使える魔法が一つしかないもん」

「「はっ!?」」


 その言葉にとてつもなく驚愕した。

 聞き違いだと思いたいけど、ラビィまで俺と同じ反応をしているって事は、まず聞き間違いではないんだろう。


「あ、あのさ、ラッティ。もう一度冒険者カードを見せてくれないか?」

「うん。いいよ」


 ガサゴソと小さなハート型鞄から冒険者カードを取り出すラッティ。

 俺はそれを受け取ってから冒険者カードに記載されているスキル欄を見る。


「マ、マジかよ……」


 確かにラッティの言う通り、冒険者カードのスキル欄には一つの魔法しか記載されていなかった。しかもこの使える魔法ってのが相当に厄介なものだ。


「ど、どうしよう、リョータ……」

「俺に聞くなよ……」


 ラッティの冒険者カードを見つつ、俺はまた一つ悩みの種が増えた事に頭痛を感じ始めていた。

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