最終話 勇者、立ち去る




 エレメンタリアが魔王と勇者により、神の手から離れた

しかし、その真実を知る者は数少ない。神が倒されて、すぐにリーコたちが世界中へ奔放し、事の顛末を報告したからだ

 あの巨大な化け物は魔界の残党が開発した新たな魔物であり、それが突如としてエレメンタリアに出現。その討伐としてリーコたちが出張ったという訳だ

化け物は魔界でも調整不足で暴走した形で出現したという話になっている。エレメンタリアは魔界にとっても貴重な土地であり、化け物が暴れては崩壊しかねないため、魔族たちが防衛に回ったという理由付けをしてある

幸いだったのは魔族を目撃したのが各国の兵士たちくらいであり、人間を出来る限り利用し続けたいという本心が魔族側からも見え隠れしていたため、多少の疑いは掛かったものの兵士たちも納得する者が多かった

当然、魔王と勇者が生きていることを知っている国王たちはその話を心の底では疑っていながらも了承し、兵士たちの疑念を払拭させるため、復興へ尽力を注がせている

 今回の出来事は魔界の軍勢を討伐しきれなかった勇者の仲間として恥ずべきことだとして、リーコたちは犠牲となった民や兵士の遺族らへ謝罪しに回ったが、その全員が逆に感謝されてしまうという事態になってしまった



世界中を回り、事情説明や謝罪に追われている内に、神が死んでから早三ヵ月が経ってしまった。エレメンタリアも夏から秋に季節が移り、赤や黄色に色づいた山々が見え始めた

リーコたちは全ての作業を終え、アレクスが用意した幌馬車に乗って各々の故郷へ帰る途中であった

皆、忙しなく動き回ったせいで少し疲れ気味の表情を見せている。そんな中、リーコが呟く



「・・・・・・申し訳ない気持ちだね」

「俺らが招いた悲劇だと言いてえところだが、勇者の立場を考えるとなぁ」

「今回の一件で魔界にも脅威が残ってるという判断で、世界各国が更に協力関係になったのは皮肉だね」

「世界を滅ぼそうとした神様が人類協力のために身を投げたという何ともな落ちですね」

「ならよぉ、俺たちが迷惑かけちまった分、世界平和のために頑張らねえとな!」「そうですね」

「サーリャは大丈夫なの? その・・・・・・神様いなくなっちゃったけど」



リーコの言葉にサーリャは息を軽く吐き、空を見上げる



「神は確かにいなくなりました。ですが、人の心の中にこそ、神は住んでおられると私は思うのです」

「心の中?」

「人々は救いや日々の感謝のために神に祈りを捧げ、生きています。その心の支えが多くの人間を輝かせているのだと私は思います」

「随分と都合のいい神様だな」

「あら、そういうものですよ。宗教って」



サーリャの言葉にリーコたちは目を丸くする



「なんか、サーリャ雰囲気違くねえか」

「色々あって吹っ切れたみたいだね」

「いいんじゃないですか。あちらの方が」



皆が談笑する中、幌馬車が揺れる。リーコは幌から顔を出し、外の景色を見渡す

その様子にビッツが不思議そうに声を掛ける



「どうした?」

「ううん、何だかもう慣れちゃったんだなって。ソフィが居ない世界に」



リーコは物憂げな表情を浮かべ、溜め息を吐く

そんな彼女にサーリャが微笑みながら問いかける



「寂しいですか?」

「当たり前だよ」

「では、不安ですか?」

「まさか」



リーコは口角を吊り上げ、サーリャに返す



「これからは、私たちが世界を支えていくんだから。ソフィがいなくても、大丈夫だからって伝えなきゃ意味がないんだから」

「そうですね」



微笑み合うサーリャとリーコを見ながら、ビッツは腕を組んで頷いている



「俺も勇者に負けねえくらい強い武闘家になってやるぜ」

「今までは、ソフィアさんがいたからこそ皆が生きることが出来ました」

「ん? 急にどうしたアレクス」



ビッツは隣に座るアレクスを見ると、少しばかり神妙な面持ちのアレクスが話を続ける



「ですが、勇者が居なくなり、魔界の脅威は去り、神が消えた今、人類は己自身に生きる意味を、目指す先を見出すのだと私は思うのです」

「・・・・・・どういうことだ」

「・・・・・・簡単に言えば、今後は誰もが自由な夢を追いかけることが出来るということですよ。無理をして兵士になる必要もなく、怯えることなく畑を耕せる。思うがままに、世界を生きていける」

「ああ! 何だよ、そう言えよ全く!」

「はあ。私も闘技場を出て、何処かへ士官しようと思います」

「んお? 無理して戦う必要がねえって言ったばかりじゃねえか」

「世の中、平和になると今まで悪目立ちしなかった小さな悪が芽生えるものですよ。それがいつ世界を脅かす存在になるか分からない。だからこそ、私は国に仕えることとします」

「・・・・・・そうかい。んじゃ、俺は世界を旅して、世直しに回るとするか!」

「自由気ままな、ビッツらしい」



そう言うアレクスの表情は先程とは打って変わって、笑顔で溢れていた。それを見て、ビッツは白い歯を見せて笑い声を上げる

 笑い声が響く小さな幌馬車を、雲一つない青い空、暖かい陽光が照らしていた




                    §




 魔界ではアスタロトが執務室に座るバエルに向けて、報告をしていた



「つまり、神の身体に作物を植えこむと体内に眠っている魔力を吸収し、恐るべき速さで成長を遂げます。また、神の身体を海へ埋め立てることで、新たな土地として活用できるかを検討中です。これが成功すれば、魔界の面積が凡そ十五パーセント広くなると思われます。海中に棲む魔物たちと相談して、領地を広げていく所存です」

「ふむ。神の身体に捨てるところなしだな。十二分に魔力を有効活用させてもらった後は土壌として使わせてもらうとしよう」

「これで、人口増加による問題も当面は解決できると思われます。思わぬ僥倖でしたな」

「まあな。しかし、その代償として、少々痛い目を見ることとなったが」



バエルはマントで隠した己の左腕があった部分を見る



「・・・・・・申し訳ありません。言葉が過ぎました」

「良い。私が行った結果だ。それに、お前がそんな様子でどうする。お前に皆が期待することになるのだからな」

「しかし、私なぞでよろしいのでしょうか」

「皆のことを良く見て、皆のために何が第一かを考えられる者は魔界全土でお前しかおらん」

「勿体なきお言葉」



アスタロトが深々と頭を下げると、バエルは立ち上がり、彼女の傍へ歩み寄るとその右肩を軽く叩いた



「後を、頼んだぞ」

「・・・・・・はっ」



バエルが執務室を立ち去るまで、アスタロトは頭を下げたままであった

それは、彼への感謝の念を込めていたのと同時に、己の顔を彼に見せたくなかったからだ

己の座を譲り渡した相手が泣き顔でいては、きっと心配するだろう

顔を上げたアスタロトは上擦った声で誰もいない部屋で呟いた



「後は、お任せください」






 執務室を後にし、自室へ戻ったバエルは己の玉座を見つめ、一人立ち尽くしていた



「よもや、こんな時が来るとはな・・・・・・」

「老いぼれみたいなことを言うな」



後ろから足を蹴られるもバエルの巨体が軽く揺れただけだ。振り向けば、そこに居たのは、ソフィアであった

少しむくれた顔になっているのは、怒っているせいだろう



「今日は切り上げが早いな。農業はどうだった」

「もうパプバリの穂が良い実りを迎えている。そろそろ収穫も出来るだろう」

「神の身体で出来た奴は食べたか?」

「食うか。あんな気色悪いのから生えたものなど」

「味は悪くなかったぞ」

「食ったのか!?」

「神の絶大な力がその身に宿りそうだと皆、喜んで食べていたが」

「・・・・・・価値観がやはり違うな」



ソフィアは呆れ顔で溜め息を吐き、少し憂いを帯びた顔でバエルを見る



「・・・・・・魔王を、降りるそうだな」

「ああ。左肩の傷から魔力の放出が止まらん。このまま行けば、私は衰弱死するだろうな」



己の左肩を見るバエルは深刻そうな顔をするソフィアの頭を撫でる



「何、気にするな。死ぬと言っても無理をしなければ七、八十年は生きられる」

「だが・・・・・・」

「私がしたくてやった結果だ。お前が気に病む必要はない」



ソフィアは次にかける言葉が見つからず、思案しているとバエルが先に口を開いた



「お前とゆっくり余生を過ごすのも悪くはないとも思っていたんだがな。何、五百年近く生きてきた私だ。今更未練があるとすれば、お前と別れるくらいだ。むしろ、寿命が短くなって嬉しい」

「・・・・・・お前なあ」



深く息を吐き、ソフィアは顔を赤らめてバエルの背を叩いた



「そうだ。『クラック』を埋める算段がついたのだ」

「何?」

「あのままでは、いつかエレメンタリアの者どもが攻め込んでくるか分からんからな。神の身体で塞いでしまおうと決めたのだ」

「埋まるものなのか?」

「あの身体は非常に面白い性質をしていてな。あの身体に眠る魔力を吸収して作物が育ったが、逆に魔力を与えると身体が硬質化することが判明した。恐らくは牙や爪などに変化する際にこの力を使っていたのだろう」

「硬質化させた身体で壁を作るということか?」

「そうだ。元神の身体。ちょっとやそっとのことでは傷はつかぬ。腐るかどうかが不安なので、その検証が終われば導入する予定だ。恐らくはひと月もすれば判明するだろう」

「そうか・・・・・・」



ソフィアが少し寂しげな表情をしたのをバエルは見逃さなかった



「・・・・・・故郷が恋しいか」

「そう、見えたか」

「見えた」

「やはり、私はどこまで行っても非情にはなりきれんようだ。心のどこかで相手のことを考えてしまう」

「だからこそ、勇者に選ばれたのではないのか」



バエルはソフィアの肩を軽く叩くと、部屋の扉の方へ向かう



「では、行こう。お前が心残りだというのならば、それを解消してやらねばならん」

「え?」

「何を呆けている。行くぞ」



バエルの瞳が笑みを表しているのを見て、ソフィアも笑みを浮かべて彼の後を追いかけた




                    §




 夜、エレメンタリアにある東部の国、アステ。あそこにある田舎村イニティ村

かつてはスートによる陽動作戦にて焼き払われてしまったが、村人と国兵たちの努力により、何とか村の形に戻すことが出来た

ソフィアの故郷でもあるこの村には、彼女の両親のマリアとヨセフが住んでいる

小さく建てられた彼らの家の扉を叩く音がし、マリアは椅子から立ち上がる



「誰かしら、こんな時間に」



マリアが恐る恐る扉を開けると、そこに立っていたのは愛する娘の姿であった



「ただいま、母さん」

「ソ、ソフィア・・・・・・。ソフィアなの?」

「うん」



彼女の姿を見た時、マリアの目から涙が零れ落ち、ソフィアの胸へと飛び込んだ



「生きていてくれたのね! ああ!」

「ごめんね、帰ってくるのが遅くなって」

「おい、マリア。何か・・・・・・」



部屋の奥からヨセフが出てきて、彼もソフィアの姿を見て、動きが止まった

そして、ゆっくりと笑みを浮かべて、ソフィアを迎える



「お帰り」

「うん、ただいま。父さん」



 ソフィアは久しぶりに両親と時間を過ごした。いきなりの訪問であったが、両親は優しく迎えた

他の村人たちも呼ぼうかと言われたが、静かに過ごしたいというソフィアの意を汲んでくれた

マリアは料理を振舞い、ヨセフは彼女が居ない間の話をしてくれた。その一秒一秒をソフィアは噛み締めるように大切に過ごす

 料理を食べ終え、落ち着いた時間が訪れた時、ソフィアは彼らに帰ってきた理由を話した



「ごめん。父さん、母さん。また、出なきゃいけないんだ」

「・・・・・・そう。そうなのね」

「少しだけ、そんな気はしていたんだ」

「ごめん」

「世界を救うため、なのよね?」



マリアの問いにソフィアは少し間を取り、首を横に振る



「違うよ、母さん。私のために、したいんだ」

「次に帰ってくるのは何時になるんだ?」



ヨセフの問いにソフィアは言葉を詰まらせる



「・・・・・・もしかすると、一生帰って来れない。そっちの可能性の方が高いんだ。私は、エレメンタリアでは死んだ人間だから」

「そんなの、撤回すればいいじゃない」

「そう出来ないんだろう。国が、そうさせたんだろう。ソフィア」

「・・・・・・うん。私は魔王と相対して相打ちした。それで世界は納得した。それを覆すようなことはあってはならないんだ。民が、国を信用しなくなる」

「知ったことじゃないわよ! 国のことなんて!」



マリアはソフィアの裾を掴み、泣き崩れる



「貴女が傍にいてくれるだけで私は嬉しいのに! どうして・・・・・・!」

「行かなきゃならないんだ。私は・・・・・・いや、私が、行きたいんだ。勇者としてでなく、一人のソフィア=イオシテシスとして、その人の傍にいたいと思ったから」

「ああ・・・・・・!」



泣き続けるマリアの肩をそっとヨセフが叩く



「見送ってやろうじゃないか。この子が、生まれて初めて自分自身で決めた道だ。巣立ちを見送るのが、親の務めだろう」

「あなた・・・・・・」

「父さん」

「ソフィア。お前が私たちの子として生まれてきてくれたことに感謝する。勇者だからとか、そういう理由ではない。お前がヨセフとマリアの子として、愛娘として、生まれてきたことに、礼を言わせてくれ。それが、私が贈る言葉だ」



そう告げるヨセフの目からも涙が零れている。それを見たソフィアも耐え切れず、目から大粒の涙を流し、彼らへ抱き着いた



「父さん・・・・・・! 母さん・・・・・・!」

「ソフィア・・・・・・!」



涙を流しながらも、笑顔で抱き合うソフィアたちの様子を、窓からそっと覗いていたのはバエルであった

彼は覗くのを止め、家の壁にもたれかかる



「これが本来あるべき親子の絆なのだろう。私には到底有り得ないことだ」



バエルは、ふうと息を吐き、空を見上げた。雲一つない月夜が、彼を照らす



「神は子たる私を信じられなかった。私も親たる神を信じられなかった。その結末は互いに死に至るしかなかった

何とも滑稽で、哀れなことだ。世界を支配する者が得られなかったものを、この世界の誰しもが持っているのだからな」




                    §




 勇者ソフィア=イオシテシスが魔王バエル=ゼブブを倒し、エレメンタリアに平和が戻ってから早三年が経過した

魔界の残党によるエレメンタリア襲撃事件による各国の被害も復興の兆しが見え始めていた。きっと、この出来事も数年もすれば歴史の一頁として刻まれることだろう

エレメンタリアに存在する西の国、スート。その王宮の一部屋で、顔の整った一人の女性が手紙を書いている。蛇のように細長い手紙を書き進めながら、彼女はふと、窓に目をやる

青い空と城下町、そして窓辺に佇む一羽の鳩が女性を見ていた。女性は鳩と同じ目線にまでしゃがむと、鳩に語り掛ける



「爺様、元気にしてる?」

「うん、げんき。リーコ、たよりよこせ」

「焦らせないでよ。ちょっと待っててね」



リーコは立ち上がり、再び机に向かって手紙を書き進めていく



クルージオ爺様へ


 世界に平和が戻ってから早くも三年が経とうとしています。貴方の下で学んだ魔法を使う機会は減りましたが、その方が良いと貴方は言うでしょう。

 私は、貴方から学んだ魔法で戦いは勿論ですが、日常でも活用できる魔法の発明に勤しんでいます。その方が、魔法使いの色々な道が見えてくると私は思っているのです。

 スート国から魔法使いの指導者として勧誘を受けた時は驚きましたが、今では彼らを指導するのに忙しい毎日です。白兵ばかりに力を注いできたので魔法はからっきしで、一から教えた方が早いほどです。

 勧誘の話を受けようと貴方に告げた時、貴方は驚きながらも喜んでくれましたね。捨て子だった私を色々な視野から世界を見せようとしてくれた貴方はきっとこの勧誘の話をしても笑顔で見送ってくれると思っていました。

 話は変わりますが、アレクスとサーリャが結婚するそうです。アレクスは多分、サーリャと居たいためにツェセの指導官に志願したのだと思います。昔から、アイツはサーリャのことばかり気にかけてたから。

 今度、結婚式を挙げるそうなので、私も参加させてもらいます。

 勿論、ビッツも招待状を貰っている筈なので来ると思う。あの馬鹿は世直しの旅と言って世界中を旅しているみたいだけど、アイツの噂が行く先々から出てくるので、必然的に何処にいるのか分かるみたいで先回りで招待状を送ったそうです。

 アステのナインハルツ将軍も仕事を休んで来てくれるそうです。彼はアステを二度救った大英雄として、アステに石像が造られるらしいです。彼は恥ずかしがっていましたが

 それから、一度、そちらに帰ろうと思っています。その時はこの手紙以上に話したいことがあるので、お土産と一緒に持っていきます。楽しみにしていてください。

                         

                                リーコより



 手紙を書き終えたリーコは巻物のように手紙を丸め、鳩の片足にリボンで結びつけた



「よろしくね」

「うん」



鳩はそう言うと、羽ばたいて空へと飛んでいった

それを見送ると、リーコは掛けてあった三角帽子を被り、マントを羽織ると自室の扉へと向かう



「今頃、何をやっているんだろうな。あの二人は」



扉を開けると、リーコの頬を優しい風が撫でていった




                    §




 イニティ村。小さな村はかつての面影を取り戻し、子供たちは野を駆け回り、大人たちは畑仕事に力を入れている

今日も麦の成長を見守っていたヨセフが腰を擦りながら、顔を上げると近くを通りかかった男に声を掛けられた



「ヨセフさん。どうだい」

「おお。大分良さそうだ。この調子でいけば豊作になりそうだよ」

「バッタが来なけりゃいいがね」

「その時は対策を練るしかないなあ」



ヨセフと男が笑い合っていると、男がふと、思ったことを口にする



「・・・・・・いつ帰ってくるかねえ」

「・・・・・・さあねぇ。あの子が帰ってこようが、帰ってこなかろうが、俺たちはこの村を守っていくだけだよ」

「意外と冷たいんだなぁ」

「気にかけているからこそだよ」



ヨセフと男の後ろから声が掛かる。振り向けば、そこに居たのはマリアであった



「気にかけているから、あの子の道を私たちが決めたらいけないのさ」

「マリア」

「あの子が帰りたいと思ったら此処に帰ってくればいい。此処より居心地が良い場所が見つかれば、そこで暮らせばいい。そんなもんなのさ」

「そうか・・・・・・。そりゃそうだ。俺も息子が出稼ぎに行ったまま、帰ってこねえしなぁ」

「でも、仕送りは来てるんだろ?」

「まあな! あのバカ息子何処ほっつき歩いているんだか」



男とヨセフが談笑するのを見て、マリアは微笑み、青い空を見上げた



「元気でやっているんだよ」




                    §




 魔界。その世界にある森の奥。動物しかいない静かな中に小さな木造の家があった。その傍には耕された畝がいくつか並んでおり、紫色の麦が天へ身体を伸ばしている

 家の中では、隻腕の男が一人、椅子に座って眠りについていた。静かに暖炉で薪が弾ける音だけが響く中、その静寂が扉を開ける音によって破かれた



「戻ったぞ!」

「・・・・・・ん、ああ。お帰り」

「何だ。昼寝か」



家に入ってきた女性は担いでいたものを床に降ろす。それは、大きく太った豚のような魔物であった



「見事なものだ。いい肉が手に入ったな」

「農業の他に狩猟も出来るようになってきたぞ」

「では、どういう風に調理しようか。はは、楽しみだ」

「待て待て。皮を鞣して、毛皮で何か作ろう。今度、レラたちにお土産として渡してやる」

「毛で覆われているワーウルフにか?」

「・・・・・・こういうのは気持ちの問題だ」



女性は苦笑しながら魔物の皮を剥ぐために外へ出ようとすると、男も共にしようと立ち上がった



「一緒にやろう」

「ああ」



二人は肩を並べ、ゆっくりと家を出る。外で解体作業に勤しんでいると、女性がぽつりと呟いた



「あっちはどうなってるんだろうな」

「気になるか?」

「・・・・・・いや、いい」



女性は汗を拭いながら、赤黒い空を見上げる



「私が決めた場所はここだから。向こうの世界で起きたことは、向こうの人たちが解決すべきだからな」

「そうだな。・・・・・・いつか、お前の両親に顔を出そうか」

「お前がか?」

「ほんの、こっそりな。恐らく、面と向かって伝えなきゃいけないことが起きるかもしれないからな。まだ、魔物に抵抗がある今は無理だと思うが」

「・・・・・・楽しみだ」

「期待しておけ」



男と女性は顔を見合わせ、互いに銀の瞳を見つめると笑みを浮かべた






この世界は、かつて魔界を統べる王、魔王と人間界を救う神の使い、勇者が戦った

彼らの戦いは伝説となり、二つの世界の人々の記憶に刻まれた

だが、二人の戦いがどのようなものだったのか。勇者は本当に死んだのか。どこかで生き延びているのではないか。実話に逸話が入り交ざる

彼女のことを話す者は数知れず、されどその終わりを知る者は誰も居ない




勇者の行方は、誰も知らない―――――



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勇者の行方は誰も知らない オルドゥス @oldxus

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