悲報
7月になって内匠頭の弟大学が広島本家にお預かりという事が決まった。
これで播州赤穂藩のお家は完全にお取り潰しが決まった。
これは上杉家にとっても悲報であった。たとえ石高を減らされても家が残ればなんとでもなる。事実上杉家もそうである。前述のように二度の減俸になっても苦しいながらも生きていくことが出来る。それを一番わかっているのも色部であった。
色部はすぐに小林平八郎を上杉藩邸によんだ。
上杉家は八月の吉良家引っ越しを控え大忙しであった。
「色部様、これでいつ赤穂の者どもが当家に討ち入りに来るかわかりませんぞ」小林には焦りが見えた。
「吉良だけではない。当家にとっても災いよ。上様は父上思いのところがいささか強すぎる。吉良家に浅野の者が討ち入ったとしたら上様は自ら兵を率いるかもしれん。そうなっては公儀の思うつぼ」
「左様で」小林は恐縮した。
「それにしても大石殿の苦労も水泡に帰したか。ご無念であろう」
色部には大石のつらさが分かった。皮肉にもこの悲報を無念に思ったのは浅野家以外では色部だけであろう。
当然老中土屋の力があったことは二人とも知らない。
「ともかく腕の立つ浪人をあつめろ。仇討ちも武士の作法なら返り討ちも武士の作法よ。」
「ははっ」と小林は頭を下げた。
その日大石は土屋正直の屋敷にいた。
大石が江戸にいる事を土屋は知っている。突然大石のいる宿に内々に土屋家の家臣が正直の書状を持って現れた。
大石が呼ばれたのは土屋家の下屋敷である。大名の下屋敷はあまり使われることは無い。大名はほとんど上屋敷にいるためである。ゆえに中間どもが賭場を開いたりしていた。
その下屋敷に内々に呼び出されたという事は実に「意味ありげ」なことであった。
大石内蔵助という男はどんな男であったかは定かではない。俗に「昼行灯」といって無用な者であると評価されたと思いきや赤穂城城明け渡しのみごとさに脇坂淡路守から高禄での仕官を申し入れたがこれを断った。
小柄な男でありながら剣術に秀でまた山鹿素行に兵術を習ったともある。
広間に通された大石はしばらく待っていた。
やがて正直が現れ大石は平伏した。
「そのまま、そのまま」と正直は大石に気を使った。
「ハハッ」と大石は顔をあげると正直は微笑んだ。
「人払いを」と正直がいうと家来たちは部屋を後にした。
「大石殿、このたびの大学殿の浅野本家へのお預けの事は聞いたかな?」
「はい」
「じつはの、おことに渡したいものがありましての御足労をおかけした次第でして」
「なにをお渡しくだされますので?」
「これを」といって紙を差し出すと内蔵助は前に出てそれを頂戴する。
「此度吉良家は呉服町の屋敷を召し上げ本所松坂町に新しく屋敷を与えることに決まり申した。これはその図面よ」
内蔵助はその言葉にも眉を動かすこともしなかった。
「吉良家には手前どもの家来を数名入らせてござる。また隣の土屋主悦は我が一族に当たり申す。」
「これでお分かりかのう?」一瞬正直の目が鋭くなる。
「さて?土屋様には何のことでございましょうや?」と内蔵助は返した。
「みどもはやっと国家老という重責をおろしほっと一息ついたところでござる。今更吉良さまに危害を加える気などさらさらありませぬ。これからは畑を耕し余生を送る次第。」
内蔵助は微笑んだ。
「さようであるか。それならばまあよい。本日は帰られよ」
といって正直は退出する。
「あぁ。吉良殿はお役を辞して米沢に引きこもるらしい。米沢はいたく寒いところらしいの。」
「では。失礼」
内蔵助は頭を下げた。
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