第3話 勇者、探索する



 ソフィアはたった一人、何も無い白い空間に立っていた。何故、自分がこんな場所にいるのか、どうやって来たのか。何も分からない。誰も居ないのか。何かないのか。ソフィアは不安に駆られ、辺りを見回す



ふと、遠くに誰かいるのを見つけた。後ろ姿だが、間違いない。ビッツたち、パーティーの皆が歩いていた。安心したソフィアはビッツたちに声を掛けながら、駆け寄ろうとする



「おーい! 皆ー!」



 しかし、皆が気づく様子は無い。声が小さかったか。

ソフィアはもう一度、先程より大きな声で彼らに呼びかける。それでも彼らは振り向く気配は無い

それに、駆け寄っている筈なのに彼らの元へ辿り着けていない

全力で追いかけているのに、近づくどころか逆に遠ざかっていっている。彼らはゆっくりと歩いているだけなのに



「おーい!」



ソフィアは叫ぶ。しかし、彼らは気づかない

ソフィアは駆ける。しかし、彼らは遠ざかる

いくら叫んでも、駆けても、ビッツたちは気づかない。まるで、ソフィアの存在が見えていないように

徐々に遠ざかり、姿が見えなくなっていくビッツたちに手を伸ばしながら、ソフィアは声が擦り切れそうになるまで叫び続けた



「待って! 待って―――――」



それでも、彼らは振り向いてくれはしない



「私を置いていかないでくれ!」



 ソフィアが次に目にした景色は、薄暗い苔の生えた石の天井だった。ソフィアは収まらない動悸とべっとりと掻いた汗を感じ取りながら、先程の光景が夢であったことを理解した

ソフィアは自身がここにいる理由を思い出しながら、掛布団代わりにしていた薄い布を握りしめる



 神からの天啓を受け、勇者となったソフィア=イオシテオスは魔王バエル=ゼブブを討ち果たす為に、仲間と共に最終決戦の地、魔界へと突入する

しかし、そこで最初に待ち受けていたのは魔王自身であった

 ソフィアたちはバエルの実力の前に敗北し、ソファアは仲間を逃がして単身バエルへと特攻。バエルに一太刀を浴びせるも敗北してしまった

だが、己に初めて傷を負わせたソフィアをバエルが気に入り、彼女を我が物とするためにエレメンタリアの国王との間にソフィアの命とエレメンタリア侵攻中止を引き換えに契約を交わした

 皮肉にも平和を望むために平和の象徴である勇者を見捨てる契約に国王たちは署名し、契約は成立

更には、ソフィアとバエルの間にも、ソフィアは生殺与奪の剥奪と魔王城への軟禁、バエルはソフィアから命を狙われるという内容で呪いの契約が交わされた

こうして、勇者ソフィアは魔王バエルの下で生活することになってしまったのだ



 この一連の出来事が昨日の内に全て起きてしまったというのだから信じられない。ソフィアは未だ完全に受け入れられない現実に溜息を吐き、辺りを改めて見回す

昨日は魔王と言い争いをした後、現実から逃れるようにベッドに引きこもり、そのまま深い眠りについてしまっていた。恐らく、魔王との戦いの疲労が一気に来てしまったのだろう

放り込まれた牢屋は非常に簡素で粗末なシーツと固いシングルベッド。脱獄を防ぐためにか他には汲み取り式の便所しかない

本当は、バエルがソフィアのために城を改装して、エレメンタリアの王族が使うほどの絢爛な部屋を用意しようとしていたが、それは勇者としてのプライドがソフィアを許さなかった

ソフィアは辞退し、自ら望んで牢屋での生活を申し出た。バエルも惜しんではいたが、ソフィアの意思を尊重して、牢屋での生活を認めている



 昨日までエレメンタリアの期待を一身に背負った勇者だったが、今では魔王の手に落ちた哀れな女戦士でしかない

自嘲するように己の愚かさを悔やんでいても、仕方のないことだとソフィアは悪夢を振り払うように首を横に振り、床に置いてある鎧一式を装備する

 ドラゴンのブレスすら通さないアウリカルクム製の鎧と盾、毒を受け付けない解毒の腕輪、そして神の加護を受けた聖剣エクスカリバー

ソフィアは両手の指を交互に絡ませて握りしめる形と作り、魔王打倒を天と祈る

別世界である魔界での祈りが神々に届くかどうかは分からない

だが、ソフィアにとって祈りは神への誓いを込めたものではなく、自分自身を鼓舞する形での祈りと言った方が良いだろう

祈りを終えたソフィアは聖剣を腰のベルトに佩き、牢屋を出ようとしたが、扉の前に何やらトレイが置かれていることに気づいた

 そこには赤黒い液体が入っているカップと紫色をしたパンのような物体が二個盛られている。朝食のつもりだろうが、見るからにエレメンタリアで見てきた食べ物の類ではない



「私を虚仮にするか!」



哀れな自身への施しと感じ、怒りが沸き上がったソフィアはトレイを蹴り飛ばす

カップは倒れ、パンのような物体は散乱するがソフィアは目もくれず、そのまま扉を開け、牢屋を出た

 魔王に敗北してからは気絶させられていたソフィアは初めて牢屋外の景色を目に収めていた

周囲に誰もいないか多少警戒しながら、石で出来た階段を上る。駆け上がる中、ソフィアは昨日の言い争いを終えた後にアスタロトが説明していたことを思い出す



「よいか。貴様は魔王様のお気に入りとして、この城に飼われることになった。そのため、牢の扉は自由に開けておく。装備も好きにしろ」

「飼われると言うな」

「契約により、貴様は城内ならば好きなように行動が出来る。注意しておくが、今日から退避していた衛兵らが城に戻ってきている。奇異の目で見られることは覚悟しておけ。

しかし、我々は魔王様の御触れにより、貴様へ危害を加えることも禁止されておるし、貴様が魔王様の命を狙おうとしているところを止めることも出来ん。だが、決して粗相のないようにするのだな。その命を魔王様のために捧げるためにもな」



「誰が好き好んで魔王に命を捧げるか」



ソフィアは呟きながら、地上への入口に顔を覗かせた

 出てきた場所は巨大な広間になっており、華美に彩られたシャンデリアと赤絨毯が堂々と敷かれた中央に対し、脇は簡素に灰色の石柱が天井と床を支えていた

 アステの王宮で見た城内の煌びやかさに驚かされたが、ここは変にそういった印象を受けなかった。恐らく、柱や壁に使われている石材が全て灰色なせいであろう

アステの王宮は全て白を基調とした石材を使用しており、その影響で城全体の内装の豪華さに拍車が掛かっていたのであろう

魔王の城、シャイターンではそういった印象を受けることは無く、灰色や黒色を基調としているせいで暗い印象すら受けてしまう。こういった色を好むのも魔界の傾向なのだろう

通路に目をやると、警備なのか二体のオークが暇そうな表情で通路をうろついている

 オークは垂れた耳に豚のような鼻や牙を持つ魔物で体格も人間で言えば肥満に該当するほどの太めの者が多い

彼らの戦い方は主に武器を大きく振り回すだけだ。知識は乏しいが、棍棒の一振りで木をなぎ倒すほどの腕力には注意が必要だ

 特段、見つかったとしても誰も自分を咎められる者はいやしないが、それでも堂々と魔王が支配する城をうろつくのもそれはそれで勇者としてあるまじき姿だ。ソフィアの考えではそういう結論に至っている

ソフィアはオークの目を盗みつつ、石柱を壁にしながら移動をする。オークたちは警備を怠っているせいか、ソフィアの存在に気づいていない

慎重にオークの動向を窺っていたソフィアであったが、前日の疲れも溜まっていたのか、不慣れな魔王城で察知できなかったのか。背後から迫る気配にソフィアが気づいた時には、すでに遅かった



「ウフフー! えいっ!」

「な、うわああああ!?」



ソフィアが迎撃体勢を取ろうと振り返った瞬間、顔に柔らかい何かがぶつけられた

新種のスライムかとソフィアは暴れるもその重さに耐えきれず、そのまま倒れ込んでしまう

押しつぶされるように伸し掛かってきた人物にソフィアは必死でもがいて、払いのける

襲い掛かってきた人物はソフィアの抵抗など意に介さずように空中で回転し、そのまま着地した

 見た目と大きさは人間とほぼ変わらないが、豹のような毛並が下着のように恥部を隠しただけの扇情的な姿、背中に猛禽類に似た翼を携え、耳が猫のような物になっているではないか

一目見ただけで、彼女が魔物の類、とりわけ先日魔王の言っていた他に個がいない唯一の魔物という魔族であることがソフィアには理解できた

そして人間、否、ソフィアと最も異なっているところは、豊満に育っている巨大な二つの胸部であった

魔族は悪戯に成功した子供のように笑みを浮かべながら、ソフィアを見つめる



「こんなところにいたのね~」

「だ、誰だ貴様!?」

「あらやだ。アスタロト様ったら伝えてなかったのかしらぁ」



魔族は呆れたような溜息を吐く。騒ぎを聞きつけて、警備をしていたオークたちも集まってくると、魔族の姿を見たオークは即座に姿勢を正し、敬礼をした



「シトリー様、お疲れ様ですだ!」

「本日も麗しゅうお姿でございますだ!」

「あら、ありがと。アンタたち、あっち行ってなさい。警備を怠っていると、魔王様がお怒りになられるわよ」

「へ、へいっ!」

「以後、気を付けますだっ!」



魔族が払うように手を動かすとオークたちは訛りのある言葉を言い、敬礼をした後に退散していった

ソフィアが呆然とその光景を見ていると、魔物は隙を見せたソフィアにまたもや抱きついた

高身長の魔物が抱きつくと、人類の中でも比較的低身長に分類されるソフィアは必然的に顔に魔物のたわわに実った双丘がぶつかってしまう。先程の新種のスライムの正体はこれであった



「やっぱりソフィアちゃん可愛らしい~」

「ぬ、ぬぐ・・・・・・ええい! 貴様、名を名乗れ!」

「あら、自己紹介がまだだったわね」



魔物は一旦ソフィアから離れ、行儀よく頭を下げる



「わたくしの名はシトリー。魔界軍師アスタロト様のしもべにございます。本日はアスタロト様の命により、勇者ソフィア=イオシテオスに城内を案内せよとのことで参上致しました。何卒、よろしくお願い申し上げます」

「え、ああ。よ、よろしく・・・・・・」



急に態度が一変したので、ソフィアも調子が狂ってしまう



 あの陰険そうな眼鏡とは違うな。フレンドリーな性格だが、少しばかりそれが極端に現れ過ぎている

 だが、締めるべき場所ではしかと締めている。恐らく、彼女の本心は強かな物なのだろう



だが、ソフィアがそう思ったのも束の間、シトリーはすぐに先程の調子に戻り、にこやかな表情を浮かべると猫撫で声で話し出した



「じゃ~あ、さっさとお城案内しちゃうわね~」

「ちょ、ちょっと!」



シトリーはソフィアの手を取ると、強引に城の案内を始めるのであった

 魔物とはこうも自分勝手な連中ばかりなのか

対峙した際には叩き斬ることしか頭になかったソフィアは、改めて魔王を含めた魔界連中の突飛な性格に自分の精神が削れるのを感じていた




                      §




 一階は大広間の他には脇に部屋が六つほど設けられており、一つの扉の前に辿り着いたシトリーは丁寧に説明を始める



「ここが、兵の待機部屋よぉ。ここで自分の装備に着替えたり、出陣までを待機したりするのよぉ」

「装備? 貴様ら、まともな装備をしていた記憶など無いぞ」



ソフィアは今まで対峙してきた魔物たちの姿を思い返す

それでも、奴らの中にまともな武装をしているのはエレメンタリアで幅を利かせていた『四天王』と名乗る魔族ぐらいしか記憶の中にはいなかった。他の魔物はその身一つで戦っている印象しかない

ソフィアの言葉にシトリーは自身の唇に人差し指を当て、不敵な笑みを浮かべる



「そうねぇ。あなたたちが戦っていたのは、所謂尖兵だからねぇ。あまりそういう教育を受けていないのよぉ」

「教育だと?」

「ま、取りあえず中を見てみなさいって。あ、注意しておくけど汗臭いから鼻は塞いだ方がいいわよぉ」



そう言いながら、シトリーは自分の鼻を摘まみながら扉に手を掛け、開けた

途端、形容しがたい強烈な臭いがソフィアの鼻腔を襲った。油断していたソフィアは涙目になりながらも即座に鼻を摘まみ、中に入る

中は大広間以上に広く、丁寧に整列されたベンチや個々に用意されている装具入れなどが置かれていた



「あ、これ使ってぇ」

「んぐ」



シトリーから洗濯物を干す際に使用される留め物を渡され、鼻に装着する。多少はマシになったが、それでも隙間から臭いが否応なしに入り込んでくる

ソフィアは一つの装具入れを試しに開けてみると、立ち込めていた臭いが一気に開放され、ソフィアに襲い掛かる。魔界の奴らは新たな兵器を作り出したのかと勘違いしてしまう程だ

我慢しながらソフィアが中を調べると、前後で装着する形の鎧、兜、更には盾に剣が置かれていた

防具の方は鈍い銀色をしているが、鉄を使用しているのだろうか。それにしては、思っている以上に軽い。全く別の素材を使用しているのか



「装備は主に鉄を使用してるわぁ」



ソフィアが不思議そうに装備を一つ一つチェックしていると、シトリーが解説を入れてくれた。だが、ソフィアはシトリーの言葉に疑問をぶつける



「鉄だと? 鉄だけでこれほどの軽さを生み出せるのか?」

「ちゃんと話を聞いてぇ。主にって言ったでしょぉ? 鉄の他にも色々な素材を使用して、出来た鋼を鍛えてぇ、伸ばしてぇを繰り返して作り上げた逸品なのよぉん」

「貴様らにそれほどの鍛冶技術が?」

「信じるかどうかはソフィアちゃん次第だけどねぇ。勿論、素材とかは秘密ってことで、私もよくは知らないわぁ。こういうのは皮膚が柔らかい種族の子たちが装備するようにしてるわぁ。だってぇ、ゴーレムみたいなガチガチの子たちが着ても無意味だものねぇ」



ソフィアは魔界軍の技術力に感嘆してしまった

 人類軍も武具に関しては魔物の硬い皮膚を貫くために一番気を遣っていた部分だ

しかし、人類で採れる鉱物にも限度はあり、例え魔物を倒せるほどの硬度を持つ鉱物が採掘出来たとしても、それを武具に作れるほどの技術者が需要に対して、圧倒的に不足していた

無論、黄銅や鉄などの鍛冶技術は古くから生業にしている者たちはいた

だが、希少鉱物に関しての技術を扱えるものはそうはいないのだ。勇者が今、装備しているアウリカルクム製の鎧も世界の技術者の髄を集めた結果によって作られたものだ

 アウリカルクムはエレメンタリアに存在する中で至高の鉱物だ。これにより作られた物はダイヤモンドより硬く、ボーキサイトより軽い。それを加工し、鎧に作り替える技術を扱える人物はそういない

だが、魔界では勇者の知らぬ技術で新たな装備が作られていたというのだ

鉱物を組み合わせる。それはつまり、鉱物を溶かし、冷やし、打ち、再び冷やして新たな金属へと変化させるということだ。そこまでの技術が魔界に存在していたというのか



「じゃ、次行くわよ~」

「あ、ああ」



ソフィアは困惑したまま、次の部屋への案内をしようとするシトリーに手を引っ張られていった

 一階は待機室のほかに、会議室、仮眠室、大浴場など様々な施設が設けられていた

その中でも、特に目を引いたのが、異様に多くの机や椅子が整然と置かれた広い部屋であった。一番奥には演説でもするかのように高台と巨大な板が立てかけてある



「ここは教育室よぉ。ここで段階的に教育をして、最終的に種族間の隔たりなくコミュニケーションが取れるようにするのぉ」

「教育だと?」

「そぉ。文字の読み書きから始めて、戦術、陣形への理解を深めてもらうのぉ。時には数式も教えるわぁ。自分が何番隊の何番だっていうのも必要だしぃ」

「・・・・・・魔物は知能が高い者は少なそうだが」

「ん~。実際そうよぉ。魔王様もそこは手を焼いていたわ。だから、上位個体である私たち魔族がそういった教育係としてぇ、オークやゴブリンたちに知識を与えているのよぉ。そしてぇ、ここで学んだ子たちが地方に行ってぇ、私たちが行かない小さい村とかで先生として教えてあげるのぉ。画期的よねぇ。ちなみにこの発案はアスタロト様なのぉ。天才的でしょぉ?」



教育。その言葉を聞き、ソフィアは自分自身の出身地を思い出していた

 ソフィアはエレメンタリアの中でも小国の方であるアステの中でも田舎のイニティ村の出だ。イニティ村では教育を学べる場はなく、大人になっても文字が読めない者もいるほどであった

 この問題はエレメンタリア全域に言えることであり、都市と田舎での知識の差が生じ、地域格差の問題が起きていた。無論、国も対策として学校の増加や貧困層への支払い金の値下げなど政策を心がけていた

しかし、それでも田舎の者たちにとっては学校へ通うための距離、年単位で支払う金の不足など十二分に補えるものではなかった

都市に住む者の中にはそういった田舎者を見下す者も少なくなく、田舎の者もまた都市に住む富豪層への恨みつらみを持つ者が大勢いた

金がなければ、知識を得ることすらままならない。現実問題として、教育の不行き届きが浮き彫りになっていたのである

 ソフィアは、幼い頃から勇者として定めづけられた身として、十歳の頃からは村を離れ、単身アステの王宮へ騎士団に連れて行かれ、そこで十二分な常識や知識、武術を植え付けられたのだ

もしかすれば、識字率に関してはエレメンタリアよりも魔界の方が高いかもしれない

魔界の軍隊としての力が如何ほどであるかをソフィアが見せつけられていると、シトリーはつまらなそうな顔を浮かべていた



「ん~、一階はこんなものよね。あまり面白そうなの無いし。質問とかある?」

「・・・・・・これほどの設備を持ちながら、貴様らは何故軍隊で攻めてこなかった。私がエレメンタリアで見た魔物は殆どが個で活動するものばかりで、知能を持った魔物すら少なかった」

「あらぁ。それは魔界でもまだ全体的に統率が取れてないからよぉ」

「統率だと?」



ソフィアの疑問にシトリーは顔に指を当て、迷うような素振りを見せたが、すぐに口を開いた



「言っちゃってもいいか分からないけどぉ、魔界も最初の頃はソフィアちゃんが言った通り好きなように人間界に行く魔物がたくさんいてねぇ、適当に攻め込んでたのよぉ。でもぉ、魔王様はそれを気にして、オークとかゴブリンとか数の多い魔物を集めて軍隊を作り上げようとしてたのよぉ

そのためにこういう教育室とかで共有の知識を付けて、互いを認め合うとかしてぇ、色々と段階を踏んでいったのよぉ。それが広まってきたのが、つい最近のことだから、ソフィアちゃんたちの世界に攻め込むまで軍隊が完成しなかったわけぇ」

「つまり、私が魔界に攻めていなければ、奴は軍隊を完成させて、攻め込んでいたというのか」

「そうなるわねぇ」



 今までエレメンタリアでもオークの類とは戦った事がある

だが、一度の戦闘では多くてもせいぜい五体程度との同時戦闘だった。もし、それが何十体、何百体という数の統率の取れた軍勢であったかと思うと。怖気がする

知能は人間の方が遥かに高いが、それを補うほどにオークには強靭な肉体が、ゴブリンには姑息さがあった。他の魔物たちも人類を凌駕する特技が何かしらあった

エレメンタリアに存在する王国の騎士団も優秀ではあるが、個の強さでは明らかに魔界の方に分がある

 それを考えると、ソフィアは己の単身突撃による行動はやはり正しかったと思っていた

もし、勇者もビッツらと共に撤退していれば、魔王は進軍を開始していただろう。そうすれば、エレメンタリア全土が瞬く間に火の海に包まれていたに違いない



ソフィアが心中で安堵していると、シトリーはウィンクをしながらソフィアに話しかけられ、再び城内の案内の続けるのであった




                 §




 シトリーとソフィアが大広間に戻り、二階への階段を目指そうとしようとしたところ、上から誰かが降りてきた。瞬間、シトリーが床に片膝をつき、頭を垂れた。それを見て、ソフィアは誰がやってきたかを理解した

 悠然と階段を一歩一歩降りてきたのは、巨大な体躯、甲虫のような鎧兜に漆黒のマントを羽織った異形の魔族。魔王バエル=ゼブブであった。傍らには彼の側近であるアスタロトもいる

バエルはソフィアとシトリーを見つけると、軽く手を挙げて挨拶をした



「やあ、おはよう」

「魔王っ!」



即座、ソフィアは聖剣を抜き、その勢いのまま、バエルの顔面目掛けて刃の形をした魔法を放った。バエルは避ける様子もなく、魔法を顔面に直撃させた



「うわぁっ、ちょ、ちょっとソフィアちゃん!?」



目を丸くするシトリーを他所に、ソフィアは常人離れした跳躍力で跳び上がり、魔法を放った余波でバエルの周囲が煙に包まれているまま、両手で持った聖剣を振り下ろす



「死ねっ!」



瞬間、煙の中から巨大な手が出現し、聖剣の刃が両手によって止められた

否、正確には両手の周囲に発生させられた魔力によって聖剣は挟まれ、直接触れない形で止められていたのだ。煙が晴れ、バエルの姿が現れる

その姿は、以前ソフィアが傷つけたもの以外は傷一つない



「うむ。体力は十分回復したようだな。先ほどのは聖剣に込められた魔力を抜き放つことで詠唱無しで即座に発動できる魔法のようだな。しかし、この程度では下級の魔物を倒すには十分やもしれぬが、私の首を獲ることは出来ぬぞ」

「っく!」



 バエルは聖剣を挟み込んだまま両手を振り払い、遠心力がついた瞬間に魔力を解除した

吹き飛ばされる形になったソフィアはそのまま宙を舞ったが、身を捻り、奇麗に床に着地する

体勢を立て直そうとした直後、ソフィアの喉元に鋭い指が突き付けられた

その正体は、アスタロトであった。バエルの窮地に即座に反応し、ソフィアを狙っていたのだ

しかし、ソフィアもその攻撃を察知しており、アスタロトの首元に聖剣の切っ先を突き付けている。互いに睨み合い、硬直した状態だ

 正確にはソフィアはバエルとの契約にて交わされたバエルの許可なしにバエル以外の魔物に対して危害を加えることが強制的に禁じられている

ソフィアは力を込めているが、アスタロトの首元に突き付けられた聖剣は一向に動く気配見えない。魔王の契約書の力が執行されているのだ。まるで見えない壁があるかのように力をいくら込めても動く気配がない

シトリーは目の前の出来事にどうすべきかとあたふたしていると



「よさんかっ!」



バエルの一喝が城内に響いた。それを聞いたアスタロトは突き付けていた手を引き、ソフィアに一睨みを利かせるとバエルの下へと戻り、跪いた



「アスタロト。貴様、私の命を忘れたか」

「申し訳ありません。ですが、挨拶をなされた魔王様への無礼に私の怒りが収め切れず。出過ぎた真似を致しました」

「よい。貴様の忠誠心を改めて見させてもらった」

「寛大な温情、有難き幸せ」

「しかし、二度は無いぞ」



バエルの冷徹な言葉にアスタロトは僅かばかり身を震わせる



魔族の言葉に嘘偽りなし。裏を返せば、その言葉は実直に突き刺さる

同じ過ちを繰り返すことは、決してならない



アスタロトは唾を飲み込み、深く頭を垂れた

バエルはソフィアの攻撃など意に介さない様子で、朗らかな態度で声を掛ける



「ソフィアよ、こんなところで何をしておったのだ?」

「あ、わ、わたくしと共に城内を巡って、いたのです」



奇襲を受けたというのに、いつもと変わらぬバエルの問いかけにシトリーは思わず言葉が途切れ途切れになってしまいながらも説明をした。すると、バエルは更に上機嫌になった様子ではないか



「ほう。それは良い。これから住むのだから、城内に何があるか程度は知っておいてもらわんとな」

「誰が好き好んでここに・・・・・・」

「城内探索もよいが、どうだ? 私はこれから農業の様子を見に外出しようと思っているのだが、お前も来ぬか? 川沿いに試験的に運用していてな」

「農業だと?」



ソフィアはバエルの言葉を聞き、疑問符を浮かべた



 魔界でも、農業を行っているのか?

 教育といい、色々な事を行っているようだな。奴を仕留めるのは、契約通りならばいつでも出来る

 ならばもう少し、魔界の情報を得るとしよう。敵の内情を知るのも立派な戦いの一つだ



そう考えたソフィアは聖剣を納め、バエルの提案を受け入れた



「いいだろう。同行させてもらう」

「おお、そうか! シトリーもどうだ? 少しばかり時間をとるが」

「申し訳ありません。わたくしはアモンらとの会議の予定が被ってしまいますので」

「そうか。ならば、私とアスタロト、ソフィアで行くとするか」



ソフィアはそれを聞き、眉間に皺を寄せて、露骨に嫌そうな表情を浮かべた

 元々魔界の者に対して好意を抱いたことなど一度もないが、その中でもバエルとアスタロトは特別毛嫌いしている

まだ一日しか出会っていないが、第一印象が最悪で、性格的にもソフィアは彼らと相性が非常に悪かった

 シトリーは、どこか親しげな印象もあったので、多少は緩和されていたが、彼女が抜け、最悪の二人と共に行動しなければならないというのを知り、ソフィアは、やはり誘いを断ってしまおうとさえ思っていると、シトリーが口を開く



「ですので、わたくしの代わりにモラクスを同行させても構いませんでしょうか。この時間ならば、予定が空いていると思われます」

「モラクス? ふむ、農業の管理は奴だったな。いいだろう」

「有難うございます。では、後ほどモラクスを送らせます。お先に行ってください」



そう言うと、シトリーは軽くソフィアの方を見ると、片目を瞑った

三人だけになることを嫌がったソフィアの内情を察してくれた彼女なりの気配りなのだろう。彼女は背中に生えている翼を羽ばたかせ、そのまま二階へと飛んでいってしまった

 残されたソフィアはそのまま降りてきたバエル、アスタロトと共にシャイターンの外へと出ることになったのである。

ソフィアは心中でモラクスとかいう魔族が早く来てくれることを不承不承ながらも願ってしまっているのであった






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