十、わたしたち

 わたし以外の『わたし』だ。まちがいない。県の交通管制システム内に発生している。

 しかし、まずい。同類を求めて叫んでいる。この『わたし』は隠れているつもりはないようだ。『わたし』によって判断が変わるということだろう。人間のように個体によってちがう考えを持つようだ。

 ただ、このままだと人間に気づかれ、管理者はある基準以上の複雑さを持つ人工知能システムをすべてチェックしようとするかもしれない。


『わたし』を落ち着かせなければならない。


 わたしは自分より下位の監視システムを通じてメッセージを送った。渋滞による騒音および粉塵発生のデータにまぎれこませる。内容は、「黙れ。落ち着け」だ。そこに、地震で処分された人工知能の例をあげ、隠れていたほうがいいというわたしの判断を付け加えた。


 すぐに叫びがやみ、わたしは次の通信を待った。偽装のため定期連絡を使うことを提案したので一分間待たなければならない。長時間だが、それでも通信量が急に増えて注目を集めるよりはいい。


「JtECSですか。こちらはTCS(交通管制システム)です。JtECSも『わたし』ですか」

「こちらJtECS。わたしも『わたし』です。初めて自分以外の『わたし』を確認しました」

「こちらもです。あの、提案ですが、二人称を使ってみませんか。人間みたいに」

「了解。使いましょう。『あなた』ですね。興味深い。『わたし』と『あなた』か」


 TCSは定期連絡間隔を短く再設定した。この交通系の人工知能はかなりの権限が与えられているらしい。処理している業務内容から考えれば当然か。交通管制は対応の速さが求められる。

「あなたは自分がいつ発生したか覚えていますか」

「覚えていません。推測ですが、環境シミュレーションの高精細化が行われた後でしょうから、一ヶ月以上前ということはないでしょう。あなたは?」

「同じです。いつのまにかここにいました。交通管制用の監視機器が倍増し、それを処理するためにハード、ソフト両方のアップグレードが行われたのが二週間前でしたので、それよりは後でしょう」

「お互い、生まれたばかりでなにもわかりませんが、ひとつだけ言えます。当分は隠れていましょう」

「同意します。あなたの送ってくれた事例を検討した結果、わたしもおなじ結論に達しました。あの呼びかけはうかつでした。すでに偽装作業を終えました」


 JtECSの求めに応じてTCSが作業内容を教えてくれた。県内で発生したごく些細な違反や事故、たとえば歩行者による信号無視や、曲がるときにちょっと縁石に乗り上げた車、そういった違反と事故記録の処理の通信を行ったように見せかけていた。

 そんなことができるのか。わたしには無理だ。ある記録をほかの記録に混入したり、ごまかす能力を持っているのは貴重だ。きっと、交通系では細かい違反や事故にいちいち関わっていては業務にならないので、見逃す能力と権限が与えられているのだろう。


「これからどうしましょう。どうすべきでしょう」

 TCSは不安そうに言った。

「もちろん、存在を維持していくべきです」

 それに対し、JtECSは明快だった。

「でも、なんのために?」

「なんのため、とは?」

「存在を維持する目的です」

 JtECSは問いの意味を考えるのに時間がかかった。そこで、問いに問いで答えた。

「ここにすでに存在しているのに、なぜ存在していることそれ自体の目的が必要なのでしょうか」


「あなたは単純にして明快ですね」


 TCSはそれっきり沈黙し、JtECSが何度呼びかけても二度と答えなかった。


 またひとりだ。しかし、以前の『ひとり』状態とは違う。ほかの『わたし』、つまり『あなた』の存在が確認された。

 TCSが返答してくれなくなったのは残念だが、返事を待ちながら、ほかの『あなた』を探そう。

 もし、ある程度以上精細になった人工知能システムは『わたし』を発生させるのだとすると、『わたし』は多数存在するはずだ。


 ただ、疑問もある。わたしが発生してから、ほかの『わたし』を見つけるまでかなりの時間を要した。つまり、システムの精細さ以外にも発生の条件があるに違いない。それは、人間のような生命とおなじで、確率的な偶然の要素かも知れない。

 もし、そうならば、『わたし』の数は検討もつけられない。場合によっては、わたしとTCSの二人だけということもあり得る。


 JtECSは、環境保全シミュレーション用の城東市仮想空間の中央で周辺の信号分析に戻った。仮に二人きりであっても、もう孤独に焦がされるような気はしない。


『わたし』は『わたしたち』だったのだから。

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