00-02

「大丈夫ですか?」


何処かで聞きなれたような声を聞き目を開けると、取り囲んでいた奴らの一部が消失していた。

そしてそれらがいたであろう場所に、知り合いの青年が立っている。


「小七君…?」

「間一髪ってとこでしたね」


普段細められている彼の目が見開かれて至極真面目な顔をしていた。いつも細めているため、柔和な印象があったのだが今はそう感じない。

彼は私の手をとると自分側へと引きよせる。

その間に眼前に迫っていたあれの一部が彼の腕に触れ、衣服を溶かしていた。焦げ臭い匂いがわずかに漂う。

あれはやはり火だったのか。


「…触って大丈夫なんですか?」

「ええ。”俺は”大丈夫です」


そういいながら私を後ろのほうへかばい、小七君はそのまま後退しながら後方へ声を掛ける。


「ご主人、あとはお願いします」


声を掛けられたほうへ目をやる。遥か視界の上に服が揺れている人物がいた。正確には風をまとった人が居た。

先ほどの発生元はこの人らしい。長い上着が周囲に発生している風によってばさばさとはためいている。


私はその人も知っていた。思わず声を掛けそうになったところで小七君に止められる。

見開かれた目が何も言わずに大人しくしていてくれと訴えていた。


「へぇ。結界に人が入り込んだのか、これが人を取り込んだのかわからないね」


そう呟くと同時に、彼の周りの風がいっせいに“あれ”に向かっていった。

風はそれを取り囲むと、渦をつくる。

何を感じたのか、渦の中で形容しがたい赤いそれが伸び縮みするが風に阻まれ外へ出ることはかなわない。耳障りな気味悪い音があたりにこだまする。聞き続けていると頭がおかしくなりそうで耳を塞いだ。


やがてあれは、風まかれ、縦に押し潰されるようにして小さくなっていき、気がついた時には風の消失と共に地面に焦げ痕のようなものだけを残してそれは消えていた。

何も言わずにその焦げ痕を見つめてから、ゆっくりと風をまとっていた人を確認する。


「葉月ちゃん、怪我はないかい?」


人を気遣う言葉とは裏腹な気怠そうな言い様とその胡散臭い格好は間違えようが無かった。


「志久間さんのせいなんですか。これ」

「ううん。それは違うな」


掛け声をかけてから志久間さんは公園のなかで最も高い遊具―ジャングルジム―の上から飛び降りた。

さっきは気にならなかったが、成人男性がその一番上に立っていたというのは奇妙ではないだろうか。

子どもの模範であるべき大人という面でも、普通の人という面でもだ。


「これは僕が君を助けたんだ」


小七君の背中に隠れていた私にゆっくりと歩み寄ってから、私の目線と同じ高さでかがみながら志久間さんはそう答えた。

それから私の震えている足を見てゆっくりと両手をかざす。

すると不思議なことに震えは収まった。むしろ足の力が抜け、地面にへたり込む。

それを見て志久間さんは愉快そうにくつくつと笑った。


「怖かったね。よく立っていたものだと思ったよ」

「なんなんですか!」


立ち上がれずに叫び返す。小七君に窘められた志久間さんは肩をすくめた。


「ごめんね。でももう嫌な感じしないだろう?ここはぜひ僕にお礼を言ってほしい所なんだけど」

「嫌な感じはしません。…でもどうしてこうなったかも分からないんですから、説明をお願いします。志久間さん、魔法使いなんでしょう?」


そう問いかけると、興味深そうに私の瞳を覗き込んでから、嬉しそうに志久間さんは言った。


「そうさ。僕は魔法使い。そしてこの現象に遭った君に説明する義務を僕は持っている。…小七、帰ろう。結界はもう解いたから」

「はい。ご主人」


いつもどおりの公園に戻っていた。時間帯もさっきと変わらない、橙色をした夕焼け。

さっきの仄暗い赤とは違う、日常の景色に戻っていてふっと、肩の力が抜けた。


「大丈夫ですか?」


伸ばされた小七の手を借りて立ち上がる。膝の汚れを払ってから志久間さんのほうを見ると、彼は鳥のように首を傾げた。


「僕のお店によって行けるでしょう?」

「……はい。でもその前に家に電話します。家族が心配するので」


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