第6話 勇者、決闘する
魔界の農民が苦しんでいたバッタの対策について策を講じてから、ソフィアはバエルに視察の誘いを受けることが多くなった
どうやら、新しい観点の意見を取り入れたいようで、畑は勿論、ソフィアの専門外である家畜や漁業、鋳造や機織りまで見せられた。強制的に連れられたといった方が正しいであろう
ソフィアにとっては、魔界の情報を得る絶好の機会には違いなかったが、人間界の技術の発展と比べ、魔界の技術力が遜色ないことに非常に驚かされた
そして、ソフィアにとっては嬉しくもない誤算だが、魔物たちが自分を見る視線が変わってきた
初めの頃は同胞を殺してきた大罪人という視線しか無かったが、バッタ対策の話を聞いて多少はソフィアに寛容になった者も居れば、魔王に屈服させられている勇者の構図を眺めるのも悪くはないという者も出てきた
無論、そういった間にもソフィアは魔王暗殺を実行してきた。視察の時、城内を歩いている時、食事の時、会議の時。風呂は嫌いなのか、入っていないらしい
様々な方法や時間でソフィアは魔王殺しを決行してきた
だが、それらは悉く打ち負かされ、最初は魔物や魔族たちも騒然としていたが、いつの間にか日常の一部とさえなってきており、バエルの側にソフィアがいるのが当たり前という認識が出来始めていた
そんな日々が幾度も続き、三ヵ月の時が過ぎ、魔界の夏を迎えようとしていた
§
「これで、本日の会議を終了とする」
アスタロトの一言で、その場に居た者たちの緊張が解け、声が漏れ始める
魔王の居城、シャイターンの三階。そこにある会議室にて、主要な魔族たちが集まっての定例会議が行われていた
バエルの直属の部下である魔族たちはそれぞれの得意分野で与えられた勅命をこなし、こうして報告を定期的に行っているのだ。アスタロトが議長となり、方々から寄せられた意見や報告を纏めてバエルに報告している
皆が退席し始める中、一人の魔族がアスタロトに話しかけてきた。アスタロトより二回りほどもある巨躯のせいで、アスタロトは彼を見上げるしかない
「どうした、アモン」
「いやぁ、報告の際に堂々と言うのも迷っていたことがあってよぉ」
「言ってみろ」
アモンと呼ばれた魔族は両腕を組み、言い難い内容なのか眉間に皺を寄せて、アスタロトに耳打ちする
アモンは魔界でも屈指の実力を誇り、単純な力だけならば右に出る者はそうは居ない
しかし、脳も筋肉で出来ているという訳ではなく、統治や内政に関しても学はあるため、バエルより一地域の監視役として重大な任を仰せつかっている
そんなアモンが不安げな表情をしている。アスタロトは彼のことを案じながら、彼の話を耳にする
「俺の管轄内で勇者に反感を持つ奴らが多くてなぁ。勇者抹殺の空気があるって話が耳に入った」
「何?」
アモンの言葉にアスタロトは思考を巡らせる
アモンの管轄する地域は火山地帯。あそこに棲む魔物たちは血気盛んな者が多く、プライドが高い。同胞を殺してきた勇者がのうのうと生きていることが気に食わないのだろう
本来ならば、そういった事案は内々に処理するのが通常だが、アスタロトもまた、勇者反対派の一人である
魔王様の目標である魔界の安寧
そのための障害になっているのが勇者であると魔王様は気づいておられるのであろうか
奴が生きている限り、魔界は新たな混乱を生むのだ
アスタロトが深く考えていると、何かを思いついたのか笑みを浮かべ、アモンへ返答する
「分かった。私に考えがある」
§
「まあ、理由は分かった。だが、何故こんなところでする必要がある」
「すまん、魔界での正式な決闘はこの地にて行うことと決めてあるのだ」
ソフィアは溜め息を深く吐き、眼前に広がる光景をもう一度目の当たりにする
自分を取り囲む沸き立つ観客。対峙する多くの魔物。鎧も兜も無い己の身体。手渡されたのは刃引きされた剣
全て、仕組まれたことなのだろう。ソフィアはアスタロトが嫌味ったらしい笑顔を浮かべているのが目に見えた
ある日、突如としてバエルから呼び出しを受け、何かと思えば自分に反感を持っている者が多いので、区切りをつけるために決闘を行うというのだ
どちらかが倒れるまで行われるデスマッチ。その勝敗でソフィアの存在を不問にするかを決めるというのだ
その時点ですでに決闘の準備は完了しており、有無を言わさずに闘技場まで連れてこられた
円形で出来た巨大な建造物。鉄柵に覆われ、逃げ場のない狭い戦場。それを見下ろし囲むように作られた観客席
ソフィアは首を鳴らし、バエルの方を振り向く
「殺しはダメなんだろ?」
「契約書にある禁忌は殺害だけだ」
「分かった」
「任せた」
そう言い終えると、バエルは宙に浮き、特別に作られているバエル専用の観覧席へ辿り着く
そして、大仰に手を挙げ、観客たちに向けて声を張り上げた
「皆の者! 先日より、我が手中に落ちた勇者、ソフィア=イオシテオスである! 彼女の存在を忌み嫌う者、我らが同胞を葬った罪、大いに理解出来よう! なれば、我らの流儀で決着をつけようではないか!」
バエルの言葉に観客たちは更に沸き立ち、戦場に立つ魔物たちも意気揚々と雄叫びを上げる
その光景を見て、ソフィアは不満げな表情で剣を肩に乗せる
観客席の中には、アモンたち魔族も座っており、アモンは顔を覆いながら落ち込んでいた
「ああぁ、俺のせいでこんなことに・・・・・・。魔王様絶対怒ってるよ・・・・・・」
「アモンはよくやってると思うよ」
「そうですよぉ。火山地帯の子たちを抑え込む方が変な反発買いそうですしぃ」
「だってよぉ、あの戦場にいる奴ら全員が種族でも長を務めてる奴らだからさぁ」
「あぁ~それは難しいですねぇ」
「だよなぁ・・・・・・」
「アスタロト様ったら意地悪なこと考えるんだから。今日は別のお仕事があるからいないけど」
「直接見に来ない辺りがいやらしいね」
巨体を縮ませて落ち込むアモンをモラクスやシトリーが慰めていると、決闘の開始の合図である鐘の音が鳴らされた
その音を聞き、戦場の魔物たちは一斉にソフィア目掛けて駈け始めた
「死ねっ!」
「仲間の仇!」
ソフィアは自身に突撃してくる魔物を見つめながら、ゆっくりと剣を肩からおろす
「サイクロプスが二体にフレイムイーターが三体、面倒なのはマグマドラゴンぐらいか」
サイクロプス。およそ大人五人ほどの大きさもある巨体の一つ目の魔物
攻撃方法はオークとほぼ変わらず、殴る。踏みつけるしかしない蛮族だ
フレイムイーター。文字通り火を喰らって生きている大蛇の姿をした魔物
蛇特有の軟体を活かした攻撃と火の息は色々と厄介だ
マグマドラゴン。火山に棲む巨大なトカゲの姿の魔物
強靭な顎と体温を変化させられる皮膚が武器。飛ぶことは出来ないが、最大の体温はマグマに匹敵する熱さ。要注意すべきだ
夏場の暑い時期に暑苦しい輩がわんさかやってきたことにソフィアは内心、溜め息を吐くと脚に力を込め、巨木をそのまま切り取っただけのサイクロプスの棍棒による攻撃を跳んで避けて見せた
まるで投げ飛ばされたかのように宙を舞うソフィアに観客は思わず声を上げる
ソフィアは身を捻りながら、サイクロプスの肩に乗り、勢いよく鉄剣を振り、延髄斬りをした
無論、刃引きされているため切り傷はつかないが、強烈な一打を後頭部に直撃したサイクロプスの一人はたったの一撃で地に膝をつき、倒れてしまった
「てめえぇっ!」
残ったサイクロプスが巨大な手でソフィアを掴もうとするが、ソフィアはネズミのように素早い動きで避け、フレイムイーターの一匹の前に出る
ソフィアに気づいたフレイムイーターはソフィアを飲み込んでしまおうと口を開けて、彼女に襲い掛かる
だが、ソフィアはフレイムイーターの鼻っ柱まで跳び、大きく開けた上顎を奇麗に踏み台にして、奥にいる残りのフレイムイーター二匹へと飛んでいく
宙にいるソフィアに好機と見た二匹は、口から炎を吐いて、ソフィアを丸焼きにする算段で来た。狙い通り、ソフィアは炎の波に飲み込まれた
「ソフィアちゃん!」
それを見たシトリーは思わず声を上げる
しかし、炎の波が巻き取られるように空中で分散し、ソフィアは再び姿を現した
彼女の周りにはフレイムイーターが吐いた炎がソフィアと同じくらいの大きさの玉になって浮いている。風魔法『荒如嵐』(トルネード)を発動させていた。強風に煽られ、炎は風で作られた渦に吸い込まれたということだ
その光景を見て、バエルは感嘆の声を上げる
「ほう! ソフィアめ、私のやり方を真似たな」
バエルは以前、パズズ対策でソフィアの前で披露した『荒如嵐』のことを思い出していた
あの時は、バエルが掌で『荒如嵐』を発動し、アスタロトが火を加えていた
今回はフレイムイーターの炎を利用して、ソフィアが再現したという訳だ
「何っ!」
驚くフレイムイーターを他所にソフィアは『荒如嵐』で出来た炎の玉を残っているサイクロプスに向けて発射した
突然の反撃にサイクロプスは回避できず、そのまま頭部に直撃してしまった
「ぐあああっ!」
そのまま地に倒れ行くサイクロプスには目もくれず、ソフィアは空中で縦に回転し、炎を吐いたフレイムイーターの一匹の頭部を鉄剣の腹で叩きつけた
脳天にきつい一撃を喰らったフレイムイーターは脳震盪を起こしたのか、炎ではなく、泡を吹いて倒れてしまう
残る二匹も着地した瞬間に懐に潜り込み、切っ先で喉元を突き、動きを止めた隙に下顎目掛けて鉄剣で叩きつけて倒した
残ったのは、マグマドラゴン一匹のみ。あまりにも早く、流れるような攻撃に観客たちも呆気に取られる
そんな中、笑っているのは、バエルただ一人であった
良い。良いぞ、ソフィア
流石だ。流石は歴代勇者で我が前に唯一現れた者
魔界の猛者と言えど、私と同格のソフィアを前にしては赤子同然か
まあ、この程度でソフィアがやられる筈はないと思ってはいるが
バエルは観覧席の手すりに頬杖を突き、残り僅かであろう決闘の行く末を見守る
共に結託した仲間たちを倒され、マグマドラゴンは怒りで口からマグマを垂らしながら、ソフィアへ怒号を飛ばす
「貴様ぁっ! よくも俺の同胞を!」
「先に仕掛けてきたのは貴様らだ。これも、何もかもな」
ソフィアは冷静に返しながら、鉄剣の柄を回し、手に馴染ませる
そうだ。奴らが怒る理由は私にある
だが、事の発端は貴様ら魔物がエレメンタリアに攻め込み、人間を襲い始めたからだ
殺さなければ、殺される。当たり前の反応。当然のことをしたまで
この憎しみの連鎖を断ち切るには、どちらかが潰えなければならない
人類の象徴たる私か、魔界の象徴たる奴。どちらかが―――――
思考を張り巡らせていたソフィアはマグマドラゴンの噛み付きを無意識の内に受け流し、口から漏れ出すマグマさえも川に流れる木の葉のように躱していき、マグマドラゴンの脚部へ鉄剣を叩きつける
しかし、怒れるマグマドラゴンの肌は近づくだけでも火傷する程の温度だ。鉄剣では逆に鉄剣の方が熱され、溶けかけてしまう
ソフィアはすぐに距離を取り、刀身の半分が氷のように溶けてしまった鉄剣を捨てる
興奮冷めやらぬマグマドラゴンは自身の後方に下がったソフィアの方へ振り返り、再度突撃を敢行した
「俺には生半可な攻撃は通用せんぞ!」
素手になったソフィアは、小さく呟き始める
「粒よ集え。一筋の恵みとなれ。恵みよ集え。その身を激流へ変え、彼の者を飲み込まん!」
詠唱を唱え終えたソフィアの手から、大量の水が吹き出した。水魔法『轟如砲』(ハイドロ)である
その魔法でマグマドラゴンを攻撃するのかと思いきや、ソフィアはまるで噴水のように天へと水流を発動させた
天へ放たれた水流は重力に従い、大量の水滴となって地面へと落下していく。その範囲は戦場だけでなく観客席にまで広がっていた
「うわっ、つめたーい」
「勇者の奴、何をしてるんだ」
皆が困惑する中、バエルだけは静かに戦況を見守る
マグマドラゴンはソフィアの謎の行動にも躊躇せず、突撃を止めない。水滴が高温の肌に落ち、水蒸気へと化していく
自分の体温のせいで視界が悪くなっていくマグマドラゴンの突撃は、ソフィアに当たることは無かった。壁際に到達し、マグマドラゴンは自身の周りに発生する水蒸気を振り払う
しかし、水滴が降り続ける限り、彼の周りの水蒸気は無くならない
「ちくしょう!」
仕方なしにマグマドラゴンは自身の体温を調節し、水蒸気が発生しない温度まで下げる
そして、視界が晴れたその先に、突如として高速で接近する物体が見えた
突然の飛び道具にマグマドラゴンは避けきれず、顔面から物体を喰らってしまう
飛び散る木片。マグマドラゴンにぶつかったのは、サイクロプスが持っていた棍棒であった
「ま、だだぁ!」
マグマドラゴンが痛みを堪えながら、吼える
だが、彼の眼前に待っていたのは二つ目の棍棒を『荒如嵐』で浮き上がらせているソフィアの姿であった
「では、これもだ」
至近距離から嵐の速さで放たれた棍棒は再びマグマドラゴンの顔面を直撃し、とうとうマグマドラゴンは力尽き、地面へ巨体を倒した
地響きが鳴り、皆が静まり返る中、バエルは観覧席から立ち上がった
「決闘の結果は見ての通りだ! 勝者、ソフィア=イオシテオス!」
その言葉にシトリーたち魔族の一部は拍手でソフィアを送る
ソフィアは観客に背を向け、その場を後にした
彼女の表情に、明るさはない
§
控室で一人、休憩していたソフィア。すると、扉をノックする音が聞こえた
許可を出すと、入ってきたのはバエルであった
「今日はすまなかったな」
「別に。いずれ起こることだとは思っていたさ」
ソフィアは井戸から汲まれた水が入ったカップを口にする。魔界の湧き水だが、味はエレメンタリアのものと大差ない
水を飲んでいると、バエルは控え室にある椅子にどっかりと座り、息を吐いた
「殺さないように戦うのは、難しかったか」
「まあな。今までは殺すだけだったからな」
「最後の『轟如砲』。あれをドラゴンに直撃させなかったのも、そのためか」
「ああ。恐らく、あのまま直撃させていたら、水蒸気爆発を起こしてあの場に居た誰かが死んでいたかもしれん。そうすれば、契約違反だ」
「わざと直撃ではなく雨を降らせて、弱い水蒸気を起こさせることでドラゴンの体温を下げる策略。見事であったな。そうすれば湿った肌に棍棒は通用する」
「ふん」
ソフィアも一息つき、少しの間静寂が訪れる。と、外の方が何やら騒がしかった
「何だ?」
「恐らくは救護班だろう。奴らの巨体を運び出して治療するには、骨が折れるからな」
「治癒魔法は使わないのか?」
ソフィアの言葉にバエルは肩で笑いながら、首を横に振る
「知らんようだな。治癒魔法は神の加護を得た者のみが扱える、云わば光の魔法。我らのような存在には効かぬし、扱えぬよ。自己治癒か薬を塗るしかない」
「そう、なのか」
思い返してみれば、確かに旅の中でも治癒魔法を扱えていたのは自分と修道士であったサーリャだけだった。疑問に思ったことは無かったが、バエルの話を聞けば納得がいく
「さあ、帰るぞ」
「そうだな。とっとと帰ろう」
話を終えると、バエルとソフィアは共に闘技場を後にしようと歩き始めた
肩を並べて歩く二人の姿に廊下ですれ違う魔物たちは、気圧され、自然と道を開けたり、迂回してしまっている
ふと、ソフィアはバエルに聞こえる程度の小さな声で呟いた
「いつまで、続ける気だ」
「む? この決闘か? そうだな、確かに今後もいくつかこういったことは起こるだろう。その場合はその都度、お前にも出張ってもらうしかあるまい。いずれは皆がお前の存在を―――――」
「違う」
バエルの茶化した態度にソフィアは苛立ちながら、凛とした声で制した
その気配にバエルも雰囲気を一変させる
真面目に聞いてくれる体勢になったとソフィアは感じ、改めてバエルに話しかける
「ここに来て、すでに季節が一つ終わろうとしてしまっている。貴様は私に魔界の様々なものを見せ、真摯に説明してくれている。私は貴様を殺そうとしているというのに、だ。貴様の真意が分からん。故に、直接聞きたい。貴様は私を、どうしたいのだ」
真剣な眼差しでソフィアはバエルを見つめる
互いに歩みを止め、バエルは少し黙った後、ソフィアの頬を巨大な手で撫でた
「ソフィア、お前の瞳は澄んでいるな」
「なんだ。急に。話を逸らすな」
「その瞳、人間に同じ色を持つ者はいたか?」
「・・・・・・私が知る限り、見たことは無い」
急に話題を変えられ、ソフィアは内心怒っていたが、律儀に応える
ソフィアの瞳の色は世にも珍しい銀色の瞳であった。瞳の中に光の粒が広がっているので、ビッツやリーコたちにもよく弄られた
しかし、それと私の質問に何の関係があるのか
ソフィアが不満に思っていると、それを見抜いたのか、バエルは続けて言葉を紡ぐ
「以前、私と食事をした時。私の顔を見せただろう」
「ああ」
「私の瞳は、何色だった」
「それ、は・・・・・・」
およそ三か月も前の記憶だが、あの衝撃的な顔は決して忘れはしない
蠅に似た姿をした彼の目は人間に似た物と蠅に似た物の二種類があった。彼が恐らく言っているのは、前者
そして、彼の瞳の色は、確か人間の白目に当たる部分が黒く、瞳は―――――
「銀、色・・・・・・」
「そうだ」
「何が、言いたい」
自分から話を始めた手前、引き下がれないソフィアは言葉を何とか吐き出した
対するバエルは変わらぬ態度で話し続ける
「お前は神に選ばれし御子。その身体は鍛えも、速さも、魔力も、人間のあらゆるものを超越している」
バエルはソフィアの前に出て、彼女と同じ目線までしゃがみ込んだ
「私も、魔物、魔族を治める者として、全ての者より一線を画していると自負している」
「だ、だか、ら何が―――――」
喉が渇いてきた。指先が震えてきた
聞きたくない筈なのに、聞かなければならないような気がする
今すぐに耳を塞いでしまいたい。逃げ出してしまいたい
だけど、その兜の奥に潜む、私と同じ色の瞳が、逃がしてくれない
「私と、お前は、似ている。そんな気がしてな。だから興味を持ったし、殺しもしなかった」
「似ている、だと・・・・・・。有り得ん、ふざけたことを言うな!」
自身の頬を撫で続けるバエルの手を振り払い、ソフィアは否定する
勇者と魔王が似ている
そんなこと、あってはならない。ならないのだ
人類を救うべく、神から選ばれた私と
人類を駆逐してきた魔界の王が
似ているだなんて―――――
興奮するソフィアにバエルは冷静に言葉を返す
「お前は感じたことが無いのか。自分が人間と、差がありすぎることを」
「黙れっ!」
ソフィアは素手でバエルに飛び掛かり、彼の首に跨る形になった
バエルは抵抗もせず、ソフィアの勢いに押され、廊下へと背中から倒れ込む
「黙れ黙れ黙れ! 私は、神から選ばれ、人類を守るために生まれてきた勇者だ! 貴様なんぞと一緒にするな!」
「お前は人間とは違う。だから、私はお前に惹かれ、お前をこうして生き永らえさせた。お前は、人間とは、違うのだ」
「うるさいっ! 喋るなぁ!」
ソフィアは兜と鎧の隙間にあるバエルの喉元に両手を当て、そのまま押しつぶしていく
堅く強靭な肉体のバエルにそれが通用しているのか分からない。魔法を使えばよい筈なのだが、彼女の中で、頭よりも先に手が出てしまっていた
ソフィアは何か一矢報いたかった。抵抗したかったのだ
彼の言葉を、否定できる記憶が、彼女には無いから
少し苦しいのか、バエルは息を重く吐き、口を開く
「お前を見続け、考えていた。お前の存在は私にとって尊く、輝くものだ。やはり、あの腐った場所で、お前は生きるべきではない・・・・・・。あそこに居ては、お前はただの道具に成り下がる!」
「黙れぇえぇええええぇ!」
ソフィアは更に力を込めて、バエルの喉を押し付けていく
だが、ソフィアの大声を聞き、何事かと聞きつけた魔物たちが駆け付け、彼女を強引にバエルから引き剝がす
「魔王様! 御無事ですか!」
「くそ、離せ!」
「・・・・・・お前たち、ソフィアの暗殺に手出しは無用と言った筈だぞ」
「も、申し訳ありません。ですが、我ら魔王様があのようにされていて見て見ぬ振り出来ぬほど愚かではありませぬ!」
まるで駄々っ子のように暴れるソフィアを複数人の魔物でようやく押さえつけ、バエルは立ち上がる
興奮しきり、肩で息をしているソフィアは頭と手足を押さえつけられたまま、視線だけをバエルに送る。その銀の瞳は、怒りの炎で歪んでいた
その視線にバエルは冷静に言葉を返す
「ソフィア、お前は人類が自分で守るに値するものだと言うか」
「当たり前だ!」
「・・・・・・私は、お前のことは気に入っているが、人類は嫌いだ。反吐が出るくらいに」
「貴様ぁっ!」
「長く奴らを見てきたからわかる。人類とは、争いが無ければ生きていけぬ愚かな種族だ。そして、長きを見ずに目先の欲に囚われる者ばかり。それでも、お前は奴らを守るのか」
「言わせておけばああっ!」
ソフィアは自身を押さえつけていた魔物たちを強引に振り払い、バエルへと再び飛び掛かった
その姿にバエルは目を伏せ、人差し指をソフィアに向けた
「『沈如碇』(ダウン)」
「があっ!?」
宙を浮いていたソフィアに対し、バエルは指定した周囲に重力を掛ける魔法『沈如碇』を発動させた。当然、ソフィアは強制的に地に伏せる形になる
だが、ソフィアは何とか立ち上がろうと力を込める
「き、さ、まあぁぁ!」
「『浮如羽』(ライド)」
バエルは間髪入れず、指定した場所を浮かせる浮遊魔法『浮如羽』を使い、ソフィアを天井に張り付かせた
堅く巨大な岩で作られた天井に頭をぶつけるソフィアであったが、まだ意識はあった。ソフィアはバエルを睨みつける
「『沈如碇』」
「ぐうっ!」
「『浮如羽』」
「はあっ!」
「『沈如碇』」
何度も『沈如碇』と『浮如羽』を発動し、ソフィアは鞠の如く天井と廊下を何度も高速で叩きつけられている
その光景に思わず周囲の魔物たちも引いてしまっている
およそ三十回、天井と廊下を行き来したソフィアは、ようやく息も絶え絶えになり、立ち上がることが出来ずにいた。すでに天井と廊下はめり込み、ヒビが入ってしまっている
「そのまま拘束してシャイターンにまで送り届けろ。彼女は私の顔を見たくないようだからな」
「は、はいっ」
「それとここの修繕も頼むぞ。崩落してしまう」
「か、かしこまりました」
バエルに気圧されながらも、魔物たちはバエルに忠を尽くし、ソフィアを担ぐ
意識が朦朧とする中、ソフィアはバエルの姿を目に映していた
「ソフィアよ。私の予測が正しければ、もうすぐ見られるぞ。人間の本性がな」
その声を最後に、ソフィアは視界が狭く、閉じられていくのを感じ、意識を失った
§
エレメンタリア。四国の内、東に位置するアステ国。その最南端、ツェセ国との国境にもなっているソード山脈。名前の由来にもなっている剣のように鋭く高い山々が連なっている
大自然の厳しさもあり、付近では開拓もあまり進んでいない。そのソード山脈の麓。広大な森の一角で、巨大な爆発音が轟いた
周囲にいた鳥や獣たちは何事かと飛び去っていく。爆心地の中心に立っていたのは、黒いとんがり帽子をトレードマークとしているソフィアの仲間、リーコであった
アステ国王との会談の後、魔王からソフィアを取り戻すためにリーコたちを始めとする仲間たちは鍛錬に励むこととしていたのだ
ソフィアが捕まってから早三か月。リーコは魔法使いとして、かつての師である大魔導士クルージオの下で修業をしていた
先程の爆発はリーコの魔法によるものである。額に浮いた汗を拭い、リーコは自身の後方で岩に座っている老人を見る
老人は長く蓄えた髭を擦りながら、リーコの方をちらりと見る
「ダメダメのダメ。こんな程度でへばっていたら、魔王には勝てんだろうて」
「え、えぇ・・・・・・」
老人は立ち上がり、手にしていた大きな杖をリーコの尻にぶつける
「腰が入っとらんし、詠唱ももう少し早くできる。魔力を練れば練るほど詠唱は緩和できる。高威力魔法ほど、詠唱は長くなるのだからな」
「分かってるよ、そんな初歩的なこと」
「だったら、もっと早くせんかい。最低でも中級魔法を詠唱無しで発動できるくらいに鍛えてやらんとな」
「高威力魔法ばかり覚えてても、意味ないんじゃないかな」
「お主がもっと強くなりたいというからわざわざ教えてやっとるんだろうが」
リーコの文句にクルージオは怒り、杖でリーコの頭を小突く
「お前はまだ若い。その若さで勇者殿のパーティーとして認められ、その補佐を務められたのは本当に喜ばしいことだ。だからこそ、そこまで焦る必要はないと思うぞ」
「それじゃダメなんだよ!」
リーコは声を張り上げて、否定する
「それじゃ、ダメなんだよ。ソフィを取り返すには、魔王を倒すしか無くて。だから、奴を倒すためにも私は、もっと強くならなきゃいけないんだ」
クルージオは髭を擦りながら、リーコを見る
リーコは元々、捨て子だった。恐らくは子を育てきれなくなった貧民が山脈の麓に捨てていったのであろう。森の中で迷子になり、泣き叫んでいた彼女をクルージオが見つけ、親代わりとして育て続けてきた
幸運にもリーコには魔法使いの才能があり、クルージオは生きていく術として彼女に魔法を教えてきた
そうして、偶然立ち寄った勇者たちによって、リーコは魔王討伐の仲間として加わったのである
親から捨てられ、人を信用できなくなっていた彼女がここまで救いたいという存在。勇者ソフィアとは力だけでなく、その人格も優れた者であったということか
魔力の衰えで、すでに一線を退いた身のクルージオは自身の代わりにリーコを勇者たちに送り出したが、その判断は間違いではなかったと安堵していた
と、リーコは何かを思い出したのか、はっとした表情でクルージオを見る
「ねえ、爺様。爺様が覚えている魔法でさ―――――」
「ん、ちょい待て」
話し続けようとするリーコを手で制し、クルージオは空を見上げる。リーコも見上げると、空から一羽の鳩がクルージオの腕に舞い降りてきた
「ほっほ。よう帰ってきた。さて、どんなことがあったか教えてもらおうかの」
この鳩はクルージオが飼っている鳩であり、各地を巡っては様々な出来事を目にしてきている。こうした鳩をクルージオは十数羽飼育している
クルージオは動物と会話ができる魔法『吠如獣』(フレンズ)を使い、森の中で俗世と離れて暮らしながら、こうして世界各地の情報を収集しているのだ
その中の一羽が、帰ってきたのだ。クルージオは早速魔法を使って鳩と会話をする
リーコは話を中断され、ふてくされていながらその様子を窺っている
と、クルージオの顔が徐々に変わっていくのが見て取れた。鳩は報告を終え、自分から近くにあるクルージオが住んでいる山小屋へと飛び去って行く
リーコはクルージオの顔から何かを悟り、歩み寄る
「爺様? どうかした?」
「リーコ。魔王のところへ向かう前に大変なことになりそうだぞ・・・・・・」
「どういう、こと?」
「ツェセの領域に、スートの軍隊が進軍したそうだ・・・・・・」
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