第3話序章1

 どれくらい意識が飛んでいたのだろう。気がついたら僕はだだっ広い荒野の真ん中に立っていた。周囲にはところどころに50センチくらいの草が生え、少し強く足踏みするだけで土埃が舞い上がるほど乾燥した大地には異世界というより――


 「昔の西部劇みたいだなぁ」


 流石にサボテンまでは見受けられなかったのだがそのような感想が一番しっくり来た。


 「そうですねー。あっちなみに私、ク●ヨンし●ちゃんの西部劇がモデルになった映画大好きなんですよ! 最後のシーンは本当に感動しましたねー」


 「ッ!」


 思わぬ相槌にパッと横を振り向く。そこには僕をこの世界に強制連行した張本人にして、流麗な白髪をなびかせながらマニアックな感想を漏らす美少女天使シャルギエルことシャルの姿があった。


 「天使なのにどこからそんな俗な知識を仕入れてきたのか知りたいところだけど……」


 日本人しかわからないであろう比喩を用いるシャルに胡散臭い目を見せたが、


 「本当についてきてくれてんだね。実際は付いてこないんじゃないかとひやひやしてたんだけど」


 「ついてこないわけないじゃないですか。だって私はワカナさんの案内役なんですから」


 当然とばかりに胸を張りどや顔するシャルに苦笑いを返しながらも内心ほっとする。

 正直こんな右も左も分からないところに放置プレイされていたら魔王と戦う前に寂しさで死んじゃっていただろう。


 「ところで、ここはどこなの? 見るからに何もないところに転生しちゃったみたいだけど」


 「えっと、この世界はひし形のような形をしていまして、そのひし形の中心に魔王城がそびえたっています。今私たちがいるところは南の端、魔王城からはかなり遠いところに位置しています」


 「それは良かったよ。いきなり魔王城ののど元に転生してたらどうしようかと……そんなに遠いところにあるのならこの付近に人の集落とかありそうだからまずはそこを拠点に――」


 僕のごく一般的な考えにシャルがキョトンと首を傾げる。


 「集落? そんなものあるはずないと思いますよ。だって人族はすでに魔王軍に滅ぼされてしまったのですから」








 「………………えっ? ホロボサレタ?」


 「はい、数年前の大戦で。今人間が生きているということはこの世界では都市伝説ならぬ魔市伝説とまでされていますね。まして集落なんて荒唐無稽にもほどが、キャァァァ! ワカナさん! 二の腕を、二の腕を引っ張らないでくださいぃぃぃ!」


 「僕をだましたな! それでも本当に天使か! 良心はどこに捨ててきたんだ!」


 最重要なことを何でもないことのように言ってのけた天使には神に変わって鉄槌をくらわしてはいるがこれで事態が好転するわけではない。


 「どうするの? ねぇどうするのッ? 『危機って言われたから来てみましたがもう大丈夫です。危機は去りましたから――悪い意味で』みたいなこの状況どうするのッ!?」


 「言葉足らずだった件は謝ります。でも――」


 「でも……?」


 「本当のことを言ってたらワカナさんがもっとごねると思ったので黙ってました。てへっ、あぁぁやめて下さい! 二の腕とこめかみを同時に責めないでくださいぃぃッ!!」


 反省の気持ちを全く感じさせないシャルをとりあえず折檻する。しかしやっぱりこれで事態が好転するわけがないので、


 「もういいよ、このことはもう水に流すから、今更どうしようもないことだし。それよりも……もう他に隠していることはないんだよね? 後でなんか出てきたらその時はシャルのまつげ全部引っこ抜くからねッ」


 「ぐすん、ぐすん……いえ、もう隠していることはありません、ですから、まつげは勘弁してください」


 一応は反省したみたいなのでそれ以上は追及せずに現状について確認をとる。


 「要するに今は魔王軍が世界征服完了しちゃって、人間はこの世界ではすでに絶滅したことになってるってことでいいの?」


 「はい、その通りです。――ですが」


 涙で鼻声になっていたシャルが急に真面目な顔つきになり、


 「私は本当に絶滅してしまったとは思えないんです」


 さっきと180度逆の考えを述べる。


 「どうゆうこと? たった今シャルが絶滅したって言ったじゃないか」


 「確かに、この世界ではそう言われていますし実際にこの世界で他の人たちと会うことは厳しいでしょう。しかし天界からこの世界を見ていた時、極まれに人の行動の痕跡と思えるものが確認できたんです。それも大戦が終わった後の比較的新しいものが。ですから集落と言った大掛かりなものは期待できませんがまだどこかで点々と生き延びている可能性は十分にあると思うのです」


 確かな自信をその大きな瞳に宿し訴えかけてくる。この子がここまで強気で言ってくるのだから絶滅したと言われているこの世界にもまだ人間は生き残っているのではないかと僕も思えてくる。


 「そうかぁ……うんそうだよね。どうせ考えるならプラス思考でいたほうがいいもんね」


 「はい!」


 屈託のない笑みを浮かべる少女にさっきまでの絶望感が少しだけ減り、その開いたところに僅かながらも希望が注がれた気がした。


 「とりあえず今やることはどこか生活できる場所の確保ってことでいいよね?」


 「それがいいと思います。私も大まかにしかこの世界のことは分かりませんので、どこかを拠点に情報収集するのが最善かと」


 互いの意見の合致も済ませことだし、あとは――


 「それで、どこに向かえばいいの?」


 見渡す限りの砂、砂、砂。はっきり言ってこのままだと魔王以前に路頭に迷った挙句餓死していまう方がずっと現実的な死にざまだ。


 「それなら、あちらの方に向かうのがいいかと」


 シャルはある方角を指さす。


 「ここをずっと進んでいけば大きな川が流れていたはずです。そこなら拠点を作るにしても最適ですし、もしかしたら他の方たちと出会えるかもしれません」


 「なるほど……それがよさそうだね」


 他に良い案もあるわけじゃなかったのでシャルの指さした方角にようやく歩き始める。


 荒野をしばらく歩いているとたいそう不吉なものを視界の端にとらえてしまった。


 「うわぁ、ゲームや小説とかではよく出てくるけど、本物の頭蓋骨は初めて見たよ。実際生で見るとかなりきついものだね」


 砂に埋もれて全体像までは見えなかったが牛の頭のような骸骨が無造作に転がっている様子に、ここは異世界なんだなということを嫌でも実感させられる。


 「私も初めて見ましたよ。やっぱり画面越しの作り物とは勝手が違いますね」


 「…………」


 またしても俗っぽい発言をするシャルに「本当に天使なんだよね?」とツッコミたかったがそれよりも――


 「ねぇ、シャル、一応聞いておきたいんだけど……シャルって戦えたりするの?」


 当たり前のように転がっている骸骨に他人事とは思えない不安に駆られ、今更ながら戦力の状況を確認する。


 「いいえ、全く戦えませんよ。あくまで私はワカナさんの案内役ですのでそれはとってもとーっても管轄違いというものです。そもそも何のためにワカナさんをこの世界に連れてきたと思っているんですか」


 (ですよねー、そんな感じだと思ってました。)


 想定していなかったわけではないが改めて今自分の置かれている状況の危険性を自覚する。もし今敵と会ってしまったら即死確実、ゲームで言ったらチュートリアルでゲームオーバーという超ムリゲー設定である。


 「確かに私は戦闘力的には期待できませんが……ワカナさん、私は天使だと言いましたが何の天使だと思いますか?」


 そう言ってシャルは胸の前に手を当て自分の個人情報についてのクイズを始める。


(えっなにこれ合コン? そんないくつに見える? みたいなノリで言われても……)


 適当に答えようとも思ったのだが目を爛爛と輝かせ回答を待つ姿にあまりにも的外れなことを言うのはどうにも申し訳なく思えたので真面目に考える。


 「んー、そうだなぁ……」


 くすみ1つない透き通るような白髪とそれに負けないくらい艶やかな白い肌、幼くも知性を感じさせるつぶらな瞳、以下のことを総合するに――


 「……しらす?」


 「ワカナさん、あなたが私のことをどうゆう目で見ているのか全く理解できないのですが……雪ですよ! 雪! しらすって、どこにそんなピンポイントで生臭い天使がいるって言うんですか!」


 どうやら外してしまったようだ。


(割と自信があったんだけどなー。小物感漂うところとか特に。)


 結果的に的外れな回答をしてしまった僕に憤るシャルをなだめて続きを促す。


 「ごめんごめんって、それで、その雪の天使さんは何ができるっていうんですか?」


 「ふふん、よく聞いてくださいました。ワカナさん、私は雪を降らせるのはもちろんその雪を操ったりすることも出来るんですよ! でも私個人的に一番自慢したいとこはそこではなくて、なんと雪の結晶を見ただけでどこ産の雪なのかが一発で分かるんですよ! どうです? すごくないですか!」


 「わぁーすごいねー」


 「で、それはいつ活かされるんですか?」という不毛な質問は呑み込んでおく。

 シャルの熱弁とは対照的に今現在この場には実質戦闘力0の雑魚が二人いるだけという状況に否が応にも危機を感じさせる。


 (まずい、本当にまずい、今魔族に会っちゃったりしたら――)


 そう考えた後に僕は後悔した。なぜそんなフラグになってしまうようなことを考えてしまったのかと。


 「ワカナさん! 何か正面からものすごい速さで近づいてきます!」


 「フラグ回収早すぎるでしょ! 何かって何?」


 俯いていた顔を上げ、前方の遠くの方に目を凝らす。すると300メートルほど離れたところに砂煙を巻き上げ、地鳴りを鳴らしながら近づいてくる背の低い影がうっすらと見えた。


 「あれは……ゴブリン!?」


 ファンタジー世界では定番中の定番モンスター、低い背丈に醜悪な見た目が特徴的な雑魚モンスターとして有名ではあるが――


 (怖い怖い怖い! ゴブリンマジで怖いよ!)


 ざっと見たところ20匹ほどのゴブリンは確実に僕たちとの間隔を詰めてくる。


 「シャルまずいよ! 何とかならない?」


 「え、ええと――加護、そう加護です! ワカナさん、ワカナさんは既に神から何かしらの加護を授かっているはずです。何か自分の中に力を感じたりしませんか?」


 (そうだ、そういえばそんなことを言っていたじゃないか。今こそその加護という力を生かす時だよ。しかし――)


 「特に何も感じないんだけど……」


 この世界に来てから魔法は使ってないからわからないが少なくとも身体能力が上がったような実感はない。


 「もしかしたら魔法に関する加護が与えられているかもしれません。ワカナさんあのゴブリンたちの群れに魔法を!」


 「魔法って……そんなのどうやってすればいいか分かるわけないじゃないか!」


 「適当に手をかざして『ドラグ●レイブ』とか『かめ●め波』とか――ダメもとでもいいからやってみてください、もうすぐそこまで来ています!」


 「分かったよ、やればいいんでしょ!」


 やり取りをしている間にすでにゴブリンとの距離は100メートルを切っていた。


 「なんでもいいから出てくれよ……」


 中腰になって腕を構え国民的に有名なあの必殺技の姿勢をとる。緊張と恐怖で体には自然と力が入り、唇はパサパサに渇く。

(まさかチュートリアルでこんな最終回みたいな気持ちになるとは思わなかったけど――やるしかないよね。いくら何でもここでゲームオーバーは死んでも死にきれないし。)

 気合を入れ両手を一気に突き出しあの一言を――


 「『かァァめェェ●ァァめェェ波』ァァァァァぁぁぁッ!!!!!」


 僕の魂の叫びに呼応するように僕に備わった未知の力が目の前のゴブリンたちを薙ぎ払

――








 ――うようなことはなく世界はあくまで理不尽な動きを続けていた。


 「どうゆうことシャル! なんにも、なんにも出なかったよ! これじゃー僕、『この世界の英雄(仮)』の中二病さんじゃないかッ!!!」


 「ワカナさん」


 シャルは僕の嘆きをかき消すように凛とした声でただ一言――









 「ナイスファイト」


 これほど端的に僕の逆鱗を引っぺがすような言葉はない。そう確信が持てるほどシャルの一言は僕の神経を逆なでした。

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