第5話序章3
子供たちについていくこと1時間、道中は他の魔族に会うこともなく肉体的なダメージはなかったのだが……
「変態お兄さんどこから来たの?」
「変態お兄さん見て見て! 私バク中出来るんだよ!」
「変態お兄さん、なんで変態になっちゃったの?」
子供たちの純粋さは容赦なく僕に精神的ダメージを与えHPはレッドゾーンに突入していた。
子供たちの無自覚で残酷な言葉攻めにも耐えようやく里に到着することができた。
「これがゴブリンの里? 想像してたのと全ッ然違ったよ」
「私も同感です……まさかゴブリンたちがこのような場所に住んでいたとは……」
ゴブリンの里というのでどこかの山の中に巣穴を掘ってつくる洞窟のようなものを想像していたのだがその予想は文明レベルで裏切られることになった。
里と呼ばれるゴブリンたちの集落は日本の城の石垣のように石や土砂で練り固めた高さ5メートルほどの塀が里を円形状に囲んでいるということは分かったのだが、正面から見ただけじゃその大きさの全貌までは把握できないほど広大であった。
その塀の一角にある簡素な木造の扉の前まで行くと子供たちはその扉を「せーの!」の掛け声で一斉に押す。すると扉はギギギギギィィィと轟音を立てながらゆっくりと開いた。
(やっぱり力はゴブリンなんだなぁ)
その見た目とは裏腹なパワーを発揮する子供たちに改めて自分が敵の懐に突撃していくことを実感させる。
里の中に全員が入ったことを確認すると再び息の合った動きの元ドアは開けるときに比べれば静かな音で閉じられた。
「とうちゃーーく!」
「ここが僕たちの里だよー!」
「変態お兄さんじゃあねー!」
「えっ、ちょっと待って! 僕たちこの後どうしたら……」
子供たちは目的が達成されると途端に僕たちへの関心をなくしてしまったのか、それとも一刻も早くさっき言っていた親御さんからの報酬を得るためか、一目散にその場を去ってしまった。そして取り残される捕虜が二人、
「困ったなぁー、アフターケアまでちゃんとしてよ」
「どうしましょうか?」
あの子たちの親御さんの教育の詰めの甘さで置いてきぼりをくらってしまい今後の身の振り方についてシャルと頭を悩ます。
「そうだなー……ん?」
全員帰ってしまったと思っていたその場に、まだ一人だけ残り佇んでいる子供に気づく。黄金色の短髪が映えるような緑色のコイフを被り、あどけなさを感じさせる大きな瞳をぱちぱちとさせその子供は仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
「あれ? 君はさっき僕の腕に引っ付いてた子、だよね?」
女の子は首を縦に振って無言の肯定を示す。
「どうしたんですか? あなたは他の子たちのようにお家に帰らないのですか?」
「うんとねー……お兄さんとお姉さんが心配だから、長のところまで連れていく!」
愛嬌を感じさせる犬歯をのぞかせながら幼女は明るく答える。長とはこの里の一番偉い人のことだろうか。どうやらこの子は他の子たちとは違って僕たちをその人のもとに案内するためにわざわざ残ってくれたようだ。
「本当に? ありがとう! すごく助かるよ!」
申し出を快諾されたことが嬉しかったのか、幼女は満面の笑みを見せ弾むような足取りで僕たちを先行する。その後をついていこうとしたときある違和感を、というより疑問が生じた。
「シャル、問題です」
「いきなりですねワカナさん。その心境はさておき、何ですか?」
突拍子もない話の振りにもかかわらず意外と素直に乗ってくるシャルに一問。
「僕を異世界に無理やり連れてきといて未だにしっかりとした案内ができてない人ってだーれだ?」
「うッ!?」
「第2問、その案内をあろうことか魔族にしてもらってる人ってだーれだ?」
「ううッ!?」
「最終問題、僕の目の前にいる人の仕事はなーんだ!?」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!!」
次第に大きくなる唸り声の発生源の肩にポンと手を乗せ今の僕の正直な心を告げる。
「シャル、君は無職だ」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そこからのシャルはすさまじかったおよそ天使とは思えない振る舞いを天使としか思えない力で行使してくる。簡単に言えば大泣きしているシャルがすっごい力で僕の体を前後にシェイクしてきたということだ。
「こ、こんなところで私の力はまだ必要ないんです。ほらRPGでも重要キャラって後半になって大事な情報を話し出したりするじゃないですか。それと一緒ですよ。私まだ本気出してませんから! 私の本気とってもとーってもすごいんですからね!」
ようやく話せるくらいにまで泣き止んだシャルは目の下を真っ赤にしながらなぜか勝ち誇ったような顔でそんな捨て台詞を吐く。
(自虐なのか本気で言ってるのか分からないから性質が悪いなぁ)
テンプレートなニート発言に対しこれ以上揚げ足をとるとお星さま(ゲロ)が出てしまいそうだったのでこの話はこの辺にしておこう。
「お兄さん、お姉さん遅いッ!」
シャルにクイズを出している間にかなり遠くまで先行してしまった幼女は後ろについてくるべき人たちが居ないことに気づき、文字通り地団駄を踏んでちゃんとついてくるように叫んでいたので慌てて走り出す。
「あんな可愛らしい子を放置プレイするなんて――シャルって本当は悪魔なの?」
「ワカナさんにだけは言われたくないです!」
案内されている道中、わざわざ案内を買って出てくれた善良な子の名前すらまだ聞いてないことに気づき思い出したように自己紹介を始める。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前は――」
「変態お兄さん!」
「じゃないからしっかり自己紹介するね」
最初の挨拶は大事だと父親から言われていたがまさかこんな形で実感するものになろうとは
「僕はワカナ、でこっちがシャルだよ」
「シャルです」
「君の名前は?」
「メイ!」
「そっかー、メイちゃんっていうのか、よろしくね」
「うん!」
簡単な自己紹介にも関わらずゴブリンの幼女もといメイちゃんからは、その仕草や話し方一つ一つに天真爛漫さがにじみ出ていて話しているだけで心が浄化されていく気がする。
「ワカナさん、お顔が大変気持ち悪くなっていますよ」
「僕も大概だけどシャルもなかなか言うようになったじゃないか」
今日が初対面だというのに互いに大分打ち解けてきているようだ。悪い意味で
「ところでメイちゃん、長ってどんな人なの?」
これから会うこの里の一番偉いのであろう人だ。少しでも情報を得ておきたい。
「うんとねー、長はねー、優しくて何でも知ってて、あとすっごく強いんだよー!」
「そっかー、すっごく強いんだー……」
ザッ
ガシッ
「グフッ!?」
「ワカナさんそんなに慌ててどこへ行こうと言うんですか? ダメですよ――私一人を置いて自分だけ逃げおおせようなんて」
反射的にその場から逃げ出そうとした僕の肩を、目にも止まらぬ速さで伸びてきたシャルの右腕がガッチリ掴んで離さない。
(なんでこの子はこんな時だけ異常な反射神経を発揮するんだ!)
地獄の底から聞こえてくるような声でささやきかけるシャルの右腕が徐々に力を増していく。
(マズい、このままいくと殺ラレル!)
「いやだなぁーシャル。ちょっと急に、本当唐突に、トイレに行きたくなっただけだよー」
「まぁそうだったのですか。それなら私とメイさんも付き添いますよ。ワカナさんこの里の事全く知らないでしょうし、はぐれたら大変ですから」
フフフと笑うシャルの瞳はあくまで獲物を見つけた狩人のそれと同一だった。僕をどうあってもこの場から逃がすつもりのないシャルから目を離すと不思議そうな顔をするメイちゃんと目が合う。
「ワカナお兄さんおトイレ行きたいの?」
――言えない。本当は「長に会うのが怖くてこの場から逃げようとしたんだよー」なんて、こんな純粋な瞳を僕に向けてくれる子供には口が裂けても言えない。
「ううん、ぜーんぜんそんなことないよー! ほら早く長のところに行こう!」
退路は完全に断たれてしまった。
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