第6話・デジャヴュにご用心
初めてのモンスター討伐クエストを受けてから一日が経った。
せっかく異世界に来てから初めて行った冒険者らしい事だったというのに、その内容はジャンボミミズに追い回された挙げ句に湖へおびき寄せて沈めるという、俺の思い描いていたものとはまったく違う討伐方法。
当初はモンスターを相手にカッコ良く武器で戦い、スタイリッシュに止めを刺す――みたいな事を想像していたんだけど、現実はそんな想像や理想が入り込む余地など皆無だった。そういった事を踏まえた上で言えば、昨日の討伐クエストにおける失敗は色々あったと思う。
一つはジャンボミミズを侮った事と、自分達の力量やレベルでやれる事を正しく認識していなかった事。
いくらジャンボとは言え、全長十メール級のミミズが出て来るなんて微塵も思っていなかったし、俺達があんなにもモンスターを前に無力だとは思ってもいなかったからだ。
しかも後から酒場に居る冒険者に聞いた話によると、初心者向きクエストとは言えジャンボミミズはかなり手強い部類に入るモンスターらしく、最低でもレベル6くらいになってから挑むのが妥当なモンスターらしい。まあ、言ってみれば単純に情報収集不足って事で纏められるだろう。
そしてもう一つは、ラビィが思っていたよりも戦力として当てにならないと言う事。
こう言うと他力本願と思われるかもしれないけれど、サポート役として来てもらったはずなのに、当人はサポートどころか全てにおいてこちらの足を引っ張る始末。加えてエンジェルメイカーなのにあの使えなさではそう言いたくもなる。
でもまあ、今回の件で色々と分かった事も多かったのは収穫と言えば収穫だろう。クエストはもっと慎重に選べって事と、その内容はよく吟味しろって事。
そしてラビィが思ったよりも泣き虫で強がり屋だという事だ。
まあ何にしても、クエストを受けた以上はちゃんと達成しなければいけないので、残り四匹のジャンボミミズ討伐をどうするかをしっかりと考えなきゃいけない。
本当なら力量差があるのだから、このクエストを破棄して俺達に合ったクエストを受けなおせばいいんだろうけど、今回はミミズ四匹を討伐した分の報酬を既に受け取って使っているからそれは出来ない。なぜならクエストの依頼を途中放棄すれば、受け取った報酬を全額返さないといけないからだ。
これがゲームなら借金を背負おうと何だろうと痛くも痒くもないんだけど、これはゲームではなく現実だからそうもいかない。
てな訳で、昨日ラビィにも話していたようにパーティーの火力不足を補う為、今日は朝からパーティーメンバーの募集をギルドで出して酒場で仲間になりたいと言う人がやって来るのを待っていた。
こちらとしては見習い剣士か見習い魔法使いくらいは来てくれるんじゃないかと期待してたんだけど、そんな考えは相当に甘かったらしく、酒場で待ち始めてからお昼を過ぎても人っ子一人声すらかけて来なかった。
「ねえリョータ、こうしてても誰も来ないんじゃない? これなら二人でミミズを倒しに行った方がいいんじゃないの?」
「そんな事言うなよ。二人で行っても昨日の二の舞三の舞になるのがオチだろうが。お前がもう一回ミミズにとぐろを巻かれていいなら話は別だけどな」
「じょ、冗談じゃないわよ!」
「だろ? だったら仲間を募集して、安全に狩りをした方が無難じゃないか」
「でもそれじゃあ、報酬の半分を持ってかれるじゃない」
「確かに報酬半分は相当に痛いけど、命を失う事に比べたら大した事じゃない。それともクエストを破棄して借金生活でも始めるか? 言っておくが、食事は豆のスープなんかじゃないぞ? 具無しスープを通り越して豆味がついただけのスープだ。しかも超薄味の……」
「それだけは嫌あぁぁぁぁぁー!」
両手で頭を抱えながら恐ろしげに声を上げるラビィ。
これまでの貧乏生活が相当に堪えてはいるんだろう。それでもコイツは俺より贅沢をしてたけどな。
とにかく、現状を打破するには仲間を得るのが一番早いだろう。もちろん他のモンスターと戦ってレベルアップをしていくと言う手もあるけど、ラビィを連れてまともに戦える自信は今の俺には無い。
そう思って根気強く仲間になってくれる人が現れるのを待っていたんだけど、お昼を過ぎて夕刻を迎えようかと言う頃になっても、仲間になってくれると言う人物は一人として現れなかった。
「リョーター、もう待ちくたびれたよぉ~」
「うーん……」
そろそろ太陽がその色を赤く染め始めた頃、俺は判断を迫られていた。
このまま仲間候補が来るのを待つか、一匹でも多くミミズを狩っておくかの判断を。と言うのも、簡単な討伐クエストには達成までに与えられた期間というものがあるからだ。
そして今回のジャンボミミズ討伐の為に与えられた期間は四日間。つまり、与えられた期間の半分がそろそろ過ぎようとしている。
仲間は是非とも欲しいが、このままじっと待っているのも考えものと言う訳だ。
「にいやん、にいやん」
「ん?」
どうするべきかを真剣に悩んでいたその時、背中部分がピンと引っ張られる。
椅子に預けたお尻を半分ずらして声がした方へ視線をやると、そこにはつばの根元に赤いリボンが付いた黒のとんがり帽子に、紫色のローブを纏ったいかにも魔法使い風の格好をしたちっこい幼女が居た。
「どうしたの? お嬢ちゃん?」
俺がそう問いかけた瞬間、その幼女のお腹からグルルルルル――っと、犬の唸り声の様な腹音が聞こえてきた。
「お腹減ってるの?」
「うん」
「お父さんかお母さんは?」
「居ない」
「居ないって……お家に居ないの?」
「ウチにはお家が無いの。だからお父さんもお母さんも居ない」
「そうなのか……」
――やっぱりこの世界にも孤児っているんだな。まあ、魔王が幅を利かせてるなら当然こういう子供も居るんだろうけど……。
「何か食べるかい?」
「いいの?」
「腹一杯は無理かもしれないけど、それでいいならね」
「ありがとう。にいやん」
元気が無かった表情に初めて笑顔が浮かぶ。何だか小さな頃の妹を見ている気分だ。
「ちょ、ちょっとリョータ! ただでさえお金が無いのにこんな事してどうするの!?」
「そう言うなよ。こんなちっちゃな子供が飢えてるんだからさ、ちょっとくらいはいいじゃないか」
「私にはすぐ『我慢しろ』とか言うくせに……」
「それはお前がアホみたいに飲み食いするからだよ。お前一人でいつも三人分は飲み食いしてるんだぜ? 大金持ちならともかく、貧乏暮らしでそれは厳し過ぎるんだよ」
「うぐっ……」
こんな小さな子供に対してまでケチ臭い事を言う大天使様に冷ややかな視線を送りつつ、適当にメニューを見て注文をする。
「そんじゃまあ、少し待ってたら食べ物が来るから。元気出すんだよ?」
「どこ行くの? にいやん」
「お兄さん達はこれから大きなミミズ退治に行くんだよ。そうしないと生活できないからね。んじゃな! ほらっ、行くぞラビィ!」
「ちぇっ、分かったわよ」
ちっこい幼女に別れを告げ、俺はラビィとミミズ討伐へ向かった――。
酒場を出てから平原へと向かい、五匹目のジャンボミミズを見つけた俺達は覚悟を決めて戦闘を開始していた。
ジャンボミミズとの戦闘はレベル差もあってかなりの苦戦を強いられており、徐々に追い詰められ始めている。
「くそっ!」
「リョータ! まだ魔法を使っちゃいけないの!?」
「まだだ! もう少しダメージを与えてからだ!」
ラビィは習得した魔法やスキルの数は多いものの、圧倒的な総MP不足によって使える魔法が限定される上に、現状では一発しかそれを使えない。
そして今のところ一番火力が期待できそうなのがその魔法の一発だから、使いどころを間違う訳にはいかないわけだ。
「もうっ、そんなんじゃ体力削るだけじゃない。もういいっ! 見てなさい! ちまちまとダメージなんて与えなくても、私の魔法の一発でちょいちょいっとやっつけちゃうんだから!」
「あっ! コラ待――」
「フリ――――ズ!」
言い終わる間も無く、ラビィはジャンボミミズに魔法を放った。
杖の先に魔方陣が展開され、そこから数十個の氷の刃が飛び出して敵へと襲い掛かる。
「ピギャ――――!」
飛び出した氷の刃がいくつかミミズの身体に突き刺さると、ミミズはその巨体を激しく動かしながらもがき始め、最後には大きな音を立てて全身を地面と落とした。
「効いたのか!?」
「あったりまえじゃない! この大天使ラビィ様にかかれば、こんな奴ちょいちょいのちょいなのよ!」
――そのミミズにけちょんけちょんにされて昨日大泣きしてたのはどこの大天使様だよ。
と言ってやりたいところだけど、とりあえず初めて役に立った事に免じて今は何も言わないでやろう。
しかし安心したのも束の間。仲間の断末魔が聞こえたのか、草原の遠くから巨大ミミズが三匹やって来るのが見えた。
「ヤバッ! コイツ仲間を呼びやがったな。ラビィ、急いで逃げるぞっ!」
「なーに言ってるの!? 私の力を今見たでしょ? これなら残りのミミズを全滅させるなんて楽勝よ。見てなさい!」
「ば、馬鹿っ! お前はもうMPが――」
「とりゃああああ――――っ!」
「待てえぇぇぇぇ――――っ!」
杖を片手でブンブンと回しながら、ミミズの群れへと突撃して行くアホ駄天使。
――ホント、誰かあの馬鹿天使を止めて下さい……。
この後、
× × × ×
「ううっ……えぐっ……」
「いい加減に泣き止めよ」
もう少しで完全に陽が沈もうかと言う頃、ミミズにけちょんけちょんにされて泣きじゃくるラビィをおんぶしながら、確か昨日もこんな事があったよなと、壮絶なデジャヴュを感じながら街へと戻って来た。
街へ入ると人々が泣きじゃくるラビィを見て俺に妙な
――はあっ、日本に帰りたい……。
もう人々の視線から走って逃げる事にすら諦めを感じているこの状況。そんな状況に慣れ始めている自分に思わず溜息が出る。
「にいやん」
魂まで抜け出してしまいそうな疲労感の中、聞き覚えのある声が前の方から聞こえてきた。
その声に俯かせていた顔を上げると、酒場で食事をご馳走してあげたちっこい幼女が立っていた。
「どうかしたの?」
「にいやんを捜してたの」
「俺を? どうして?」
「ウチ、にいやんについて行く事にしたの」
「えっ!? ついて行くってどういう事?」
「ギルドのねえやんに聞いたの、にいやんが仲間集めをしてるって。だからウチがついて行くの」
どうやら本気で言っているようだが、こんな幼女を危ない目に遭わせる訳にはいかない。
「あー、食事のお礼のつもりかもしれないけど、気持ちだけでいいから」
「いやっ! ウチはにいやんについて行くの!」
「気持ちは嬉しいけど、お嬢ちゃんみたいなちっちゃな子を連れて行く訳にはいかないんだよ。危ないからね」
「ううっ……うわーん! にいやんがウチを置いて行こうとするぅー!」
「べ、別に置いて行こうとかそういう事じゃないんだよ? ただね、モンスターと戦うから危ないと言うか何と言うか」
「にいやんが、にいやんがウチを置いて行くって言う――――!」
「何でそういう事になっちゃうの!?」
「ちょっとあの人、昨日女の子を泣かせてた奴じゃない?」
「ホントだ……今度は小さな女の子を泣かせてる。しかも昨日の女の子もまたボロボロになって泣いてるし。今日はいったいどんな酷い事をしたのかしら……」
「鬼畜よね……」
目の前で泣き喚く幼女と背中で泣き続ける駄天使に挟まれつつ、俺は周囲のより一層冷たい視線を浴びる。
そんな状況の中、俺はいったいどうすればいいんだよっ――と、叫びたい気持ちで俺は立ち尽くしていた。
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