この天使と生活をするのは罰ゲームではないだろうか?

珍王まじろ

第1話・理由も色々

 気が付くと俺は水族館の様な場所に居た。

 何でこんな所にと思って周りを見渡すと、そこには見た事も無い色鮮やかな魚が悠々と泳いでいる。


「選択の間へようこそ。近藤涼太こんどうりょうたさん」


 突如として聞こえてきた、美しく透き通る落ち着いた声。その声に惹かれるようにして視線を声がした方へ向けると、艶やかで長いブロンドの髪をした女性が立っていた。そんな女性の立ち振る舞いを見る限りでも、この女性の育ちの良さの様なものが伝わってくる。

 加えてその女性は、どこか近付き難く神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「あの……あなたは誰ですか?」

「私は天界よりこの選択の間を任されし女神、イリュシナと申します。近藤涼太さん、あなたは残念ながら、現世においてその命を落としました。そして若くして亡くなった魂は、ここで三つの行く先から一つを選択しなければいけません。一つ、再び日本で生まれ変わる為にあの世へと進む。二つ、あの世で永遠の安息につく。三つ、魔王が席巻する異世界へと転生し、新たなる生をまっとうする。この三つの中から今この場でお選び下さい」

「あ、あの、まずは一つ質問をいいですか?」

「はい。何でしょう?」

「俺って死んじゃったんですか?」

「はい」

「ど、どうして死んだんですか!?」

「そ、それはその……」


 その質問に突然として女神様の凛とした表情が崩れ、顔を真っ赤にしながら口ごもってもじもじとし始めた。

 何だか妙な雰囲気を感じ取りつつも、ここへ来る前の記憶が曖昧な俺はとりあえず質問を続ける。


「何があったんですか? 確か俺は部屋に居たはずなんですけど……。まさか、強盗が来て殺されたとか!?」

「い、いいえ。確かにあなたは部屋に居ましたけれど、強盗に殺された訳ではありません。簡単に言うと、死の切っ掛けとなったのはあなたの母親なのです」

「えっ!? それじゃあ俺、オカンに殺されたんですか!?」

「そうではありません。あくまでも母親は切っ掛けに過ぎないのです。あの…………大変申し上げにくいのですが、あなたが亡くなった時の事をお話しますね」


 赤かった顔を更に赤らめると、女神様はコホンと一つ咳払いをしてから口を開く。


「あなたは亡くなる直前に、とある本を読んでいました。そしてその…………その本を見ながらアレをして、アレを迎えた時に母親が突然部屋に入って来て、その時の激しい動揺で心臓麻痺を起こして亡くなってしまったのです……」

「…………」


 ――思い出した。確かに俺は、部屋でアレを見ながらアレをしていた。そしてそれをオカンに見られた恥ずかしさで気が遠くなったんだった。


 あまりの恥ずかしい死因に、このまま死にたくなる。いや、もう死んでいるんだから死にようもないのか。


「と、とにかく理由はどうあれ、あなたが亡くなったのは事実なので、ここで行く先を選択して下さい」

「は、はい。分かりました……」


 恥ずかしさで女神様の顔をまともに見れず、顔を俯かせたままで返事をする。

 とんでもない死に方をしてしまったのは分かった。

 しかし、それを悔いてもどうしようもない。今はこの先の未来へと目を向けるのが健全だろう。

 では、女神様の提示した三つの選択肢の中からどれを選ぶのが一番良いだろうか。

 提示された三つの中でどれが一番興味を惹かれるかと言えば、間違い無く三つ目に言われた異世界への転生だろう。

 魔王が席巻する世界というのが怖いところだが、一番面白そうに感じるのはこれだ。何せ異世界ならお決まりの様に魔法が使えたりするんだろうし、上手く行けば名声を勝ち取ってハーレム生活なんてのも夢じゃないかもしれない。


「あの、異世界への転生を選んだ場合は何か特典とか無いんですか? 例えば強い武器を貰えるとか、凄い才能やスキルを会得して転生できるとか」

「転生に際して特にそのような特典はありません。ですが、それではあまりにも無慈悲なので、天界からあなたの希望にあった天使のサポーターを一人同行させる事が出来ます。もちろん、誰も連れて行かずにお一人でも大丈夫です。そして見事に異世界の魔王を倒した暁には、天界から特別功労としてどんな願いでも一つだけ叶える用意がしてあります」

「マジですか!?」

「はい。本当です」


 これは結構ラッキーなんじゃないだろうか。かなり恥ずかしい死に方をしてしまったけど、考えようによってはかなり面白い生活が送れるかもしれない。

 まあ、漫画やアニメの様に転生チートをするのは無理みたいだけど、提示された条件はそれなりに良く感じる。

 しかもサポート役に希望の天使を同行させてもらえるなら、超絶美人の天使を希望すればその子と冒険で愛が芽生えてキャッキャウフフが出来るかもしれない。

 それにもしも魔王を倒す事が出来ればどんな願いでも叶えてもらえるんだから、こんなに美味しい特典はないだろう。


「あの、もう一つ質問なんですが、異世界での言語とかはどうなるんでしょうか?」

「それについては心配なさらなくても大丈夫です。転生と同時に異世界の一般的な言語は習得した状態になっていますので」

「俺、異世界に転生しますっ!」


 そこまで条件が揃っているなら、もう迷う必要は無いだろう。死んでしまったのは残念だけど、これから先の事を思うと何だかワクワクしてくる。


「その希望、確かに聞き入れました。それではサポート役の天使は同行させますか? それとも一人で行かれますか?」

「もちろんサポートしてもらいますっ!」

「それではこの中から希望される天使を選んで下さい」

「あ、はい」


 どこから取り出したのかは分からないけど、女神様は分厚い紙束を手渡してきた。

 とりあえず受け取った紙束をペラペラと捲って中を見ると、その一枚一枚に天使のプロフィールと顔写真が貼られていた。それを見て何だかなーと思いつつも、ペラペラとページを捲り進めながら天使達のプロフィールを見ていく。

 

 ――おっ! この子良いな。


 ページを読み進める中である女の子が目に留まった。

 その子は黒髪ショートカットで、顔ははっきり言って超絶美人だ。ここまで整った顔立ちの女性は見た事が無いくらいに。

 加えてそのプロフィールには、あらゆる才能に恵まれた才女とも書かれていた。この子となら異世界生活は楽しくなりそうだし、あらゆる才能に恵まれているなら戦力としても期待できそうだ。これなら魔王討伐だって夢じゃないかもしれない。

 そして何より、この子が俺の好みにドンピシャだったのが理由としては一番だった。


「あの、この子にします」

「…………本当にその子で良いのですか?」

「はい! この子でお願いします!」

「…………分かりました。天使ラビィよ、この場に姿を現しなさい」


 女神様が両手を高く掲げてそう言うと、この空間の真ん中に青く輝く魔方陣が現れ、そこから一人の人物が姿を現した。


「イリュシナ様、お呼びでしょうか?」


 見た目とのギャップを感じる事の無い、美しくも可愛らしい声。そのおごそかな態度からは、いかにも天使と言った神秘的な雰囲気を感じる。


「ラビィ、あなたにもようやく汚名返上をする機会が訪れました。こちらの近藤涼太さんと共に異世界へと赴き、見事魔王を討伐して下さい」

「はい。仰せのままに」


 女神様に深々と頭を下げる天使。こんな可愛い子とこれから一緒に冒険が出来るかと思うと心が躍る。


「では近藤涼太さん。今から二人を異世界へと送ります。どうか心を強く持ち、目的を果たして下さい」

「はい!」


 俺の返事を聞いた女神様が再び両手を掲げると、その手から淡く青い光が放たれ、それを見た俺の意識は急速に遠のいた。


× × × ×


「目を覚まして」


 意識が暗い闇を漂っていた時、俺の耳に優しい声が聞こえてきた。

 ここから優しく身体を揺さぶってもらえれば、まさに理想的な起こされ方だと言えるだろう。


「起きろって言ってるでしょうがっ!」


 そんな事を一瞬の内に考えてワクワクしていると、その予想を大きく裏切る様な声と共に横腹へ強い衝撃が走った。


「うげっ!」


 あまりの痛みに一瞬にして上半身を起こす。日本で生きていた時にも、こんな痛みを感じた事はそうそう無い。


「げほげほっ!」

「やっと起きたわね。まったく、私の手をわずらわせるんじゃないわよ!」


 その声は確かに俺が選んだ天使の声だったけど、女神様の前に居た時とは明らかに様子が違う。


「い、いきなり横腹を蹴らなくてもいいでしょ!? ゴホゴホッ!」

「はあっ!? アンタがいつまでも目を覚まさないから起こしてやったんでしょ? お礼を言われる事はあっても非難されるいわれは無いわよ」


 物凄い怒り顔でそんな事を言うこの天使に、最初見ていた神秘的な雰囲気は微塵も感じられない。

 何だか天使の性格が思っていたものと違い過ぎて混乱する中、俺の異世界転生生活は始まった。

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