第6話序章4
里の中を進んでいくにつれ、家らしきものがちらほら見えるようになってきた。ゴブリンの里というだけあって暗い場所が好きなのだろうか、窓もなく入り口以外からは光が入らないようになっていた。梁や垂木を組み合わせて作られているそれらの家は背も低く、中学校の時に歴史の教科書で見た縄文時代の竪穴式住居を連想させる。
「転生っていうよりはタイムスリップした気分だよ。」
「まぁ未知の世界、という意味ではどちらもあまり変わりませんね。」
そんな感想を言っていると小さな案内人はある一軒の前に立ち止まって、
「ここが長のお家!」
そう言われて案内された家は長が住んでいるというだけあって他の家よりも1回りほど大きな造りになっていた。
「ここかー……うん、メイちゃんありがとう。すっごく助かったよ」
「メイさん、ありがとうございました」
「どういたしまして! ワカナお兄さん、シャルお姉さんバイバーイ!」
ここまで案内してくれた『生きる1/fの揺らぎ』は僕たちの感謝の言葉を受け取るとご満悦といった様子で顔を綻ばせ、手を大きく振りながら元来た道を駆けていった。
「本当に最後までかわいらしい子だったね。」
「ええ、本当に。ワカナさんが犯罪に手を染めてしまわぬか心配になるほどでしたね。」
「どうやらシャルとは一度しっかり話し合う必要がありそうだけど……」
聞き捨てならないセリフを吐くシャルよりも今は――
「さて、行こうか」
「はい」
とうとうこの集落のボスとの対面である。妙な緊張感にさいなまれてしまい最初の一歩がなかなか踏み出せない
「大丈夫ですって。メイさんもとても優しい方だと言っていましたし、それに他の子たちもなぜか人間には敬意を持てって言われているみたいですし。」
「そう、だよね。大丈夫だよね。うん……いきなり鈍器で殴られたりはしないよね?」
「はい……たぶん……きっと……運がよければ……」
後半になるにつれどんどん自信を失っていくシャルの言葉を聞いているとせっかく固まった決意が揺らいでしまいそうだったのでその話を無理やり切り上げ、いざ虎穴の中に足を踏み入れる。
ゴブリンたちの住居の中は、入り口からの少ない光が入ってくるだけで基本暗くて細かくは見えなかったが土の地面に梁や垂木で造られた簡素な壁。これは予想していた通りだったのだが――
「なに、この穴……」
「分かりません。ただ落ちたら大変なことになるということだけは確実ですね。」
家の中に入ってすぐ目の前に普通の家ではありえないような直径4メートルほどの大穴が口を開けていた。上から覗き込むと穴の中には灯りがあるのか、どうにか底は見て取れた。
「ここから下に降りられるみたいですよ。」
シャルが入り口から向こう側に位置する穴の縁に、ここから降りるのであろう、縄でできた梯子が穴の中に続いていた。
「じゃあ僕が先に降りるからシャルは僕の後に降りてきてね。」
「ワカナさん、セクハラです。」
「なにがッ!?」
「とぼけないでください! 私のスカートの中を下から覗こうとしたくせによくそんな反応を」
シャルはワンピースの裾をガシッと掴み、中腰になって警戒を露わにした。
この勘違い娘は――
「へぇー、そんなこと言うんだったらどうぞ先にシャルから降りてください、流石は僕の案内役だよ。暗くて何も見えない場所でいきなり襲われることも何かしら仕掛けられているかもしれない罠も、僕のために身を挺してそんな障害を先に行って取り除いてくれるって言うんだから――いや、本当に殊勝な心掛けだなぁー」
「――ッ!」
(――全く、僕だってたまには男気を見せることだってあるっての)
からかい4割、怒り6割と言った調子でシャルの的外れな考えを否定するとシャルは申し訳なさそうに顔を俯かせる。
しかしシャルの気持ちも分からなくはない。女の子がスカートを気にするというのは当然のことだろう。どうしたものかと考えているとシャルの方は何かを思いついたみたいで、
「ワカナさん、これを」
シャルはポケットから帯状になっている白い布を一枚取り出した。
「これをどうしろと?」
「決まっているじゃないですか。これで目隠しして視覚を完全に遮断して――あぁぁぁッ!! なんで穴の中に捨てちゃうんですか!!」
真剣に考えた僕がバカだったな。僕の気遣いも懸念もこの子には何1つ伝わっていなかったようだ。
「さてそれじゃー僕から行くね。いつまでもここで戯言を聞いてても仕方ないし」
「戯言!? 今私の案を戯言って言いました!? あまり自分でこうゆうことは言いたくないんですけど、ワカナさんはもう少し私が天使であるということを自覚するべきです。 人によっては私の言葉は一生の救いになることだってあるんですよ。そもそもワカナさんは最初に会った時からずっと、ちょっと! まだ話は終わっていませんよ!」
うだうだと長ったらしいお説教が始まりそうだったので無視して梯子に足をかけ降りる準備を整える。さっき引っ張った感じでは割としっかりしている感触だったがいざ全体重をかけるとギシギシと鳴る音が不安を煽る。
「僕が下まで降りて大丈夫そうだったら声をかけるから降りてきてね。」
「うぅー、ワカナさんこの話はいつかしっかりと。」
はいはいと適当にあしらって梯子を降り始める。踏み外さないように一歩一歩慎重に足を次のステップへと下ろしていく。3メートルほど降りると今まで同じ間隔で囲っていた円柱上の壁が突然終わり地面に対して楕円状に広がり始めた。さらにそこから4メートルほど降りるとようやく地面に足がついた。
(とりあえずは、潜兵や罠といったものは無しか)
上から見た時に何か光っているように見えたのは壁に一定間隔で取り付けられている松明のようなものの光だった。本物の松明だったらまず間違いなく酸欠で死んでしまうが流石異世界、どうやら本物の炎ではないようだ。淡い光がぼんやりと照らす部屋の輪郭からこの空間はドーム状に土を掘り起こして造ったものだということが見て取れた。どうやらゴブリンの家は、上は雨風を防ぐだけのスペースで本当の居住スペースは地下空間ということか。
「いきなり襲われるってこともなさそうだね。おーい、シャルー、降りてきても大丈夫そうだよー」
そこまで大きな声を出したつもりはなかったが穴倉の中で出す声は自分が思っていた以上に響き少々耳が痛くなる。
僕の呼びかけにシャルの声がワンテンポ遅れて響く。
「分かりました。あっ、でもワカナさん、今すぐその場から離れて下さいね。絶対ですよ」
「……うん、わかったよ」
「今の間が若干気になりますが……それでは私も降りますね。」
シャルが梯子を降り始めたのだろう。目の前の梯子がゆらゆらと動き始めた。それをガシッと掴んで――
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!! ワ、ワカナさん! やめ、やめて下さい! こ、怖い! お、落ちる、落ちてしまいますぅぅぅぅぅッ!!!!!」
力の限り揺らしてやった。
(シャル、僕だってこんなことはしたくないんだよ。でも悲しいかなぁ手が勝手に動いちゃうんだよ。だから僕はどうしようもないんだ。ごめんねシャル)
「落ぉぉぉぉぉぉちぃぃぃぃぃぃぃぃろぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」
「あのー、その辺でやめてあげたほうが……」
穴倉の中に悲鳴と奇声が響く中、にわかに生まれた新しい声に全神経が反応する。梯子を揺らす手をピタリと止めバッと声のした方を振り向く。すると近づいてくる声の主が薄明るい光に照らされ、だんだんとその影をはっきりさせていく。
その影の正体は――
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