土屋正直
土屋正直は家綱の頃から老中を務めている古参の老中である。茶人として小堀遠州の教えを受けている。
そんな正直を訪ねてきたのは親戚の土屋主悦である。
茶室に主悦は招かれたのは梅雨の頃であった。
「伯父上、いかがなされた?わしのような一族の鼻つまみ者を伯父上じきじきに呼び出すとは?なにか存念がおありか?」主悦はこう述べたが正直はなにも答えなかった。
所作をして一服の茶を主悦に差し出すと主悦は一口でそれを空けた。
それを見て正直の重い口が開いた。
「天下の老中首座の前でもその態度とはお前は誰に似たのかの?」
正直は元禄11年から老中首座に収まっている。今でいう総理大臣に当たるだろうか。
「伯父上は伯父上、たとえ将軍に就こうと同じことよ」
主悦は茶碗を返した。
「三月に殿中にて起こった事件を覚えているか?」
「ああ、あれにはさっぱりした。しかし上様の裁断には江戸っ子たちも頭に血が上ってる」
正直も自分で茶をたてそれを飲んだ。
呑み終えると一言「あれはな、わしが内匠頭に命じた」と何気なく言った
「なに?」主悦は短刀の鯉口に手を当てた。
「わしを切っても混乱するだけだぞ」
「うっ」主悦は言葉が出なかった。
「この前伝八郎にも叱られたわい、御政道が乱れるとな」
「なんであんなことを命じたんだ?」主悦の語気が荒くなる。
「上杉を潰すためよ。上杉の当代は吉良の子よ。」
正直は茶室の障子を開けた。
「上杉は関ケ原以前は130万石を有していた。しかし権現様に歯向かい30万石に減らされ、先代の急死によりさらに15万石になった。」
「それがどうした?」
「それでも家臣は減らさぬのよ、いまだに130万石の家来を有しておる。それがいささか邪魔での」
しばしの沈黙が続いた。
「で俺になにをしろってんだ?」主悦は伯父の恐ろしさに震えている
「8月に吉良はお前の屋敷の隣に越してくる。そこで吉良の内情をつたえよ、それだけじゃ」
「伝えて叔父御はどうする?」
「それを知ってどうする?知りたいか?」
「知りたいね。それを知らなきゃ俺はこの話をもらすぞ」
「わかった。赤穂の国家老の大石とかいったかの?それに伝える。」
「え???」
「もしも、大石という家老があほでなかったら。。。吉良は討たれるな。」
「あぁ」
「その時上杉が助けに出れば。。。。これを潰す」
外の雨は激しさを増し正直たちの会話はかき消されるようであった。
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