猫の戦場

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 巨大車両が急停止し、カブトムシが羽を広げるように、トラックのキャリー程の大きさがある四つのチャンバーベースが横に開く。次の瞬間、下側の床面が観音開きに開き、四つの影が地面に落ちる。


 片膝をつきつつ足で衝撃を吸収し、着地した四つの影が立ち上がる。


 ベースチャンバーの影に隠れた四体の影――CATは、遠目で見ると、ネコの耳を生やした人の形をしていた。

 フルフェイスヘルメットのような、顔前面と後頭部まで覆うバイザー、その側面から上に突き出ている、フレキシブルに動くネコのような耳。

 曲面が多い装甲は、西洋鎧のプレートメイルを思わせ、間接には装甲と装甲の間に黒い布のような素材が覆っている。また、装甲にはいくつかの割れ目があり、駆動箇所と連動して装甲がずれるようになっていた。

 背中には、各種武器をストックできるバックパックを装備しており、人間の尾てい骨の位置には猫の尻尾のような装備、テイルバランサーが飛び出している。

 猫の耳を生やした頭部、雌豹を思わせる細い体型、曲面が多く、割れ目がついた装甲、そして、尻尾を持つ七・五メートル級の人型。これが、現在の世界で最も多い陸戦人型兵器、CATの代表的で、一般的な姿だ。


 その姿に加え、四体のCATはそれぞれ違う特徴を持っていた。


 ある猫は、装甲が少しだけ青みがかった白色をしており、他のCATよりも二回りほど大きく長いテイルバランサーを装備していた。武器は刃渡りが一・七メートルほどあるロングナイフを装備し、パックバックには連射式ショットガンを背負っている。近接戦闘に特化したタイプと見える。


 また、ある猫は砂漠様迷彩色の装甲を持ち、頭部にはバイザーを貫通する形で、ゴーグルが装備されている。各装甲も他の機体に比べて若干厚い。アサルトライフル風の銃器を装備しており、銃撃戦に特化したタイプなのだろう。


 それと同じ迷彩色の装甲を持つ猫は、軽量化に特化しているタイプのようで、装甲が薄く、武器はサブマシンガン風の銃器が二丁、刃渡りが短いナイフも二本装備している。素早さを重視した構成のようだ。


 もう一体、最後のキャットは最も異質であり、灰色のローブを纏っていた。一際大きい猫の耳がある頭部以外はすっぽりと身体を隠しており、下側からたまに足が見える程度だ。


 しかし、どのCATを見ても、武器以外で金属素材を使っているようには見えない。光沢はあるが、それはどちらかと言えば薄いメッキに近い色合いだ。

 その理由は、思考装甲とも演算装甲とも訳されるComputing Armorと呼ばれる装甲に、金属が使われていないからだ。主に、ポリアラミド樹脂とカーボンナノチューブという素材が使われている。

 カーボンナノチューブは、ナノテクノロジーにより生み出された、ダイヤモンドをチューブ状にしたような素材だ。これまでの素材とは違い、一つ抜きんでた強度、耐摩耗、伝導性など、多数の素材特徴を持ち、素材の革命児とも言われたほどである。

 そのカーボンナノチューブの強度に加え、防弾チョッキ以上の防弾性能があるポリアミド樹脂を使い、金属より軽く、金属より強度の高い装甲を得た。また、カーボンナノチューブを特殊な製法で編み込むことで、演算素子を装甲内に作成し、装甲自体をコンピューターのような演算装置として運用できるようになった。

 これにより、素材の強度はもとより、金属を使用することによる重量増加と、演算装置の重量増加という、人型兵器を作る際の問題が解決された。そのため、CAT自体の重さは一トン以下という脅威の軽重量を誇る。


 その軽さと硬さは、それまでの陸戦兵器では考えられない戦闘を可能にする。


 堅い地面を銃弾が抉る音が四体のCATの足下で響く。

 人が携帯する銃器では発射が無理な口径の銃弾だ。恐らく、敵のCATの威嚇射撃だろう。

 素早く四体のCATが散開する。

 ローブを纏った一体はビル群の影へ。 迷彩色の二体は倒壊したビルの中へ。


 そしてもう一体の雪色をしたCATは、敵陣へ、猛スピードで走り出した。

 倒壊したビルの破片を飛び越え、大通りだった道を走る。かつてこの道路を走っていた自動車の五倍の速度で。


 CATの陸戦兵器としての優位性は、その速さと立体移動にある。


 理論値での最高速度は四〇〇キロ毎時。これはどの陸戦兵器よりも速い。また、二脚による立体移動も可能としており、十階建てのビル程度ならジャンプだけで楽々と登ってしまうほどの飛翔力もある。

 そんな速さで戦場を縦横無尽に駆け回るCATを、それまでの陸戦兵器や、空戦兵器が対応できるはずがない。CATが戦争に使用された当初の圧倒的な差は今なお語り継がれている。


 目には目を、歯には歯を。CATに対抗できる兵器は、CATだけだ。


 雪色のCATの前方数キロ先に、二体の敵CATが見えた。

 黄土色の第二世代CAT。シンプルな機体構成で最も普及しているCATだ。

 おそらく、ヤマト社の思考装甲を解析したコピー品だろう。性能から言えば、三次複製品あたりだ。向かってくる速度も雪色CATよりも遅い。

 しかし、いくら防弾性能があるとはいえ、時速二百キロ以上のスピードで展開される戦闘では、銃撃の重要性は無くなってはいない。先手こそ必勝。


 対向する敵CATから、サブマシンガンによる弾のばらまき。高速戦闘では相手のバランスを崩すことが重要だ。一発でも当たれば、高速移動時の重心調整をするテイルバランサーのフィードバック可能域を超えるため、相手は高速移動を解除しなければならず、それが隙に繋がる。


 だが、雪色のCATは構わず高速移動を続ける。

 それどころか、テイルバランサーのバランサー機能を解き、尻尾を自身の前に伸ばす。


 そして、銃弾をその尻尾で弾いた。


 二体のCATは急停止、足を止める。驚きでもしたのか、数秒間銃を撃つ手を止めるが、再び撃ち出す。今度は身体をしゃがめ、安定性を確保してからの銃撃。そう、さっきのはまぐれだ。そう信じて彼らは銃を撃ち続ける。命中率が高くなり、雪色のCATに当たる確率も上がるはずだ。


 だが、雪色のCATは止まらなかった。尻尾は銃弾を弾き続ける。バランサー機能が無いというのに、脅威の平衡感覚で機体は高速で接近していく。


 これ以上は無理だ。高速接近するCATの近接攻撃はしゃれにならない。


 相手CATの一体がしゃがみを解き、離脱行動を始め、もう一体がそれに続く。

 それが、二体のCATの命運を分けた。


 雪色のCATが持つロングナイフが、後に逃げようとした敵CATの腰を真っ二つに斬った。


 ぐるん、と上半身が飛び、掴んでいたサブマシンガンが遙か向こうに落ち、鈍重な音が響いた。

 腰の駆動を司る人工筋肉がバラバラと飛び散る。

 その後、下半身が地面に倒れた。


 離脱したCATは必死に陣地に戻ろうとする。だが、すでに先客がいた。


 右足の装甲に弾痕が出来る。あ、と敵が思う前に、テイルバランサーの挙動がおかしくなる。高速移動中には、たった一つの銃弾でバランスを崩す。

 建物の影に隠れていた、ゴーグル付きのCATのアサルトライフルによる一発が足に命中したのだ。

 バランスを崩し、前転しながら転ける敵CAT。その先には、ナイフを二つ持つ、あの軽量型のCATがいた。

 人工高硬度ダイヤモンドのチェーンソー刃で作られたチェーンナイフにより、右腕を落され、左足を落される敵CAT。


 二人のCATパイロットは、辛うじてコックピットの脱出装置を起動、コネクトシートごと、空中に飛び出した。

 コックピット下部からの噴出装置が作動し、パイロットたちは空高く飛び、ビルを飛び越すほどの高度に達すると、パラシュートを開いた。


 その一部始終を見届けた三体のCATは、それを追うことはせず、また次の敵を捜すために散開した。

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