【14】黄金の戯言
【東雲】だから狙われて、【東雲】だからと大事になることを避けている。世界から重宝されている。だからこそ世界を乱したくない。
人間1人でそんなに動く世界なんて、不安定すぎる。
苛立たしい。
『脳筋ノアさんと話し合って、他になんか意見でなかった?動機とか、攫った理由とか』
「え?たしか……【東雲】の【火宮】に対する信頼をおとしたいとかなんとか」
『ふーん』
「【ブランチ】の件が外れたとなると、こっちも外れじゃないですかね」
『そう自棄になんないの。多分、そっちはあってんじゃない?ヤエちゃんはこのままいけば、将来は火宮に就くだろうし。周りはそれが気にくわないだろうし』
「それがいったいなんの手がかりになるってんですか……」
その考えを元に、【ブランチ】という結論にたどり着いたのだ。
『ヤエちゃんを攫った人の格好は?』
「普通科の制服だったはず」
『何でだと思う?』
「なんで?そりゃ、潜り込みやすくするためでしょ」
『そう。きっと自由に動けるようにするため。だけど、逆に逃げるときはどうよ。【ブランチ】に逃げるにしても、【他国】に逃げるにしても、火宮の制服は目立つ』
そうだ。大図書館に行く途中で自分たちはすれ違う人々の視線を浴びてきた。顔を隠すために着けている面は同行する3人が恥ずかしいと思って外していた。顔を見られたくないため俯いて歩いていたが、ひたすら視線を感じた。不審にも見られただろうし、好奇でも見られただろう。どちらにせよ、多くの人の目にとまった。犯罪には向いていない。
「擬態の魔術なら……あ、」
言ってから気づく。
擬態は転移と同じで、手軽な魔術だが媒介がなければ発動しない。媒体を使えば残留魔力として証拠になってしまう。
攫われる瞬間を、間接的にだが、直に見た。魔具以外の使用は確認できなかった。
魔具には、催眠と転移が記録されていた。他は着けていない。もし擬態の魔術を使っていたのならノアが作った際にそれも一緒に付加しているはず。それだけ別に作るのはおかしいし、もし別で持っているのだとしたらそれもノアが記録しているはずだ。別の場所で作ったのなら、催眠と転移もそちらで作れば良い。その魔導師がいなくなっていたのなら、それこそ魔術で探し出せば良い。八重と違って、大事になんてならないだろうから。
『本当に着てたんだろうね。歳によってはコスプレだよ。あぁ、火宮の人間じゃなきゃ歳関係なくコスプレか』
「……、」
『じゃあ、部外者がどうやってウチの制服を入手したのかって話になるわけだ』
「……なんでですか」
『ねぇねぇ時宗さん。ウチの生徒で行方不明になってるのって、1人だけ?』
少し声が遠くなる。
わずかな間無言のやりとりをして、時宗がおもむろに口を開いた。
『……他に事件に巻き込まれている生徒がいないか調べるために、今日出席していない生徒の居場所を特例ということで確認した。病欠、家の事情、サボり、全員確認できた』
『行方不明はヤエちゃんだけ?』
『そうだ』
『ということは、普通科の生徒の誰かを気絶させて服を奪ったって罪はないらしい』
なら、尚更どうやって制服を入手したのか。
無くした場合や汚した場合、魔術を使用することもあるので燃える場合もある。それらを想定して制服は購買で購入可能だ。だがその場合は生徒手帳の提示が必要となる。痕跡を残さずに偽装するのは並の技術では難しい。
順当に、その手順で制服を購入した誰かが、渡した。
そう考えるのが普通だ。
だがもしそうならば、学園内に誘拐犯と通じているものがいる――それが故意なのか作為なのかはさておき。
『火宮の人間と通じているのなら、【火宮】の「穴」を教えてもらうことも出来たかもしれないねー』
「……、」
火宮の人間に手を借りているのなら、警備の穴をくぐり抜けることだってできるだろう。
「で、その場所はどこなんですか」
声が少し大きくなる。
『知らないよ。俺、火宮の人間じゃないから』
「えぇぇ……肝心なところで役に立たないんだから……」
『期待させてごめんねー。でも、当たり前のことだけ言っとくと、人が生活している範囲で妨害なんかしたら怪しまれるから、生活から切り離された場所だよ』
「……、」
【火宮】内部は区画ごとに別れていて、それぞれが火宮家に属する名家に管理されている。それがなくとも魔術師が住む国だ。誰もが魔術を使う。
それに魔方陣を書いたと言うことは、準備が必要だ。そう頻繁に出入りできる、一目のない場所。学園の生徒はほとんどが寮生だということもあり、町中にあまり学生はいない。カモフラージュにはならない。
いや、普段から学生服を着ていたわけではないのだから町中にいてもおかしくはないはず。だが、火宮の人間と秘密裏に繋がっていたのなら、傘下の管理下の街は不都合だろう。火宮の『穴』にはならない。管理は任せっきりなのだから。
つまり火宮家が管理している場所――例えば、学園とか。
あそこは制服でなければむしろ目立つ場所で、制服ならば中にいることは何らおかしくない。風紀委員は人のいるところにしかいない。広大な敷地内で、人のいない場所はいくらでもある。あの校舎裏もそうだったように。
「学園で適してる場所なんかありますか……?」
『そうだなぁ、町中と違って学園内は基本的に地面より上に絶対いるからね、案外使われてない地下施設とか』
「地下……図書館塔の地下書庫とか」
『どうだろ。魔術と電波の妨害はあったみたいだけど、音はどうか分からないからね。もしヤエちゃんが大声で助けを求めたら?図書委員の出入りがある図書館塔じゃばれるね』
口が封じられていたとしても、壁を叩けば音で知らせることができる。
防音の設備が整っている場所が理想ということだが、そんな都合のいい場所は思いつかない。保険もかねて防音の効果のある魔術を使っていることだろう。
『変な音が聞こえますー的な連絡あったの?』
また声が遠ざかる。
『ない』という手短な返事が聞こえてきた。
「他、地下施設……」
『例えば、あるか知らないけど特別科校舎の地下なんか、ヤエちゃん見たことないだろうから、人気の無いところにいるのかと思って助けを求めたりしないかもしれないよね』
地下。
人気を感じさせない場所。
学園の地図を脳内で思い浮かべる。
普通科の校舎は論外だとして、特別科の校舎ならありえるかもしれない。けれど普通科の制服を着ていたのだから、特科校舎は動きにくい。でも人気の無いような地下を選んでいたのなら、転移でその場所に入って、転移で出て行けば見られる恐れはない。
他の施設。
例えば校庭の近くにある体育倉庫。部活棟。高等部側の食堂。中東部側の食堂。植物園。噴水。記念館。あとは――
『――普段は立入禁止の、実技棟』
北の国の子供達全てを受け入れ、生徒の人数が格段に跳ね上がった際に校舎を新しく建て替えた。旧校舎は大規模転移で敷地の隅に移動させられ、今では実践の屋内戦闘訓練に用いられている。
その地下は、かつて、魔術頼りではない戦闘を想定した際の武器庫として使われていた。今は武器庫跡地だ。
『ヒトオミ』
時宗の落ち着き払った感情の感じない声。逆にそれが焦らせる。
『「過去視」の許可をとっている最中だと、さっきお前に言った。そのとき1つ言ってなかったことがある』
なんですか、と声にならなかっま声が空に消える。
『今のところ反対者はいなく、残り1人だ。特別科生徒会長、火宮和妃の同意を求めている最中だ。だが、生徒会長の姿が見えない』
「生徒会長の……?」
『急を要すると言うことで、GPSで居場所を探した。転移を繰り返しているらしく、見つけたそのすぐ後にいなくなる。まるで誰かを追いかけている、もしくは尾行している、そんな動きだ』
それも、並の警戒心ではない。
「和妃姉さんは、もしかしたら今回の件で何か掴んでいるかもしれないってことですか?」
『予想の範疇でしかないけどな。それと、これはいつものことだが火宮姫更も本日欠席だ』
「……、」
前に姫更を止めてくれと和妃に頼んだことがある。和妃自身も自分の『妹』である姫更の動向を探っていると言っていた。怪しいつながりがあるとも言っていた。
『風紀委員は火宮が絡んでると全く動かない。挙げ句、まだ「過去視」の段階だ。……あてにするな、ヒトオミ』
悪いな、と時宗が小さく言う。
いつも通り腕章は放り投げられていることだろう。相変わらず不真面目になりきれない人だ。
ヒトオミは時刻を確認する。もうじき列車が来る時刻になる。買い物をしていた友人達のほうをみると、店を出てこちらに向かってきている最中だった。3人とも手にビニール袋を提げている。
「……とりあえず、実技棟の地下に行ってみます」
『分かった。いるにしろいないにしろ、連絡がほしい』
「分かりました」
ヒトオミは立ち上がり、そう返す。
3人が会話できる距離まで近づいてきたあたりで、通信を終えてウインドを閉じる。
「食べないの?」と足を止めたサクが自分の袋を覗きながらそう言った。ヨウに至っては、手に持っている菓子パンの半分ほどが胃袋に消えていた。歩きながら食べていたらしい。
「食べる食べる」と曖昧に返事をして、ヒトオミはまだトワの頭上にとどまっていたエイティに目を向ける。
目が合うと、『なによ?』と彼女の方から声をかけてきた。
「精霊の飛行能力なら、ここから学園まで最速で何分かかる?」
『藪から棒ね。試したことはないから正確なことは言えないけど、最速でしょ?5分ぐらいじゃないかしら』
交通の妨げが少ない空の列車でもここまで30分ほどかかる。十分速い速度だ。
「俺を連れてなら、どれぐらい?」
え?とサクの頭上に疑問符が浮かぶ。
『さぁ?10分前後じゃないかしら。でもどうして?』
「今すぐ俺を学園に連れてってほしい」
『え?……まぁ、いいけど』
エイティがトワから離れ、ヒトオミの傍らに移動した。
表情はさほど変わらずとも、早口だったところに焦っていると思ったのだろう。口に含んでいたパンを飲み込んだヨウが「何かあったの?」と真剣な眼差しで聞いてきた。
「ヤエちゃん、まさか学園にいるの!?」
時宗ほどではないが、好奇心以外で大きな反応を見せないサクの声が駅構内に少し響く。
「分かんない。かもしれないってだけ。だから確認しにいきたい」
『いつでもいけるわよ。けど、4人も運べないわ。1人だけ』
3人は1度顔を見合わせて、すぐにヒトオミの方に向き直った。
「俺らは次の列車で戻るから、ヒトオミ君は先に行って」とトワが言うと、ヨウが大きく頷いた。
「分かった。あ……、悪いんだけど、これ、預けてもいい?」
この3人に頼み事するのはまだ気が引ける。少ししどろもどろになっていたヒトオミの前にヨウが手を伸ばす。
「預かるよ。けど、食べなくて平気?腹減って死なない?」
「大丈夫」
『飛ぶのは良いけれど、ワタシ達の速度で人が飛んでたら目立つわよ。それでもいい?』
目立つ、その言葉に一瞬身がすくむ。その響きは好きじゃない。
「透明化使おう」
『いいけど、アナタも飛行させながら透明になるのは無理よ。私はそこまで器用じゃないわ』
「じゃあ俺が使うよ」
『OK』
エイティが指をならす。パチン!というその音が小さくあたりに響くとヒトオミの体が少し宙に浮かぶ。
瞳を媒介に魔術を発動させる。透明化になっても視界は何も変わらない。透明になっているか、自分の手を見て確認する。自分の目でも手を認識できないことと隣にいたはずの精霊の姿が見えないのを確認する。
目の前にいる3人と目線の高さがずれていく。そのままくるりと方向を変えて建物内から出る。そしてそのまま一気に上昇する。列車や他の空中移動機関よりも一つ飛び抜けたところまで浮上すると、視線の先に【火宮】内で最大の時計塔が確認できた。
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