第4話序章2
「本当にどうするの! もうゴブリンたちは目と鼻の先だよ!」
「ワカナさんが「真の敵はゴブリンなんかじゃなかったぁぁッ!!」なんておかしなこと言って私に砂を投げつけてきてたからじゃないですか!……仕方ありません。こうなってしまったからにはやれることは一つです」
「ッ?」
こうゆう状況ではいかにも騒ぎ立てそうなシャルが恐ろしいほど冷静だった。
(まさかシャルには奥の手が!?)
そんな期待を抱きシャルの一挙手一投足に目を向ける。
シャルは両膝を地面につけ、すっと自分の指を絡め胸の高さまで持っていくとどこか遠くを見上げ一言――
「――祈りましょう」
天使が迷える子羊を見捨てた瞬間であった。
「うわぁぁぁぁぁーーーーー! 諦めた! 諦めたよこの天使! 僕を無理やり異世界に連れてきといて真っ先に職務放棄したよッ!」
よく見たら冷静だと思っていた態度はただの諦観だった。その証拠にあんなに輝いて宝石のようだった瞳が今は泥水のようにくすんでいる。
(マズい、本当にまずい、目の前には疾走してくるゴブリンたち、そして隣には「わぁー、可愛い妖精さんたちがいーっぱい近づいてくるわー」って呟きながら目をうつろわせている天使。これは――)
「……もうダメか」
ゴブリンたちから逃げようにも隠れようにもそんな時間も場所もない。まして対抗する手段なんて皆無だ。そのことを悟り僕もシャルと同じようにスッと両の手を組んで祈る姿勢をとる。横目でそれを見たシャルは僕に小さく微笑みかける。その笑顔に僕も小さな笑顔を返す。
(そうだよね、こうなってしまったからにはもう祈るしかないよね、だから僕は祈るよ――)
「どうかこの天使だけで勘弁してください」
――自分の保身を
「ッ!? ワカナさん! 一体あなたは何を祈っているんですか! ここは二人とも助かることを祈る場面じゃないですか! 取り消してください! 今すぐ取り消してください!」
死んでいた目に急に生気をみなぎらせてシャルは僕にかみついてくる。
「えーいうるさいッ! こんなところに強制連行させといていきなりやられるだなんて冗談じゃないよ! せめて責任とって『ここは私に任せて逃げてください』くらい言うのが筋でしょ!」
「ひどいッ! それって確実に死亡フラグじゃないですか! どうゆう神経していたらそんな非情な判断を下せるんですか!」
「非情に判断で僕を連行してきたのはどっちだよッ! あぁぁーーもう最悪だよ! なんで僕ばっかりこんな目にぃぃッ!」
言い争っているうちに息遣いすら聞こえてくる距離まで接近してきたゴブリンたちに祈るなんて悠長なこともできず僕たちはダンゴムシのように身を丸めて、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!!!!」
とにかく泣き叫んだ。すぐそこにある脅威に本能的な恐怖が湧きあがり二人そろって断末魔をあげることしかできない。
それを全く意に介さずにゴブリンたちはその醜悪な獲物を僕たちに向かって振りかざして――
……来ない?
スッカスカな走馬燈も見終えて死ぬ準備万全だった僕のもとになかなかその時は訪れない。
(一体どうなったの?……まさか何も感じないほど一瞬で殺られちゃったとか!? 目を開けたらまたあの部屋にいたりするのだろうか)
ずっとこうしていても埒が明かないので恐る恐る目を開け自分が今いる状況を確認する。
最初に目に入ってきたのは自分の太ももと地面であった。
(良かった。とりあえずはまだ生きているみたいだ。でもだったらさっきのゴブリンたちは……)
顔を上げ、死をもたらすはずだった方向に目を向ける。
そこには確かに雑魚モンスターであるがラスボスとさえ思えたゴブリンたちがいた。しかしなぜかそのゴブリンたちは僕の目の前で立ち並び、その瞳を爛爛と輝かせ、
「やっぱりにんげんだぁ!」
「やったー! これで今月4人目だぁ!」
「毎日さがしてるかいがあるよねー!」
「……?」
僕の命何て見向きもしないで何やら楽し気に会話を続けるゴブリンたちに脳の理解が全く追いつかない。ただ真っ先に浮かんだ疑問は、
(この子たち、本当にゴブリンなのだろうか?)
遠めに見た時はここが異世界であることも考え、その背丈やゴブリン特有のコイフ、山賊のような布切れを巻いた服装からゴブリンであると予想したけどいざ目の前に並んでいる子たちを見ると、確かに人よりもいくらか長い耳をしていたがそれだけなのである。正直なところコスプレと言われても納得がいってしまうほどこの子たちからはゴブリンが持つ醜悪さを微塵も感じられずむしろその仕草や表情からは愛らしさすら感じるほどだ。
目の前で起こっている事態が自分だけでは処理しきれず横で同じように縮こまっているはずのシャルに助けを求める。
「ねぇ、シャル、これってどうゆう……」
「おぉ神よ、どうか私をお救い下さい。あなたに向かってセクハラヒゲ親父と言ったことは心の底から謝罪します。他にもあなたのセクハラがひどすぎたので天使界隈のなかで神のあることないことを流してしまったことも謝ります。あと――」
そこには大きな大きなダンゴムシが必死に救いを求めている姿があった。
「シャル、早いとこ現実に戻ってきて、ちょっと今僕だけじゃ理解しかねる状況に陥っているから。それとそのどっかの会社の部長みたいな神ってまさか僕をここに送り付けた神と同一じゃないよね!?」
(もし同一だったら迷わず教会に火をつけてやろう。もちろん聖書を火種にして)
ようやくトランス状態から回復したシャルはゆっくりとダンゴムシ状態を解き、周りに目を配る。
「ワカナさんこれは一体どうゆう状況ですか?」
まさか質問をオウム返しされるとは思わなかった。この子は何のためにここにいるのだろうか。
「それが分からないからシャルに聞いたんだけど……」
「ねぇねぇ、お兄さんたち、私たちと一緒に『里』にきてよ!」
集団の中から1人飛び出してきたゴブリンが僕の袖を引っ張りながら突然の招待を持ち掛ける。
見た目は小学4年生の女の子と言ったところだろうか、茶色に僅かな黄色がかかり短く切りそろえられたくせっ毛、シャルよりもさらに大きくクリッとした瞳、そして口元にのぞかせる犬歯がその子の可愛らしさをより一層引き立てていた。しかし――
「ちょっと待って、君たちゴブリンだよね?」
「「「「「どうみてもそうじゃーん」」」」」
子供たちはキョトンとした表情で当然とばかりに答える。
(やっぱりコスプレとかじゃなくって正真正銘のゴブリンなのか)
「だよね……やっぱりそうだよね? 自分からこんなこと言うのは変な感じがするのは分かるんだけど……どうして僕たちを襲ってこないの?」
真横にいたはずのシャルが一瞬で僕の視界から消えさる。驚いて振り返ってみると眉間にしわを寄せ臭いものでも見るかのような顔で僕と距離をとっていた。あのわずかな時間にで5メートルほども。
(シャルも状況が分からないっていうからドMと思われるのも覚悟の質問をしたっていうのにその反応はあんまりだ!)
「お兄さんあたま大丈夫?」
「お兄さん僕たちに襲って欲しかったの?」
「私知ってる、こうゆう人のこと変態って言うんだよ。ママが言ってた。」
「私も聞いたことがある。なんかよくわからないけど襲われることがだーい好きだとか。」
「でも……」
「「「「「変態お兄さん、ごめんなさい、僕(私)たちは襲ったりしません」」」」」
「やめて! そんな無垢な瞳で僕を汚さないで!」
20人弱の子供たちに本気で頭を下げられて罪悪感で押しつぶされそうになる。どうやらシャルだけじゃなく純粋な子供たちまでにもあらぬ誤解を与えてしまったようだ。
「僕にそんな願望ないから、ただどうしてゴブリンなのに僕たち人間を見て襲い掛かったりしないのかなぁって疑問に思っただけだから」
シャルはその言葉を聞くと小さな声で「その手の方じゃなくてよかったです。」と呟きとりあえずは納得してくれたみたいで置いていた距離を詰めてくる。対して子供たちの方は予想外の反応を示した。
「どうして僕たちがそんなことするの?」
「私たちお兄さんたちに何の恨みもないよ」
「それにお父さんやお母さんも言ってるよ『にんげんには敬意を持って接しなさい』って」
「「「「「ねぇーーーー」」」」」
「……シャルどうしたら――」
「ワカナさん、がんばってください」
こいつ、めんどくさいことからって僕に丸投げしやがったな。シャルに睨みをきかせていると僕の袖が強く引かれる。
「ねぇー、『里』に来てよ!」
存在を忘れられていたことに不満があったのだろう、僕の袖に引っ付いている幼女はその頬を膨らましながら里という場所への招待を再開する。
(何だ、この可愛い生き物は、僕がロリコンだったらまず間違いなく拘置所行きは免れなかった!)
日本にいた小学生よりもずっと愛らしい仕草に思わず顔をにやけさせていると隣からの絶対零度の視線を感じこれ以上性犯罪者予備軍のレッテルを張られたくなかったので慌てて脳を回転させる。
「いくつか質問したいんだけどいい?」
「うん! なになに?」
僕の袖に引っ付いてる幼女はまるでプレゼントをもらう前の子供のように僕の質問を楽しそうに待っている。
「人間を探してるって言ってたけど、どうしてそんなことをしているの?」
「お母さんがおやつをくれるから!」
「あははぁ……なるほどね……」
――ワンストライク
「それじゃー次の質問ね。お父さんやお母さんはなんで人間に敬意をもてなんて言ってるの?」
「んーよくわかんない。私が生まれた時からそうしなさいってずっと言われてきたから」
――追い込まれたか、せめてこの質問にだけは答えてほしい!
「そっかー、よしこれが最後の質問、『里』ってどんなところ?」
「えっとねー……お父さんがいてお母さんがいておじいちゃん、おばあちゃん、あとにんげんもたくさんいるよ」
「ッ!? 今なんて」
「えっ? だからお兄ちゃんやお姉ちゃんや学校の先生や――」
「さっきと変わってるよ! そうじゃなくて、人間もいるって……」
「うん、いるよ。みんなすっごくいい人だよ!」
事もなげにそう言う少女はとても嘘をついているようには見えなかった。
(――まさか本当に他に生きている人がいたなんて、それにたくさんって、)
「その『里』ってところに僕たちを連れてってくれないかな?」
「来てくれるの? やったー! お母さんからおやつもらえるー!」
「ッ!? ワカナさん何を言っているんですか! 正気ですか? 相手は魔族ですよ? ついにロリコンをこじらせてしまったんですか? 犯罪者になってしまったんですか!?」
(この天使、よくもまぁ僕に面倒ごと押しつけといてここぞとばかりに畳みかけてこれるよ、本当にいい度胸だ)
「そうは言っても今、僕もシャルもこの世界のことをあまりにも何も知らない。だから情報収集もかねて里ってところに行くのが一番いいと思うんだよ」
「それは確かにそうですが……うぅぅーーー」
納得いかないのも仕方ないだろう、敵の懐に堂々と入っていく、下手をすれば自殺行為である。
「気持ちは分かるけどここは僕に乗っかってみてよ」
「うぅぅ……分かりました。とりあえずこの子たちの『里』に行くことは賛成します。でも相手は魔族だということを決して忘れないでくださいね。」
「分かってるって――ねぇ君たち僕たちを君たちの『里』まで案内よろしくね」
「えぇー! 本当についてきてくれるの! やったー!」
「わーい! 僕これで新しい靴が買ってもらえるよ!」
「私は服!」
子供たちは僕たちが『里』へ行くと言ったことがよっぽど嬉しかったのか、その場で踊りだす子も現れた。それにしても
(――この子たちの親御さんは見事にこの子たちを餌付けしているなぁ)
この子たちの親の教育方針には疑問が残るがやっぱり子供の純粋さは心が癒される。
「「「「「ありがとう変態お兄さん!!!!」」」」」
前言撤回、子供の純粋さは心を切り刻むよ。
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