00-06

清代さんは静かに紅茶を淹れていた。

あたりに香気が漂う。これはお店を閉めた後の分だ。

ご主人はけだるそうにテーブルに頬杖をついている。

床の掃き掃除をしながら俺は2人の様子を伺っていた。


紅茶が注がれる。それをカウンターの中の彼女が飲む。

カウンター越しにそれを受け取った彼もまた同じように飲んだ。


また沈黙が訪れる。それは俺が掃き掃除を終えて所在なさげに立ち尽くそうとしている時まで続いた。


「……本当に、あなたの術の中に入り込んできたの?」

どう話しかければいいだろうか、という表情で清代さんは切り出した。

「うーん。そのはずなんだよ。でも手を抜いた覚えはないんだ」


そうだろ?と聞かれてええ、はい。と俺は頷き返した。

一般区画からの閉鎖、および現実世界の存在の保護。ご主人の術式はいつもと変わらず、抜け目なく張り巡らされていた。


「あー…でもジャングルジムか滑り台かで悩んだんだよねー」


椅子に座ったままぐるりと彼は回る。

そこが重要なのだろうかと思っていると、回っていたご主人の足に小さい足の蹴りが入った。


「そこが重要なの?ご主人の術のどこかに抜け目があったんじゃないの?」


そう言うのはメイド服を着たリルカちゃんだ。さっき葉月ちゃんが来たときは倉庫整理をしていたが、戻ってきたらしい。

いつから話を聞いていたのだろう?


「相変わらずリルカは手厳しいなぁ。もっと笑って、おおらかに。あ痛、やめて、ちょっと」

「今ちょっと聞いてましたけど!葉月が!巻き込まれたそうじゃないですか!ちょっとありえない。ご主人のせいですよ」


普段からややツリ目気味の目をさらに怒らせてご主人の服の裾を引っ張っている。対するご主人は椅子からずり落とされないように必死につかまっていた。

リルカちゃんと葉月ちゃんはこのお店でもよく話していた。リルカちゃんにとっては数少ない同年代の友達という意識なのだろう。そんな一般人の葉月ちゃんを巻き込んだことにかなり憤っている。

とりあえず彼女を引っぺがしご主人を助けなければ。


「どうどう、どう。リルカちゃん落ち着いて」


わきの下から掬いあげる形で引き離すと、抵抗する気はないのかそのまま俺に引きずられていく。しかめっ面ではあるが本気で暴れるつもりはないらしい。


「………むー」

「リルカ。怒りたい気持ちもわかるけど、起こってしまったことは仕方ないわ……あんまりこう言いたくないけどね」


清代さんが諭すように言うと、とりあえずうなづいた。


「お姉ちゃんがそういうなら、わかった。でも、これからどうするの?」


それには俺も同意だ。リルカちゃんの姿勢を正してから俺もそちらに視線を移す。


「あの時ほとんど身を守る方法がない、と言ってしまいましたが、何か手はありますよね?」

「まぁね」

「僕としては、ハカセに連絡を取って報告、相談?がルーチンかと思いますけど」

「手順としてはそうだけど、もしかしたらあの子かぎつけてるかもしれないわ」


ああ怖い。と言って清代さんは肩をそびやかした。


「ハカセさんですか。………」

「ハカセ来るの?」


ええ、来ますね。と言いながらリルカちゃんの低い位置にある頭を撫でる。

ご主人はハカセという単語を聞いても表情は変えず、ただめんどくさそうにテーブルの上に頭を乗せた。


「葉月ちゃん。どうにかしてあげなきゃね」


それだけ言うと、清代さんはまた一口紅茶を飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る