Episode 003
【01】長月の下旬
9月20日1時限目。
ヒトオミはチョークを片手に黒板の前に立ち、クラスメート達の会話をそれとなく耳にしていた。
相方というか、同じ委員会のヨウは率先して会話に混ざっている。
現在、文化祭において出店する出店についての話し合いが佳境にさしかかっている。
今前出てきた案をまとめた黒板には出店の候補が複数並んでいて、ほとんどが飲食店希望だった。
火宮に普及している和食デザートにするか、それとも歩きながらでも食べれるような手軽なものにするか、はたまたドリンクにするか。
1つに決めないで沢山の種類を取り入れた店にしようとか、店の種類はこだわりたいとか、そういう意見が入り乱れている。
朝だというのに早速小腹が空くような話題だなぁと他人事のように一線引いて眺める。
しかし、話の論点はメニューよりも着たい衣装のほうに傾いている気がする。
「こういう時ぐらいしか着れないんだし、なんか珍しい格好したくない?」
「えー、でも動きにくかったら意味なくない?」
女子生徒達が真面目に考え出す。
厨房に立つのはやはりどちらかと言えば女子の役目だし、そう考えると主導権はどうも女子にあるような気がして男子達はとりあえず様子見に回る。
「えー?でも、着物、よくない?着物ってか和服?」
「良いけどやっぱ動きにくくない?帯とかしめるじゃん」
「でもヤエの和服は似合うと思うよ?見たくない?」
「それを言われると着物に一票入れたくなるなぁ」
「待って?どうして私の名前が出てくるの?」
「まぁ私らだけが接客するわけじゃないし、男子の意見も聞きたいとこだね」
そういった女子生徒は周囲の男子生徒を見渡してから、最終的には教卓に肘を突いて話を聞いていたヨウで視点が止まった。
「ヨウ君はどう?」
そう聞かれて、ヨウは腕を組んで考え込む。真面目に考え込んでいるらしいが、眉間の皺がみるみる濃くなっていくあたり良い案は浮かばないのだろう。
濃くなった皺が徐々になくなっていく。力んでいた顔から力が抜けていく。
「クラスでおそろいのTシャツとかでよくね?」
投げやり気味にだした結論に、やっぱりかと内心で笑う。
だが女子達もその考えはあったらしく「うーん」と難しそうに唸るだけだった。
こうして話が進展しないと、誰かしらが「店先に決めない?」と言い出して、話がそちらに流れる。これをずっと繰り返し続けている。
「とりあえず、また5分10分近くで話し合ってもっかい結論出し合おうぜ?」
まとめ役らしくヨウがそう言い出すと、クラスメート達は近くの人と話し始める。サクのように高等部からの生徒も居るが、基本中等部からなのでそのあたりはスムーズに進む。話がまとまらないのは中等部の頃から変わらないが。
「どーする?ヒトオミ君」
肘を突いたまま、ヨウが顔だけこちらに向けた。
どうするといわれても、これと言って考えはないし、正直自分が口出しをしていいような気がしない。いつもクラスを引っ張っていく生徒は決まっている。彼ら彼女らに任せたほうがいつものように時間がかかってでもまとまるのではないのか、と思うのだ。
と、同時に、それでもいいだろうという気持ちもある。
「みんな食べ物系がいいんだね」
当たり障りのないことを言ってみる。
「ん?ヒトオミ君不満?」
「いやそうじゃないけど……」
衛生面検査が面倒なことや、他のクラスもきっと似たような店を出したいと思っているだろうから決まって出店は飲食系に偏る。
確かに文化祭で食べるのと他で食べるのとは気分が違ってくるし、楽しいのだろうけれど、わざわざ文化祭として、学校をあげてやることか?といささか疑問が残っていた。
「ヒトオミ君なら何やりたい?」
「え、いや……ごめん、異論があるわけじゃないよ」
決めるつもりもないのに文句に似たものを口にして慌てて詫びると、「違う違う」とヨウは顎を支えていた手を左右に振りながら、口角を上げる。
「普通に聞きたいだけだって」
今仕事ないし暇じゃん?とヨウは実に退屈そうに教室を眺める。
俺らの役目は意見を聞くこととまとめること。文化祭において他クラスとの接点を担っているだけで、実質クラス内にはクラス内の文化祭を仕切る係が居る。
確かに暇だった。ヒトオミはチョークを元の場所に戻しながら、「そうだなぁ」と言葉をつなげる。
「食べ物は他のクラスで満たされるから、遊び系がいいかなぁみたいのは思う。脱出ゲームとか、校舎ってか公開範囲を使えるだけ使った謎解きとか……」
「校舎内で謎解き?」
「例えば……どこか場所を示すような暗号をお客さんに渡して、その答えの場所には誰かが待機しといて、次の暗号を渡す、みたいな?」
あんまり人数が多すぎると困るし、それだけじゃ暇な人が居るだろうから待ち時間とかは手軽に飲食できる物でも売れば?とか特に考えなしに付け足す。
「え、なにそれ面白そうじゃん」
そう言い終わったか、もしくは言い終わる前に、はいはーい!俺から提案!と声を大にしてヨウが教卓から離れてクラスの中心に立つ。
待って何する気、なんて問いただす前にヨウは今し方ヒトオミが何の気なしに呟いた案を言う。別に隠したいことでもないし、ヒトオミの案だとは言っていないからいいか。と、また一線引いたところからクラスを眺める。元の発案者が自分だというのに、ヨウの話を聞いた途端盛り上がるクラスメート達を他人事のように感じた。
出店が何に決まるか分からないけれど、手伝ってほしいと言われたら手伝うし、何かやってくれと言われたらやるけれど、自分の手助けが必要ないのなら関わりたくない――なんて無責任な考えを抱いた。
こんな自分がいたって、クラスの空気に水を差すだけだ。
文化祭当日は特別科の生徒が普通科の校舎に入ってくるため、目にする機会が増える。そして【火宮】以外の魔術師も招き入れるため、接する機会が増える。
そう考えるだけで十分鬱なのだが、委員会の件を除いて、一つやらなければならないことがある。やはり巻き込んでくれやがったツルギは一発殴っておこうと思う。
ふと、ウインドが勝手に起動した。新着のメッセージを受信したらしく、それを確認する。
第4回文化祭実行委員会会議の連絡だった。予定通り今日の1限終了後に開催するらしい。各クラスの出し物が被っていないかの確認なので、会議と言うよりも報告に近い。
この会議で出し物が決まり、決まり次第さっそく準備に取りかかる。その間クラスメート達を待たせることになるので、なるべく早く終わってほしいという願望がある。
……まぁ、普通科と特別科が関わる以上穏便に済むなんて事は無いのだけれど。
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