第3話・冒険者生活は遥か向こう

 今ある現実とは違う世界に身を置いてみたい――そう思った事は無いだろうか。

 例えばここではない世界へと行き、魔王と戦う冒険者になりたいとか、そんな事を夢見た事は無いだろうか。

 もしもそんな事を少しでも思った事があって、今でもそう思い続けている奴が居たとしたら、今すぐ死んでみるといい。きっと美人の女神様が現れて異世界へと転生出来る道を示してくれるだろうから。

 何て事を人様に話せば、高確率でコイツは頭が逝っちまってると思われるだろう。

 しかしこれは嘘ではない。実際にこうして異世界転生した俺が言うのだから、絶対に間違いではない。

 でも、転生に際して一つ付け加える事があるとすれば、異世界なんてろくでもねえって事くらいだ。

 なぜそんな夢も希望も無い言い方をするのかと言えば、この世界は日本で生活していた時よりも遥かに生活するのが過酷だからだ。

 まあ、それは当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、日本でぬるま湯に浸かった様な生活をしていたのがいかに貴重だったか、それがここに来た今ならよく分かる。

 基本的にこの世界はモンスターを討伐して報奨金を得るか、普通に働いて稼ぎを得るかの二択になるんだけど、多くの者は豊かな生活を夢見てモンスターを狩る者、冒険者となるのが普通だという。

 しかし装備と呼べる物が一切無い今の俺達には、そもそもモンスターと戦うという選択肢すら選べない。

 それでも前に一度だけ素手で戦ってみようとした事があったんだけど、凶悪なモンスターの姿を見て即座にそれを諦めたのも記憶に新しい。あれは武器無しで挑むようなもんじゃない。素手で挑むなんて命がいくつあっても足りないだろう。

 となれば当然、武器防具を買う為にバイトをするという選択に行き着くわけだ。

 酒場での借金を返し終わってから俺はそのまま酒場で雇ってもらい、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。

 その甲斐あってか、安い武器防具なら何とか買い揃えられるくらいまでお金が貯まり、これでようやく冒険者としての一歩を踏み出せる――はずだったんだけど、そんな冒険者としての夢の一歩も、一緒に来たドアホパートナーのせいで泡と消えてしまった。


「ちょっとリョータ! 今日も豆のスープだけ!? アンタどんだけ甲斐性無しなの?」


 見た目は超絶美人で好みなのに、口を開けば全然可愛くない自称大天使様のラビィ。

 コイツが貯めてた資金をいつの間にか全て飲み食い遊びに使ってしまい、今もこんな極貧生活を送っていると言う訳だ。


「ちょっと聞いてるの!? このオ〇ニート!」

「いい加減にしろこの駄天使だてんしが! 近所の小さなお子様がお前の口汚い言葉を聞いて真似したらどうすんだ! ちょっとは自重しろっ!」

「だって本当の事じゃない! アンタみたいな甲斐性無しのオ〇ニートをオナ〇ートって言って何が悪いのよっ!」

「食う寝る遊ぶばっかりでろくに稼ぎもしないお前にだけは言われたくないわっ! 大体ここまで貧相な生活を強いられてる原因はお前だろうが!」

「なーに言っちゃってくれてるの!? 私は天界から遣わされた大天使様なのよ? アンタはもっと私に対して尊敬と感謝をするべきなのよ! それと言っておくけど、私も一週間に一時間はちゃんと働いてるし!」

「どこの世界に貯えた金を全て飲み食い遊びに使った奴に尊敬と感謝をする馬鹿が居るってんだ! それにな、一週間に一時間の労働で何がどうなるってんだこの駄天使がっ!」

「うるせーぞっ! ブッ殺されてーのかっ!!」

「「す、すみませーん!」」


 ギルドから紹介してもらった薄い板で仕切られた狭く粗末な長屋の様な住居。

 その長屋に住む隣人のオッサンがドスの利いた低い声で脅してくるのを聞き、思わずして駄天使と謝るタイミングが被る。


「と、とにかくだ。どんだけわめいてもしばらくはこの豆スープしかないんだから、黙って食え」

「ちっ……天界でも名の知れた大天使の私にこんな粗末な食事しか出さないなんて……リョータなんて天罰でもくらって死ねばいいのに」


 ――一応天使のくせして、何ちゅー事を口走りやがるんだコイツは……。


「とにかくだ。魔王を討伐するにしても何にしても、生活の基盤は迅速に固めなきゃいけないんだ。そうするには冒険者としてモンスターを討伐するしかないんだから、装備品を買うまでは我慢しろよな」

「あーあ。女神様ももっとまともな奴と組ませてくれれば良かったのに……とんだ貧乏くじを引かされたもんだわ」


 それは俺のセリフだよ――と言ってやりたい気持ちをぐっとこらえる。ここでまた騒いだら、今度こそ隣人の怖いオッサンに殺されかねないからな。

 グチグチと文句を言いながら、ほとんど豆の入っていない豆スープをすする駄天使。その仏頂面をした小生意気な態度が気に入らない。


「何でもいいから、それ食ったら早く寝ろよな。明日は俺が行ってるバイト先でお前も働くんだから」

「えー!? やだよー、気が乗らなーい」


 ――このクソ駄天使アマ……今すぐ縄で縛り上げて川に投げ捨てたろか?


 生意気な事この上ない駄天使の態度と言葉に、こめかみがひくつくのが分かる。


「いいか? よく聞けよ? このままだと俺達の食事は更にランクダウンする事になる。豆スープから具無しのスープになるんだぞ? それでもいいのか?」

「うぐっ……」


 その言葉に一瞬で顔を青ざめさせる駄天使。この調子でもう少し脅せば嫌々でも頷くだろう。


「ここでお前がちゃんと働かなかったら、豆スープから具無しのスープになって、最後にはただの水スープになるだろうなあ……」

「ヒイィィィィ」


 止めの言葉に今度は身体をガタガタと震わせ始めるラビィ。どんだけスープのランクダウンが恐ろしいんだろうか。


「それが嫌ならしっかり働け」

「ちっ、分かったわよ。だけど、引き籠もりのオ〇ニートだったくせに大天使である私に偉そうにしないでよねっ!」

「だからその呼び方は止めろって言ってるだろうがっ!」

「マジでしばくぞテメェ等!!」

「「ご、ごめんなさーい!」


 異世界に来てから二ヶ月ちょい。

 俺達の冒険はまだチュートリアルにすら突入していない。こんなんで俺達は冒険者として活動出来るのだろうか。

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