第11話 勇者、真実を知る



 アステにスートが夜襲を仕掛けたことはすぐにアステ国王であるアズマの耳に入った

それはつまり、アステの大将軍であるナインハルツの耳にも入っていることと同じである



 ナインハルツは曾祖父の代よりアステ国に仕える騎士の血筋であり、古くからアステを守るために魔物と戦い続けてきた

現勇者であるソフィアとは彼女が幼い頃より王宮で文武を学んでいた時より知った顔で、彼女の剣術は彼の指導の賜物であった

また、魔王がエレメンタリアに派遣した四天王を名乗る強大な魔族の四人の内の一人を相手に一騎打ちで戦い、ソフィアたちが到着するまでアステを守り抜いた経歴を持つ凄腕の騎士なのだ

アステの民は彼を羨望の眼差しで見つめ、アステの騎士は誰もが彼を目指し努力している

 そんなナインハルツは、スートが仕掛けてきたことを知り、即座に兵を率いた

国王であるアズマの命はアステの絶対死守。決して此方からスートの国境を越えることはしないことであった



アズマはどちらかと言えば、穏健な性格である。見方によれば臆病であるが故に敵国となったスート相手にも未だ交渉の余地ありと考えている

それを愚かととるか有情ととるかは人次第だが、少なくともナインハルツはアズマの考えに賛同している

だからこそ、アステの極西にある小さな集落にも自ら出陣するのであった

 報告のあった村の一つであるイニティ村に辿り着いたナインハルツはその惨状に声を漏らしてしまう



「なんてことだ・・・・・・」



村はすでに焦土と化しており、辺りには焦げた炭の匂いが充満している。近くに居た村の住人たちを保護したところ、一名の犠牲者以外は皆大した怪我はないとのことであった

更に話を聞けば、例の黒い剣士が助けてくれたというではないか。ナインハルツは彼らに詳しい事情を聴くことにした

一人の中年女性がナインハルツに説明をする



「黒い鎧を着た人が、連れ去られそうになった私たちを助けてくれたんです。最初は何が起きたのか全く分かりませんでした」

「その黒い剣士は何か言っていませんでしたか? 今後の動向などは」

「それは何も。ただ、私たちのことを本当に心配してくれているのだということは感じました」

「見た目は怖いが、いい人でしたよ」

「顔を見たかったなぁ。声も籠っててよく分からないし」

「喋り方からして、良い育ちのお人だと思うけどね」



女性の他にも証言を得たところでナインハルツは黒い剣士の情報を纏めることにした

 黒い剣士は神出鬼没。以前はツェセにいたのが僅か数日でアステにまで現れた

恐らく、黒い剣士は単独ではない。他にも協力者が居る筈だ。少なくともスートに敵意を持っている者

だが、それが何処の誰なのかまでは掴めない。情報が少なすぎる

周りの者が皆、黒い剣士のことを賞賛し続ける中、ナインハルツは次々と兵を倒しては姿を消す謎の襲撃者に恐怖を覚えていた



「次に狙われるのが我々かもしれぬというのに」




                    §




 魔界に戻ってきたソフィアは思いつめた表情でシャイターンにある食堂の椅子に座り込んでいた

周囲を歩く魔物たちも避けるように座り、ソフィアだけ孤立した形になっている。食事も置かずに一人、テーブルに両肘をつき、顔を俯かせていたソフィアの視界に一枚のお皿が入ってきた

顔を上げると、そこに居たのは三面六臂の姿をした白い肌をした巨大な女の魔族であった。可愛らしく頭のそれぞれにバンダナをしている



「そんな顔してどうしたんだい? 悩んでいるなら話は聞くよ?」

「ハーゲンティ」



ハーゲンティ。シャイターン内の食事の調理を任されている料理長だ

見た目通り、六本の腕と三つの顔で一度に大量の調理ができ、大勢がやってくる食堂でも対応ができる

その上、探求心も強く魔界の食事文化の発展を支えている魔族だとバエルから聞いたことがあったとソフィアは思い出した

ハーゲンティから差し出された皿には一杯のスープが入っていた。魔界の料理は大抵赤黒い物が多い中、このスープは澄み渡る川のように奇麗な黄金色をしている



「有難う。だが、私個人で解決したいことなんだ」

「そうかい。悩んでいても腹は減る。スープでも飲んで、腹と頭を落ち着かせな」

「ああ。すまない・・・・・・」



姉御肌のハーゲンティは一つの腕でソフィアの頭を軽く撫でると、そのまま去っていく

ソフィアは少しばかりスープを見つめ、テーブルに備え付けられているスプーンを手にし、一口啜る

見た目は味が薄い印象であったが、口にすれば芳醇な野菜と動物のエキスが複雑だが一つに纏まって非常にシンプルだがパンチの効いた味になっている

とても美味しい。美味しいのだが、ソフィアの感情はそれを上手く表現できないでいた

脳裏で常にソフィアを悩ませ続けていた問題が、その感情を抑え込んでいた

それは、スート国王の殺害であった




                    §




 その日の夜、ソフィアはバエルに誘われ、シャイターン城の最上階にある彼の部屋へやってきた

部屋へ入ると、兜を外したバエルが部屋の中央で立っていた。珍しい姿にソフィアは一瞬、目を見張ったがすぐにいつもの表情へ戻す



「来たか。ソフィア」

「スートのことか?」

「話が早いな。あまり他の者には聞かれると面倒だ。寝室へ行こう」



バエルはソフィアを自身の寝室へと移動する

ソフィアは過去に何度かバエルと食事をしたことがあったが、寝室に入ったのは初めてである

中は大きなベッドが置かれており、柔らかそうな枕とシーツが敷かれていた。その側には本棚と机もあり、何冊か書き留められたノートのようなものもある



「製本技術もあるのか」

「いや、それは全て私が書き記した日記のようなものだ。紙のように見えるのは全て獣の皮をなめしたものだ」



手に取ってみると、確かに紙ではなく動物の皮であることが分かった。中を開けてみるが、魔界の字はソフィアにはまだ不慣れであった

魔界に住んでから多少、文字の読解に取り組んだことはあり、時間を掛ければ読めなくはないがバエルの流れるような字は読みにくかった



「今度、魔界の字の書き方を教えてやる。お前も魔界に住んで長いからな。色々と不便だろう」

「・・・・・・ああ」



そこで会話は終わり、寝室に沈黙が流れる



「兜、直さないのか?」

「お前がつけた傷だ。名誉として残しておく」

「そうか」



再び沈黙が流れる。魔界の文字や兜の話などは、只の前振りに過ぎない。その先にある本当の内容を互いに切り出せずにいる

その沈黙を破ったのは、ソフィアであった



「国王を座から降ろす。それはつまり、私がこの手で彼を殺すということだ」

「ああ。勇者が一国の王を殺すという大罪だ」

「エレメンタリアは今も苦しんでいる。スート国王、サイは己の欲のままに兵を遣い、他国へ進軍している。このままでは、平和が訪れない」

「だからこそ、お前がやるんだろ? 世代交代なんて生温いことを言っていられない程に事は重大だ」



バエルはベッドに腰かけ、ソフィアを見つめる



「そうだ。サイを説得できるとは思えない。私が勇者として姿を現しても、むしろ厄介に思うだろう」

「王位から降ろすだけではままならんか」

「ダメだ。次に継承を受けるのは彼の息子であるシーだが、まだ幼い。となれば、摂政として他の政務官などがスートを牛耳ることになる。サイの息がかかったな」

「成程。結局はサイ政権のままになるだけか」

「それに、説得や継承の話し合いをしている間にもスートは他国との争いを止めないだろう。サイが玉座に座る限り」



ソフィアは、そこで言葉を詰まらせるが息を大きく吐くと同時に口を開く



「だから、私が殺す。黒い剣士となり、奴の首を刎ねる」

「刎ねた後はどうする。王位継承がシーなのは変わらんぞ」

「何もスート王宮内、全員がサイに賛同している訳ではない。以前、スートへ立ち寄った時に一人信用できる男がいた。サイの甥にあたる男だ。彼は誠実でスート国内でも支持が多い。まだ二十歳だが、国の行く末を憂いていた。今回の侵攻にも恐らく反対しただろう」

「成程な。だが、シーと彼の二派に別れることで、スートは大きく混乱するだろう。特にサイ側の幹部連中は」

「分かっているさ」



ソフィアはバエルの隣に座り、両手を組み、顔を俯かせた



「私が殺すのは、サイ側についた官僚全てだ」



その言葉にバエルは言葉を失った

よもや人類の未来を支える存在であったソフィアが言うセリフとは思えない



「本気か?」

「ああ。当然、スートは一時的に混乱するだろう。だが、悪は根こそぎ刈り取らねば、また根を張っていく。地下深くから、蝕んでいく」

「そんなことをすれば、黒い剣士は英雄から一転して悪逆非道の殺人鬼扱いになるぞ」

「構わないさ。私は称えられたくて勇者をやっていたわけじゃない。エレメンタリアを平和にするために勇者になったんだ。神からの使命もそうであるからな」

「・・・・・・神には会ったことがあるのか?」

「ああ。以前、二度ほどな。私だけだが、空の上に呼ばれて、空を飛んだ」



バエルの問いにソフィアは頷く



「会う以前はお声を拝聴していただけだった。実際に会ってみると予想よりも私たちと変わらぬ背格好をしていたので驚いた」

「それはそうだろう。人間は神の姿を模して造られたのだからな」

「え?」



バエルの言葉にソフィアは耳を疑い、彼を見た

間抜けな表情をするソフィアにバエルは逆に不思議そうに彼女に問いかけた



「知らなかったのか? 人間界ではどういった経緯で世界が造られたということは知られていないようだな」

「い、いや。私が聞いた限りでは、神々が世界を造られたのは知っている。だが、そこに人間が出てくるのはかなり先の話だ。知恵を得た最初の人類が文明を作り上げていったと」

「そうか。人間界ではそのような考え方で語り継がれているのか」



バエルはベッドから立ち上がり、本棚から一冊の羊皮紙を纏めた本を取り出した



「事実は違う。神と全員会ったのか?」

「ああ。拝見した際に全員とお会いした」

「恵みの神グラティア、命の神ヴィータ、知識の神コグニット、物質の神サブスタン。この四神が初めに世界を作り上げた。グラディアは天候と海を、ヴィータは生物を、コグニットは文明と知恵を、サブスタンは地面と無機物を」

「そうだ。私の知っている伝承ではヴィータ様が造られた生物の中に人間はいない。最初に作られた生物から独自に進化してきたのが人間だと」

「違う。初めに世界を作った時はお前の言う通り人間は存在していなかった。だが、世界が出来てから、神は話し合ったのだ。もう少し、自分たちに近い存在を作り上げてもよいのではないかと」

「それが、私たちだと?」

「人間を、だ。お前は違う」

「私は人間だ!」

「まあいい。その話は追って話そう。その話をしたのが、確か世界を造ってから五百年くらい経ったときか」



羊皮紙を開き、バエルは懐かしむように羊皮紙に書かれている掠れた文字を指で追った



「まるで見てきたような言い方じゃないか」

「実際、見ていたからな」

「何?」

「不思議に思わなかったのか?」



バエルは書記から目を離し、ソフィアを見つめる



「何故、人間界と魔界は長年世界を隔てていたというのに文明が近いものなのかと」



バエルの言葉にソフィアは思い当たる節が次々と思いだされる



シャイターン城を始めとした建築技術、衣服を作り上げる機織り技術、王宮貴族と似通った食事のマナー。そのほか多くの魔界の文明は、エレメンタリアのものと近かった

ソフィアの眼前にバエルの顔が近づく。自身と同じ、銀の瞳が見つめ合う

人とも、魔族とも異なる銀の瞳が。神の使者として選ばれたソフィアと魔界の王であるバエルが同じ色の瞳が、そこにはあった



「私は、神に造られた者だ」




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