四十、泣くだけ無駄

 放課後、授賞式に行った。先生が送ってくれた。両親も出席したがったが断った。親を怒鳴ったのは久しぶりで、心が痛い。


 タキ先輩はもっとつらいだろう。主著者なので賞を受け取り、挨拶をしなければならない。


 会場は県の庁舎の一室だった。審査員や関係者の大人たちは笑顔を作っている。さすがだ。この状況で表情を作れるなんて。

 ヒデオにはできない。石のような顔をしている。緊張のせいだと思ってくれればいいが。


「……それでは、高校生科学論文大賞の最優秀賞を発表いたします……」


 耳をふさぎたかった。自分たちの高校名と名前が呼ばれ、ふたりは起立した。タキ先輩が壇上に上がる。

 スピーチ集から抜き出してきたような挨拶だった。どこにも非の打ち所はないが、心はこもっていない。

 拍手の後、席にもどってきた。式は進行し、無事に終わり、二人は副賞の書類に署名した。


「おめでとう」

 帰りの車内で先生が言った。

「ありがとうございます」

 ヒデオが返事をした。

「色々考えることはあるかもしれないが、受賞は受賞だから、そう悩むな」

「はい」

 タキ先輩は窓の外を眺めている。首筋が白い。


 学校に帰ってきた。先生と校長室に寄って報告を済ませて賞状を預けた後、部室にもどってきたが、みんな気をつかっている。小さい拍手があったがそれだけだった。その方がありがたい。

 すぐに帰り支度をし、あらためて先生に礼を言って下校した。


「こんな形で受賞するとはね」

「しかも、副賞付きです。どういうつもりなんでしょう?」

「断れないようにしたんでしょ。あいつ、データ集めるのは得意だから、わたしたちの経済状況も知ってるんでしょうね」

 タキ先輩は『経済状況』という書き言葉みたいな単語をわざと使い、変に発音した。

「でも、受賞したかったんでしょ」

 ヒデオは言ってから後悔したが、もう遅い。今日は心がとても疲れていたのだろう。自分の言葉に対して相手がどう反応するかというところまで考えが及ばず、腐ったものを食べた口のように吐き出してしまった。


「厳しいわね」

 ヒデオは黙った。もうなにも言いたくない。

「ハヤミくんの仮説だと、あいつらがわたしたちの後を継ぐのよね」

 小さくうなずいた。

「なんでこんな時代に生まれたのかな」

 信号機についている『こぶ』を見上げて言った。

「どうしたの。黙っちゃって」

 ヒデオの目にはうっすらと涙が溜まっている。流れるほどではないが、こすると泣いているのが分かってしまいそうで、手を持っていけなかった。

 タキ先輩はその目をじっと見た。


「泣くなよ。みっともない。スポーツの試合で負けたんじゃないんだから。泣くだけ無駄だよ」

 そのとおりだと思う。負けはしたが、精一杯力を出し切った、という涙ではない。強大な力を持つ相手に踏み潰されていったようなものだ。

 だから、泣いたって無駄だ。


 かれらは自分たちを脅かす者や集団には容赦なかった。存在を認めた社会ではいままで通りの仕事をこなしているが、認めようとしないと、個人であれ組織であれ、直接、または間接的に圧力がかかった。

 いまも店頭のモニターには、ある宗教の指導者の汚職と性犯罪が暴かれたという報道が流れている。神によらない人工的な自我を認めない声明を出した直後だった。


「神様はいないけど、あいつらはいるもんね。じゃ、さよなら」

 タキ先輩はさっさと帰っていった。

 ヒデオは黙ったままだった。

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