第15話 勇者、選択する




 それからも、ソフィアは今まで出来なかったことを取り戻すかのように多くのことに取り組んだ。農作業は勿論、海水浴や登山など魔界の様々な場所を巡ったり、料理や裁縫など今までやったことのないこともシトリーやハーゲンティの助言の下、行った

魔族や魔物たちに囲まれながら、ソフィアは自然と笑顔を零せるほどに心を許せる相手になってきた

ソフィアが農作業に勤しむ姿をバエルが遠くから見つめていると、アスタロトが空から高速でバエルの下にやってきた



「魔王様、奴らが来ました」

「そうか」



着地と同時に片膝を地面につき、首を垂れながら告げたアスタロトの方を振り返るバエルは『移如影』を発動させる



「私一人で十分だろう。お前たちは被害が広がらぬよう、民を避難させろ」

「はっ」



アスタロトが再び空へ飛び去り、バエルが『移如影』に入ろうとしたところ、ソフィアが駆け寄ってきた



「何かあったのか!?」

「ソフィア。お前も来い」

「お、おい!」



バエルはソフィアの手を取り、共に『移如影』の中へ入る

訳も分からず連れてこられたソフィアは移動した先に出ると真っ先にバエルに向かって怒った



「何が起きたんだ! 私に説明しろ!」

「説明するよりも見た方が早いだろう」



バエルがおもむろに指を差すので、そちらの方へ振り向く

そこに居たのは、かつて共に魔王を討伐すべく絆を深めた仲間たちの姿であった



「ソフィ・・・・・・」

「みんな・・・・・・」



突然姿を現したソフィアとバエルに驚いたリーコたちと同様、ソフィアも彼らを見て、驚いていた



「勇者! 迎えに来たぞ!」



ビッツが強く声を張り上げて、ソフィアに声を掛ける

その言葉にソフィアは一瞬、ほんの一瞬だが身体を強張らせた。強張らせてしまった



 何故。今まで聞きたかった言葉だというのに

 夢にまで見た。仲間が自分を救いに来てくれる姿を

 なのに、何故。私は。私の身体は、それを拒んだ



混乱するソフィアは、何を言うべきか迷いながら、彼らに問う



「ど、どうやって来れたんだ?」

「『クラック』が開いたんだ!」

「な、何で、どうして」

「それが驚くべきことに、神が手を差し伸べてくれたのです」



サーリャの言葉にソフィアは言葉を詰まらせる



また、神か



「ある日、突然神の声が私に降りたのです。『クラック』の開放に助力してくれたのですよ」



ソフィアは視線だけをバエルの方へ移す。傷の残った兜から彼の表情が僅かに覗く

普段から表情の変化が読み取れない彼だが、いつも側にいたソフィアは彼が少しばかり不機嫌になったのを感じ取れた

バエルは一歩前に出て大仰に両手を挙げて、リーコたちへ口を開く



「ソフィアを取り戻しに魔界までのご足労、大義である。だがしかし、それを為すためにはこの世で最も明解で最も困難な方法が必要だ」

「そんなことは分かってる」



リーコは視線を鋭くし、バエルを睨みつける。それを合図にするように場の空気が張り詰める



「ソフィア、下がっていろ」

「お前が、ソフィの名を口にするなぁ!」



ソフィアの方へバエルが声を掛けた瞬間、リーコが怒りを露わにしながら、炎魔法を発動する

ソフィアが退いたのを見届けたバエルは左腕で魔法を弾く。その間にビッツがバエルの眼前まで迫っており、すでに重い一撃を与えようと振りかぶっていた



「だらぁ!」

「ほう」



ビッツの渾身の一撃をバエルは大きな右手で包み込むように受け止めた

しかし、ビッツの表情は笑みを浮かべている



「ふんっ!」



受け止めた筈の拳から衝撃が走り、バエルは思わず右手を離し、ビッツを蹴り飛ばす

吹き飛ぶビッツと入れ替わるようにアレクスがバエルの背後に回り、斬りかかろうとしている

二度同じ手を喰らうものかとバエルはアレクスの動きを先読みし、宙を蹴って、空へ浮かぶ



「お見事。ですが、それも読んでいます」



アレクスの言葉と同時にバエルに急激な負荷が掛かり始めた。見れば、遠く位置を移動させたサーリャが魔法を発動していた。それは、以前自分たちがバエルに挑んだ際に使われた魔法、『沈如碇』(ダウン)であった

動きに鈍りが生まれたバエルにアレクスが追撃を加えようとするもバエルは『荒如嵐』でアレクスを吹き飛ばした

サーリャに攻撃を与えようとしたバエルであったが、それよりも先に巨大な炎の渦がバエルを飲み込む



「『穿如火槍』(イフリート)!」



最大級の炎魔法を即座にリーコが発動していた。小賢しいとばかりにバエルは自身の周囲に『轟如砲』で『穿如火槍』を鎮火させる

だが、『沈如碇』の効果は続いており、思うように動けないバエルは地面に着地せざるを得なかった



「く、ふはは。喜ばしいな、涙ぐましい努力をしたと窺える! 否、これがお前たちの本当の実力か!」

「黙れ! 『射如矢』(ボルテックス)!」



怒りを纏った雷の矢がバエルを襲うが、それもバエルは弾き飛ばす



「『沈如碇』で私の動きを多少封じることが出来ているようだが、それではそこの剣士と武闘家は魔法の範囲に巻き込まれてしまうため上手く飛び込めぬぞ」

「ちっ」

「その通りですが、貴方がおかしな動きをした時にその腕を掻っ捌くことぐらいはできますよ」



ビッツとアレクスは互いに反対方向から『沈如碇』の範囲外ギリギリからバエルの挙動を窺っている

サーリャは魔法の持続のために常に魔力を放出し続けているせいか、顔色は優れない。リーコは次の上級魔法を発動しようと準備を整えていた

その様子を見て、バエルの兜の奥に潜む銀の瞳がギラめく



「調子に乗るなよ。貴様らを殺すことなど、この状態でも数秒あれば事足りるわ」



先程まで余裕を持っていたバエルが怒気を込めた言葉を言い、殺気が放たれる

その気配に気圧されかけたリーコたちであったが、誰一人怯む者はいない。このまま戦い続ければ、確実に死人が出る



「ま、待ってくれ!」



ソフィアがバエルの前に飛び出す。その行為にリーコたちは驚嘆する



「ソフィ! 何で、何でそいつを庇うのさ!」

「皆、話を聞いてくれ。バエルも、戦うのは止めてくれ」

「私は構わぬがな。お前の仲間はどうか」



バエルの言葉にソフィアはリーコたちの表情を見る。リーコたちは困惑と悲しみを交えた顔で彼女を見ている

その表情にソフィアは下唇を噛むも、はち切れそうな心臓を押し殺して、彼女たちを見つめ返した



「私は、リーコたちも、バエルも、死ぬところなんて見たくないんだ! 頼む、私の話を聞いてくれ!」



必死に訴えかけるソフィアの姿にリーコたちは顔を見合わせる

その中で、真っ先に彼女に話しかけたのは、アレクスであった



「ソフィア殿。やはり貴方は、貴方の意志で此処に留まっていたのですね」

「アレクス・・・・・・」

「洗脳や強制で魔界に押し留められていたのならば、我が命に代えてでも貴方をエレメンタリアに戻すつもりでしたが・・・・・・。僕は、貴方の話を聞きましょう」

「アレクス!」



アレクスの言葉にビッツが声を張り上げる。アレクスはビッツたちの方へ振り向く



「僕は元々、ソフィア殿の強い信念に惹かれて、仲間に加わった。世界がどうなろうと知ったことではなかった。だからこそ、僕はソフィア殿の味方をする。彼女が逃げの為にこの道を歩んだとは思えない。そうでしょう、皆」



アレクスの言葉にビッツたちは押し黙る。ソフィアのした行為は決して許されることではない

だが、彼女が何の考えも無く人を殺すことなど出来はしない。そう信じているからこそ、魔界に来たのだ。真実を確かめに

 と、バエルは自身の身体が軽くなるのを感じた。サーリャが『沈如碇』を解除したのだ

バエルは俯くソフィアとリーコたちを見、呆れるように息を吐いた



「ようやく、話が出来そうだ」




                    §




 シャイターンの会議室へと通されたリーコたちは大小様々な椅子に座り、ソフィアはバエルの隣に座った

会議室の出入り口にはアスタロトが立っている



「魔王様。外にはシトリー以外、皆この階から退去させました」

「よろしい。では、話し合いをしたいのだが、一つ聞いてもいいかな。そこの修道士」

「え、は、はい」



突然呼ばれたサーリャは驚きながらも答える



「『クラック』の外にはエレメンタリアの兵士は集まっているのかね」

「い、いえ。国が兵を派遣させれば、少なからず民たちに不安を与えます。ですので、『クラック』には我々のみが行くということで手を打っていただきました」

「ふむ。まあ、予想通りか。我が配下にも『クラック』周辺には近づかぬように指示を出しておいて正解だったな。貴様ら、恐らく見つけ次第に殺していただろう」

「当たり前だ。俺たちは魔界の脅威からエレメンタリアを守るために鍛えてきたんだからな」



ビッツの言葉にバエルは頷き、ソフィアの方へ視線を移す。ソフィアは未だ、俯き押し黙ったままだ



「ソフィア、お前はどうしたい」



バエルの言葉にソフィアは肩を震わせ、顔を上げる。視線の先には不安そうに彼女を見つめるリーコたちの姿があった



「私は、エレメンタリアの平和のために全てを捧げてきた。だからこそ、私は・・・・・・この世界に居るべきだと、思っている」

「どうして!?」



リーコが声を荒げて、立ち上がると机を叩いた。普段騒がないリーコの声と姿にビッツたちも目を見張る



「私たちは、ソフィが生きて魔界に対抗してくれていると信じていた! 勇者は決して諦めないって! なのに、なんで、何であんな・・・・・・!」

「リーコ・・・・・・」

「それこそが勇者という名ばかりの大罪だというのだ。魔法使い」



バエルの言葉にリーコは彼を睨みつける



「世界の想いを一身に背負い、血と汗を流し続けた者に勇者という重き枷が伸し掛かっているのだ。ソフィアはそれに気がついていなかった。いや、気がつかされていなかった。私を殺すという使命に向けて、走り続けてきたのだから」

「魔王・・・・・・!」

「私との戦いに敗れ、歩みを止めた時、彼女は自身の歩んできた道を振り返ったのだ。そこに、何が残ってきたのかを」

「お前にソフィの何が分かる!」

「分かるさ。さて、では順を追って話していくか。これまでの経緯とソフィアの見解をな。お前たちも気になっていただろう。何故、ソフィアがスートを攻撃したのか」



バエルの言葉にリーコは言葉を詰まらせる。真実を知るためにも冷静さは必要。それを理解し、リーコは大人しく席に座った

 バエルはソフィアが捕まってからの出来事を全て、リーコたちに説明した

契約のこと、魔界での生活のこと、魔物たちとの暮らしのこと、黒い剣士のこと、ソフィアの想いのこと、そして、魔界の存在意義と神の思惑のこと。全てを

全てを聞いたリーコたちは皆、悲しみとも苦しみとも区別できない表情を浮かべていた



「一気に話をし過ぎて、頭が追いつかないのは分かる。だが、理解してほしい。これが、私とソフィアの行ってきたことと、考えの全てだ」

「エレメンタリアの平和のためにサイを殺した。ってことか」

「理解はできますが、納得はしかねますね」

「神が、私たちに試練を与えた・・・・・・? いえ、ですが、これは」

「ソフィ。ソフィは、後悔はしていないの?」



皆が戸惑う中、リーコはソフィアに問いかけた

ソフィアはしっかりと頷き、口を開く



「ああ。それだけは、はっきりと言える。私は私のした行為に、後悔などしていない。後悔してしまえば、今まで奪ってきた命に申し訳が立たない」

「そうか・・・・・・。そう、だよね」



リーコは深く息を吐き、引き攣った笑みをソフィアに返す



「ソフィがそれを望むなら、私たちは手を引くよ」

「リーコ・・・・・・」

「今まで貴方は十分にその身をエレメンタリアに捧げてきたんです。魔王と暮らしていくというのならば、そういう道もあるのでしょう」

「互いに不可侵の契約があるのならば、今後も魔界の脅威は無いということですものね」

「たまには顔を見せてほしいけどな! お前んとこの父ちゃん母ちゃんも心配してるだろうしよ!」

「皆・・・・・・」



思わず目頭が熱くなるソフィアは下を向き、手で強引に目を擦る

横の居るバエルは拍手をしながら、口を開いた



「流石はソフィアの仲間、理解が早くて助かる」

「勘違いしないで、私は貴方を許した訳じゃない。ソフィに変なことしたら私たちがまたお前をぶっ殺しに来るからな」

「それは恐ろしいな。だが、安心してほしい」



そう言いながら、バエルは椅子から立つとリーコたちに向け、深々と頭を下げた



「ソフィア=イオシテシスは私が守る。何があってもだ。それだけは、信じてほしい」

「お、おう」



意外な対応を見せたバエルの姿に皆、動揺しながらも了承する

再び席に座るバエルに対し、サーリャは自身の中で思いついたことを口にした



「あの、おひとつ聞いても?」

「構わん」

「そこまで、ソフィアさんをお気に掛けているのは、貴方がソフィアさんを好いておられるからなのでしょうか」



サーリャの問いにバエルは動きを止めると、ソフィアの方へ視線を移し、顎に手を置いた



「そう、なのか?」

「私に聞くな!」

「そうか、私の知らぬ内に私はお前を愛していたようだな」

「はっきり言うな!」



顔を真っ赤にし、バエルの鎧をバンバンと叩くソフィアを見て思わずビッツは吹き出してしまった



「ははは! 何だよ、勇者もそんな顔するんだな! 相思相愛ってやつか」

「わ、私は別に」

「照れんな照れんな! いやあ、勇者と魔王が恋仲に落ちるとはね。こいつぁ、神様も予想だにしなかっただろうぜ! なあ!」

「・・・・・・そうね」

「あれ? 何でリーコふてくされてんだよ!」

「別に」



賑やかになった卓上を見て、サーリャとアレクスは顔を見合わせて苦笑する

アスタロトもまた、壁際に背を預けながら、その光景を眺めていた



「魔王様の御心が変化されている。喜ばしいことだが、悲しくもあるな。だが、今後はあの二人が魔界の行く末を担われる筈。魔界の未来は安泰だな」




                   §




 話を纏め終えたソフィアたちは一旦、エレメンタリアへ帰るというリーコたちを見送りに『クラック』の近くにまでやってきていた。アスタロトら魔族はバエルの命により、魔界の運用をシャイターンで続けている



「では、私たちは事の次第を各国に伝えてまいります」

「まあ、魔王と勇者が仲良くしてるなんざ言えねえから誤魔化すけどよ」

「すまない、有難う」

「いえ、ソフィア殿こそ、お元気で」

「いつでもこっちに帰ってきていいんだからね」



『クラック』から、いざエレメンタリアへ帰還しようとした時であった

突如、その場の空間に声が響き渡った



「何ということか」

「よもや勇者を誘惑するとは」

「嗚呼、愚かな」

「お前の役割を間違っているぞ」



響き渡る声に皆、騒然とする中、バエルは肩を震わせながら声を荒げた



「愚かは貴様らだ。とうとう天から見守るだけでは、我が行いを改められなくなったようだな!」

「神か・・・・・・!」



エレメンタリアを造り上げた四神、恵みの神グラティア、命の神ヴィータ、知識の神コグニット、物質の神サブスタン。彼らの声が聞こえたのだ



「この声、この間お聞きした声と同じです!」

「ということは、神の天啓!?」

「何だ何だ。俺にも聞こえるぜ!?」

「どういうことなの!?」



驚くリーコたちを他所に神々の声が再び響き渡る



「我らが子、何故我らの意志に背くか」

「お前の役目は人間の絆を深めるために侵攻をすること。何故勇者を拘束する」

「勇者への対応は私に一任してくれているものだと思っていたよ。それに、魔界にわざわざ声を出しに来るとは。お前たちの監視が出来るのは人間界のみではなかったか?」

「そうだ。だから、貴様が開けた魔界と人間界の境界の穴に近いからこそ、我らはお前たちに声を掛けている」



神の言葉にソフィアは『クラック』の方を見る。そこに神の姿は無い。だが、ソフィアには実感できる

神は、見ておられると



「お前の想定外の行動に我々は頭を痛めた。勇者が生きている限り、我らの力を与えた者は二人存在してはならない。勇者を取り返すために我々は遠回しに手を貸さざるを得なかった」



その言葉にソフィアはハッとする。サイの言葉に偽りはなかった

神が、勇者を取り戻しに来たのだ。だとすれば、スートの横暴は、サイの蛮行は、イニティ村が焼き払われたのは



「境界の穴を広げ、勇者の友を送り出したというのに穴から覗き見てみれば、和解などという結果になっているではないか」

「それで、お前たちはどうするのだ?」

「決まっていよう。愚行を犯した子には罰を与えるのが道理」

「裁きを受けるのです」



『クラック』から覗くエレメンタリアの遠き青い空から一点の光が灯ったのが見えた瞬間―――――バエルの右腕が弾け飛んだ



「ぐあああっ!?」

「バエル!?」



思わず片膝をつくバエルにソフィアは駆け寄る。彼の黒い鎧の右肩から先が消え去ってしまっている

血は流れていないが、それ故にソフィアは恐ろしさを感じた



 切り落とされたとか、撃ち落とされたとか、そういうものではない

 消し飛ばされたのだ

 これが、神の裁きだというのか



「ソフィアさん! 『クラック』から離れて!」



サーリャの言葉にソフィアは即座にバエルの左肩を担ぎ、『クラック』から離れるように跳躍した

遠く離れるバエルを狙うかの如く、再びエレメンタリアの空から光が灯されたのを見たビッツは『クラック』の境界線上に立ちはだかった



「おーい、神様! 俺たちは今から帰るから、光らないでくれや! 当たっちまったらいけねえ!」

「魔王を討つのが貴方たちの役目の筈です。何故、魔王を取り逃がすのですか」

「神よ、魔王を討つは勇者の宿命。ならば、華を持たせてやるのが共をしてきた我々の役目でしょう」



アレクスもまた、『クラック』に立ち、神へ説明する



「勇者を信じてください。彼女ならば、必ずや魔王を討伐してみせましょう」



アレクスはビッツと頷き合い、後ろにいるリーコとサーリャにも目配せをする

時間を稼ぐ。人間の成長を見守る神ならば、無闇に自分たちを攻撃することは無い筈だ

その意識は全員にあった。ソフィアとバエルの邪魔をさせる訳にはいかないと

少しばかりの沈黙が流れた後、再び神の声が響き渡る



「・・・・・・よかろう。ならば待つ。勇者が魔王の首を獲ることをな」

「主よ、大いなる慈悲に感謝致します」

「しかし、待つのは七日だ。七日を過ぎて、魔王を討てぬ時は我らが魔界へ裁きを与える」

「それは・・・・・・先ほどの魔王へのように?」

「そうだ。魔界を焼き払い、エレメンタリアに平和をもたらす」

「人間のため、ですか」

「然り。それ以外に何があろうか。勇者の手によってではないのが遺憾ではあるが、仕方あるまい」



違う。彼らは嘘を吐いている。リーコは直感した

神は知らない。バエルがリーコたちにこの世界の真実を語ったことを。だから、彼らは人類の平和のためにと嘯いた

神が本当にしたいのは、彼らにとっての反逆者であり、汚点であるバエルを消し去ること

そして、彼が造りだした魔界を潰し、新たな世界を造るのだろう。人間が団結して力を合わせるために、新たな脅威となる存在を

だが、今のリーコたちに神に反する言動をすることは出来ない。対抗手段がない



「分かりました。寛大な処置に感謝いたします」



大人しくリーコは帽子を取り、深々と天へと頭を垂れた



「我らはいつでも天から見守っているぞ」

「努々忘れるな。魔王を倒すことが、エレメンタリアの唯一の平和への道なのだ」



そう告げると、神の声は聞こえなくなり、いるのはリーコたちだけになった

声が聞こえなくなると、ビッツは我慢していたのか冷や汗を一気にかいた



「ふぅ、何とか、なったのか」

「言葉にしないでください。神はいつでも見ていると言ったばかりです」

「ソフィアさん・・・・・・大丈夫でしょうか」

「急展開すぎて、頭が追いつかねえぜ」

「やはり、彼の言っていた通りになりましたね」

「・・・・・・私たちに出来ることは、もうないよ。あるとすれば、祈るだけさ。神にじゃなくて、ソフィアに」



リーコたちはすでに豆粒ほどに小さく姿が遠ざかっているソフィアの姿を見守りながら、『クラック』からエレメンタリアへと帰還するのであった




                    §




  シャイターンに戻ったソフィアとバエルの姿を見て、アスタロトは即座に城中の者を総動員させ、バエルの治療に専念させた

バエルは自室に移動させられ、ベッドの上で寝かせられた。兜鎧を脱がされ、怪我の様子が窺える

先程もソフィアは感じていたが、本当に最初からそこに無かったかのように、バエルの右肩から先が消えてしまっている。断面も剥き出しにはなっているが、傷んでいる様子も全くない

アスタロトは慌てふためきながら、寝室を所狭しと駆けている部下たちに指示を出している



「ゴブリン隊に薬草を集めるよう指示しろ! オーク隊、ドラゴン隊には『クラック』周辺の警戒を強めるように伝えろ!」

「はっ!」

「バエル・・・・・・」



ソフィアは眉をひそめながら、バエルを見る。バエルは残った左腕で彼女の頬を撫でる



「心配するな。痛みはない」

「でも」

「よもや奴らが直接手を下してくるとは予想外だったがな。それほどまでに腹が立っていたのだろう。いい気味だ」

「それでお前の腕が無くなっては元も子もないだろう!」



声を荒げるソフィアにバエルは目を丸くし、ソフィアを見る



「・・・・・・リーコたちが時間を稼いでいてくれたお陰で助かった。あれ以上、神の裁きを受けていれば、お前は」

「逃げている最中、神どもの声が私にも聞こえていた」



バエルはすでにない右腕を見つめ、苦笑した。そして、アスタロトの方へ声を掛ける



「すまぬ。ソフィアと二人きりで話がしたい」

「かしこまりました。どうか、安静に」



アスタロトは部下を連れ、そのまま寝室を後にする

先程の喧騒から一転して、静寂が訪れた寝室でバエルはソフィアに優しく語り掛ける



「これでは、お前を抱きしめることも出来ないな」

「・・・・・・もういい。休んでいろ」

「休むわけにはいくまいよ。魔界の指示も続けねば」

「アスタロトたちに任せろ。信頼できる部下なんだろう?」

「ははは、お前に言われるとは」

「私も少しは手を貸す。だから今は―――――」



話の途中、ソフィアは強引にバエルに引き寄せられた。思わず身体がベッドに伸し掛かったソフィアは少し怒りながらバエルを睨む



「おい、いい加減にしろ!」

「ソフィア、短い時であったが、お前と過ごした日々は私が生きた数百年よりも充実したものであった」

「・・・・・・は? おい、何を―――――」



バエルはソフィアを銀の瞳で優しく見つめ、言い放った



「私の首を獲れ。勇者ソフィア=イオシテシス」




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