刀と尻尾
/6/
先手必勝、とばかりに雪色の、バックスのCATがショットガンを刀使いへ向け、引き金を引いた。ただでさえ強力な銃を片手で撃ったため、コックピットに居るバックスにも反動の痺れがフィードバックする。
しかし、狙い定めた先に刀使いはおらず、次の瞬間、そのショットガンの砲身が真っ二つに切断された。
すぐさま横に回り込むようにスライドステップ、その尋常ではない脚力で一気に距離を離す。
「超加速もできんのか、やるなぁ」
はっはっは、軽く笑いながらバックスはロングナイフを構えるイメージを取る。
[関心してる場合なのかな]
ユキナの呆れた声が響く。
「そういう場合じゃないってのはわかってるさ」
刀使いも同様の、いや、少し劣る人工筋肉で素早くバックスに肉薄する。
縦に一閃。
バックスはそれをロングナイフでいなした。刀身で刀の切断経路をずらしたのだ。
すぐさまカウンターのように体全体を刀使いへ向け、体当たりをかける。刀使いは危険を感じたのか、いなされた方向、右へとステップで回避する。だが、それを予想していたバックスは逃げる赤猫の腰へとロングナイフを走らせる。
じゅ、と樹脂が溶ける音が聞こえた。ロングナイフの刃に充填されている化学ジェルによる溶解だ。
「当たったか?」
[残念、かすっただけ]
ユキナが言ったとおり、腰のアーマー部に微かな溶質痕が残っているのみだった。アレでは演算機能に影響がでない。
CAT同士の戦闘では、相手の体=装甲を如何に壊す、削るかが重要になってくる。防御力の低下もそうだが、演算機能という人型兵器で最も重要なシステムを削り取ることが一番の目的である。思考装甲は最低限の構造さえあれば、即座に演算を開始できるというとてもタフなシステムだ。それを低下させるには、削り取る、壊すことが重要な攻撃手段となる。
バックスが装備しているロングナイフは、思考装甲に浸透、溶解していく化学薬品を応用した化学ジェルを用いている。ある程度の深度まで傷を負わせれば毒のように溶解させていくという、悪趣味なものだった。もちろん、切断力も高い。
しかし、命中出来たならば、の話だ。
「速いな」
[うん]
軽い言葉の返し。意思疎通はそれだけだった。だが、その言葉に呼応するように、雪色の尻尾がまるで生きているかのように動き始めた。
テイルマスター。それがバックスの通り名だ。
CATが持つテイルバランサーは、高速移動や二足移動での微妙な重心バランスを取るためのユニットだ。しかし、CATに長く触れた者や、感覚的先祖帰りをした者、AIが育った者、またはその複数の条件が重なった場合、テイルバランサーはテイルバランサーではなく、第三の手として機能する。
柔軟にしなる第三の手は、銃弾を弾く、攻撃をいなすなどの防御のバリエーションを生み出す。
ステップのベクトルを体全体を回転することで減速した刀使いは、そのままバックスに向かって短い歩幅で間合いを詰める。
とことん勝負が好きらしいな、バックスは舌で上唇を舐めつつ、その間合いを見定める。立体視とデータで示される刀使いとの距離を。
相手の刀の長さ、腕の長さ、腰の、肩の回し具合からの距離の伸び。その一撃を予想する。
そして、刀使いが攻撃を開始する間合いに入った。
突き。コックピット部がある胸部を狙った、正確な突き。
一切のムダのない、CATだから出せる驚くべきスピードが乗った突き。
その超が付くほどの速度の突きを、バックスは再びナイフで軌道をずらす。
高速でぶつかる刃同士が擦り合い、火花と閃光が散った。
これもバックスの予測の内だった。だが、予想より少し速い。勢いを殺し切れず、右肩に突き刺さる。問題はない、むしろ好都合だ。
二度目の刀をいなした反動か、ロングナイフが根元から折れる。
だが、バックスはそのナイフを捨て、左手で相手の手首を掴み、尻尾をその刀に巻きつかせる。
そして、そのまま刀をへし折った。
甲高い金属音とともに、マーブル模様の二つの刀身が粉々と地面に落ちる。
これで両方の得物が折れた。バックスはショットガンが壊れ、ナイフも壊れ、刀しか持っていない刀使いはそのアイデンティティを失った。
このまま殴り合い蹴り合いの野試合か、それとも退却か。
バックスは右肩に刺さった刀を抜き取る。神経フィードバックを切っていないため、脳内にズキズキとした信号が走ったままだ。
刀使いは刀使いで、相手の出方を疑っているのか、こちらの尻尾の間合いに入らないように距離を保っている。
「全く、いいセンスだな」
くくく、と笑うバックスにユキナは呆れたようにため息を吐くような音を出す。
[ユキナは退却をおすすめするけど]
「そうだな、時間稼ぎは終わった。退却ルートはお前に任せる。オートパイロット、レディ」
[わかった、5秒後に離脱する。3、2、1、GO!]
同時に、バックス、刀使いの両機体は自陣の方へ走りだした。
/7/
「……やっこさんも逃げたな?」
[自分の得物がない時点でテイルマスターに戦いを挑むようなバカじゃないってことがわかったね]
ユキナの敵分析、というかお馬鹿分析を聞いて、はははは、バックスは軽快に笑い、すぐに真面目な顔をする。「本当、いいセンスしてるわ」とバックスは緊張の糸と切るとともに息を吐いた。
ちなみに、逃走中の移動は脊髄神経による操縦ではなく、ユキナのオートパイロットに任せている。バックスは首元にある接続部を解除し、両腕を頭に回した。
[楽しそう?]
ユキナが訊ねる。バックスは少し口端を上げて答える。
「中々な」
[下から読んでも]
「なかなかな、って何を言わせるんだ」
なんとなくです。ユキナはそう答え、コールがあった作戦指示室からの回線を繋いだ。
『隊長、お疲れ様です。無事にエエルを収容できました』
エリスからの連絡。どうやら追撃もなくそのまま退却できたらしい。
「ん、そうか」
まあそうでないと、自分があそこで踏ん張った甲斐もないからな。バックスは再び、ふう、と一息ついた。
『姉を助けていただき、ありがとうございます』
「気にするな。というかその言葉は二人に言ってやってくれ」
『もうすでに言いました』
「ああ、そう……」
[エリス、もうそろそろ着くから、ベースチャンバーのゲートを開けて]
『了解、ベースチャンバーオープン』
ついに我が家だ。バックスが体をあげ、狭い空間で背骨を伸ばす。
『おかえりなさい、隊長、ユキナさん』
「ああ、ただいま」
[ただいま]
自分の家である、黒く巨大な棺桶はすぐそこだった。
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