ある彫刻家について

 昔に、こんな夢を見た。

 私は近所の公園に一人でいた。その姿は、たしか八つくらいだったように思う。その年齢の頃に住んでいた土地では、家の近所にそのような公園はなかったはずであり、どこの記憶を繋ぎ合わせたのかが不思議ではあった。

 とにかく私は公園で一人ぼうっとしていた。その視線の先には一人の老人がいた。老人は男性で、一心不乱に石をカンカンと叩いていた。老人の手にはのみとつちが握られていた。その様子から、老人は彫刻を作っているのだとわかった。

 音が開けた土地に散らばっていく。木も遊具も少ない、公園というには寂しい土地だった。老人はその真ん中に陣取って、大きな石をカンカンと叩いていた。よく見ればその石には彫るための目安になりそうな線などは一切なく、老人はたまに手を止めて石を撫でたり耳を当てたりしているではないか。私は気になってそばに寄って行った。


「おじいさん」


「……なんだい坊主」


「何を作っているの」


「大切なもんさ」


 それから老人は口をすっかり結んでしまって、またのみを振るい始めた。その石はだんだんと形を変え、滑らかな曲線を描くようになった。何か、どこかで見たことのある形のように見えた。はて、どこだったか。少し細長い球体に似た、何か。


「坊主」


 やがて老人が口を開き、私の方に寄ってきた。


「いつかな、坊主が完成させるんだ」


「それを?」


「そうさ」


「何を作っているの? どこを彫ればいいの?」


「見ればわかるさ」


 老人は多くを語らず、私の手にのみとつちを押し付けて去っていった。

 そこで夢は終わった。



 ………………

 …………

 ……



 そんなことを思い出したのだ。下宿で荷解きをしていた際に、入れた覚えのないのみとつちが布にくるまれて出てきたものだから。はて、私はこんなものを持っていたかしら。

 それからもしかするとなんて思って、私はそれをかばんに入れて散歩をしてみることにした。引っ越してきたはいいが、どこに何があるということはまだ何もわかっていなかったのだ。商店街を冷かして夕飯に何か買ってくるのも良いと思った。

 そうして私は部屋を出た。下宿から少し歩いたところに、小さな公園があった。ベンチが二つと木が気まぐれに植えてあるような公園だった。その真ん中にずんぐりむっくりした卵のような灰色い石が鎮座していた。台座もあり、それが何がしかの芸術であることはわかった。しかし、まあ、どういった意味を持った作品であるのか。少しいびつな卵は転がりもせず台座の上に堂々と乗っていた。巣も作ればよいのにとなんとなく思った。

 私はそのへんてこな卵になんとなしに惹かれ、近くに寄ってもう少し見てみようと考えた。近くに寄れば作者名なども書いてあるかと思ったのだが、台座にはなんの添え書きもなかった。サインなどもないものかとぐるりと卵を見て回ったが何もなかった。

 それからふと、この卵には何かが足りないんじゃないのかしらと思うようになった。芸術作品というものに私は詳しくない。しかし何となくそう感じた。これといった明確な理由もなくこの作品が未完成なのだと感じたのだ。

 私はかばんからそっとのみとつちを取り出した。公園には私以外に人はなかった。それをいいことに私は足りないと思った部分にのみを当て、一回だけこんっと叩いてみることにした。

 その途端、卵は綺麗に割れてしまい、さらにはその中から丸々太った赤ん坊が出て来た。赤ん坊は真っ赤な顔をくしゃくしゃにしてわあわあと泣いた。

 ああ、老人は自身の卵を作っていたのだ。私はやっと気が付いた。

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夢現漂流譚 雨屋蛸介 @Takosuke_Ameya

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