CAT ―猫の戦場―

犬ガオ

BUCKS WORKS

BLADE & TAILLS

戦闘前

 第三次世界大戦がどのように戦われるかは分からない。

 だが、第四次世界大戦が戦われる方法は知っている。

 それは棒きれと石でだ。

――アルベルト・アインシュタイン



CAT//BUCKS WORKS

BLADE & TAILLS


/1/


 白い塵をまき散らしながら、トラックをただ巨大化させたような車両が、朽ちた都市を走っていた。

 高さ十数メートル、横も同じく十数メートル、縦は四十数メートルの黒い直方体の車両は、五対の直径四メートルにもなるタイヤを動かし、地面を轟かす。その後には、巨大なタイヤ痕がつづいていた。

 その巨大車両の側面には、『BUCKS MERCENARY AGENCY』という文字が、白文字で書かれていた。


 バックス傭兵会社と訳されるその言葉は、この時代どこでもある言葉だ。


 かつて起きた第四次世界大戦、その最終作戦により、殆どの国は、『国』の意味を失った。自らを守るためという名目のもと、人々、特に企業は利己的に行動をし始め、自らの領地、欲望を示し、その行動の結果として多数の紛争や、小規模の戦闘が絶えず繰り広げられた。その必要とされる軍事力をビジネスとして発展させたのが、最終作戦で職にあぶれた兵士たちが起業した、傭兵会社だった。


 現在の傭兵会社は、過去の傭兵会社のような大規模なものではなく、いわゆる中小企業規模の傭兵会社が乱立しているのが特徴だ。

 しかし、その数多くの傭兵会社を分類すると、おそらく三つに分けることが出来る。それは至極単純で『ある兵器をどこが出荷しているか』というものだ。


 ラスター社

 ヤマト社

 アラハド社


 傭兵会社を三分する、三大企業と呼ばれるそれらは、全て同じ商品を扱っている。


 Computing Armor Trooper

 通称CATと呼ばれる、人型陸戦兵器である。


/2/


[セイナから、一件のフルダイブコンタクトがきてる]


 暗く狭い空間に、無機質な少女の声が響き、曲面ディスプレイの火が灯る。リクライニングシートと対面に置かれたディスプレイには、緑色の壁紙に、数個のアプリケーション、そして、クローズドUSNへのコンタクトアイコンが光っていた。


[コンタクトする?]


 少女の声に、そのリクライニング式のコネクトシートにもたれ掛かっていた男が答える。


「無視だ」


 渋い男の声。たまに白髪が入る黒髪に、ディスプレイの明かりでも分かるほどの傷がある頬、彫りの深い顔と、エントリースーツの上からでも分かる筋肉質な肉体が、戦場の男を思わせる。


[コンタクトしたほうがいいと思うけど]

「無、視、だ」

 眉間にしわを寄せながら、少し強い語気。

[かなり話したがってるようだけど]

「無視だ。大体作戦前にフルダイブコンタクトするバカがいるか」


 そう男がさらに不機嫌そうに言う。その言葉に、無機質な少女の声がふうん、と答え、

[作戦前にフルダイブコンタクトするやつはバカらしいよ、セイナ]

と言った。


「……もしかして、話してるのか?」

[うん]

 男はやられた、そう言いたげな顔を手で押さえる。

「……サウンドだけ繋げ」

[わかった]


 コンタクトアイコンが消え、ウィンドウが開く。SOUND ONLYという文字と共に、うさぎと星のアイコンが見えた。


『バカで悪ぅございましたねぇ』


 次に聞こえたのは、若い女性の声。さすがに十代程の幼さは無いが、嫌味の中にもまだ可愛さが残るくらいの声だった。


「バカをバカと呼んで何が悪い。言われたくないなら、お前の遠慮を知らないコンタクトの仕方をまず直せよ、セイナ」


 はあ、とため息を吐きながら、男は悪言をつく。


『うるさいばーか。と、言い合いをしてることじゃなかった。ハリオ・バックス、いつも通り上からの通達よ』


 セイナと呼ばれた女性は、おそらくプライベート用らしい声色から、仕事用のまだしっかりとした声色へと換えた。


「へいへい」


 ハリオ・バックスと呼ばれた男は、話半分といった様子で体全体をだらりとコネクトシートに預ける。


『早く新しい子を連れてこい、だって』

「はぁ、上はいっつもそればっかりだな」

『しょうがないでしょ。人不足はどこでも深刻化してるんだし、優秀な猫乗りはどこからでも引っ張りだこなんだから、確保しないと』

「こっちの仕事も考えろよな……」


 何度目かわからないため息がバックスの口から溢れる。


『……無理?』


 その音を聞いたセイナの声が少し下がる。さすがに、女のその声に応えないのは男がすたるというものだ。


「わかった。運良ければ確保しておいてやる」


 まだバックスの中では、その仕事に納得はしていない。

 だが、話が来た時点で、諦めもとっくの前についていた。


『じゃあ、お願いね。

「当社は有能な人材の発掘には全てを惜しまない」

――らしいから、何か必要なら相談して』

「了解、切るぞ」

『うん、じゃあね』


 全く、アイツも声色を使うぐらいには女になったか。

 少しバックスが感慨というものにふけようとすると、脳に攻撃的なサイレンが鳴り響き、そんなバックスの気分を吹き飛ばした。


――戦闘予想区域到達。戦闘員は速やかに搭乗し、出撃、作戦行動を開始せよ。


 戦場構築者の声が響く。少女の声。だが、感情も抑揚もないその声は、指揮官らしい冷徹さを持っていた。


――なお、今回は作戦通り、BFUSN構築レベル1で設定する。作戦を阻害しない程度に、各自の自由な判断で行動されたし。


 通達が終わり、バックスは手元にあったヘルメットに似た機械、頭部装着型立体視映像機、HMCDを頭にかけようとするが、放送が続いていることに気づく。


――まあ頑張って。良い戦果を期待してる。

 

 最後に聞こえた少女らしい応援を聞き、バックスは少し微笑み、HMCDをかけた。


「ったく、相変わらす変なところで可愛げがあるな、あいつは」

[可愛げがなくてすみません]

「お前のことはなんもいってないだろ」

[ふーん。まあどうでもいいけど。起動設定はいつも通りでいい?]

「ああ、それでいい。というかな、お前、バージョンアップする度に生意気になるよな」

[えっへん]

「胸を張ることでもないからな」


 HMCDを固定し、背面の首下にあるエントリースーツとコネクトシートから出ているコネクタコードのオスメスを接続する。


 HMCDのヘルメット内に広がる立体視ディスプレイには、顔パーツに付いているカメラ二基の情報から構成される仮想世界が広がり、各種情報も表示される。


 両手はコネクトシートの側面にある、横から突き出したスティックを掴む。足はシートの上に投げ出した形で、足元には操作するようなレバーやスイッチはなかった。


[エントリー、コネクト。SSSーNからの脊髄内の中枢神経信号確認、仮想神経構築完了。メンテナンス、クリア。SSS正常。バッテリーからのEトラクト充電完了。バックス機、出撃用意完了]


――全機出撃用意完了確認。タイムセッティングOK。


――バックス隊、出撃!

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