【13】金色の理屈



 ◇



4人は大図書館を出た。

少し下を見ながら歩くヒトオミの肩をサクが叩く。振り返ると、サクが首をかしげていた。どうする?と聞いてくるような青い目だった。


自分達は人を探すエキスパートではない。物事を推理するプロでもない。

ヒトオミはサクの更に後ろにいる、トワの頭に座る小さな生き物の方をみる。

ここでうだうだと結果が出ないかもしれないことを考え続けているのなら、行動した方が成果が出るかもしれない。時間の無駄にならないかもしれない。


【火宮】領付近の【中立区域】。

そこにもしかしたらいるかもしれない。今日一日中考え込んで無駄にするより、動いた方が良いかもしれない。


「……、」


どちらにせよ、【火宮】の方まで戻らなければならない。

それをサクに言うと、「また乗る?」と空を指さす。少し天気が悪くなっているが、天候に関係なく空の公共機関は動く。


「そうしよう」

「オッケ。こんな時じゃなかったら観光したい場所だったわ」


ヨウはぐるりと周囲を見渡し、即座に駅に向かって歩き出した。

【中立区域】は的中立区域ということもあり、数多くの文化が持ち込まれている。【火宮】内ではメディアを通してしか見れない物も多々ある。


「こんな時じゃなかったらね」


学生らしく友人同士で来るのには適していたかもしれない。


「ヒトオミ君は来たことあんでしょ?ノアさんとも知り合いだったし」

「何回かね」


そんな適した理由で来たことは無いけれど。



 ◇



列車に乗る駅につき、「腹減ったわ」と何も考えずに口にしたヨウの言葉をきっかけに、コンビニで昼食を買った。

列車の時間まで時間がまだあったので、ゆっくり選んでいる3人を店内に残し、ヒトオミはウインドを起動させた。


あまり登録されていないアドレス帳から目当ての人物を探すのは非常に簡単だった。別に卑屈になったりはしない。

その人物に連絡を入れる。


臨時休校になったとは言え、逆に風紀委員は忙しいはずなのにも関わらず彼はあっさり出た。


『何のようだ』


普段保健室に居座る『黄』なんかと普段話をしている物だから、より一層際立って大人に見える時宗の口調が、まるでその『黄』と同じような声色だった。

自分を見せないというよりも理性的と言うべきか、それなのにもかかわらず腹立たしさを前面に押し出していた。


「……また無茶難題を押しつけられたんですか?それとも暇してるツルギさんの相手でもしたんですか?」

『鋭いなヒトオミ――両方だ』

「それはなんというか……お気の毒に」

『労ってくれるのはお前ぐらいだ』


なんて言った時宗の背後から、「えー、俺も労ったじゃーん」とツルギの声が聞こえた。


「保健室にいるんですか?」

『暇だからな』

「……風紀委員の方は?」

『生徒の手でできる限りのことは今全部やった。残留魔力の捜索、生徒のデータバンクを利用して、GPSの方からも探した。妨害を食らって何にも出てこない』

「それで、風紀委員は手を引いたんですか?……【火宮】が納得しないでしょ、それ」

『待て。暇とは言ったが、役目が終わったと入っていない。今「過去視」の申請をしている。風紀委員長から両科の生徒会長、それから各委員会の委員長と承諾をもらいに行っている』


『過去視』は失敗の可能性が比較的高い。勝手にやって失敗するのでは問題がある。それに、ノアが使用するような大魔術や超魔術には少し劣るが、『少し』しか劣らない。慎重に扱うのは当たり前のことだった。そのために使用申請をする。その際に各委員長が了承が必要となる。教師陣が信頼をよせる委員長達が認めなければならない。


「多分なんもでませんよ、それ」

『何でそう思うんだ。まさか、お前何かしたのか?……というか、何かしてるのか、今』

「さすが時宗さん」


ハァ……、と向こうからため息が聞こえてくる。

呆れているのか、怒っているのか。どちらか分からないけれど、その背後でツルギのやたら楽しげな笑い声が聞こえてくる。


風紀委員の方はもしかしたら別で何か情報を得ているのかと思ったが、そういうこともないらしい。


わざとらしく笑い続けるツルギに「煩い」と一言いれて、時宗の声が戻ってきた。


『……お前がそんなに行動派だとはな。驚いた』

「サクに煽られて、つい」

『ヤエちゃんのピンチでしょ?駆けつけないの?うぷぷぷ、って感じに?』


もちろんそんな風に言ったのは時宗ではない。先ほどまで背景の音声だったツルギの声だ。


「生徒は臨時休校で、下校してるはずなのになんでそこにいるんですかツルギさん。暇なんですか?お気の毒ですね」

『超塩対応。違うんだってー、ツグの馬鹿がさぁ、運動部の助っ人に呼ばれたらしくて、なのに俺に帰るの待っててとか言うんだもん。ひどくない?絶対、今頃俺のこと忘れてエンジョイしてるって』

「それを律儀に待ってるんですか。健気ですね、気持ち悪」

『いなくなったオンナノコ探し回ってるミオちゃんに言われたくないね。で、見つかりそうなの?』

「……、」


話をしたいのは時宗であって、こいつじゃない。しばらく黙っていれば時宗に変わってくれるのかと思ったが、『ねぇねぇ、どうなのどうなの?』というツルギの声が聞こえてくるだけだった。さっきと変わって、今度は背後で「うざいな」という時宗の声。


「見つかりませんけど何か」

『逆ギレおつ。なになに、動き回っても風紀委員程度の情報しか得られなかったの?ドンマーイ』

「いいえ」


少しムキになって答える。


「利用されたのが魔具だったので、ノアさんのところ行ってきました」

『あらー、「過去視」使ったの?』

「俺は使ってないですよ。トワ君の知り合いの精霊がやってくれました」

『それはそれはラッキーな話だね。で?ノアさんのとこいって、その魔具を作るように頼んできた人が分かった感じ?』

「そうです。どこかの都市国家の下部組織の『黄』がそういう依頼を持ってきたらしいです」

『「黄」か。一番魔力の操作にたけるバランスタイプだしね。賢明な判断だと思うよ』


魔具と魔術師の相性が悪ければ、魔術を付加させた魔導師がいくら優秀でも失敗はする。その失敗の可能性を減らすためには、『黄』が適している。


『どうやって逃げたの?無難に転移?』

「そうです」

『なら逃げれる場所は限られてるじゃん。「黄」なんだし、そんな遠距離は飛べないよ』

「ちなみに、ツルギさんならどれぐらい飛べます?」

『俺は転移死ぬほど苦手だから、死ぬほど頑張っても【火宮】からでれるかでれないか、そのぐらい』

「ノアさんも【火宮】領から近い【中立区域】かなぁって」

『【中立区域】はないでしょー』

「えっ」

『だってさぁ、絶対的中立だよ?喧嘩、ダメ絶対の場所だよ?近所の子供は遊びに行くよ?俺達もそうだったじゃん。子供の時さぁ、なんていうの、廃墟?ってか空き家?みたいな場所探し回ったじゃん。大人の目からすれば盲点だけど、子供は絶好の遊び場にするよ?』

「……、」

『それに』


ふざけていたツルギの声が、少し低くなる。ヒトオミは思わず耳を傾ける。


『1回、ブランチに魔女が逃げたって噂が立って、捜索されたことがあったでしょ?』

「……ありましたね」

『そのとき、魔女は見つからなかったけど各国から逃げた犯罪者がかなりの数見つかって、ミドルはブランチの警戒体勢を見直した』


絶対中立機関【ミドル】が管理する【中立区域ブランチ】。

【ミドル】が絶対中立と言われている理由は、その組織の上層部が四大国家の重役達だからだ。

世界が認める四大国家の【ミドル中心部】――その【ブランチ支部】。

あの軍事国家の思想も混じっているのだろう。

実際にどの程度の警備が施されているのか定かではない。定かではないからこそ、そんな場所に隠すことを避けたくなるはずだ。


「ならどこにいるってんだよ……」


ため息交じりに重たく呟く。

壁に背を預けたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込む。足から力が抜けていく。頭を抱える。緑色の跳ねた毛をただただ乱す。

もういいじゃないか。1人の身が危険に攫われているのだ。世界情勢だ、周りの動きだ、そんな悠長なこと言っていないでさっさと見つけてしまえば良いのに。見つける手段はあるのだから。


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