赤い猫
/一○/
「第二世代なのに、なんであんなに速いんだ? しかも超加速まで使うとか」
イスを直しつつ、ジロウは疑問をバックスに投げつける。
他の機械に世代があるように、CATにも開発世代がある。
第一世代、つまりは実戦導入初期のCATのことを指す。
この世代ですでに「
次に第二世代。第四次世界大戦の最終決戦前にロールアウトしたCATで、現在のデファクトスタンダード、つまり最も普及した世代となっている。
この世代で実装された中で最も重要な機能は「SpiritAI」と思考装甲に搭載された「
これらにより、CATは様々な装備が扱えるようになり、ナノマシンに汚染された地域でも活動できるようになった。
そして、第三世代。第二世代の単純な強化版と揶揄されることもあるが、それ以上に汎用性が高くなっている世代だ。
特に、運動性は「Eトラクト」という充電繊維を人工筋肉に織り込むことにより、より迅速に、より微細な機体操縦が可能になった。
第二世代までの人工筋肉というものは、筋肉のブロックごとに電圧をかけることで伸縮の制御をしていた。
第三世代ではEトラクトを織り込んだ筋繊維ごとに伸縮するため、瞬発力が大幅に向上。筋繊維ごとに制御することもできるため、出力調節がしやすく、忍び足やヒトを優しく掴むなどのデリケートな作業も可能になった。
また、このEトラクトは思考装甲からの指示も受け付けるため、思考装甲→パイロット→人工筋肉というサイクルではなく、人体の反射のような思考装甲→人工筋肉という最短経路を取ることが出来る。実際例としては、先の戦闘でタマサがエエルのマスタースレーブより速く回避行動を行ったことがそれにあたる。
その即応性を応用した技術が「超加速」だ。
すべてのEトラクトを稼働準備状態にして、加速するための一連の動作をインプットした思考装甲に行わせることで、人の思考速度と思考装甲の翻訳速度を超えた加速を可能とする。
もちろん、第三世代すべてが超加速を出来るというわけではない。現在、常時で扱えるのはエエルとバックスぐらいだろう。
超加速を抜きにしても、その駆動力の差は、他の世代との高いアドバンテージとなる――はずだった。
刀使いはその
ジロウからの質問にバックスは答える。
「答えは簡単だ。刀使いはSSS-Nの翻訳システムを使っていない」
は? とエエルが目を丸くしながら素っ頓狂な声を出した。
「まって、じゃあ過負荷ウィルスを注入しても平気だったのは」
「使ってなかったからだな」
「何よそれ! じゃあなに、あいつはCATを、あたかも自分の体のように操作してるってわけ?」
「そういうことになるな」
「そんなの、出来るわけないじゃない。やろうとすれば……あ」
思いついた、思いついてしまったという顔をするエエル。バックスは頷きながら語った。
「あの刀使いは、赤い猫のUSNにフルダイブしている」
USNは仮想空間で現実世界の再現を得意とするネットワークシステムだ。
自機体の仮想化のため、CATでもUSNが利用されている。群体CPUである思考装甲が機体の状況を包括的に把握するために。
あの刀使いはそのUSNにフルダイブし、自分の体とCATの仮想機体を同一化させている、とバックスは結論づけた。
並ならぬ身体センスと、フルダイブ能力の高さ。天才・異才の域の所行だ。
と同時に、浮かび上がるデメリットも把握していた。
「あの刀使い、とんだ自殺願望持ちね……」
CATの思考装甲には人間の皮膚と同じように、、触覚、痛覚、温度覚のセンサーがある。その情報をフィードバックすることでパイロットは戦場をリアルに把握することが出来る。
ただ、度が過ぎるとパイロットの精神に悪影響を及ぼす。たとえば四肢切断などの過剰な痛覚や火傷による温覚だ。
そのため、閾値を超えた痛みや熱は
エエルがCATの左腕を切られても平気なのは、このヒューズ機能のおかげだ。
しかし、フルダイブによる操作はヒューズ機能がないため、すべての感覚が無修正のままパイロットにフィードバックする。
腕が切られたら腕が切られた痛覚が、足が折られたら折られた痛覚が。
「首が斬られたら……あんまり想像したくないな」
「ああ……首から上もダイブしてるもんね」
「頭に致命傷を食らえば、即廃人行きですね」
「うへぇ……命がいくらあっても足りねぇ」
想像したエリスが嫌そうな顔を作り、ジロウが今までの戦闘で撃ち抜かれた頭部ユニットの数を数えだした。
「話を戻そう。つまり、翻訳システムを使わずにオールコントロールをしたことで、奴は自分の技術をそのままCATにトレース出来るようになったということだ。超加速もその賜物だろう。あれはブドウの達人レベルなら出来てもおかしくないからな」
例えば、イアイジュツとかな。とバックスが例を挙げた。カーネ以外分からなかった。
「……脱力と最高のタイミングによる筋肉の伸縮によって瞬発力を増大させる技術があるんだよ」
「なるほど、それを使えば第二世代でも擬似的な超加速が出来る、と」
ラディスが得心した顔で頷いた。
「……カラクリが解けても、相手がより化け物だってことが分かっただけとか」
エエルはその事実に呆れることしか出来なかった。
「ところでさ、バックス」
一連の話を聞いていたカーネが、一枚の写真をスライドに映し、バックスに話しかける。
「これは?」
無数の球体が並ぶ白黒の写真だった。球体はぎっしりと画面を覆い、規則正しく、均一に並んでいる。
「刀使いに斬られた部分の電子顕微鏡写真。これがおかしいんだよ」
「おかしいってなにが?」
斬られたエエルも身を乗り出した。
「切断面が綺麗すぎるんだ。まるで原子同士が離れていったみたいな切断面なんだよ」
溶断でもない、削断でもない、分断したような切断面。
バックスの目が見開いた。
「……まさか」
「心当たり、あるのかい?」
「俺が知っている中で、そんな斬り方を出来る武器は一つだけだ」
バックスが遠くの物を見るように目を細め、一息を吐いてから、語る。
「
懐かしい名前だ、と感慨に浸りながら、バックスがその武器の能力を語る。
「何でも斬ることが出来る兵器だ」
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