第2話・不穏な始まり

「で? これからどうするわけ?」


 同行のパートナーとして選んだ天使のあまりの変わり様に驚いていると、不機嫌な様子のままでそんな事を聞いてきた。


「いやあの……どうするもこうするも、ここってどこなの?」

「そんなの私が知るわけないでしょ?」


 ――あれっ? 確かこの天使って俺のサポート役じゃなかったっけ?


「あー、それじゃあまず、ここがどこなのか情報を仕入れに行きましょうか」

「分かった。それじゃあそれはアンタに任せるから」

「へっ?」


 そう言うと天使は近くにある大きな木の下へと移動してから座り込み、それを背にしてから目を閉じた。そんな天使の様子を見て更に驚きつつも、再び声をかける気にはならなかった。

 俺は呑気に木陰で眠る天使に背を向け、とりあえず街中を歩き始める。


「くそっ……何でこんな事になった? 何が間違ってたんだ?」


 いきなり思っていた展開と違う事が起こり過ぎたせいか、とんでもない詐欺にでも引っかかった様な絶望を感じつつも、春の様な暖かな陽射しの射すのんびりとした街並みの中を歩く。

 立ち並ぶ家はほとんどがレンガ造りでそれほど大きくなく、どちらかと言えばこじんまりとしている。それに今見える範囲においては二階建ての建物は見当たらない。

 街路は凹凸おうとつのある石畳で、時折馬車が荷台を上下に揺らしながら通過して行く。

 加えて行き交う人々はファンタジーものでよく見かける革や麻などの素材を使った様な、飾り気も無い質素かつ地味なよそおい。日本で見かけていた様な派手なファッションは見受けられなかった。

 しかしこうして歩いていると、不思議に思う事が一つある。それは、本当にこの世界は魔王の脅威に晒されているのだろうか――という事だ。

 街並みを見る限りは戦いの爪痕の様なものは見られないし、人々の表情にも悲壮感の様なものは見えない。子供達に至っては、街の中を流れる川で元気に水遊びを楽しんでいる始末。

 まさか女神様が転生先を間違えたのかと一瞬考えたけど、武装した人もそれなりに見かけはしたので、それは無いだろうと思いたい。

 とりあえず街並みを見て回りつつ、適当に人の良さそうなお婆さんに話しかけ、この街の事と冒険者になる為にはどこへ行けばいいのかを尋ねてみた。


「ありがとうございます」


 話しかけたお婆さんから聞いた情報によると、ここは初心冒険者が集まる街でリリティアと言うらしく、冒険者を志す者は必ずここのギルドで冒険者登録をしなければいけないらしい。

 とりあえずお婆さんから必要な情報を聞いた後、冒険者ギルドへと向かう為に木陰で寝ている天使を起こしに向かった。


「ラビィさん、起きて下さい」

「ううん……何だアンタか。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、冒険者ギルドの場所が分かったからそこに向かいましょう」

「あっそ」


 ぶっきら棒に返事をすると、ラビィさんはヒョイッと立ち上がってからお尻についた埃を払い始める。


「それじゃあ案内しなさい」


 相変らずの尊大な態度に思わず溜息が漏れる。

 本当なら、迷わないようにゆっくり案内して下さいね――くらいの事を言って欲しかったところだけど、期待しただけ無駄だったみたいだ。

 何とも面白くない気分で穏やかな街中を歩きつつ、目的の冒険者ギルドへと向かう――。




「ここが冒険者ギルドか……」


 簡素で小さなレンガ造りの家が多い街中で、一際異彩を放つ大きな建物。その建物は他と違ってレンガ造りではなく、日本でよく見かけたコンクリート造りに近い。

 そんな建物の正面にある出入口横には、木製の看板に梵字ぼんじの様な書体で縦書きされた『いらっしゃいませ』という文字。そしてその文字の横には、冒険者ギルド兼酒場・祝福の鐘という文字が書かれている。

 ここで冒険者登録をしたら、いよいよ異世界での冒険が開始になるわけだ。ラビィさんに抱いていたイメージがあまりにも違い過ぎて出鼻を挫かれた感が半端無いけど、ここは気を取り直して冒険の事を考えよう。

 そう、俺は小さな頃から冒険に憧れてたんだ。それが現実として出来る世界に来たんだから、凄くワクワクしてくるじゃないか。本当はちょっと怖いけど。


「お腹空いたわね。何か食べて来るわ」

「えっ?」


 そう言って木製の両開きスイングドアを開けて中へと入って行くラビィさんだが、お金はちゃんと持っているんだろうか。まあ、天界からサポート役として来てるんだし、女神様から冒険準備の為の準備金くらいは貰っているのかもしれない。

 俺もお腹が減った感はあったけど、今はとりあえず冒険者登録が先だ。食事はその後でも大丈夫だろう。

 ラビィさんへ続くようにして建物の中へ入ると、やたらとだだっ広い空間が広がっていた。そしてそこにはまだ明るい時間だというのに、木製のテーブルを囲んで沢山の冒険者と思われる人達が飲み食いをしていた。

 重装備をした戦士風の冒険者に、かっちょいい剣をたずさえた冒険者、黒のとんがり帽子とローブを纏ったいかにも魔法使いと言った感じの冒険者まで、本当に沢山の人が居る。

 そんないかにもって感じの冒険者達を見ていると、心の中にある期待感は一層膨らんでいく。


「あの、冒険者登録をしたいんですが、ここでいいんでしょうか?」


 沢山の冒険者達の横を通り抜けた先にある受付カウンター。俺はそこに居た受付嬢っぽい人に声をかけた。


「あ、はい。冒険者登録受付はここですよ。早速登録をなさいますか?」

「はいっ! あ、でも、登録に必要な条件とかは無いんですか? 冒険者になる為の試練があるとか」

「いいえ、そんな事は一切ありません。専用の用紙に必要事項を記入していただき、簡単な検査と指紋登録をするだけで登録は完了します。なのでまずはこちらの用紙に必要事項を記入して下さい」

「は、はあ……」


 何とも事務的な冒険者登録に拍子抜けしてしまったけど、この際それには目を瞑ろう。要は冒険が始まってからが本番なんだから。

 色々と思っていたイメージと違うなと思いつつも、受付のお姉さんに手渡された紙と羽根ペンを受け取り、その内容に目を通す。


 ――何だこりゃ……。


 渡された紙には名前と年齢、特技と将来の希望を書き込む欄しか無い。もしもこの世界の人が日本の履歴書を見たら、書き込む場所の多さにさぞかしビックリする事だろう。

 それにしても、とりあえず紙に書かれた前半三つはいいとして、最後の将来の希望とは何についての事を書けばいいんだろうか。


「あの、この将来の希望って何を書けばいいんですか?」

「そこは冒険者としての意気込みの様なものを書いていただければいいです。例えばそうですね……将来絶対勇者になる――みたいな感じで結構なので。ちなみにこれは他の人が見る事は無いのでご安心下さい」

「なるほど。分かりました」


 それなら希望はでっかく持つべきだろうと思い、魔王を倒してハーレムを作る――と書いて受付のお姉さんに用紙を提出した。

 この後、必要事項の確認という事で目を通していた受付のお姉さんの両肩がプルプルと震えいる様に見えたけど、それは多分気のせいだろう。うん、きっとそうだ。


「で、では書類のチェックは終わりましたので、プフッ、つ、次は検査に移りますプフッ、こちらにどうぞ……プフフッ」


 これはきっと、受付のお姉さん特有の営業スマイルなんだと自分に言い聞かせながら後について行く。

 案内された先ではどんな検査をするのかと非常にワクワクしていたけど、そのワクワクはものの三分もしない内に消え去った。

 俺としては魔法適性とか魔力とか、そんなものに関する検査だと思っていたのに、案内された先でやったのは様々な色が見えるかどうかの妙な視力検査だけ。そりゃあがっかりもするだろう。


「かなり視力が良いですね。素晴らしい結果ですよ」

「そりゃあどうも……」


 視力の良さを褒められても、別に嬉しさは感じない。

 受付のお姉さんの言葉に気抜けした感じで答えつつ、最後に指紋登録をしてから冒険者カードなる物を受け取って簡単な説明を受けた後、ラビィさんが居る酒場の方へと戻った。


「あっ、ラビィさん。食事は終わったんですか?」

「終わったわ。結構美味しかったわよ。アンタも食べてきたら?」


 そう言って自分が座っていたのであろう場所を指差す。そこには結構な量の食器が積み重なっていた。


「ありがとう。そうだラビィさん、あっちで冒険者登録が出来るからして来るといいですよ」

「そう。分かった」


 相変らずの素っ気無い態度ではあるけど、俺に食事を勧めてくれたのは彼女なりの優しさなのかもしれない。

 そんな様子を見て、もしかしたらラビィさんはツンデレ属性の人なのかもしれないと思いつつ、ラビィさんが食事をしていたと思われるテーブルに着いてから適当に注文をして食事を満喫した。


「――あっ、ラビィさん。登録は終わったんですか?」

「終わったわ。それじゃあ、私はギルドから紹介された宿舎に向かうから」

「えっ!? あの、ここの支払いは?」

「はあっ? アンタがお金持ってるんじゃないの?」

「いやあの……お金なんてまったく持って無いですけど……」

「ええっ!? それじゃあここの支払いはどうすんのよ!?」

「そ、そんな事言われたって困りますよ。俺はラビィさんがお金を持ってるから食事をしに行ったんだと思ってた訳だし」

「なんっっっって使えない奴なの!? 流石はオ〇ニーを母親に見られてショック死するようなオ〇ニートねっ!」


 ラビィさんが大声で放ったとんでもない言葉に、店の中に居た人達の視線が一斉に集まってくる。


「アンタ何て事を言っちゃってくれてるの!?」

「何よっ! オ〇ニートをオ〇ニートって言って何が悪いの!?」

「ぐっ……それならアンタだって、サポート役のくせに何もサポート出来て無い駄目天使じゃないか! そう、アンタは駄目天使! 略して駄天使だてんしだっ!」

「なっ!? 言うに事欠いて、大天使の私を駄目天使呼ばわりしたわねっ! アンタなんて天罰でもくらって死ねばいいのよっ!」

「あーもおっ! どーしてこーなったあぁぁぁぁ――――――っ!」


 虚しい叫びが酒場内に響く。

 その後、俺達がどうなったのかと言えば、飲み食いした分だけしっかりとこの酒場でこき使われる事になった。

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