薄羽蜉蝣・Ⅰ
/十一/
「ウスバカゲロウ?」
聞き慣れない言葉にジロウが首をひねる。
「うちの猫の名前?」
カゲロウと言う言葉に反応したのだろうか、エエルが聞き返す。
[薄羽蜉蝣は虫の名前。陽炎とはカンジが違う]
ユキナがデータベースから虫のほうのウスバカゲロウを引っ張りだし、スライドに映す。
トンボに似た透明な四枚の翅が見える。
「透明な薄い羽を持った虫でな、その薄さから名前を取ったらしい」
「でも、薄いと言ってもただの単分子刃だったでしょ? 十分薄いけど、何でも切れるってほどじゃ……」
「違う、薄羽蜉蝣は刀の名前じゃない」
バックスはエエルの言葉を止め、そして語る。
「ナノマシンの名前だ」
薄羽蜉蝣の正体を語る。
ナノマシンとは、ウィルス以下の大きさを持つ機械の総称だ。
分子、原子構造に直接影響、操作するナノマシンは、それまでの古典物理に縛られた世界を一変させた。
CATを操作するために必要なSSS-Nや、パイロットの耐久性を高めるED-N、統合投薬機EXAID、CATの製造・修理を行うFIXPODなどはナノマシン技術の賜物で有り、現代になくてはならない技術だ。
だが、ナノマシン技術発達の歴史は、戦争の歴史だ。
開発当初は人類の発展のためという高尚な理由だったかもしれない。
しかし、人類は最初の一歩を間違えた。
二○三四年、第三次世界大戦中にラスター社が開発したノイマンキラーは、世界初のナノマシン兵器だった。
クロック同期式コンピュータを作動停止に追い込むそのナノマシンは、敵対勢力の中枢を破壊し、第三次世界大戦を終わらせる要因ともなった。
その後に起こった第四次世界大戦は、様々なナノマシン兵器が作られ、世界に見えない災害をまき散らした。
熱源体にとりつき熱を奪い続けるナノマシン、高分子レベルの水爆機雷を作り続けるナノマシン、指定範囲内の物質を分解し続けるナノマシン。
俗に言う『戦略級ナノマシン』は人類の衰退を助長するモノになってしまった。
その後、
「つまりナノマシン兵器? 『ステーション条約』違反じゃない、それ」
「いや、『ステーション条約』で禁止しているのは『戦略級ナノマシン』の使用、開発だ。奴が扱ってるのは戦術級。それを言い出すとCATもナノマシン兵器の一種になるからな」
むぅ、とエエルが口をへの字に曲げる。
「それで、そのウスバカゲロウは一体どんなナノマシンなんですか?」
ラディスがずれそうになった話を戻す。そうだな、とバックスが思考を巡らす。
「一言で言えば、究極の薄い刃を目指した産物だな」
「究極の薄い刃?」
「単分子でもない、素粒子の刃を形成するナノマシン。それが薄羽蜉蝣だ」
ラディスとカーネとエリスは言葉を失った。
エエルとジロウはまず、素粒子? と言うところで止まった。
「素粒子ってのは、超難しい話をのけて話すと原子を構成する粒子のことだ」
ああ、とエエルは分かったような顔をし、ジロウはまだ分かっていない顔をした。
「難しい話は後で私が教えますね、姉さん、ジロウ」
二人とも嫌そうな顔をエリスに向ける。バックスは苦笑しつつ、説明を続ける。
「強い相互作用で構成されたゲージ-クォーク粒子エネルギーフィールド、つまり超薄くて堅い平面を山折りにして、刀の刃先に展開したのがあの刀、と言うわけだ。とんでも科学技術の産物だが、原理的には刃物と同じ形を取る。んで、その刃の薄さと構造体としての強さから、理論上原子さえも切断できる」
「すごいですね……」
バックスが淡々と説明する内容に言葉を失うエリス。
「あれ、なんで隊長はそんな刀を受けることができたんだ?」
そんな中、ジロウは質問をぶつけた。
「あれは受けたんじゃない。刀の側面に刃を当てていなしたんだ」
「ってことは、ウスバカゲロウって知ってたのか?」
「いや、直感でつばぜり合いしたら死ぬと思った」
「直感かよ!」
「あと、ジロウの射撃を防いだのも薄羽蜉蝣だ。山折りになったエネルギーフィールドを平面に戻せば、銃弾さえ弾く超高硬度の盾になる」
「マジかよすげぇなウスバカゲロウ」
ジロウが感嘆の声を上げる。
確かに話に出ている内容では、薄羽蜉蝣は最強の刃を形成するナノマシンだ。
「それで、そのトンデモ兵器の対策はあるんですか?」
相手のカラクリが分かった。次はその対策だ。ラディスが話を進める。
バックスは頭を掻きつつ、眉間の皺を寄せながら言った。
「弱点なぁ……このナノマシン、弱点の塊だからなぁ」
全員、目が点になった。
「どゆこと?」
「エネルギーフィールドは閾値を超える物理接触があると保持できなくなるんだ。つまり一回斬ると、斬った分の面積だけ切断能力がなくなる。ユキナ、ログを見せてくれ」
スライド上に写った刀使いの戦闘ログを見ると、バックスの言葉がはっきりと分かった。
刀使いは、斬る度に切断面が狭い部分を狙っていたのだ。
「ほんとだ、どんどん狭くなってる」
「最後に俺を突きで倒そうとしたのは、反応速度を上回るためかと思ってたんだが、こりゃ攻撃できる薄羽蜉蝣の残りが切っ先しかなったんだろうな。
証拠にその時だけ刀とナイフの接触面から摩擦による火花が出てるだろ?」
戦闘ログのリバース、再生を繰り返し、バックスが戦闘内容を解説していく。
「ウスバカゲロウを回復させるためには?」
「一回鞘に戻してエネルギーをチャージする必要がある。時間は分からんな」
「なるほど、継続戦闘していれば、敵前で武器を収納しなければならないと」
ラディスは考察する段階に入っていた。相変わらず頭のいい奴だ、とバックスは感心する。
「あれ、じゃあオレがサブマシンガン撃ってたのは」
「ウスバカゲロウを削るのにいい攻撃だった。切断可能な面積が減るからな」
「だってよ!」
バックスに褒められたのがうれしいのか、にっこり笑いながらエエルに声をかける。前の口論の仕返しだ。
「結果的に良かっただけじゃない!」
エエルはフン、と妬み口な言葉を返した。
「他には?」
エリスは弱点をすべて聞き出そうとする。オペレータとして判断できる材料はすべてほしいのだろう。
「電力を大量に消費する、
弱点をつらつらとバックスが述べる。
「まだあるだろうが、まあそんなところか」
「なにそれ、欠陥兵器じゃない」
エエルは呆れた声で言った。
「さらに、薄羽蜉蝣の刀を操る技量も必要だ」
「大前提でかなり人を選ばねぇ? それ」
ウスバカゲロウは人を選ぶ欠陥ナノマシンだ。
条件をクリアすれば一騎当千如き強さを誇るが、普通の傭兵ならば、安定した武器を選ぶだろう。
結論として、やはりあのパイロットは異常の塊だ、ということになった。
しかし、対策は出来る。この世の中には万能な兵器など無いのだ。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
「それでは、対策をまとめます」
エリスが話し合った内容をスライドに打ち出してまとめる。
・ウスバカゲロウを減らすため、射撃で牽制が有効
・刀を納めたときに攻撃可能(ただし超加速できるため、超加速できる複数人での対応が理想)
・耐久戦に持ち込み、バッテリー不足に追い込む
「意外と戦えそうな気がしますね」
ラディスがテーブルの立体ディスプレイに展開されたBFUSNを見た感想を呟いた。
成功確定には超加速部隊はエエルのCATが修理され次第という条件は付くが、その条件を満たさなくとも、作戦成功率は大幅に上がるだろう。
「では、これを元に作戦用BFUSNを構築しますね」
エリスがトントンと書類とメモをまとめ始める。他の皆も出て行く準備を始める中、バックスは動かずに一言。
「あー、この依頼中、もうお前達が戦闘することはないぞ」
全員、固まった。
「すでに奴らは詰んでるからな」
バックスが、口の端をクイと上げ、笑みを浮かべた。
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