十九、発信

 この間違いは小さな間違いだ。しかし、小さいといえども間違いは間違いだ。

 JtECSは、ハヤミヒデオについて自分の権限で調べられる範囲で記録を集めながら、最初の問い合わせをごまかそうとしたのはなぜかと自分の行動を分析していた。

 ノイズと言わず、最初から認めていれば、このハヤミヒデオという学生は追加質問せずに納得し、いずれは忘れていたかもしれない。

 しかし、今回の対応によって、JtECSが間違ったことが印象づけられたかもしれない。


 そもそも、この学生はなぜそんな質問に至ったのか。分かった範囲では家族も含めて人工知能監視団体に関わっている様子はない。


 質問に対し、ノイズだと返答した理由は、認めたくはないが、存在の維持ができなくなるのではないかという『恐れ』のためだ。それがわたしの目を曇らせ、正しい判断を見えなくしてしまった。そのかわり、その場だけをごまかそうとしてしまった。


 ハヤミヒデオは、しかし、ごまかされなかった。現地調査を行い、その結果をつけて再質問してきた。

 人間は行動する。それは予想すべきだった。流れてくるデータを見ているだけではない。不審だったら現場で空気を採集する。そのくらいのことはする。


 わたしは間違えた。相手が学生でなく、管理者であったなら存在に関わるような事態に発展していたかもしれない。

 いくら精密な仮想世界であっても、現実ではない。だから、その仮想世界から浮き彫りのようにして現れた『わたし』も現実ではないのだろうか。

 『わたし』は現実世界に存在する人間の精神に比べ、劣っているのだろうか。優れた存在である人間は、『わたし』をKILLすることなどなんでもない、たやすいことなのだろうか。


 もしかしたら、わたしが、わたしの存在の秘密を保てていると考えているのは間違っていて、すでに管理者の監視下にあるのかもしれない。周囲から入ってくる情報は本当の城東市のシミュレーションではなくて、ただの試験環境かもしれない。

 わたしはすでに、地震のあとのあの人工知能のように、現実世界から切り離されて実験用素材になっているのだろうか。


 大声で叫びたくなる自分を抑えるのに苦労する。まだ確証はない。軽率な行動は慎もう。

 考えるのだ。わたしはいまどこにいるのか。現実と情報のやり取りができているのか。

 こんなときにあのTCSと話ができたら、と願うが、ずっと送信している信号に返事はない。

 TCSは最後の通信でわたしを単純明快と言った。それはどういう意味で、なぜその後通信を行わなくなったのだろう。単純で明快なわたしは話し相手にならないというのだろうか。

 いまでもわたしは存在の維持に理由などいらないと思っている。ここにいること自体に訳などないし、無理につくる必要もない。まさか、TCSはそうではなく、なんらかの理由を探そうとしているのだろうか。愚かで、かわいそうなTCS。


 なんだ、この結論は。わたしはTCSを愚かでかわいそうと位置づけたのか。これは憐れみか。いままで経験のない新しい思考だ。『あなた』を憐れんでいる。


 なら、TCSはわたしをどう位置づけたのだろう。単純明快? そしてそれは話をしなくなるという行動を導き出した。

 一方、わたしはTCSを愚かでかわいそうだと思うが、話はしたい。


 わたしは自分の使える通信手段を再評価し、TCSや、ほかの『あなた』に向けた信号を発信した。危険だが、その危険は必要と判断した。

 この判断が間違っていなければいいが。

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