第4話・仲が良いのか悪いのか

 初心冒険者の集まる街リリティア。この街で目覚めてから早くも三ヶ月が経った。

 本当ならもう、冒険者としての生活に慣れ始める頃だろう。だが残念な事に、俺の冒険者人生は未だスタート地点にすら立っていない。

 毎日毎日、来る日も来る日も武具を買う為に生活を切り詰め、粗末な食事を続けて来た。

 何せ一緒にこの世界へとやって来た駄目天使ラビィは隙を見ては仕事から逃げようとするし、いつの間にか遊びに金を使うし、食事は人一倍、いや、人三倍は食べる。だから当然金なんて思ったように貯まるはずもない。生活は恐ろしいくらいの自転車操業だ。

 だから俺は必死に働いた。日本で引き篭もっていた事などすっかり忘れたかの様に。

 メインは酒場での収入だが、他にも掛け持ちで露店の店番をしたり、やった事の無いベビーシッターをしたりと、本当に色々な事をやったもんだ。まあその甲斐あってか、今日でようやく安い武具を買い揃えられるくらいの金が貯まり、冒険者としての一歩を踏み出せるところまで漕ぎ着けた訳だが、その前に肝心の職業選びで俺は迷っていた。

 ファンタジー世界で戦う為の武器と言えば、やはり剣は外せないだろう。この世界に存在するかどうかは分からないけど、あるなら聖剣エクスカリバーとか、魔剣グラムとか、そんな剣を扱えそうなグラディエーターなんかになってみたい。

 でも、せっかくのファンタジー世界なのだから、魔法が使えるウィザードも捨て難い。


「ああー、めっちゃ悩むなー!」

「何よリョータ、アンタまだ職業決めてなかったの?」

「えっ? ラビィはもう職業を決めたのか?」

「私はとっくの昔に決めてたわよ。この大天使ラビィ様に相応しい職をね」

「へえー、何の職にしたんだ?」

「これを見なさい!」


 暖かな隙間風が吹く朝の狭い家の中。いつもの様に無駄に自信満々で高慢ちきな態度のラビィが、手に持つ冒険者カードをグイッと眼前に突き出してきた。


「どれどれ……はあっ!? エンジェルメイカー!? エンジェルメイカーって確か、あらゆる職業の頂点にある超最上級職だろ!? 何でそんなのにいきなりなれるんだよ!」

「ふふふ、生まれつきどうしようも無い才能の差ってのはあるものよ。まあ、これくらいは天界で才能の塊とうたわれた私なら当然の事だろうけどね」


 そういえばこっちでの駄目生活ぶりを見てたからすっかり忘れてたけど、ラビィのプロフィールにはとても才能溢れる才女と書かれていた。

 何だか釈然としないところだけど、ギルドのお姉さんは生まれ持った才能や資質に能力やなれる職業が大きく左右されると言っていたから、それを考慮すれば、一応天使であるラビィが能力的に上級職になれるのは不思議な話しではないんだろう。心情的にはムカツクけど。


「ま、まあ仮にも天使ならこれくらいは当たり前だよな」

「はあっ!? そう言うリョータはいったいどんな職になれるのよ? ちょっとカードを見せなさいよね!」

「あっ! ちょまっ――」


 あっと言う間に手に持っていた冒険者カードを奪われると、ラビィはカードに表記された俺の今なれる職を見ていく。


「プフッ! リョータったらこんだけしかなれる職が無いの? さっすが引き篭もってたオ〇ニートね! プークスクスッ!」

「ほっとけってんだよ!」


 どこまでもムカツク笑い方をする駄天使から冒険者カードを奪い返し、自分のなれる職を改めて見る。


 ――見習い剣士に見習い魔法使い、見習い盗賊に見習い僧侶。なれるのはほとんど基本職か……。


 そんな基本職が目白押しな中、基本職以外になれる職は盗賊とアサシンの二つだけ。

 さっきは色々と悩んでいたけど、選択としてはアサシンを選ぶのが妥当だろう。

 まあ、レベルが上がれば他の職業にもなれる機会はあるわけだし、今はこれで我慢するしかないだろう。夢を見るのは強くなった後でもできるだろうから。


「長々悩んでても仕方無いしな……とりあえずアサシンにジョブチェンジしよう」


 ギルドのお姉さんから教わったように、冒険者カードに表示されたアサシンの欄を指でなぞる。


「おっ!?」


 アサシンの項目を指でなぞり終わると、短剣を使った戦い方やアサシンのスキルについての知識が頭に自然と入ってくる。

 そして再び冒険者カードを見ると、職業の欄が無職からアサシンへと変わっていた。


「とりあえずこれでよしっと。そんじゃあ次は武具を買いに行くか」

「そうね! エンジェルメイカーの私に相応しい、超高級武具を買いに行くわよ!」

「寝言は寝て言え。俺達のどこにそんな超高級武具を買える金があるってんだよ。お前はその辺に落ちてる木の棒と干してある布団でも装備しとけ」

「何ですって!? 本当にクソ生意気な奴ねアンタは! そんな態度だとピンチになっても助けてやらないからね!」

「はいはい。そうならない様に精々気をつけますよーだ」

「キイィィッ! ホントに腹立つわねアンタ!」


 キンキン声がうるさい駄天使を引き連れ、武具を売っている商店がある一角へと向かう。

 そして長い時間悩んだ末に現段階で出来る最高の準備を整えた俺達は、異世界に来て初めてのクエストを受ける為に冒険者ギルドへと向かった。

 武具を売っている商店が立ち並ぶ一角から歩く事しばらく、お昼を少し過ぎた頃に俺とラビィは冒険者ギルド兼酒場である祝福の鐘へと着き、中にあるクエスト依頼の紙が貼られた掲示板の前でどのクエストを受けようかと吟味をしていた。


「結構色々なクエストがあるんだな。これはどれを選ぶか迷うなー」

「リョータ、これなんて楽で良さそうじゃない?」

「どれどれ?」


 ラビィが指差したクエスト依頼書の内容を見ると、そこにはこう書かれていた。


 ――何々、最近この近辺の畑を荒らしているジャンボミミズを討伐して下さい。目撃情報によると、ジャンボミミズは合計八匹。報酬は一匹1千グラン。プラス全滅報酬が2千グランです――か。


「なるほど。クエスト難易度の星も一つで初心者向きだし、確かに俺達の初クエストにはちょうどいいかもな。よし、これにしよう!」

「よっし! ミミズなんてちゃっちゃと片付けて、酒場で美味しい料理をたらふく食べるわよ!」

「何だよ。酒場で働く時と違って随分前向きでやる気じゃないか」

「あったり前じゃない! ちまちま働いて小銭を稼ぐなんて私の性に合わないのよ。それにモンスターをブッ殺すだけでお金が手に入るんだから、こんなに楽な事は無いわ」

「天使としてあるまじき発言のように思えるが……まあいいや。とにかく油断しないようにな?」

「ふん。超最上級職であるエンジェルメイカーの私が、ミミズ如きに負ける訳無いでしょ? さあっ! クエストを受けてさっさと行くわよ!」

「お、おう!」


 この世界に来て初めて、この駄天使が頼もしく見えた。

 確かにラビィは超最上級職であるエンジェルメイカーだから、こんな初心者の街付近に出るモンスターなんて赤子の手を捻るも同然だろう。

 ここまで来るのにかなり苦労したけど、ここから俺達の冒険者人生が始まるんだ。


× × × ×


「ギャアァァァァァァァ――――ッ! お助けえぇぇぇぇ――――!」


 冒険者ギルドでジャンボミミズ退治のクエストを受けてから数十分後。

 俺とラビィはだだっ広い平原でジャンボミミズに追われていた。


「ちょっとリョータ! アンタ男でしょ! 何とかしなさいよねっ!」

「バカぬかしてんじゃねーよ! あんな馬鹿でかいミミズ俺一人でどうにか出来る訳ねーだろがっ!」


 草原を疾走する俺達の背後には、ゆうに全長十メートルは超えるであろう馬鹿でっかいミミズが三匹。あんなのどうやって倒せってんだ。


「アンタってほんっっっっとに使えないわね! 異世界に生まれ変わっても所詮オ〇ニートはオ〇ニートねっ!」

「こんな時にまで口汚く俺を罵ってんじゃねーよ!」


 ――ちくしょう、これはマジでヤバイ。これじゃあせっかくの記念すべき冒険者デビューの日が命日になってしまう。


 なぜ超最上級職のエンジェルメイカーであるラビィが居るのに俺達がこんな事になっているのかと言えば話は簡単で、俺もラビィもレベルが1だからだ。

 ラビィのテンションに釣られて俺もすっかり忘れてたけど、どんなに優れた職業だろうと、レベル1では大した能力は無い。それどころか、レベル1では固有スキルの一つも無い。

 だから当然、こんな巨大なモンスターを正面からまともに相手を出来る訳も無く、こうして必死に逃げ回っていると言う訳だ。

 とは言え、こんな隠れる場所も無いだだっ広い平原では逃げるという行為にも限界はある。


 ――考えろ! 考えろ近藤涼太! ミミズって何か弱点はなかったか?


 逃げながら必死になって打開策を考えていると、結構先の方に大きな湖があるのが見えた。


「ラビィ! お前泳げるか?」

「えっ!? こんな時に何なのよ!」

「いいから答えろ! このままミミズの餌になりたくなかったらな!」

「泳げるけどそれが何なのよ!?」

「よしっ! それならあそこに見える湖まで走れ! そして湖に着いたら横断する勢いで泳げ!」

「どうしてよ!?」

「こんな時にごちゃごちゃと質問するな! 死にたくなかったら言う通りにしろっ!」

「わ、分かったわよ!」


 命がかかっているとなれば人は必死になる。それは天使も同じの様で、俺達は必死に草原を駆けて目的の湖へと向かう。


「行くぞラビィ!」

「後でちゃんと説明しなさいよね!」


 眼前まで来た湖に飛び込み全力で泳ぐ。

 すると背後から凄い水落ちの音が複数し、その後で大きな波が俺達を飲み込む勢いで覆い被さって来た。


「ガボゲボッ!」


 大きな波に飲まれつつも、前へと進む意思だけは貫く。

 そんな思いで必死に水をいて進むと、いつの間にか反対の陸地へと辿り着いていた。


「ゲホゴホッ!」


 陸地に辿り着いた安心感もそこそこに、息を整えながら辿って来た道を振り返る。

 するとちょうど湖の真ん中辺り、一番水深が深くなっているであろう場所でミミズがもがき暴れている姿が見えた。

 その姿を息を整えながらしばらく見つめていると、ミミズは次第に力を失った様に動きを弱め、やがて湖の底へと沈んだ。


「や、やったみたいだな……」


 ミミズは多くの種類が陸上に生息していて、そのほとんどが皮膚呼吸だ。と言う事は、水に沈めれば呼吸が出来ずにいずれお陀仏になる。

 通常の小さなミミズならともかく、あんな巨大なミミズが湖に入れば自重で沈むのは目に見えているからな。

 まあ、あのミミズが地球に居るミミズと同じ性質である保障はなかったけど、どうやら一か八かの賭けには勝った様だった。


「あれっ? ラビィはどこだ? ラビィ! どこに居るんだ!」


 姿が見えないラビィを捜して湖の周辺を見渡すが、どこにもその姿が見えない。


 ――まさか、泳ぐ途中でミミズに食われたのか? それとも途中で溺れたとか……。


 流石に心配になって湖に飛び込んでラビィを捜そうとしたその時、プカーっと浮かんで来た物体に自然と視線が向かった。


「ラビィ!? 大丈夫かよ! おいっ!」


 岸に近い場所へ浮かんで来たラビィを引き上げると、ラビィは見事に意識を失っていた。しかも、呼吸をしていないというオマケ付きで。


「ヤバイな……」


 そう思ってすぐにラビィへ人工呼吸をしようと思ったけど、その静かな表情を見て思わず躊躇ちゅうちょしてしまう。


 ――普段は口が悪くてどうしようもないけど、こうして黙ってる分には本当に美人なんだよな……。


 普段のラビィを知っているから好意など微塵も持ち合わせていないけど、今から自分がやろうとしている事についてはドキドキしてしまう。何つっても、女性とキスなどした事も無いのだから。


「ええいっ! 迷っていても仕方ない! これはキスじゃない、人命救助なんだ!」


 言い訳がましくそう言い放ち、意識を失っているラビィの顔へと自分の顔を近付けて行く。


「キャアアアアアア――――――――ッ!」

「ぐえっ!?」


 閉じる必要も無い目を閉じてラビィの唇へと近付いていたその時、激しく狂気染みた叫び声と共にあごへ強烈な衝撃が走った。

 その衝撃は顎を伝って天へと向かい、俺の身体を宙へと舞い上げる。

 突然の出来事に驚く暇すら無かったけど、落ちた先が湖だったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。


「がはっ! な、何て事しやがる!」

「ア、アンタいったい私に何をしようとしてたの!?」

「誤解してんじゃねえよ! 俺はただ人工呼吸を――」

「言い訳は無用よ! アンタ普段は私の事を駄天使とか言って散々こき下ろしてるけど、本当は私の純潔を奪える機会を狙ってたんでしょ!?」

「どこをどうやったらそんな捻じ曲がった考えに辿り着くんだよ!」

「そんなのアンタがオ〇ニートで童貞だからよ!」

「何でお前がそんな事を知ってるのかは分からんが、お前は童貞に対してどんだけ酷い偏見があるんだよ! いいから人の話をちゃんと聞け!」

「嫌ああああああ――――! 私に近寄らないで! 純潔が奪われる! 色々なものが穢れるっ!」

「人聞きの悪い事を言ってんじゃねーよ!」


 陸に上がってから距離を詰める俺を見て恐れる様に後ずさりながら、次々に酷い罵倒を浴びせてくるラビィ。

 せっかく奇跡的にジャンボミミズ三匹を退治出来たと言うのに、その嬉しさを噛み締める間も無く、仲間に対しての怒りで心が染まっていく。

 そしてここからしばらく。俺は勘違いをしているラビィを説得するのに時間を費やした。

 ちなみにこの時、ラビィを助けず湖に沈めておけば良かったかな――とか、少しでも考えた事はラビィには内緒だ。

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