第19話 勇者、決着をつける
ソフィアは単なる剣と化したエクスカリバーで神の胴体を斬りつけていくが、瞬く間に修復してしまう
「クソッ!」
「ソフィア、滅多切りしても意味はない。一点に集中して攻撃を与えるぞ。焦る必要はない。アモンたちが各国の防衛を手伝っている筈だ」
「国の者たちが魔物相手に素直に手を貸すとは思えないが・・・・・・」
「緊急事態だ。手を組まねば、先に自分の国が滅ぶ」
「組まざるをえない訳か」
「そうだ。だからこそ、我々は人間を信じなければならない」
「お前の口から人間を信じるなんて言葉が出るとはな」
ソフィアの言葉にバエルは自嘲気味に口を開く
「今のところは、な。どうせ人間は裏切り合う生き物だ」
「それでいいさ。お前は、変わらないでいてくれ」
「当たり前だ。お前の前では、私は何も偽りはしない」
バエルは襲い掛かる手足を薙ぎ払い、ソフィアを銀の瞳で見る
ソフィアもその視線に笑みで返す。と、周囲を飛び交う手足に生えた口が再び喋り出す
「赦さぬぞ・・・・・・! 赦さぬぞ勇者ああぁぁあああ!」
「お前に許可を得る必要はない。愚か者め」
「世界の呪縛を解いてやる!」
バエルが『荒如嵐』を左腕の周囲に発生し、まるでランスのように集中させる
そのままバエルは嵐の左腕で襲い掛かる手足を切り裂きながら、神の胴体へと嵐を突き刺した
粘土のように神の胴体はねじ切れていく。左腕を限界まで突き刺したところで、バエルは何かを発見した
「ソフィア! 見えるか! 上の方に赤い物体が!」
「ああ!」
「恐らく、アレが神の心臓だ! アレを壊せば、こいつらも最期を迎える筈だ!」
「なら、さっさと―――――」
ソフィアが追撃を仕掛けようとしたところで、神の身体は修復してしまい、心臓は肉の壁に覆われてしまった
「くそっ!」
「奴の修復が未だに早い。何処かで大きな修復をさせなければ、奴の心臓に届く前に修復されてしまう」
「つまり、ビッツたちに足を攻撃してもらうのがいいということか」
「そうだな。ソフィア、指示を出せ。奴らに胴体の四脚の内、一本でも破壊してもらえば、後はお前と私で心臓を貫ける筈だ」
「分かった!」
ソフィアは飛び込むように空を降りていき、バエルはソフィアへと向かう手足を駆除していく
無事、ビッツたちの元へ辿り着いたソフィアはビッツたちの姿を見て、戸惑った
すでに彼らは縦横無尽に動き回る手足を相手に傷を負っていた。これ以上、彼らを酷使させなければならない。治癒魔法も無い今、一発の攻撃が致命傷に繋がりかねない
「ソフィ! 上はどうなったの!?」
「此方は此方で対処致します!」
「早く神様、ぶっ飛ばしてくれよ!」
「降りてきたということは、何か我々に手伝えることがあるということですか?」
戸惑っていたソフィアは、彼らの必死な姿を見て、考えを改める
必死に抗っているからこそ、彼らに任せる。彼らしか任せられないのだ
ビッツたちに説明を終えると、彼らは皆、口角を吊り上げる
「OK! 任せろぉ!」
「格好良く決めてくださいね」
「ご心配なく」
「絶対に負けないからさ、ソフィは上で信じてて」
「皆・・・・・・有難う!」
ソフィアは皆の決意に感動しながら、感謝を述べ、上空へと再び飛び立った
飛び立つソフィアの姿を見送るビッツたちは改めて自身を鼓舞する
「よっしゃ、やるぜぇ! 一世一代の大勝負だ!」
「あの脚、私の魔法で吹き飛ばそうとすると手足が壁になって防いでくる。確かにアレをやられるのは嫌らしいね」
「リーコ殿の魔法では動作が大きすぎて、直接攻撃できませんか。サーリャ殿、防御魔法をより強靭にお願いします。私とビッツが足元に近づいてまいります」
「分かりました」
サーリャの言葉にアレクスは少し目を丸くする
「驚きましたね。こういう時、貴女はいつも無理しないでくれと言っていたのに」
「無理をしないと、勝てない相手ですからね」
「そうだよ。私たちは何時だって命懸けの戦いをしてきたんだ。神様だろうと、負けてたまるもんか」
リーコは杖を振るい、脚を守るように飛び交う手足を爆破させていく
「露払いはしてあげるから、格好つけなさいよ。男ども」
「あたぼうだぜ!」
「集団戦では立つ瀬がないですからね。せめてデカブツはやらせてもらいますよ」
宙を蹴るようにビッツとアレクスはリーコが作ってくれた道を飛んでいく
アレクスとビッツは神の脚にまで辿り着くと、改めてその大きさに圧倒される
「まるで千年以上生きた大木ですね」
「大木だろうがなんだろうが、ぶっ飛ばさなきゃならねえんだ! 行くぜ!」
ビッツはそう言いながら、右腕を振りかぶり、渾身の一撃を神の脚へと与えた
確かな手ごたえがビッツに伝わるが、彼の中にある本能が危険を察知して脚から離れる
直後、ビッツが殴った場所から口が現れ、鋭い牙を剥き出しにしたではないか
アレクスとビッツはともに脚から一旦距離を置く
「あっぶねー」
「気を付けてください。あらゆる場所から体の一部を出現させられるなら、直接触れるのは危ないかもしれません」
「なるほどな。けど、俺にはこれしか能がねえ」
「・・・・・・いえ、待ってください。ビッツ、私と以前手合わせをした時に使ったアレは
どうやったんですか?」
「ん、アレって。『気功術』のことか?」
「はい」
アレクスに問われ、ビッツは頭を掻きながら説明する
「俺は頭悪いから詳しくは分からねえけど、なんか俺の体内にある魔力を物理攻撃である衝撃波に変換することで相手の体内に防御無視の直接ダメージを与えるとか」
「成程。それで魔王を攻撃した際も奴がそれを察知して、離れた訳ですか」
「商人のキャラバンに同行してる時に古い文献とか読む機会があってよ。俺は魔法扱うことがねえから、ピッタリな戦い方だって商人に言われてさ。で、書いてある通りにやってみたら、なんとなく出来たってわけだ」
ビッツの言葉にアレクスは目を丸くし、呆れ顔をする
「ビッツ、あなたという人は頭がいいのか悪いのか」
「うっせえ! で、だから俺の気功術がなんだってんだよ」
「先程のあなたの説明通りなら、私の考えが可能なはずです」
アレクスはビッツに自身の計画を説明すると、ビッツは口角を吊り上げる
「面白えじゃねえか、やってやる!」
「頼みますよ」
「誰にもの言ってやがる!」
「お前ら、ぼさっとしてないでさっさと何とかしてよ!」
遠くから魔法でアレクスとビッツに襲い掛かろうとする手足を排除しているリーコの怒号が飛ぶ
ビッツはその怒号にそれ以上に大きな声で返す
「任せな! ビッツ様の盛大な一撃を喰らわせてやっからよ!」
そう言うと、ビッツは右腕を風車の如く大きく振り回し始め、自身の体内に眠る魔力を右腕に集中させるイメージを作り出す
そして、右腕に魔力が溜まった瞬間、彼は大きく振りかぶり、神の脚目掛けて突き出した
すると、彼の右腕から目に見えぬ衝撃波が放たれた。衝撃は空気を震わせ、巨大な衝撃となり、神の脚へと命中する。柔らかな神の脚が波打っている様子にビッツは驚くながらも、喜ぶ
「よっしゃ!」
「続けてお願いします!」
アレクスは宙を蹴り、神の脚へと飛び込む。そして、波打っている脚へ鋭い一閃を斬り込んだ
見事、一文字の傷がついたが、脚は修復をしようと再び動き出す。それを見たアレクスは後ろを振り向き、ビッツへ呼び掛ける
「ビッツ!」
「おうよ!」
再びビッツは衝撃波を傷口目掛けて放つ
すると、空気の波に押し出されるように傷口が広がり、修復が押し留められた
そこへ再びアレクスが幾重にも剣撃を与えていく。剥き出しの傷口へ新たに深く刻み込まれていく傷に神の脚は修復を実行しようとする
「次!」
「でやあっ!」
三度、ビッツは衝撃波を放ち、神の修復を押し留めた
これが、アレクスが考えた作戦だ。ビッツの空気の衝撃によって神の脚の肉を押し広げ、修復を遅らせ、その隙にアレクスが新たな傷を与えていき、ダメージを負わせ続ける
現状で可能な最善の手ではあるが、分かり切った明確な欠点があった
「ビッツ!」
「だらあっ!」
四発目の衝撃波を放った時点で、ビッツの表情に陰りが見え始める
無理もない。己の体内に眠る少ない魔力を引き出して、放出しているのだ
いくら体力に自信のあるビッツとはいえ、限界がある。作戦を話した時点でそのことはアレクスとビッツは折り込み済みだ
限界が来るまでに神の脚を圧し折ることが出来なければ、あっという間に修復されて全てが水泡に帰す
それを理解しながら、彼は了承してくれた。失敗する訳にはいかない
彼が限界になるまでに私の剣で終わらせるしかない
アレクスは彼の表情から限界が近いことを察し、自身の剣で何度も切り付ける
アレクスの剣術は、特別何の変哲もない只の剣術だ。ソフィアのように目に見えぬ剣撃をしたり、リーコのように魔法も特別得意ではないし、ビッツのように己の魔力を変換して強力な一撃を与えることも出来ない
だからこそ、彼は決意していた。何の長所も無い自分を仲間に入れてくれた皆に恥じぬ成果を見せねばならぬと
例え、その命が尽きようとも
「だああああっ!」
アレクスの渾身の一撃が神の脚へ直撃する。すでに脚は半分近く斬られ、大きな裂け目となり、今にもバランスを崩して倒れそうだった
だが、倒れそうなだけだった。そこから先の追撃が、出来ない
ビッツの援護がない今、アレクスの攻撃よりも早く修復が再開しようとしていた
アレクスが必死に剣を振りかぶろうとするが、目の前にある神の脚から手足が槍のように鋭く伸び、アレクスの肩と脇腹を貫いた
「があっ!」
ここまで、なのか
結局、私は、何の役にも立てぬまま。力尽きるのか
最期まで、不甲斐ない男だな。私は
力を失い、肩に突き刺さったままの手にもたれかかるアレクスが意識を失いかけていると、すぐそばで何かがぶつかる音と衝撃が走った
閉じかけた目を開き、アレクスが視線を動かすと、そこにいたのはサーリャであった
彼女は、アレクスたちがつけた傷口へ己の身体を挟み込むように立ち塞がっていた
彼女の周囲には防御魔法である『阻如壁』(ウォール)が発動しており、球状に彼女を覆っている。彼女はこの状態のまま、傷口へ突進したのだ
しかし、修復機能が回復した今、神の脚は徐々に肉を再生し始めており、万力の如く防御魔法ごと彼女を圧迫している。サーリャも負けじと己の身体を傷口へと押し当てていく
「サ、サーリャ殿! 何をしているのですか!」
「あ、貴方たちが作ってくださったチャンスを、失いたくありません!」
「だからと言って・・・・・・そのまま、では」
アレクスがサーリャを心配するも、自身の傷の痛みで思うように動けない
「皆が動けずにいる今、私が動かなければどうするというのです!」
「それで、貴女が死んでしまう理由にはならない!」
「今まで、私はソフィアさんたちの影に隠れているだけの臆病者でした・・・・・・。私がいるのは皆に回復や補助をするだけ。前に出て、命を張ることは無かった! だからこそ、今、ここで! 私が命を懸ける時が来たのです!」
サーリャの決意とは裏腹に防御魔法へ徐々にヒビが入り始める。このまま行けば、サーリャは神の脚に挟まれて、圧死してしまう
何か打開策は無いかと考えるアレクスであったが、今、自分に出来ることは精々、刺さっている手を斬り、彼女を強引に引き剥がすことくらいだ
だが、それをしたところで何が変わる。結局は作戦が失敗に終わるだけ
どうすればいい。どうすれば
アレクスが肩の痛みを気にも留めず、必死に思考を張り巡らせていると背後から大きな声が響いた
「サーリャァア! そのまま防御固めてろぉ!」
「え!?」
よく分からぬまま、サーリャは阻如壁を強化する。次の瞬間、サーリャごと神の脚へ強い衝撃が走った
アレクスを貫いていた手も動きを止め、アレクスは瞬時に手にしていた剣で手を斬り、肩に残った部分を抜き捨てる
「サーリャ殿! 魔法を解除してください!」
「で、ですが」
「いいから!」
「は、はい!」
強引に押し切られ、サーリャは魔法を解除する。そこへアレクスが彼女の手を取って、その場から離れていく
サーリャが去った後も、神の脚は修復が始まらない
「ビッツ!」
「っへ! サーリャにあそこまで覚悟見せつけられちまったら、俺も限界超えなきゃなんねえだろうが・・・・・・!」
ビッツが気功術を放ったのだ。彼の言う通り、すでに限界だった右腕を酷使したせいか右腕からは内部から出血が始まっている
脂汗を大量にかいているビッツの背後から勢いよく飛び出したのは、リーコであった
「あそこまで折れてれば、後は私に任せて!」
「やっちまえぇ!」
「リーコさん!」
「お願いします!」
皆の声援を背に受け、リーコは己の中に流れる魔力を集中させる
「本当は、魔王を倒すために爺様から教えてもらったけど・・・・・・やるしかない!」
そう言うと、リーコは詠唱を始めた
「地に流れし鳴動よ、我が体内に眠りし脈動よ。今、一つとなりて灼熱の血流と化し、全てを打ち滅ぼせ! 究極魔法『帰如灰燼(メテオノヴァ)!」
リーコの手から彼女よりも何倍も巨大な灼熱の弾が生み出され、神の脚目掛けて発射された
リーコの魔法が神の脚に直撃した瞬間、轟音と閃光そして巨大な爆発が周辺に広がった
爆風に吹かれ、ビッツたちは驚きながらも体勢を整える
「うおああ!?」
「きゃああ!」
「こ、これは・・・・・・!」
ビッツたちが次に目にしたのは、齧られたリンゴの如く、巨大な穴が空いた神の脚の姿であった。穴の周囲は焼け焦げ、炭と化している
そして、徐々に軋む音が空に響き渡ると、神の脚の一つが、折れた
「・・・・・・よっしゃああ!」
「やった! やりましたよ!」
「ええ・・・・・・!」
「皆、本当にありがとう・・・・・・」
ビッツたちの傍へやってきたリーコは顔面蒼白であった。それを見たサーリャは驚きながら、彼女に近寄る
「リーコさん!」
「ご、ごめん。アレ、私の魔力全部使うから・・・・・・。もう、無理」
「まさか、四大究極魔法の一つを習得されていたとは」
「驚いちまったぜ。サーリャ、リーコを抱えてやんな」
「はい」
リーコを優しく抱えたサーリャは他の二人の様子も見る
アレクスは右肩に貫通痕、左脇腹から裂傷。共に出血
ビッツは右腕から多量の内出血。また魔力の枯渇により、体力が低下している
「治癒魔法が使えないことが、こんなにも歯痒いだなんて」
「落ち込むこたあねえ。俺たちは、今やれることをやりつくしたんだ」
「その通りです。申し訳ありませんが、後は彼女たちに託すしかありません」
その言葉に、皆が更に上空を見つめる。サーリャの中で抱きかかえられるリーコはか細い声で、呟いた
「頼んだよ・・・・・・ソフィア」
§
神の脚が崩れた瞬間、神の胴体が大きく傾きだした。それを見たソフィアはすぐさまエクスカリバーを突く形で構え、神の心臓がある部分へと向ける
その後ろで、バエルも左腕に魔力を溜め込む
「私が『荒如嵐』で穴をこじ開ける。お前は嵐の中心をそのまま突っ込め!」
「ああ!」
バエルは左腕から再び『荒如嵐』を発動し、神の胴体をドリル状に貫いていく
と、神の胴体から手足が生え、バエルの身体にしがみつくと指の部分が牙に変形し、バエルの身体に深く食い込んだ
「ぐうっ!」
「バエル!」
「振り向くな・・・・・・! 私に構っている暇はない!」
バエルの言う通りだ
目の当たりにしてはいないが、神の脚が折れたということはリーコたちが決死の覚悟で成し遂げてくれたのだ
神の胴体に穴を開け、心臓を貫く猶予は神が脚を回復させる僅かの間しかない
今を逃せば、二度とそのチャンスはやってこない。他に構う余裕は、無い
ソフィアは前を向き、空を蹴ると勢いよく嵐の中心へと飛び込んだ
「うおおおおおっ!」
バエルは自身に纏わりつく手足など気にも留めず、『荒如嵐』の力を強めていく
「ゆうしゃあああああ! まおおおおおおお!」
「お前たちが存在する限り、人類と魔物は一生お前たちの奴隷として生きていく! だからこそ、神であるお前たちと、この世界を切り離す!」
バエルはそう叫び、嵐を征くソフィアの背を見つめる
ソフィアは、嵐と共に神の中を進み続け、とうとう見つけた。神の心臓を
「私は終わらせる! この歪な世界を! 間違った平和を! ここから、新しい世界が始まるのだ!」
勢いを殺すことなく、ソフィアはエクスカリバーの剣先を心臓目掛けて突き刺した
剣の鍔まで心臓に深く食い込んだエクスカリバーから手を離し、ソフィアは神の心臓を見つめる。と、エクスカリバーを突き刺した部分から段々と薄黒い汁が溢れ始めた
危険を感じ取ったソフィアはすぐさま、その場から離れ、外で待つバエルと合流する
「ソフィア!」
「バエル!」
バエルは伸ばした左腕で飛び込んできたソフィアを抱きかかえる
「どうなった」
「分からない。だが、エクスカリバーを突き刺しはした」
「・・・・・・む」
神の胴体にこじ開けた穴から薄黒い汁が溢れ出し、バエルの身体に纏わりついていた手足が乾いた泥のように風化していく
「これは」
「見ろ!」
ソフィアが指した先にある神の胴体。そこから伸びていた空を覆う無数の手足がバエルに刺さっていたものと同じように風化していく
胴体を支えていた神の脚も、胴体同様に汁が吹き出し、生まれたての小鹿のように支えが震え出すと徐々に倒れかけていく
神の胴体から次々と顔や手や足が壊れたように生み出されては変化していく
「お、おおおごぉおおああおおおあああああああ! 私はああ、わたぁあしいにはあああ! まだああああああ!」
雄叫びにも似た断末魔が空に響き渡り、神はその身体を崩壊させた
「やった・・・・・・! やったぞ!」
「ああ!」
神を討ち果たしたことに喜ぶソフィアとバエルであったが、あることに気づいた
このまま、神の身体が地上に落ちれば大惨事になる。手足は風化としたとはいえ、神の胴体と脚は身体中から汁を噴き出した状態でバラバラに落ちていく
バラバラとはいえ、その一つ一つがもある大きさだ。エレメンタリアに落ちれば、ぶつかった地点の消滅は勿論、地震による二次被害も出る筈だ
ソフィアとバエルは飛び込むように空を落ちていく。バエルは『移如影』を発動し、腕だけを突っ込み、何かを取り出した。見れば、そこにあったのは神の心臓に突き刺した筈のエクスカリバーだ
「流石に素手では無理だろう」
「感謝する」
バエルはソフィアにエクスカリバーを手渡す
ソフィアはそのまま一番近い神の身体へと刃を振り下ろす
「てやあっ!」
ソフィアは次々と落ちていく神の身体を切り刻んでいった
そして、バエルは『荒如嵐』を発動し、以前のバッタ狩りのように破片と化した神の身体を巻き込んでいく。そして、『移如影』を発動し、ごみを捨てる如く神の身体を渦へ放り投げた
散り散りになっていた神の身体をソフィアが解体し、バエルが回収しながら徐々に地上へと降下していく。その様子をリーコたちは唖然としながら見ていた
「急にソフィアたちが落ちてきたと思ったら・・・・・・」
「凄いですね」
「へ、へへへ。やっぱアイツはすげえ奴だよ」
「ええ。そうですね」
すでに遠く下へ移動しているソフィアを見つめ、アレクスは小さく呟いた
「ですが、だからこそ・・・・・・」
§
見事、神の身体を回収し終えたソフィアとバエルは地上に着地する
遅れて、リーコたちもサーリャとアレクスに背負われる形で到着した
傷だらけの彼らを見て、ソフィアは駆け寄る
「アレクス、ビッツ! 無事か!」
「なんとか」
「俺様がこんなことでくたばるタマかよ」
「よかった・・・・・・」
「治癒魔法が無くなった今、治療は薬で行うしかないね」
「リーコさん。起きても平気なのですか?」
「うん。立てるくらいには回復した」
ソフィアたちが話し合っているのを見て、バエルは左腕を天に掲げ、大きな火の玉を空に放った
火の玉はそのまま空中で飛散し、巨大な花火となった
「バエル?」
「部下たちへの合図だ。我らの勝利であるとな。合図を出した時、奴らに帰るよう指示している。これで、我ら魔界の軍勢と人間界は再び手を切る」
「そうか・・・・・・」
ソフィアは少し浮かない表情をする。それを見たバエルは彼女に問いかける
「どうした」
「私の勝手な判断で、神を殺し、世界に崩壊の危機をもたらせた。結果として討ち果たしたとはいえ、犠牲者が出ていないとは思えない。この事件の責任は、全て私にあるのだ」
「ソフィ・・・・・・」
「この事件で、犠牲になった人々への償いを、どうやって果たせばよいのだろうか」
俯くソフィアの肩を、バエルが優しく叩く
「変革とは、常に犠牲が必要になる。何故ならば、元の状態で良いと思う者たちが変革の流れに吞み込まれるからだ。
その変革の流れに対し、元の状態で良いと思う者たちを逆流とすれば、その接触部分には大きな渦が出来る。この渦こそが、変革に伴い生まれた犠牲者と言える」
「バエル・・・・・・」
「今回はまさにそれだ。変革の流れを我々、元の状態の者たちを神とし、渦に巻き込まれたのはエレメンタリアの者たちと言えよう。
以前、私はお前に話したな。人間とはその多くが己の感情を流れに任す性質があると。
神という存在を知りながら、人間は奴らの恩寵の下、動き続けてきた。誰も疑うことなく、その流れが薄汚れているとも思わずに。
今回の犠牲は、神の存在を疑う思考をしなかったツケなのだ。凡そ千年以上にも及ぶ人間たちの愚行の、その末路なのだ」
バエルの言葉にリーコは眉を顰めながら、反論する
「じゃあ何。民を守るために戦った国の人たちは死んでも仕方がなかったって言いたいの?」
「私自身はそう思っている。だが、ソフィアはそれを良しとしていない。自分自身が生み出した変革の痛みを背負いたがっている」
「そうだ! だから、償いをせねば・・・・・・」
「私は言った筈だぞ」
「え?」
ソフィアは言葉を止め、バエルを見る。彼の銀の瞳が、彼女を捉えていた
「お前の想いを私は共感すると、ならば、お前の罪を私も背負おう」
「バエル、それは」
「ちょっと待ってよ」
バエルの言葉にリーコたちも加わる
「何、お前ひとりで格好つけようとしてるのさ」
「ソフィアさんの意志を信じたのは我々も同じです」
「ならば、彼女の罪を背負うのならば、私たちも背負いましょう」
「ひーふー・・・・・・六等分すりゃあ、少しは軽くなるだろ!」
「皆・・・・・・」
その光景にソフィアは目を丸くし、バエルは高笑いを上げる
「そうかそうか。お前たちのソフィアへの信頼も対したものだ。良かろう、本当なら私一人に罪を押し付けるつもりだったが、そんなに言うなら背負って貰おう」
「ま、待ってくれ! 何で皆が背負う必要がある! 私一人が起こした問題に―――――」
ソフィアが話している顔にリーコが軽く箒で小突いた
「何言ってんのさ」
「リーコ」
「ソフィはエレメンタリアの勇者なんだから。勇者が起こした問題は、勇者の仲間の問題でもあるんだよ」
「そういうこった!」
笑顔でソフィアを見守るリーコたちにソフィアは目頭が熱くなるのを感じていた
それを見ていたバエルが感傷に浸っていると、遠くから自分の方へ飛んでくる者を見つけた。アスタロトであった
彼女はバエルを見つけると、すぐ傍に着地し、片膝をついた
「魔王様。ご苦労様でした」
「うむ。して、アスタロト何用だ」
「何用だ。では、ありませんがね」
すぐに立ち上がったアスタロトは眉間をピクピクさせながら、バエルを見る
「何を勝手に訳の分からない物体を『クラック』から放り込んでいるんですか! 魔界の方に流れ込んできてパニック状態ですよ!」
「ああ、あれは神の身体だ」
「はあ!?」
「いや何、捨てる場所も無いから取りあえず魔界に一旦置いておこうかと思ってな」
「事前にお伝えしてください!」
詰め寄るアスタロトにバエルはやれやれと言った表情で溜め息を吐き、ソフィアを見る
「ソフィア。一旦、整理をしよう。エレメンタリアの今後の話についても、魔法使いたちともな」
「・・・・・・そう、だな」
「アスタロト、お前は取りあえず戻って、神の身体の調査をしろ。あれほどまで魔力が籠っていた身体だ。何かに使えそうな気がする」
「・・・・・・分かりました。では、私は戻りますので。魔王様もお早目に」
そう言うと、アスタロトはすぐに天高く空を飛び、去っていった
落ち着きを取り戻したソフィアたちはようやく神を倒した実感を現実のものと受け止めていた
深く息を吐いたソフィアはバエルに向かって、微笑んだ
「さあ、これからの話をしようか」
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