陰ろう猫

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「エリス、こっちは猫を二匹破壊した。パイロットは生存だ」


 バックスが戦場構築者であるエリスに状況を報告する。


『USNで確認済み。今のところ、隊長の近くに敵が居そうな場所の予測は立てられていない。あと、エエルが一匹の隠れた猫を捕捉中』

「一匹か……」


 こちらは後一人ほど居れば対応できそうだしな。ラディをサポートに回すか。バックスはそう決めてエリスに作戦を提案しようとすると、


『それも既に終わったよ』


 エリスに似たの声が、二人の会話に入った。


「お、エエル。もう終わったのか」

『もちろん。そこらの無能とはワケが違うし』

 しかし、その声色はエリスとは違っていた。エリスが抑揚のない氷のような声ならば、エエルと呼ばれた少女は高飛車・高慢な火の粉のような声だ。


[相変わらず偉そう]

 バックスのAIであるユキナがぼそりと一言。

『うるさい、AIの癖に。まあ、今度こそ私の技量を認めざるをえないと思うけど?』


 ふふん、と鼻を鳴らしつつ、エエルは話を続ける。

『相手のUSN構造も解析、ハッキングも終わった。エリス、そっちでバトルフィールドに加補正して』

『了解』

 すぐにバックスのHMCD上のデータが更新される。敵のUSNをハッキング出来たお陰で、敵の位置が丸わかりになる。

 それに対応して、敵の進行予測や戦闘予測などの戦場予報が更新される。


「速いな」

『テンプレをそのまま使ってるUSNなんてこんなもの。むしろ手応えがなさ過ぎてあくびがでちゃう』

 ふあぁ、と本当にあくびをするエエル。それほど手応えがなかったのだろう。


 エエルの機体、陽炎は光学迷彩と電波迷彩を可能にするカメレオンローブを装備している。

 これはCATのヘッドユニットに付いているヘッドカメラと、猫の耳、オールウェイブソナーの認識をしにくくするという特殊装備だ。


 オールウェイブソナーとは、コウモリが超音波の反射を感じて周りの状態を確認する原理と同じ、可視光以外の電波を放出、反射をキャッチするソナーの高機能版と言えばいいだろうか。

 この猫の耳で数キロ先にあるビル内部の立体構造を把握するほどの精度を誇る。


 カメレオンローブはそのオールウェイブソナーの電波を吸収し、機体がいなかった場合の電波を放出、相手のオールウェイブソナーを誤認識させるという機能を持っている。

 光学迷彩のほうは透明人間になる機能と言えばいいだろうか。ただ、完全に消えることはできず、認識しにくくなる、という違いはある。

 それでも効果は絶大だ。ことに戦場予測を立てることが重要な現代戦では、把握できない情報ほど怖い物はない。


 ただし、カメレオンローブにも欠点がある。それは、『重い武器、火器は装備できない』というものだ。


 カメレオンローブは電波の目くらましをできても音の目くらましはできない。

 機体自体に消音加工・装備をさせていても、装備する武器にはそうはいかない。

 そのため、今日の陽炎が持っている装備もそのセオリーから外れず、人工ダイアモンドチェーンソー刃のダマスカスナイフだけだ。

 敵に見つからず忍び寄り、たった一度しか無い一撃を正確無比に与えることができないと、この機体を扱うのは難しい。


 つまり、現段階での陽炎という機体は『専用の装備がない』未完成の機体であると言える。

 陽炎をバックス社で扱えるのはおそらく、エエルかバックスくらいだろう。CAT最大の特徴である汎用性から最も外れた機体の一つだ。

 そんな試験機体でのエエルの活躍は上々の結果と言える。


 だが、バックスは何かの違和感を感じていた。


 その違和感の正体は、エエルがハッキングした情報だった。


 巧妙に隠されているが、後方で一体だけ動かない敵のCATがいるのだ。

 戦闘は始まっているのに、彫像のように立っている猫の性。


 そして、エエルの発言。テンプレート、つまり、何も工夫もしていないままのUSNを使っているという、戦場ではありえない話。

 ユニバーサルスモールワールドネットワークUSN。現実世界を物質同士のリンクとその流動性と仮定し、仮想世界に反映させたネットワーク。

 フルダイブ技術の根幹であり、インターネットと置き換えを起こしたその技術は、戦争にも利用された。

 戦場BFを仮想世界に再現することによって、高次元の『戦場予測』と『戦場構築』を可能にしたのだ。

 だが、それは諸刃でもある。敵にハッキング・解析されると、相手により高度な戦場予測を立てられるからだ。

 そのため、USNを立てる際は暗号化、複雑化、ダミーノード化などの『読み取られない』工夫が必要となる。

 そう、これは現代戦ではなのだ。


 普通ではない。――だ。


「エエル、そこから逃げろ、全力でだ!」


 その二つの異常から導き出された答えは、退却命令だった。


 だが、その言葉は、少し、だが決定的に、遅かった。

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