【16】深紅の強奪

 ◇


「下部組織名は【クリムゾン】。まだどこの都市と繋がっているかは知らないが、同盟の証と組織員の証として赤い狼のような印を刻むらしい」


八重が無事保護された翌日。

時宗はそんな情報を保健室に持ち込んだ。ウインドを開き、今言った赤い印をみせる。確かに狼の横顔のようだ。


「狼?」とツグトが聞き返す。

「正確にはハイエナらしい」

「素人目じゃ違いなんかわかんないしねー」


ツルギは退屈そうに自分の爪をいじる。


「その組織が東雲さんを攫ったってことですか?」

「おそらくな」

「なんで分かったの?ってか誰調べ?」と爪をいじり続けるツルギ。


時宗はそんなツルギを一瞥した。相変わらず腕章を放り投げている。


「東雲八重を拘束していた束縛系の魔術は、ここらのものではない」


似たよう魔術がありふれている中、どれを使うかは【国】や文化でことなる。どの魔術を使用したか、どの術式の方を選ぶかは出身が深く関わってくる。そこからある程度は割り出せる。


「ならどこの?【西洋】のほう?」

「いや、【北洋】だ」

「北?」


ツルギは訝しげに顔を上げる。

パチン!と指を鳴らし、ツグトは満足げに笑う。


「北つったら【略奪国家】じゃん!納得いくじゃん!」


ヒトオミは他2人の顔をみた。納得いかない、表情がそう言っている。

略奪国家。元々はただの下部組織だったが、都市国家になり、やがて四大国家の一画を担うまでに成長した。下部組織だった頃から、周囲にある居たような下部組織を吸収し、都市国家になったら同規模の都市国家と合併し、複数の国を孕んで成り上がった国だ。今も下部組織を吸収し、勢力を広げている。

けれど無理強いをしているわけではなく互いの同意の上での吸収合併だ。傍若無人っぷりを振る舞う二つ名を付けられているが、不思議と黒い噂は耳にしない。どこまでがでたらめの話かは知らないが、何か陰で動いているのならそんな粗末なことはしないはず。


「なすりつけてるみたいねー」


ツルギはまた爪をいじり出す。

「どういうこと?」と首をかしげるツグトをツルギは適当にあしらう。他2人は沈黙を貫いた。ツルギの意見に異論が無かった。

【略奪国家】は領土となる陣地周辺から吸収していく。それがいきなり【火宮】に手をかけるのは不自然だった。それに、【略奪国家】のやり方は武力に訴えることもあるが、まず交渉から入る。しっかりと段取りを踏んでいく。そういうこだわりが強い国だ。

強襲のようなことをしたという報告はあがっていないらしい。

らしくない――そんな理由だけど、疑うに不足はなかった。


「もし、【火宮】と【東雲】間の国交を悪化させたいなら、今回だけでは不足だろう」

「また何かされちゃうかもねー。文化祭に託けて、堂々と入り込んできて堂々と事件起こしちゃうかも」


面白い冗談でも言うような軽やかなツルギの口調に、時宗は重々しくため息をついた。彼も内心ではそう考えていたらしい。警備をするのは風紀委員の役目。きっとそれを強化する。仕事が増える。

とどのつまり、面倒くさい。


「じゃあサボっちゃえば?」


委員会欠席率一番の男が悪げなくいう。

回答は「そんなことできるわけないだろ」という予想通りすぎるものだった。

「それでこそ時宗さん!」とはしゃぐツグトを棘のある声で「馬鹿にしてるのか」と返す。


普段ならヒトオミもそこに混ざるのだが、そんな気分ではなかった。


今日は9月20日。来月の1日、2日に文化祭がある。昨日は臨時休校だったが、今週から約2週間全てを文化祭準備に費やす。

まずはクラスで店をやるか決める。だがそれは確認せずともクラスの雰囲気でやる一択しか残されていないことは把握している。

なら何をやるか。その話し合いを今日のこの後1限から決める。

どうやって決めるか。文化祭実行委員が主になって決める。

文化祭実行委員は誰か――俺だ。


「あぁぁ……」と情けない声で唸る。

どうやって決めるか。教卓にたって、クラスメートに意見を求める。それにはもちろん賛成だけではなく反対もあって、どちらの意見も聞き入れてクラスが納得できるような結論を導き出す。そのためには話を聞かなければならない。その意見を黒板にまとめなければいけない。

それも十分問題だが……教卓に立つってなによ。否が応でもクラスメートの視線が集まる。机の配置は教卓のある前にそろえられているのだから。


「嫌だぁ……」


頭の中はもうそれ一色だった。


「ミオちゃーん、もうじきホームルーム始まるけど」


それに首を横に振って応じる。

始まる、けど戻りたくない。


「じゃあサボっちゃえばー?」


悪魔の誘惑が聞こえる。

サボる。この金髪から何度もその言葉を聞いてきているが、今日ほど靡いたことはない。サボってしまえば良い。ヨウがいれば滞りなく決まる。ヨウはクラスに必要とされているムードメーカーだ。自分が居なくても良い、大丈夫――なんて断言できる図々しさは残念ながら持ち合わせていなかった。

文化祭実行委員は1クラス2人。生徒会によりそう定められている。2人いなければままならないということだ。円滑に回らない。自分はそのうちの1人なのだ。2人分の苦労を友人に背負わせるなんて無責任なことは出来ない。

だが、そう思うことと目立つことに対する拒絶が相まみえる。見事な板挟み状態だ。


嫌だ嫌だと繰り返すヒトオミに、1件の通信が入る。

相手が誰なのか確認せずにそれに出ると、噂をするとなんとやら、ヨウだった。


「今日ばっかりはサボり禁止でお願いシマース」という極めて棒読みでそんな一言を突きつけられ、反射的に「ハイ」と答えてしまった。

逃げ道を封じられた。逃げる気はなかったけども。


「早くもどりなー。ヤエちゃんも待ってるよー」


ツルギがソファーに横たわりながら棒読みでそう言った。こいつは戻る着なさそうだ。だが、言われてハッと気づかされた。

八重が誘拐されたと思われる日、つまりは一昨日。自分は八重に用があって2人で会うことになった。けれど八重は誘拐されてしまい来なかった。

会う理由は、一方的に預かっている八重のものだと思われる手紙を八重に返すためだ。それと少し話がしたかったからだ。


できてない。

返せていない。


その日から何日経った?もう3日だ。中身を見るなんて道徳に反することは出来ないので内容は知らないが、もし急ぎの手紙だったら?急ぎではなくても八重はなくなったものを探しているに違いない。その捜し物は今自分の鞄の中だ。


返さなければ。早急に。


ヒトオミは3人に何か言うことなく、一目散に教室に戻っていった。

目先のことで手一杯だった。

だから、蝶が今何をしているのかなんて考える余裕はなかった。

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