00-03

「あら、いらっしゃい。葉月ちゃんと……?」


公園から歩いて数分の場所にある喫茶店に入ると、カウンターの中の女性が私に声をかけてから、後ろにいる志久間さんと小七の姿に首を傾げた。

彼女の名前は清代さん。この喫茶店Mezの実質的な経営者である。喫茶店が出来てから数年、共同経営者の志久間さんは仕事をほぼしていないにもかかわらず経営が成り立っているのは清代さんの働きによるものだ。よく働き、愛想もいい。怠け者、不審者を絵にかいたような志久間さんと対照的な存在といえると思う。正直何年も続けられたものではないと思うのだけど、どうなんだろう。


「こんにちは、清代さん。といっても夕方になってるんですけど」

「こんにちは。お休みの日にこの時間に来るのは珍しいわね。どうしたの?」


カウンターを出てから、椅子を引いてくれたのでその場所に座る。カウンター越しに焙煎したコーヒー豆の良い匂いが漂っており、隅のほうにいれたてと思われるコーヒーポットがあった。丁度お客がはけたから休憩しようとしていたのかもしれない。


「現場に遭遇したから、保護してつれてきた。コーヒーちょうだい」


羽織っていたコートを丸めて脇に抱えていた志久間さんが椅子一つ分のスペースを空けて隣に座り足をくんでいる。


「急に人がいなくなったのはあなたがやったからなのね。あ、小七はいいから一回下がって着替えてきて。服は…そんなんじゃもう着られないから捨てましょう。それよりも現場に遭遇って葉月ちゃんが?なんともないの?」

「私は、なんともないと、思ったので家に帰ろうとしたんですけど…」


横目で伺うように志久間さんを見ると、こちらを見ずにコーヒーに砂糖を振りかけていた。それから一口すすり、こちらの視線に気づいたのかカップをソーサーの上に戻す。


「体がなんともなかったことについては、僕もそう思うよ。じゃあなんでってことだけど。あの現象に遭った以上、僕は君に説明しなければいけないことがあるんだ。そして、これから君は注意しなければならないことがある」

「たぶん志久間が説明したいみたい」

「なるほど」


何を言っているのかわからないんですけど、と聞き返す前に清代さんのフォローが入った。目の前に志久間さんと同じようにコーヒーが並べられる。私はとりあえずミルクと砂糖を一つ入れた。


「まず、さっき見たものを僕らは異形と呼んでいる。人間でなく、対話が不可能な存在。異常な形で存在しているもの。あれは炎ではあったけれど、動き方は明らかに普通の炎とは異なっていただろう?」


踊るような動き。もし炎自身に意志があったとしたら、生きているものであったとしたら可能かもしれないけれど、それは現実にはあり得ないことだ。


「君たちの目から見れば魔法の一種のように見えるかもしれない。若しくは自然現象とかね。でも、魔法になり得ないもの、自然現象ではないものを異形というんだ」

「魔法になり得ないものってなんですか?」

「簡単に言うとね……その扱う人の制御を外れたものだ。車でいうとブレーキもハンドルもきかない状態みたいな。異形の起こる理由はいろいろあるけど、特徴としてある形態をとることが多い。葉月ちゃんは、クトゥルー神話って知ってる?」

「TRPGの一種ですよね?動画サイトでみることがあります」


クトゥルー、またはクトゥルフと呼ばれる名称で知られるテーブルゲームの一種だと聞いたことがある。探索者が神話生物と出会う話という程度でしか知らないけれど。


「異形は大体その神話の現象と似たようなことが起こるんだ。といってもさっき君が見たボヤみたいな自然現象の延長みたいなものとかがほとんどだけど」

「それを志久間さんたちはやっつけている、っていうことですか?」

「そうそう。有り体に言えば駆除だね。感覚的にはゴキブリみたいなものさ。あれが定期的にこの町のどこかに発生するから、僕達が他の人たちに被害が及ばないようにしているんだ」

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