刀使い
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『エエル、そこから逃げろ、全力でだ!』
「え?」
敵CAT(スナイパーライフル装備)が隠れていた場所で待機していたエエルは唐突に言われた退却命令にうろたえる。
突拍子が無いとしか言えないその命令。しかし、珍しいバックスの必死さがこもった声に、エエルはすぐさま精神を整え行動に移る。
敵CATに繋げていたUSNハック用の有線ケーブルを外し、すぐさまその場を離れようと上半身を右に傾ける。
左腕が飛んだ。
「うぐうう!」
神経フィードバックにより、腕が切れるイメージがエエルの脳内に跳ね返る。
「――タマサ、神経フィードを精神維持可能レベルまでカット……ッ!」
[は、はい! って処理系統三○%ダウンしたよ!? ひ、左腕がふっとんだ!]
「分かってるから! クラックをオートパイロット、レディ! とにかく相手の処理系に過負荷を!」
[ら、ラジャ!]
半分に切れたカメレオンローブを脱ぎ捨て、漆黒の猫がその姿を現す。そしてすぐさま、右腕に内蔵しているUSNハック用のアンカーを後ろに向かって射出する。
後ろ、もとい、陽炎の目の前に居たのは、赤いCATだった。
赤い装甲、鋭角的なヘッドユニット、一般のそれよりも小さな耳(オールウェイブソナー)。そして、手に持つ、黒い単分子刃ダマスカスの、刀。
近接特化の赤いCAT。USNに登録されていない、CAT。
その赤いCATも、エエルの素早い反撃を回避出来ず、アンカーが胸部の装甲を掴み、そして接続用の攻撃端子が装甲内部に侵入する。
エエルのもうひとつの武器、それは思考装甲のハッキングだ。
思考装甲も一つのコンピュータであり、そのプログラム構造さえ分かっていれば、ハッキング、クラッキングをすることが可能である。
もしハッキングすることができれば、相手のUSNを解析して自軍の情報として回すこともでき、クラッキングできれば相手の行動を遅らせる、もしくは停止させることもできる。
しかし、その行為を戦場で行うことができる人材は少なく、その者たちはウォーハッカーと呼ばれ、稀少価値が付けられている。
エエルもそんなウォーハッカーの一人だ。
思考装甲に入ったアンカーから、エエルのAI、タマサが構造を解析、プログラムまで起こし、そして、クラック用の、過負荷処理を行わせるウィルスを注入する。
CATの演算処理で一番処理が重いと言われるのが、中枢神経系神経信号の翻訳だ。
ただ歩かせるだけのCATの操縦には、実は特別なマニュアルは必要としない。
SSSという脊髄の神経信号をナノマシンにより感知、機体に伝えるシステムが、人体の動きをトレース、拡大することにより、CATは動く。
つまり、そのナノマシン、SSS‐Nを注射し、CATと接続するだけで、子どもでも大人でも老人でも、CATを歩かせることができるのだ。
しかし、身長が約4倍~6倍になる時の体感覚の違いはとても大きい。その上、体感速度も数十倍だ。
そのため、CATの体感覚を翻訳して人の体感覚まで下げる必要ある。
もちろん、人体から発せられた体を動かす神経信号もCAT用に翻訳する。
これがCATを動かす根幹となっている。
その処理に過負荷を負わせるウィルスを流しこむことで、相手の行動を阻害し、少しだけでも時間稼ぎ出来るはず。エエルはウィルスを送り込むと、ニヤリと笑った。
だが、そのケーブルは、右手首と共に断ち切られた。
エエルが言葉を発する前に、危機予測によりマスタートレースに仲介すべきと判断したタマサがバックジャンプ、寸でのところで、返し刀での右腕の切り落としを回避する。
[大丈夫ですか、エエルさま!]
急な加速のため、最近太ったかもと心配しているお腹がぐい、とベルトに締め付けられる。体も前方に少し浮いた。
バカ、もっとGが出ないように避けなさい、とタマサに文句を言いたいエエルだったが、そんな言葉を返す暇はなかった。
すぐさま距離を詰める刀使いの攻撃を避けないと、自分たちの先はない。
どうする、後ろは壁で、壊す時間はあるはずない。
なら横? いや、このまま横に逃げても、相手が追ってきて、いずれは角に追いやられてしまう。
じゃあ上に飛ぶ? 両手首がない状態でどうしろと!
これは詰んだ?
その時だった。
刀使いが高速で飛んでくる何かを刀で斬った。
エエルはその何かが飛んできた先を見る。白く濁った空を背景にいたのは、二匹の猫だった。
軽量型CATがタタタタタタ、とサブマシンガンで絶え間なく銃弾を刀使いに浴びせる。
『なんだあいつどこの曲芸だよ! 隊長かっつの!』
しかし、刀使いは自分に当たる銃弾だけを刀でいなし続ける。
『さっさと助けるから、文句たれないで援護よろしく』
と、エエルの陽炎の後ろに現れたのは軽量型の僚機であるゴーグル装備のCAT。腰と右脇から右肩へと両腕を回し、がっちりとホールドし、そのまま軽量型がいる方向へ走り始める。
「ちょ、もうちょっと早く来なさいよ、あと変なところに腕を回すな!」
『片腕吹っ飛んでるんだから文句を言うな。ジロウ、行くぞ』
『了解!』
軽量型は後ろに二機が来たことを確認して、じりじりと後ろに下がる。
だが、刀使いはその歩調に合わせて前へ前へ進む。
「サブマシンガンじゃあの刀使いを止めれそうにないんだけど!」
『大丈夫だ』
連続した発砲音とともに、先程陽炎がいた場所の壁が粉々になり、崩れる。
『隊長も来ているからな』
その先に現れたのは、雪色の猫だった。
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