第2話プロローグ2
「申し訳ございません。つい私もからかってしまいました。しかしこれでワカナさんも自分が死んでしまったことに納得してもらえたでしょうし、ようやく本題に入れます」
正直僕の死に関しては今後一切触れたくないと思ったが最後に一つだけ僕の遺体に関して言うとするなら
(――もういっそ骨も残さないくらい燃やしてくれ!)
そうやって忌まわしい出来事を心の奥深くに厳重にしまい何とか落ち着きを取り戻す。僕がやっと真面目に話を聞く気になったのを感じ取り、少女は落ち着いた声音で話し始めた。
「改まして自己紹介を。私の名前はシャルギエル、さっきも言った通り天使です」
自己紹介と同時に指をパチンと鳴らす。すると少女の背後から後光が差した。おそらく自分が天使であると手っ取り早く理解してもらうためであろう。それにしても――
「なんていうか……ダサい演出だね」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
僕の無神経な一言に少女は絶叫し思いっきり突っかかってきた。最終的に「すぐに分かってもらえるようにって、良かれと、良かれと思ってやったんですよ」と半泣きで言われた際は罪悪感に押しつぶされそうになり、なんとか謝って許しを得ることができた。その後泣き止んだ少女は鼻をすすりながら口を開き、
「そ、それでは本題に入りますね。ワカナさん、あなたは死んでしまったので本当はすぐに天国に行かれるはずなのですが、わけあってこの場所に留まってもらっています」
「へぇー、わけねー……ちなみにここってどこなの?」
「あの世とこの世の間、といった所でしょうか、まぁーここがどこなのかなんてことはとってもとーってもどうでもいいことでして、そんなことより」
鼻声も治りこれまでで一番真剣な空気を纏いながら一言、
「――ワカナさん、実はあなたには魔王が君臨する世界に行ってもらいその討伐をお願いしたいと思っています。」
「うん、嫌だ。普通に天国に連れてって」
「ッ!?」
予想外の即答に少女は動揺を露わにする。しかし――
(冗談じゃないよ! 天使何て名乗る子が出てきたからなんとなーくこんな展開になるんじゃないかなって予想はしていたけどまさか本当にそんな展開になるなんて――こうゆうのはフィクションの世界だからいいのであって実際にあんな世界に放り込まれるなんて不幸以外の何物でもない!)
僕はこれまでしてきたファンタジーゲームの中から特にひどい世界だと感じたモ●ハンのことを思い出していた。
(あんな化け物狩ったっていうのに2~3万しかもらえないなんて……日本のブラック企業がどこかの大手総合商社に思えちゃうよ!)
そんなことを加味して総合的な判断上で異世界に行くなんてまっぴらごめん、ということが僕の結論だった。
「い、異世界ですよー、ほら、日本人の男性なら一度は夢に見るようなファンタジーの世界じゃないですか!」
「うん、そうだね。でもそれを考慮しても余りあるデンジャラスな世界だよね。というわけで絶対に行きたくない。」
少女は「うぅー」と唸りながらも何とか異世界行きが良いものだと通販番組のようにあれやこれやと利点を訴えてきたが正直メリットよりもデメリットの方が圧倒的に目立ってしまう。
なんだかんだで15分近く話されそれでも首を縦に振らない僕に少女は諦めたようにぼそりと呟いた。
「まぁーもう異世界行きは決定事項なのでこの際ワカナさんの同意はどうでもいいことなんですけど」
「ッ!? ちょっと待って! 今なにか恐ろしいこと言わなかった?」
「いいえ。それよりもワカナさんの異世界行きはもう絶対なのですが――」
「言ってる! それだよそれ! やっぱり聞き間違いじゃなかったじゃないか! 横暴だ! 訴えてやる!」
「何を言ってるんですかワカナさん、昔から言うじゃないですか『死人に権利無し』って」
(――あ、もうこれダメだ、逃げられないやつだ。)
目の前でうっすらと笑みを浮かべる少女に初めて人外の空気を感じゾッとする。おそらくこれは僕がどんなに泣きわめいても結果は変わらないだろう。数秒前までしようと目論んでいた必殺『幼児退行』を断念し大人しく少女の話に耳を傾けた。
「まずは異世界に行く前にワカナさんには最低限の知識を身に着けてもらわないといけませんね。ワカナさんがこれから行く異世界は――」
そう言って少女は異世界の概要について語りだした。ざっくり言うと僕がこれから強制連行される世界は魔王軍がかなり侵攻して人間側がかなり危険な状態に陥っているだとか。
(――ハハッ、出たよ、テンプレートなムリゲー設定)
ひとしきり異世界のことを聞いた後、今更ながらある疑問がわいた。
「そういえば、なんで僕が異世界行きに選ばれたの? 普通の人は天国に行くみたいなこと言ってたし……もしかして僕、特殊な力を秘めてたり?」
少し期待を含んだ顔で問いかける。すると少女は「分かっているじゃないですか」言いたげに口元を吊り上げて、
「そうです。その通りですよ! ワカナさん、あなたにはある特殊な力が秘められているんですよ!」
(やっぱりそうだったのか! だから僕がこんなところに……それならそうと早く言って欲しかったよ。僕だってそれなら異世界に行くこともやぶさかではない。)
「フッ、やっと僕の力を解放する時が来たということか。では教えてもらおうか、僕に秘められし力を!」
テンションが上がり口調が中二病風になってしまう。しかし思わずそうならずにはいられない。
(僕の秘められた力って何なんだろう。剣術? 魔法? あぁぁぁ、ドキドキが止まらな――)
「はい! ぜひそのワカナさんの秘められた『運』を解放してください!」
…………ワッツ? この子は今なんとぬかしやがったのかな?
「『運』?」
「はい!」
「英語言うところのLUCK?」
「はい! ちなみにフランス語でいったらCHANCEですね。」
「…………」
(――そうか、どうやら僕の聞き間違いではないようだ。うん、運かー、そっかそっかー)
「どりゃぁぁぁぁ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!! いきなり何するんですか!」
(――ちっ、避けられたか、意外とすばしっこい!)
僕の渾身の右ストレートをギリギリのところで躱した少女はその大きな瞳をさらに大きく見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「うるさい! お前を倒して僕は天国へ行くんだ!」
「私を倒してもそんなエンディングにはなりませんよ! どうしたんです急に。いったい何が不服だと言うんですか!」
(――何が不服か、だって?)
「全部だよ! さっきまでは「特殊な力があるなら異世界行きも悪くないかも! 僕なんかでも俺TUEEができちゃうの!」なんて淡い期待を抱いていたけど秘められた力が『運』なんて言われたらもう何もかもが嫌になったよ!」
そもそもこの子は何を基準に僕には運があると決めつけ異世界への紐なしバンジーみたいなことをさせようとしてるんだ。
僕の疑問を見透かしたように答えはすぐに目の前の少女から返ってきた。
「落ち着いてください、本当にワカナさんは特殊な力と認められるくらいの運を持っているんですよ。なんたって『アリクシア』で選ばれた人なんですから!」
「『アリクシア』?」
耳慣れない単語を復唱するとシャルは小さく頷き、
「はい。『アリクシア』というものは天界でおこなわれる神事です。その内容は地上にいる人間一人ひとりに振り分けられた『アダデン』、ワカナさんの日本で言うところのマイナンバーみたいなものでしょうか、それを神が月に一度啓示します。もしそれに該当した方がいらっしゃったら亡くなった時にこの話を持ち掛ける。ということになっています」
少女は「どうです? これってとってもとーっても栄誉なことなんですよ!」と目を輝かせながら僕の眼を見てくる。
その気持ちのこもった熱弁に僕も中途半端な反応ではなくしっかりとした誠意を見せなくてはと思わされた。だから僕は――
「おりゃぁぁぁぁ!!!」
「きゃぁぁぁぁ!!! やめ、やめて下さい! こめ髪を、こめ髪を引っ張らないでくださいぃぃぃ!!!」
――精一杯の抵抗を見せることにした。
「いい加減にしてよ! そんな宝くじみたいな行事が原因で実質地獄行きなんてされてたまるか!」
「イ、イタイです! この神事はワカナさんが思っているような適当なものではなくちゃんとした意味があるんです! それを説明しますから! ですからこめ髪は引っ張らないでくださいぃぃぃ!!!」
真相を話すというので、本日二度目となる大泣きを見せる少女のこめ髪から指を離す。こめ髪をさすりながら鼻をズビズビ言わせている様子を見ると少しやりすぎちゃったかなとも思ったが自分の境遇を考えてみると案外そうでもないなと開き直る。
「僕が納得いくような意味が本当にあるの?」
「もちろんです! そうでなければいくら何でもこんな理不尽な真似はしません」
(――既に異世界行きが決定している時点で十分理不尽だと思うのだが)
少女は乱れた髪と装いを整えてから改めて僕のほうに体を向け、
「まず異世界に送られる方には神から加護が与えられます。」
「加護?」
「はい、常人離れした身体能力や魔力など、人によって個人差がありますので一概にどのような加護を授けられるかはわかりませんが……ワカナさんが想像したようないわゆるチートの力ですね。」
「なんだ、ちゃんとそうゆうのあるんじゃないか。そんなのがもらえるんだったら早く言ってよ。」
「確かに加護によってそのような力が与えられます。ですがこの力を授かる前提として私がさっき言ったようにワカナさんの秘められた力と言っても過言ではない『運』」が大きく関わってくるのです。」
「全然関係性が見えないんだけど……」
「ワカナさんは思いませんか? 「どうして加護なんて便利な力を授けられるなら誰彼構わずに異世界に送り出さないのか」、と」
「確かに、言われてみればそうだね。」
「実は神の加護というものは有限であって決して無限ではないのです。ですから誰彼と構わずに加護を与えてしまうと一人一人の加護がとても脆弱なものになってしまいます。それでは普通の人間とあまり変わらない力を持ったばかりか多くの人をその世界で死なせてしまうというとってもとーっても悲惨な結果を招いてしまいます。それを防ぎ、適当な方にだけ加護を与えるにはどうしたらいいか。神は考えた結果、「力は後天的に付与される、それならば必要とされるのは先天的なもの、つまり運ではないか!」 と。
そういった経緯で月に一度『アリクシア』で異世界へと転生される方を決めているのです。今回はなんと5年ぶりに該当する方が出たので天界では「キャリーオーバーだぁぁ!! うおぉぉぉぉ!」って大盛り上がりだったんですよ――私も本当に嬉しかったです。」
「やっぱ宝くじみたいなもんじゃないか」と思ったが神様なりの頑張った考えとなにより幸せそうに笑みを浮かべる目の前の少女にもうなにも反論する気は起きなかった。
さてと――
「分かったよ。色々とまだ呑み込めない部分や不安もあるけどひとまず異世界に行くことは納得したよ」
僕が仕方なさそうにも嫌々じゃない顔で納得した様子に少女は子供のような満面の笑みを浮かべ僕の右手を両手で握って、
「本当ですか! よかったです! 一緒に異世界に行くパートナーがずっと嫌な顔をしているのを見るのは私も嫌でしたから」
「……? その言い方だと君も付いてくるみたいになるんだけど?」
「当り前じゃないですか! 異世界の大まかなことは話しましたけどそれだけではいくらなんでも情報が足りなすぎますからね。私は異世界でのワカナさんの案内を担当します。アフターサービスはバッチリですよ!」
どこぞの家電量販店の売り文句みたいなことを言う少女に驚きながらも内心ホッとする。正直なところ一人異世界で生きていくことが一番の不安だったのだがこれならいくらかましというものだ。
それが表情に出てしまったのか、シャルも小さく笑いかけてくる。
「それでは行きますよ。あっ、その前に、今度から私のことは『君』じゃなくて『シャル』って呼んでくださいね。これから一緒に頑張っていくパートナーに代名詞で呼ばれるなんて嫌ですからね。」
話しながら少女は両の手を地面にかざす。するとさっきの鏡とは違い僕と少女の足元に幾何学模様の魔法陣が現れた。おそらく異世界に転生するためのものだろう。
「ハイハイ、分かりましたよ――」
――不満はある。不安ももちろんある。それでもこのことならなんだかやっていけそうな気がした。
「それじゃー行こうかシャル!」
「はい! ワカナさん! 『汝と汝の運命に幸運があらんことを』!」
その言葉を言い切るのとほぼ同時に魔法陣から噴き出した白い閃光に体はそこで消失した。
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